暗殺教室 ~僕は平穏に過ごしたい~   作:三十

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思いの外長くなりそうなため2話に分けることに。


主人公がすることは賛否が別れると思います。
実際、半ば反則だと作者は考えていますが、躊躇はしません。

それではどうぞ。


話し合いの時間

◇◆◇

 

 夜。

 

 少年は手紙をしたためていた。

 

 丁寧にペンを走らせ、念入りに誤字脱字を確認し、綺麗に清書を行う。

 

 どこへ出しても恥ずかしくないよう入念に仕上げる。

 

「……よし、こんなもんか、な」

 

 作業を終え、再度検分する。

 

 満足のいく仕上がりとなったらしい。

 

「……コピーも作っておこうか」

 

 スキャナーをセットし、バックアップをとる。

 

 明日に備え、万全に。

 

 

◇◆◇◆◇

 

 

「起立! 気をつけ! 礼!」

 

 日直の号令と共に、クラス全員の一斉射撃が始まる。

 

 夥しい弾丸が射出されるものの、殺せんせーは相変わらず笑顔で出席をとりながら素早い動きで躱していく。

 

 目にも止まらない、どころか速すぎて分身ができる速さだ。

 

「はい。今日も命中弾はゼロです」

 

 銃と弾を片付けましょう。と、無傷でクラスに呼び掛け、クラスのみんなは散らばったBB弾の掃除を始める。

 

 

 

 ──四月の初め、私の姉は化け物(殺せんせー)に殺された。

 

 迎えに行っただけだった。積もる話をする約束をしていて。

 

 教師としてE組の担任をしていたお姉ちゃんが、夜手伝っているという研究所。やたら厳重な警備でどんな研究をしているのかは分からない。

 

 姉の婚約者というあの人がお姉ちゃんのことを遅くまで手伝わせているらしく、内心ではそれが不満だった。

 

 一度会った時から分かっていたけど、あの人は最初の外面は良くても支配下に入ったら横暴になるタイプだ。役者の仕事であの手の人はよく見たし、正直嫌いだった。

 

 それに、最近お姉ちゃんの声が明るい。好きな人でもできたのか聞いてみると面白いように動揺した。

 

 だから、折角の機会にお姉ちゃんの気になる人の話でも聞いてみるつもりだった。良ければあの人と別れないか話すつもりだった。

 

 人に気を遣ってばかりの姉がもう少し自分のことを見れるように、仕事の息抜きにもなるように、久々に話をするつもりだった。

 

 ──轟音が轟いた。

 

 発信源は姉がいる研究所。

 

 突然の大爆発。

 

 壁は吹き飛び、瓦礫は散乱。

 

 警備の人は右往左往と慌ただしい。

 

 じっとしてられる訳がなかった。

 

 幸いなことに、小さな体は大人たちより早く潜り込む事ができ、

 

 

 私は()()を目撃した。

 

 

 息絶えた姉と、その傍に佇む怪物。

 

 大きさは人間大より一回り程大きく、脚部は無数に枝分かれし、頭部には髪の代わりに無数の触手を生やしている。

 

 腕と思われる器官もまた触手であり、人間の腕より長くしなやかなそれで血を弄んでいた。

 

 私がその得体の知れない怪物を前に少しでも冷静さを保っていられたのは、血を流す姉が倒れていたからだろう。

 

 一陣の風と音と共に飛び去っていく触手の怪物。

 

 その場には姉の亡骸と私だけが残された。

 

「……お姉ちゃん」

 

 駆け寄ってみるも既に脈はなく、その大きく開いた傷口はどうやっても──少なくとも人の力では──傷つけることのできそうにないもので、あの怪物の仕業ということは明らかだった。

 

 傍らにはあの怪物が残したと思われるメッセージ。

 

 椚ヶ丘中学校三年E組(お姉ちゃんが担任だったクラス)の担任になる旨が書かれていた。

 

 

 ──お姉ちゃんを殺した怪物は、お姉ちゃんの大事な物を乗っ取ろうとしている。

 

 

 私の殺ることは決まった。

 

 

 

 こうして、私はこのクラスに来た。

 

 住民表を偽造して、転入試験を受け、わざと問題を起こして、E組行きを申し出て。

 

 奴を殺すための切り札もある。

 

 奴を殺すための殺し屋に演技()ることにした。

 

 その時が来るまででしゃばらず、一歩引いてクラスに溶け込んで。

 

 完璧だったはずだった。

 

 

「雪村先生の死の真相について、知りたくない?」

 

 

 彼にそう切り出されるまでは、そう思っていた。

 

 

 

 

「……どういうこと?」

 

 必死に平静を取り繕い、そう口から絞り出すのが精一杯だった。

 

 きょとんとした顔で彼は語る。

 

