ある日突然聖杯戦争に   作:満足な愚者

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更新遅れて申し訳ないです。待っていた方がいたのならすみませんでした。これからはボチボチと暇を見て更新していければなぁと思います。


第一話

新都の公園であの白い少女とその背後に潜んでいた得体の知れない化け物に出会ったからだろうか、詳しいことは俺にもよく分からないが、その日、俺は久しぶりにあの時の夢を見た。少し前、そう俺がまだあの世界にいた時にはよく見ていた夢だ。普通の夢とは違い、その夢は見ている側の俺からしてもはっきりと夢だと分り、そしてその風景は起きた後も忘れることなく記憶に残る。そんな変な夢だった。

 

夢の中で俺はただ立っているだけ、そしてその中心に立つ俺の周りにその映像は流れ続ける。俺はただ干渉も何も出来ずに周りで起きている出来事を、そして風景を眺めるように見ることしか出来ない。手を伸ばしても何も触れることは出来ずに、そして、誰に声を掛けてもその声は届くことはない。ただ映画の様に、ただ本の様に、ただただ俺に許されるのは鑑賞者という立ち位置だけだった。

 

まず、そこは平原だった。空は晴れ、風が穏やかに吹き、遥か彼方まで見通せるそんな所に俺は立っていた。俺の周り、そこには多くの男達がいた。武器をもつ兵士たちがいた。そして、彼らは各々の武器を掲げ、雄叫びを上げると走り出す。彼らの目の前には、これまた多くの兵士たちがいた。

 

――そして、大軍がぶつかり合う。

 

風景が変わる。今度は荒地だった。天気も晴天ではなく、しとしととした雨が降っていた。そこにも向かい合うようにして二つの軍団がいた。各々に武器をもった兵士たちがいた。そして、彼らはぶつかり合う。怒号を上げ、得物を天高く掲げ、ぶつかり合う。

 

――風景が変わる。

 

次々と風景が変わる。そこは、平原だった、荒地だった、荒野だった、丘だった、盆地だった、湿地だった、川沿いだった、街だった、村だった、城だった、泥濘だった、火の海だった。そこは晴れだった、雨だった、曇天だった、雪だった、風だった、嵐だった、雹だった、そして、晴天だった。

 

――風景が変わる。

 

多くの戦いがあった。勝ち戦があった、負け戦があった、奪還戦があった、防衛戦があった、籠城戦があった。

 

――風景が変わる。

 

多くの人がいた。男もいた、女もいた、青年がいた、少女がいた、少年がいた、老人がいた、老婆がいた。そして多くの兵士がいた。剣士がいた、弓兵がいた、槍兵がいた、歩兵がいた、衛生兵がいた。

 

――風景が変わる。

 

場所が違う、天気が違う、現れる人の数も、兵士の数も、戦も違う。でも、ただ一つだけその全てに共通している所があった。そう、どの風景も――

 

――地獄だった。

 

多くの人が死んだ。ぶつかり合った剣士が死んだ、弓兵が死んだ、槍兵が死んだ、歩兵が死んだ、衛生兵が死んだ。大砲に吹き飛ばされて跡形もなく消し飛んで死んだ、上から突然降ってきた投石器による投石に押しつぶされて死んだ、雨の様に飛んでくる弓に貫かれて死んだ、剣に斬られ死んだ、槍に穿たれ死んだ、炎に燃やされ死んだ。多くの血が流れていた、血が辺りを川に変え、朱に全てを変えていた。

 

焼き払われた街があった、略奪された町があった、襲われた村があった、男も女も老人も子供も関係なく殺されていた。死に溢れていた、死が何時も隣にいた。

 

もしも、この世に地獄があるとするならば――

 

――きっとこの風景をそう呼ぶに違いない。

 

そこは、間違いなく地獄だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「はぁあああああああああ!」

 

