ツルハシを手に、土を掘り返す。
何度も、何度も、何度も。それが今、俺に課された役割なのだから。
天高く、
休むことなく動いているわけだから、体に熱がこもってさすがに暑い。それに汗だくになっているせいで、気持ち悪い。
ツルハシで土を掘り返す度に土煙があがるせいで、汚れもする。早く大衆浴場へと行って、サッパリしたい気持ちで胸がいっぱいになる。
「気張ってるな、新入り! ここはそろそろ良いから、次は向こうを手伝ってくれ!」
「あいっす、親方。行ってきます」
筋骨隆々の体格に厳しい顔付きで、まさに親方! という風貌の男性に頭を下げて、俺はツルハシを肩に担ぐ。
俺は、アクセルにある土木建築の仕事に就いていた。
これを始めたのは、つい一週間ほど前の話である。
今ではすっかりと現場に溶け込むことが出来ていて、ステータスの補正もあるおかげか良い運動だと思えるくらいだった。
それにも理由があって――。
「上手くやれてるかな、二人共」
現在、クリスとダクネスは他の冒険者のパーティに参加して、アクセルから少し離れたダンジョンへと挑んでいる。
それが俺のついて行けるような難易度ではなく、置いていかれてしまったからだ。
別に、嫌われたとかハブられているわけではない。単純に実力が足りていないというのが原因である。
いくら俺が
俺はダクネスのように上級職ではなく、また、クリスのようなダンジョンに適した職業ではない。
それに、前衛職というのがどのパーティにも一人や二人くらい必ず居る。
冒険者の中で、一番多い職業だと言っても過言ではないのだ。
就くのに知力を必要とするウィザード、攻撃魔法のないプリーストに比べて、単純に腕っ節が重要なのが前衛だ。
加えて、前衛職は言ってしまえば戦闘の華である。剣で切り込み、盾で仲間を庇い、技で翻弄する。言ってしまえば、要であり派手なのだ。
職種も他に比べて豊富で、技術はスキルポイントで習得出来る。そういう敷居の低さもあって、溢れかえっていると言っても過言ではない。
そういう理由もあって、俺は普段行っているジャイアントトード狩りにも行かず、肉体労働に精を出している。
前世では体の弱さもあって敬遠していた仕事だが、この世界でやってみて案外楽しいとすら思うようになっていた。
単純作業の繰り返しではあるが、結構良い筋トレにもなる。
ツルハシで土を掘り返し続けたり、重い木材や石材を往復で運び続けたりと色々な部位に負荷が掛かる。
これを期に、改めて筋トレの量を多くしようかと考えているくらいだ。
目指すは細マッチョである。脱・もやし体型である。最近は飯の量も増えてきているし、上手くやれれば筋肉が付くかもしれない。
ツルハシをガンガン振り下ろしながら、そんなことを思う。筋肉がつくのが楽しみだなんてと、小さく笑みをこぼしながら。
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更に日にちが進んだある日のこと。
クリスとダクネスはまだ帰って来ていない。遠征先のダンジョン攻略に手間取っているのか、それとも単に距離が遠いのだろうか。
というわけで、今日も俺は労働に勤しんでいた。
俺はもうすっかりと現場の人間から信頼を得て、冒険者から土木関係の労働者にジョブチェンジしているような感じである。
が、ここ最近気が気ではなくなっている。
ある二人組が新しく現場に加わり、親方の指示のもと場を盛り上げるくらい必死に働いているのだが――。
「ぜぇ、ぜぇ……アクア、壁を塗るの俺と代わってくれ。代わって、この木材を運ぶんだ……!」
「嫌よ! なんで女神であるこの私が、あんたみたいなヒキニートと仕事の交換をしなくちゃいけないのよ!」
何故だかは知らないけれど、あのアフターケアもしてくれない女神がそこに居た。
加わった初日、俺は完全に不意打ちをくらったような気分になった。
しかし、親しげに口論をしているところを見るに、あの少年も俺と同じ転生者なのだろう。
というか、同じ現場で働いている内にわかったことだが、あの女神けっこう口が悪い。
何かと相方らしい少年――サトウカズマ君に罵詈雑言を吐く姿を度々見かけることがある。
その度に親方が怒鳴るんだが……あ、また怒鳴られて作業に戻った。ご愁傷様だ。
俺はと言えば、彼らとの接触を最低限で済ませようと努力している。
俺の抱いている――非常に理不尽であると自覚はしているが――女神への印象が少しばかり悪いから、というのもあるが……何故だかあの二人に巻き込まれたくないのだ。
あの二人と関われば、碌でもないことになる。第六感がそう告げている。だから、遠巻きに様子を見るくらいの立場であろうと思っていた。
「あ、ダイナさん! お疲れさまっす!」
「おう、お疲れさん。浴場行くんだろ? ほら、これで風呂上りに一杯飲みな」
「あざーっす!!」
遠巻きに様子を見るくらいの立場であろうと思っていた。
「カズマずるい! ダイナさん、私には!? 私には何もないんですか!?」
「はいはい、そんなせっつくな。ほら」
「あざーっす!!」
立場であろうと思っていた。
「おいおい、あんまり新人を甘やかすなよ」
「いやー、すぐ逃げられても困りますからね」
「そうは言うがな……まぁ、お前が世話して見てるんだから良いか。はいよ、今日の日当だ。いつもより色着けといたぜ」
「あざーっす!!」
……思っていた。
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どうしてこうなった! どうしてこうなった!!