「雪村あぐりさんが何故死んだのか、殺せんせーとの関係は、知りたいかなって思ったんだけど、どうかな?」

 

 ──()()()()()()()、と。

 

 私のことが知られていることを明かしてきた。

 

 九頭龍宗沙。

 

 私が彼と会ってから一週間と経っていない。

 

 初対面の様子からして疑問を持たれていたようではあるけど、距離は置くようにしていたし、まさか私の正体まで知られているなんて思いもしなかった。

 

「いやさ、放課後にちょっと殺せんせーに用があってさ、一緒にどうかなって」

 

 他のクラスメイトには内緒で、さ。と、

 

 それは明らかな脅迫だった。

 

「まあ、君の目的について吹聴する気は無いからさ、そこは安心していいよ?」

 

 白々しく、そう言う彼に、

 

「……分かった」

 

 私はそう答えるしかなかった。

 

 

◆◇◆

 

 

「ヌルフフフフ……。まさかあなたが暗殺を仕掛けようとは思いませんでした」

 

 楽しみですねぇ、と。

 

 タコが顔を緑の縞模様に変え笑っていた。

 

 ……その様子は腹立つが、俺も同感ではある。

 

 放課後、他の生徒達が帰った後、茅野さんを連れて教員室に来た彼は、いきなり切り出した。

 

「ちょっと仕掛けに来ました。殺せんせー、烏間先生、お時間は大丈夫ですか?」

 

 そう言って適当に椅子を並べ、四人で対面。

 

 この状況で、彼は何をしようと言うのだろうか。

 

 平穏を望み、暗殺を拒んだ彼の意図がまるで分からない。

 

「それと先生、あなたに嫌われたのかと不安でしたよ」

 

「まあ触手とか気持ち悪いですし、この世から消えてほしいのは事実ですけど」

 

「ちょっと酷くありません⁉」

 

 ……まあ、彼は案外辛辣なようだし、それに思慮深くもある。

 

 もしかしたら暗殺を断りながらも計画は立てていたのかもしれない。或いは、暗殺以外に目的があるのか。

 

「それに、仕掛けに来たと言っても僕がしたいのは『暗殺』じゃなく『交渉』なんですけどね」

 

「交渉ですか?」

 

 ちなみに茅野さんは付き添いです、と。彼は変わらない穏やかな笑顔のまま頷いた。

 

 成る程。確かに話し合いを始めるような、いや話し合いのための場なのだろう。

 

 世界を救うと言うならば奴を説得するのも一つの手段ではある。

 

 それができるのなら、だが。

 

 それとも何か策があるのだろうか?

 

「つまり、地球の爆破を取り止めさせようと?」

 

「ええ、まあ」

 

「……ヌルフフフフ。生憎やめる気はありませんねぇ。一体どう私を説得するつもりでしょう?」

 

「人質です」

 

 と、彼は、

 

 何でもないかのように、

 

 端的に言い放った。

 

「……人質、ですか?」

 

「はい。ですので、交渉と言うよりは脅迫と言った方が適切ですね」

 

 言葉を失った。

 

 そして理解して驚いた。

 

 平穏を望み、外部から危険に曝されることを危惧した彼が、そんな手段に出るとは思わなかった。

 

 茅野さんも驚いている。何も知らされていなかったらしい。

 

 いや、ならば人質というのは──

 

「ああ、誤解しないでください。彼女は人質のために付いてきてもらった訳ではありません」

 

 俺が茅野さんを見たのに気付いたのか、そう訂正し、

 

「人質はクラスメイト全員です」

 

 そう断言した。

 

 

「クラスメイト全員、ですか……」

 

「ちょっとそれどういうこと⁉」

 

「そのままの意味です。殺せんせーが地球の爆破を取り止めないとクラスのみんなを皆殺しにします」

 

 一瞬の沈黙。

 

 彼は一体何を考えているのだろう?

 

 その笑顔を絶やさない表情からその真意は読み取れない。

 

 そのまま殺戮を行おうと、或いは冗談だよと撤回しても、どちらをとっても違和感がない。

 

 荷が重いと暗殺を断り、また自由に質問を奴にぶつけたマイペースさ。

 

 鋭い観察眼を披露し、また今後の自分のスタンスを示した思慮深い彼。

 

 かと思えば、急に取り乱し気を失った時は病人のような弱々しさを見せた。

 

 一体彼は何なんだろう。

 

 俺が彼に気をとられている間、奴が彼に話しかけた。

 

「……それは穏やかではありませんねぇ。確かに生徒達が危険に曝されては私は教師として守らざるを得ない。しかし、そんなことができるとでも?」

 

「できますよ? 詳しくは手紙に纏めて来たので今から読み上げますね。ああ、既に仕掛けは作動していますし、僕をどうしようと無駄なので悪しからず」

 

 そう言って懐から封筒を取りだし、中から手紙を広げ読み上げる。

 

 

『地球の爆破を目論む超破壊生物、殺せんせー。貴様の大事な教え子達の命は預かった。彼らの命を助けたくば来年三月までに自ら命を断て』

 

 ゆっくりと、文面を俺達に語りかける。

 

 しかし、ここにきて違和感を覚える。

 

 そもそも、さっき帰っていったばかりの生徒達をどう人質にしたと言うのだろう?