気合の入った叫び声を上げながら振り下ろされる竹刀による一撃を冷静に分析する。スピードはそこそこに速い。しかし、それの何倍、もしくは何十倍もある剣速をとある事情で見たことがある俺にとってはまるで止まっているかのように感じるレベルだ。見きれない速度でないそれを半身で躱すと、勢いあまり横を通り過ぎていった相手の頭にすれ違いざまの一撃を入れる。

 

――パシッ。

 

竹刀で叩かれたいい音が響いた。

 

「いってぇええええ!」

 

勢いあまって前のめりに倒れたソイツは竹刀で打たれた頭をさすりつつ起き上がる。

 

「くっそ、やっぱり一太刀も入れられないか……」

 

日本人にしては珍しく、赤毛の入った固い髪を左手で掻きながらソイツは悔しそうな表情で右手に持った竹刀を数回振った。腕の筋力は相当にあるので片手で振っても剣がぶれるようなことはなく、空気を割く音がする。

 

「まぁ、まだ後輩には負けてやるわけにはいかないな」

 

その様子を見て、笑顔を浮かべながらそう返しておく。とある事情により普通の人間ではまず体験することはない特殊な経験を積んだ俺からすれば初心者に毛の生えた程度の彼の相手くらい訳はない。彼が真剣でこちらが竹刀でもある程度は太刀打ちできる自信がある。幾ら彼が高校生にしては体を鍛え、少しばかり剣技に精通していたとしても所詮はまだただの高校生、負ける道理も可能性もない。

 

アイツは強かった。思い出すのは白百合の可憐な騎士。彼か彼女か結局最後まで分からなかったが、可憐な容姿に似合わず間違いなく最高の騎士だった。優雅にして雅、まるで演武でも見ているような剣技だった。

 

――まぁ、アイツと比べるのは酷な物だな。

 

内心で思わず苦笑いを浮かべる。何といっても今思い浮かべたアイツは――人間ではなかったのだから。そして、そいつ対峙した時、俺もまた人間ではなかった。

 

「しかし、先輩って強かったんだな。ここまで強かったなんて想定外だった」

 

「まぁな、少しばかり昔に齧っただけだけどな。それに俺と士郎との力の差は純粋に経験の差だよ。歳の差とも言っても良い。剣の才能自体は士郎の方が何倍もある。だから、もしも俺がしたような体験を士郎がしていたのなら、今頃は俺よりもずっと強くなっていただろうね」

 

これは間違いなく言える。もしも、彼が俺と同じような経験を積んだのなら彼の実力は俺の遥か上をいくだろう。ひょんなことから彼と遊び程度の模擬戦と軽い指南を時たま行うようになって早半年、たった半年だが彼の実力は確実に上がっていた。その腕前の上達の速さには目を見張るものがあった。武芸に対する才能、それだけを取ってみるならば俺と彼の間には大きな差があるに違いない。

 

脳裏に浮かぶはあの地獄。

 

俺があの地獄を生き延びれたのは、剣の技量というよりも、きっと――。

 

――あなたのために祈ります。

 

きっと、そういう事だったに違いないのだから。

 

「本当にそうか? 結構な回数打ち合ってきたけど先輩に一太刀入れることも未だに出来ないんだぞ」

 

「そこは本当に経験の差だって」

 

さて、ここらでいい加減目の前の青年について紹介しておこう。余り長々と紹介するのもあれだから本当に簡単に。日本人にしては珍しい赤毛の彼の名前は衛宮士郎。俺の先輩が保護者として面倒みている青年で、俺の後輩にもあたる。性格は馬鹿にお人好しで、正義感の強い、いや強すぎる青年だ。そして、真っ直ぐすぎる青年でもある。先輩である俺とはまるで真逆だな、と思った奴がいたらそれはまごうことなき正解だと断言してやろう。

 

昔、彼が言っていた言葉が彼を体現している。

 

――『正義の味方になりたい』

 

そう、それが俺と彼の対極さを物語っている。

 

結局何一つ変えられず、守りたかった人を守れなかった俺とは――。

 