大事なことなので二回言いました!!
夜、借りている馬小屋の一室でシーツを上に敷いた藁に寝そべりながら、俺は頭を抱えていた。
そりゃあ、ね? 言い訳するなら俺だって遠巻きで様子を見ていたいさ。
でもさ、親方から新人の指導やら何やらと任されてるんだから逃げるわけにもいかないじゃん?
俺があの女神とカズマ少年を見捨てるわけにもいかないし、労働環境にあって逃げられると困るわけじゃん。
ドタキャン、バックレ、ダメ絶対。一緒に働く人の迷惑になるからね! これで俺が何度ワンオペを強いられたことか……。
いや、前世での出来事なんて今はどうでもいい。
俺も一応、あの現場で立場というものが出来上がり始めている。本業は冒険者だ。本当だよ?
これが元社畜根性とでも言うべきだろうか、だからこそ関わり合いになるような出来事が起こるまで様子を見ていようと思っていたのに。
ちなみに、俺のフルネームを二人は知らない。自己紹介する時も、ダイナとしか名乗っていないからだ。
いっそ最初の内にバラしてしまっていた方が良かったのではないだろうか。そうすれば、こうして内々に悩むようなこともなかったのではなかろうか。
体の強さは成長していても、精神は未だ成長出来ていないらしい。変わりたい、後悔するくらいならば頑張って変わりたい!
「しかし、どうするかな……」
一通り身悶えして、労働に疲れた体に鞭を打ち続けるのも不毛だ。
本気で現実にある問題を解決を模索しなければ、この状況はいつまでも続くだろう。
頭の中にある、あの二人の情報を整理する。
まず、俺をこの世界に転生させた女神アクアと、サトウカズマ君は冒険者登録を済ませたばかりであるということ。
最初の無一文スタートをどう乗り越えたのかは知らないが、それですぐに冒険者としてクエストに出ず労働を始めたことから、おそらく二人に所持金はないのだろう。
そもそも、アクセルの周辺に出没するようなモンスターは軒並み駆除されている。近隣の森に居るモンスターもその例外ではなく、だからこそアクセルの治安はとても良い。
現状、民間人でも安心して森の中で採取を行えるようになっている。わざわざ高い報酬を用意してまで、薬草や素材の採取をしなくても良いのだ。
その辺の現実を知っているからこその、労働なのだろう。
さて、しかしてあの少年はそれでも女神に転生させられた勇者候補である。女神が一緒に居るわけだから、このまま労働者で終わるなど有り得ないだろう。
いつかレベルをあげるために、討伐クエストを受けるかもしれない。
そうなると、まず間違いなくやることになるのはジャイアントトード討伐である。
駆け出し冒険者二人で行くなんてことはないと思いたいが、同郷のよしみなんてのも何となく感じてしまう俺は心配でならない。
いや、そんなことを言えるほど偉い立場ではないのだが……それでも少し前までカエル狩りを隔日で行っていた身だ。それとなく誘ってみるのが良いのではないだろうか?
幸い、明日は俺も彼らも休日をもらっている。これは千載一遇のチャンスかもしれない。
第六感? ああ、そんなのもあったね。でもさ、実際交流してしまっている以上放っておけないんです。ウィズさんを助けた時みたいな、誰かの助けをしようと思う気持ちが最近ちょっとずつ大きくなっているみたいで。
「……間違いなく、あの日が原因だろうな」
小さく呟いて、溜め息を吐く。
俺がこの世界にやって来たあの日。クリスが、無一文で困っていた俺を助けてくれたあの日。
見ず知らずの人間を助けてくれた、あの日。ああいう優しさを持つ人間がいることを知った、あの日。
影響されるのに、十分過ぎる理由が全てそこにあった。
彼女の誰かを助けることを厭わない姿勢を、カッコイイと思ってしまったから。
「……クリスとダクネス、元気にやってるかな」
両手をマクラにするように後頭部で併せて、天井を見上げながら呟く。
もうそろそろ帰って来てもいい頃だろうに、あれからかなり時間が経っている。
ちょっとだけ、寂しいと俺は思った。
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「おっす。おはようさん」
「あれ、ダイナさん?」
朝早く、槍の鍛錬を行っていた俺はカズマ君が馬小屋から出てきたことに気付いて挨拶をした。
彼は寝ぼけ眼をぱちくりとさせて驚き、口をあんぐりとさせていた。
「それって、槍……ですよね。というか、同じ馬小屋だったんですか!?」
「おう。今までよくも気付いてくれなかったな」
「ごごご、ごめんなさい! だから殺さないでください!!」
俺の残念そうに呟いた言葉に、ぶんぶんと頭を下げるカズマ君。君は俺をなんだと思っているんだ?