 

『さもなくば、仕掛けられた爆弾により彼らの命は奪われることとなるだろう』

 

 どうやって爆弾を用意したと言うのだろうか。

 

 どこに爆弾を仕掛けたと言うのか。

 

 

 

()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 

 今、彼は何と言った?

 

『その爆弾は殺せんせーが来年三月に地球の爆破を行おうとしたその瞬間起爆し、人質達を地球諸共爆破するだろう』

 

 彼は今、何と言っている?

 

『尚、爆弾を取り除く手段はなく、爆弾を止めるには殺せんせーが死ぬ以外に方法は無い』

 

 思考が止まる。

 

『椚ヶ丘中学校三年E組の前担任、雪村あぐりと約束し託された生徒達の命が惜しくばその爆弾が起爆する前に自ら命を断て』

 

 彼は一体……

 

「さて、どうしますか?」

 

 一体、何と言っている?

 

 

「あなたは、どこまで……?」

 

 静寂を打ち破ったのは奴だった。

 

 動揺を隠さず、隠す余裕もなく、彼に質問する。

 

 茅野さんも困惑している。

 

 この場の全員が余裕を失っていた。

 

「どういう……?」

 

「ああ、そのあたりの説明は殺せんせーの返答が終ってからお願いします」

 

 相変わらずの穏やかな笑みで、奴に答えを促す。

 

 茅野さんは何も聞いていないようで、疑問を漏らし、口をつぐんだ。

 

 成り行きを見守ることにしたらしい。

 

「来年三月までに、あなたは自ら命を断ちますか?」

 

 その言葉を聞き、さっき言われたことを反復する。

 

「まあ、こちらとしても要求を飲んでくれないと困るんですけどね。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()、例え殺せんせーが爆破を取り止めても来年三月に爆発する仕様になってしまっていて、これでは世界が滅ぶことには代わりありませんし」

 

 衝撃の余り理解できなかったそれを、しかしようやく理解した。

 

「でも殺せんせーは見捨てたりしないでしょう? 教師として、生徒のことを」

 

 これは脅迫と言っていた。

 

 確かに、その通りだ。

 

「まあ、僕らにとっては大した問題でもないんですがね。どのみち爆弾が起爆する状態までにあなたを殺せなければ既に手遅れでしょうし」

 

 彼は話をすり替えてる。

 

 奴が爆発し地球が滅ぶことを、俺達は奴が地球を爆破すると伝えていた。

 

 それを自分の仕業だと言っている。

 

 奴が爆発することを、自分の作戦として使っている。

 

「ああ、もし僕の言ったことが信じられないのでしたらあなたを研究していた研究者にでも問い合わせればすぐに分かりますよ? 『あなたは来年三月に爆発する』って、口を揃えて言うでしょうから」

 

 詭弁だ。

 

 だが、反論できない。

 

 奴が地球を爆破するというのも、実際奴の意図ではない。

 

「それと、もし他の方法で爆破を防ぐと言うなら止めません。人質のためにも頑張ってください」

 

 そして防ぎようもない。

 

 ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 そして、何より──

 

「あと、()()()()()この事は他言する気はありませんので、ご安心を」

 

 ──真相を知っていること自体が、何よりの脅迫だった。

 

 

「今のところ、ですか……」

 

「ええ。この交渉に失敗した場合、何が悪かったのかクラスのみんなに相談しようかなって」

 

 元々暗殺に興味はありませんし、それが暗殺に影響しても関係ありませんから。

 

 穏やかに、冷たく言い放つ。

 

 何の気負いもなく、興味なさげに。

 

 そして奴に、

 

「それよりどうしますか? このままだと生徒達はみんな死んでしまいますよ?」

 

 返事を催促し、スマホを取り出す。

 

「言いそびれていましたが、ここでの発言は記録させて頂いてます。それでは殺せんせー、返答をどうぞ。勿論すぐに死んでとは言いません。もし爆破を防ぐことができない時、来年三月までに死んでくれれば、そう誓ってくれれば結構です」

 

 それはもはや勝利宣言であり、

 

「……分かりました。来年三月までに爆破を防げない時は自ら命を断ちましょう」

 

 奴はそう返すしかなかった。




話し合いの時間(脅迫)

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