暗殺教室 ~僕は平穏に過ごしたい~   作:三十

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気晴らしに書き投下。
やや短めです。


毒の時間

 

 

 殺せんせーとの平和的な交渉から一週間程経った。

 

 

 殺せんせーがあの存在達と関係がない事を確認して以来、僕の精神状態は大分安定している。

 

 最初の時は相当警戒してしまったものの、今はフランクに話しかける事ができるくらいだ。

 

 殺せんせーとの契約は烏間先生によって防衛省へ伝わったものの依然僕らの教室には変化はなく、当然あの時のやり取りは伏せられ、殺せんせー暗殺のために精を出している。

 

 とはいえ、地球爆破回避の言質をとれたこと、手段によっては超生物(殺せんせー)との交渉が可能だと示したことは一つの収穫にはなったらしい。

 

 一方、茅野さんはと言うとこちらも以前と変わりはない。

 

 元々暗殺には一歩引いていたこともあり──殺せんせーを殺すべく息を潜めていたためであったが──これからのスタンスが劇的に変わるようなことは無いようだ。

 

 強いて言うなら僕や殺せんせーと話す頻度が幾らか増えた程度である。身近で雪村先生のことを話せる相手がいると気が休まるらしい。

 

 殺せんせーは自分の体を研究するようになった。

 

 あの時の契約を僕からの最初で最後の暗殺ととったようで、僕に殺されないためにも抵抗を試みるつもりらしい。

 

 尤も、教師としての仕事や対暗殺のための秘密特訓などやる事は多く設備も儘ならないため見通しは絶望的だが、それでも殺せんせーの表情は明るい。

 

 曰く、「先生も本気であなたの挑戦に挑みます。ですので、できる範囲で構いませんのであなたも暗殺に協力してください」とのこと。

 

 私も死ぬ気で頑張りますので、あなたも殺す気で頑張りましょう。と。

 

 言いたいことは分かるが洒落になっていない。しかし余りに良い笑顔で言うものだから何も言えなくなってしまった。

 

 まあ、こっちもこれまでと変わらず、協力はすれど参加はしないというスタンスで通すつもりなので大して問題ではないのだが。

 

 ちなみに雪村先生は最期までE組(ぼくら)死神(殺せんせー)のことを気にかけていたらしい。

 

 相手のことをちゃんと見て、対等な人間として尊敬し、一部分の弱さだけで判断をしない。そういった教師としての基礎は彼女から学んだと言う。

 

 もし殺されるなら、他の誰でもなく、E組のみんな(きみら)に殺してほしい。

 

 そう殺せんせーは語っていた。

 

 

 

「毒です! 飲んでください!」

 

 

 

 そして今、そんな生徒を前に困惑していた。

 

「……奥田さん、これはまた正直な暗殺ですねぇ」

 

 ……暗殺ってなんだっけ?

 

 

 

 理科の時間、化学実験終了後。

 

 お菓子から着色料を取り出す実験は無事終了し、余ったお菓子は殺せんせーが回収、生徒にはその姿を呆れられていた。

 

 給料日前で金欠らしく、授業でおやつを調達しようと一計を案じたらしい。

 

 ……地球を破壊する怪物が給料で生活してるとか、そもそも給料がでるのかとか、これが死神とかいう腕利きの殺し屋だったのかとか突っ込みどころ満載だが。

 

 誰にも渡さないと言わんばかりに教卓の上に回収されたお菓子を抱き抱える殺せんせーの前に、奥田(おくだ)愛美(まなみ)さんが歩み出た。

 

 何やら緊張した面持ちで、恐る恐ると、殺せんせーの方へと歩みより、液体の入った試験管やフラスコを差し出す。

 

 ……そしてあの正直な暗殺に繋がったわけだが。

 

「わ、私、みんなみたいに不意討ちとかうまくできなくて……。でも、化学なら得意なんで真心こめて作ったんです!」

 

 心をこめてとかそういう問題じゃない気がするけど……

 

「ではいただきます」

 

 殺せんせーも殺せんせーで飲んでるし。

 

「! こ……これは……ッ!」

 

 殺せんせーがガクガクと震える。

 

 驚愕の顔で、汗を流し、そして──

 

 

 

 角が生えた。

 

 額の辺りに二本の角が生え、後頭部がノコギリ状に変形した。

 

「この味は水酸化ナトリウムですね。人間が飲めば有害ですが先生には効きませんねぇ」

 

「……そうですか」

 

 うん、どこから突っ込めば良いんだろう?

 

 周囲も反応に困っている。奥田さんだけは残念そうだが。

 

「あと二本あるんですね。それでは」

 

 そうこうしている間に殺せんせーは二本目の毒を呷る。

 

 苦し気な呻き声を上げ、触手で喉元を抑え、そして──

 

 

 

 頭部に翼が生えた。

 

 ……なんで無駄に豪華になっていってるんだろう?

 

「酢酸タリウムの味ですね。では最後の一本」

 

 味で判別できるものなのか、味で判別していたのか、突っ込んだ方がいいのだろうか。

 

 そして更に最後の毒を呷る。

 

 料理の味見をする気軽さだが、ここは調理室ではなく実験室である。殺せんせーの変化の観察ということなら実験かもしれないが。

 

 もうみんなも暗殺に成功するか以前に殺せんせーがどう変化するかに意識が向いていた。

 

 いや、これで殺せるとは思ってはいないけど、何故殺せんせーの変身ショーになっているんだろう?