ちなみに、残念だとは一切思っていない。
俺は彼らが起きるずっと早くに馬小屋を出て現場へ赴いていたし、休日に行っていた槍の鍛錬だって馬小屋から遠く離れて行い、二人にバレないように動いていたのだ。
あと、俺は酒を飲まないので彼らが宴会を行っている時も早めに帰ったりしていた。
こうやって堂々と馬小屋の前で動いているのは、昨日考えたことを実行するためでもある。
「ちょっとからかっただけだ。殺さないし、何もしないから頭あげてくれ」
「うっす!」
「ちょっとー、何騒いでんのよカズマさーん。うるさいんですけどー」
遅れて馬小屋から出てきた寝間着姿の女神が、俺のことを見て目を丸くして驚愕する。
「待って待って待って! なんでダイナさんがここにいるわけ!? というか、槍!? ちょっとカズマさん、あんたなんかポカやらかしたんじゃないでしょうね!?」
女神、渾身のリアクションであった。そしてカズマ君に詰め寄り、ナチュラルに彼が原因なのかと疑っていた。
普段からどういうことしてんだい、カズマ君。ちょっと俺、心配になってきたぞ。
それからカズマ君と同じように反応した後、用事があると伝えた俺は二人が身支度を整えるのを待つことになった。
その間に俺は冒険者として活動する時の装備を着込み、外で待機していると普段着に着替えた二人が出てきた。
カズマ君はなんだか懐かしさすら覚える緑色のジャージ。女神は俺が記憶に残っている、あの真っ暗な空間で出会った時の服装だった。
ああ、これで確定だと心の中で呟く。
「それで、用事ってなんですか?」
カズマ君が尋ねてくる。
その視線は俺が持っている槍に向かっていて、気になる様子だ。
「ああ、二人は冒険者なんだろ? それで、一回パーティでも組んでみようかと思ってね」
俺の言葉に、目をぱちくりとさせる両名。
最初に口を開いたのは、女神だった。
「い、いいんですか!? ちょっと、カズマさん! カズマさん! ダイナさんが一緒にクエストに行ってくれるって!!」
オーバーリアクション気味な反応を見せる女神が、カズマ君の肩を激しく揺さぶる。
彼はそれをすぐに止めさせると、俺に向き合って何かを疑うような視線を向けてきた。
「いや、申し出はすごくありがたいんですけど、何故ですか? 俺たち、ろくな装備も整ってませんよ?」
「んー、いわゆるお節介ってやつかなぁ。寧ろ、俺の都合というか。最近、ぜんぜん冒険者らしいことも出来てなかったからね」
これは本音である。
ここ最近はクリスとダクネスが帰って来ていないのもあって、すっかりと労働者として働きすぎていたのだ。
おかげで集中的に体を鍛えることも出来たが、俺の本分は冒険者。あの二人が帰って来たあと、復帰するにしても勘が鈍っていては元も子もない。
「都合が悪かったかな。それなら、日を改めるけど」
「いえ、そんなことは。俺たちも丁度、今日これから武器を買ってクエストに挑むつもりだったので、寧ろ嬉しいとしか」
「それは良かった」
なんというタイミングの良さか。まさか、彼らが今日クエストを受けようとしていたとは。
「じゃあ、今日はパーティの仲間としてよろしく頼む。それと、現場じゃないから敬語とさん付けは必要ないから」
「お、そうか? そう言ってくれると嬉しいぜ」
「ダイナがそういうなら仕方ないわね。この水の女神、アクア様とパーティを組めることを光栄に思うといいわ!」
順応が早いというか、元々交流があったおかげでカズマも女神もすんなりと受け入れてくれた。
しかし、やはり女神の尊大な態度はいつ見てもすごい。ぜんぜん崇める気がしないのだから。
「こら! そうやって調子に乗るんじゃない! ……すまん、ダイナ。こういう奴なんだ」
「調子に乗るも何も、事実を言ってるだけじゃない! なんで怒るのよ!」
「いや、知ってるから気にしないでくれて良いよ。というか……」
そこまで言って、一度呼吸を整える。
目の前の二人は、というか? と首を傾げて俺の言葉の続きを待っているように見えた。
よし、言おう。ここで言ってしまおう。覚悟を決めて、ここから何に巻き込まれようと自己責任だ。
「おい、女神。転生させておいて、無一文スタートとかどういうことだ」
俺の口から飛び出した文句で、世界が静かになったように感じた。
カズマ君と女神の目が点になり、お互いに一度顔を見合わせてからもう一度こちらを向く。
そして、
「「えぇぇぇぇぇぇぇえええええええッ!!?」」
おそらく、俺が人生で聞いた中で一番大きな驚愕の声が、目の前で響き割った。