まぁ、そのことを長々と語ってもつまらんだろうから、彼の紹介はこの辺りでよしておこう。簡単にまとめれば衛宮士郎という後輩は、今どき珍しい正義感溢れる好青年だと思っておいてくれれば間違いない。

 

それと付け加えるのなら家が馬鹿みたいに広い。武家屋敷と言うんだろうか、とにかく家が広い。なんといっても家の中に道場があるくらいだ。俺たちが今向かい合っているのもその道場だったりする。普段は使われていないそこで時たまこうして向かい合うことがあった。

 

「経験ねぇ……。そう言うものかな」

 

「そう言うもんさ。後はあれかな少しばかりスタイルを変えるのもいいかもしれない」

 

竹刀を片手に頭を捻っている後輩にそうアドバイスめいた提案を投げかける。

 

「スタイルを変える?」

 

「うん、そうそう」

 

「それって例えばどういう風にするんだ?」

 

そう問われて、少しだけ逡巡した。衛宮士郎という青年にあったスタイルは何か、と。

 

そして、出た結論は、

 

「うーん、そうだな。前々から少しだけ思っていたんだけど、士郎は筋力もあるし、剣もそこそこ触れるから二刀流なんてどうだろうか?」

 

これだった。彼は少し前まで弓道部に所属していたし、筋力はそれなりにある。そして、幼い頃に先輩に剣のさわりを教わっていたことがあったらしいのである程度剣は振れる。で、あれば二刀流が合っているのではないかとそう思った。

 

「二刀流……」

 

「そうそう一本でダメなら増やせばいい。重くて振れないなら、短い剣を二本にすればいい。戦いは数だよ。手数が多いほど当たり前に強い。それに剣が二本あるのなら一本を相手に投げてもいいしね――まぁ、これは戦いじゃなく剣術、護身術みたいなもんだけどな」

 

そう言って笑っておく。

 

「うーん、なるほど……。それで先輩に一太刀入れれるんであれば試してみるかな」

 

「まぁ、そうだな。物は試しだ。やってみればいいさ。昔の好に双剣に詳しい奴がいたから軽い触り程度なら教えることはできるよ」

 

思い返すは顔に傷のある大男。共に戦場を駆け抜けた仲間であり、俺の事を隊長と慕ってくれた部下でもあった男だった。そして間違いなく共に戦場を駆け抜けた時間が長かった男だ。

 

「先輩って意外と顔が広いよな。そう言えば、気になっていたんだけど、先輩はどこでそんな剣術とかの経験を積んだんだ?」

 

「小さい時に少しな、親父の知り合いから」

 

笑ってそう誤魔化す。

 

馬鹿正直に俺が経験したことを話したところで誰にも信じて貰えるはずはない。寧ろ脳と精神を心配されること間違いなしだ。誰の記憶にも残っておらず、歴史にも記されていないあの物語を語ったところで、それは妄言と変わりないのだから。

 

「そうなのか……。先輩ほどの強さがあったのなら藤ねぇにも勝てるんじゃないのか?」

 

「いやいや、それは無理だよ。前に一度先輩と剣道の試合をしたけど一本取れずに瞬殺されたしね」

 

士郎が言う藤ねぇとは俺の大学の先輩に当たる人であり俺と士郎が知り合ったきっかけになった人でもある。本名を藤村 大河。剣道五段という実力者でかつては「冬木の虎」と呼ばれていた。ちなみに本人は虎と呼ばれることを嫌っており、虎およびタイガーと呼ぶと問答無用の制裁を食らうので注意が必要である。その制裁に男女の区別はない。みな平等に鉄拳制裁である。

 

「先輩でも藤ねぇの相手は厳しいのか……」

 

「間違いなく先輩は強いよ。少なくとも俺があと五年鍛錬しても先輩には勝てないだろうね」

 

“剣道”では天地がひっくり返っても先輩には勝てない。これは明白な事だ。しかし、それ以外なら何でもありの戦いならば負ける気はない。士郎はどこか勘違いしているようだが、俺が彼女に勝てないと言ったのは剣道の試合だけだ。スポーツとしての剣技、ルールのある戦いにおいては彼女の方が強い、俺程度では足元にも及ばないだろう。