 

 そして周囲の注目の中、殺せんせーの顔はまた変形していき──

 

 

 

 真顔になった。

 

「王水ですねぇ。どれも先生の表情を変える程度です」

 

 いや、表情もなくなってる気がするんだけど……

 

 変化の法則性が分からない。

 

 結局、奥田さんの正直な暗殺は失敗し、安全管理のため生徒一人での毒薬作りは見過ごせないと注意され、放課後殺せんせーと一緒に毒薬の研究をすることに。

 

 標的(ターゲット)と一緒にという時点で結果は見えてる気もするが。

 

 

 

 翌日。

 

 上機嫌の奥田さんが丸フラスコを抱き抱えていた。

 

 殺せんせーによるとそれが一番効果があるらしく宿題として作るよう言われたらしい。

 

 明らかに罠だった。

 

 大方、教育のためのだろうし、悪いようにはならないだろう。わざわざ毒物の正しい保管法を漫画にして渡しているあたり殺せんせーの教育はやはり手厚い。

 

 ……僕も時間があったら毒物について教えてもらおうか。そういったものの扱いも手慣れているだろうし、実践者から教えてもらえるのは心強い。

 

 尤も、教えてほしいのは作り方や使い方より見分け方や対処法だけれども。

 

 まさか飲んで判断しろなんて言わないだろうし、夢の中ならまだしも毒を飲んだら普通は死ぬ。

 

 ……殺せんせーはなんで死なないんだろう? 単純に体質の違いだろうか?

 

 そんなことを考えてる内に殺せんせーが教室に入ってきた。

 

 奥田さんが早速殺せんせーに歩み寄り殺せんせーと作ったという毒薬を差し出す。

 

「流石です……では早速いただきます」

 

 毒薬を受け取った殺せんせーはフラスコの蓋をとり、中の液体を口内へと流し込む。

 

 一息で、喉を鳴らしながら、それを飲み干した。

 

「……ヌルフフフフ。ありがとう、奥田さん」

 

 途端、殺せんせーは悪い笑みを浮かべる。

 

 目を光らせ、口の端しから涎を垂らし、声色からは喜悦が滲み出ていた。

 

「君の薬のお陰で……先生は新たなステージへと進めそうです」

 

「……えっ、それってどういう……」

 

 困惑し動揺する奥田さんをよそに、殺せんせーはその姿を変貌させていく。

 

 体が脈動し、雄叫びを上げ、そして気が付くと──

 

 

 

 溶けた。

 

 殺せんせーの体は溶け、教卓の上に横たわっていた。

 

 いや、横たわると言うか、そもそも縦も横も分からないのだが。

 

「君に作ってもらったのはね、先生の細胞を活性化させ流動性を増す薬なのです」

 

 そう言って殺せんせーは素早く片岡さんの机の中に入り込み、

 

「液状ゆえにどんな隙間にも入り込むことが可能に!」

 

 ……そんな得意気に言われても反応に困るのだけど。

 

 しかもスピードはそのままのようで教室内を自由自在に動き回り、それを仕留めようとクラスのみんなはてんやわんやのパニックである。

 

 ……毎度の事ながら何でもありか。

 

 それにしても本当に速い。ショゴスではあんなスピードは出ないだろう。

 

 今の殺せんせーはあの生物と同様スライム状であり、それが縦横無尽に飛び回っている。

 

 薬一つでああも肉体が変貌するのか、本当に元は人間だったのか疑わしいくらいだ。

 

 あの体のどこに内臓があるのか、体内の器官はどうなっているのか疑問は尽きない。

 

 その姿は無定形の肉塊で、体を波立たせながら、絶えず単細胞生物を生み出し続けている。

 

 彼の棲まう沼地の周囲には神々が遺した智慧が刻まれた銘板が埋もれており、幾人もの魔術師がそれを求め彼の元へと挑んだ。

 

 今なお地底深くに存在し、その細胞は刃物で易々と切り取れるものの外気に触れ増殖し、接触した生物を融解す。

 

 其は始原にして終焉。

 

 頭手足なき塊。

 

 自存する源。

 

 無形の白痴なる造物主。

 

 始まりにして終わりの生命。

 

 彼の者、地球上生物の不気味なる原型を生み落としたり。地球上の生物はなべて、大いなる時の輪廻の果て、彼の元へ──

 

 

 

「九頭龍君?」

 

「えっ、あ、はい?」

 

 思考に没頭していると、突然声をかけられた。

 

 気付くと殺せんせーがこちらを覗き込んでいた。

 

「大丈夫ですか? 具合悪いのでしたら無理せず保健室に……」

 

「大丈夫です。パニックにはなっていませんし……」

 

「……ならいいですけど」

 

 無理はしないでくださいね?

 

 そう言って授業が再開される。

 

 奥田さんに、その才能を活かすよう国語力も鍛えてほしいと諭していた。

 

 

 

 ──この超生物(せんせい)に馴れるまでもう少しかかるらしい……

 




次回はビッチ先生登場。
前回、2話後に主人公の紹介回をするといったものの更に先になる模様。

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