 

ただ、スポーツではなく戦場で、ルールなしの戦いだったのなら話は違う。生死の懸かった戦いにおいて、生き残る技量だけは彼女よりも遥かに先にいると自負している。まぁ、そんなことを事情を知らない後輩にいったところで伝わる訳もないため、早々に話を切り上げておく。

 

「まぁ、俺の得意分野は剣道というかどちらかといえば剣術だし、士郎のそれも剣術に近いから立ち位置が違うと割り切っておくといい。それよりも、だ。もうそろそろいい時間だし切り上げるとするか、俺も先輩に明日以降のことについて少しだけ話があるしな」

 

「そう言えば先輩、来週からだったよな? 教育実習でウチの高校に来るの?」

 

「あぁ、来週からお世話になるよ。もしも士郎のクラスで授業することになったらよろしくな」

 

「先輩の授業か、何だか楽しみだ」

 

そう笑う後輩と共に道場の後片付けをするのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

士郎の家からの帰り道。空には月が浮かび、よく晴れていた。風はないため気温のわりには寒さを感じないのだが、やはりそこは真冬だ。吐いた息は白かった。

 

手袋をした手をポケットにいれ、更に首元にはマフラーを巻き、コートをしっかりと着こんだ何時も通りの寒冷使用で歩きながら、考える。

 

――どこか街の様子がおかしい。

 

あの白い少女と出会い、そしてあの感覚を思い出したからだろうか。俺の感覚というか感性というかそんなものが数日前と比べ、研ぎ澄まされていた。何と言えばいいのか、あの戦場にいた感覚や感性を取り戻しつつあると言った方が分かりやすいかもしれない。

 

そして、その第六感的な勘がささやく。この街はおかしいと。詳しいことは俺自身よく分かっていないのだが、何と言うか違和感がある。普段の冬木とは違う感覚がする。

 

長いこと冬木に暮らしてきた。そして、その感想はいたって普通の地方都市だということである。それは俺が約半年前の夏の夜、ここに帰って来た時も同じだった。少なくもこの街において、死の恐怖なんてものを感じたことはなかった。しかし、あの日俺はあの公園ではっきりと感じた。

 

――あの少女の周りから感じたあの感じ……。

 

目視でとらえることは出来なかったが、あの少女の傍には何かがいた。それも生身の人間ではどうしようもない何かが。

 

――あの感じは……。

 

俺は知っている。少女の傍にいた何かと同じとてつもない威圧感と死の恐怖を感じさせる奴らを知ってる。

 

――いや、でもそんな筈は。

 

自らの考えを自ら否定する。似たような奴らを知っているからこそ否定する。いや、否定したかったと言った方が正しいか。

 

――現代日本にあんな奴らがいていい筈がない。

 

あの竜が空を舞い、骸骨兵とゾンビ兵が地を闊歩し、英雄たちはがぶつかり合う、そんなファンタジー溢れる世界ならともかく、この現代日本のそれも地方都市においてあんな奴らがいていい筈がない。

 

少女の言葉を思い出す。

 

『次に会った時は――殺しちゃうかもだから。だから、これから暫くは家に閉じこもって出歩かない方がいいよ。少なくともこの“戦争”が終わるまでは』

 

戦争。そう彼女は口にした。

 

――もしも仮に彼女の傍にいた存在がアイツらと同じような奴だとしたら……。

 

戦争が指す意味が俺には分からない。でも、もしも戦争が文字どうり戦いを指していたのなら、そしてもしも、彼女の傍にいた奴が俺が考えている奴らと同じような奴だったのなら……。

 

――いや、大丈夫だ。そんな筈はない。

 

自分自身に言い聞かせるように呟くといや考えを振り切る様にその足を速める。

 

嫌な感覚はまだ消えない。

 

 

 

 

 

 


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