あの日の夜、俺とウィズさんの密会が行われた。
その際に俺は驚くべき事実を知ることになった。ウィズさんの正体は、リッチーだったのだ。
リッチー。
RPGなんかで例えてしまえば、終盤に出てくるような強敵、もしくはボス級の力を持った存在である。
ウィズさんが言うには、俺を信頼して正体のことを話してくれたのだとか。
それこそ「なんで?」と言いたくもなったが、そのうち正体を明かしていただろうとのことで、それが早かったか遅かったかの違いでしかないのだそうで。
しかし、冒険者である俺にそれを話すということは、自らを危険に晒す様なものだ。
信頼してくれるのは良いけど、俺が裏切って衛兵にでも伝えようものなら、ウィズさんはこの街に居られなくなる。
いや、しないけど。例えリッチーであっても、ウィズさんを裏切ることなんて俺には出来ない。するわけがない。
閑話休題。
話は戻して、なぜ共同墓地で密会じみたことをしていたかと言えばだが、なんてことはない。
彼女はこの墓地に彷徨っている成仏出来ていない霊魂を、アクセルに居るプリーストの代わりに天へと送っているのだ。
曰く、アンデッドの王であるリッチーには彷徨える魂たちの声が聞こえるのだという。
それこそプリーストの出番であるだろうが、アクセルに居るのは拝金主義者らしく共同墓地にまで手を回してくれないらしい。
ここでも金かい。異世界であっても、やはりリアルというのは尽く世知辛いものだ。
さて、ここにいる連中の中には現世に未練を残している者も居るそうで、心優しい性格のウィズさんはそういうことを放っておけるわけもなく、出来る限りではあるが未練解消をしている。
その未練の内容も様々で、相談事で解決出来るようなことからアホらしい――本人にとっては大真面目だろうが――ことまで。
中には俺のような
俺にはその魂の声が聞こえるわけではないが、ウィズさんがそんな内容を話していたので間違いないだろう。
同郷というのもあり、同情の念もあって俺はその魂に黙祷した。ただただ、黙祷を捧げることしか俺には出来なかった。
んで、また脱線しかけた話題を戻すが、未練解決という所で俺の出番である。
物理的な未練解消も塵も積もればなんとやら。一応不死者であるウィズさんも働けば疲れるし、一日という時間は有限であることに変わりはない。
彷徨える魂をなるべく早く成仏させてあげるためには、ウィズさんだけだと何かと大変なのだ。
だから、俺はその手伝いをすることにした。
――しちゃったのだ。
勿論、無償である。後悔もない。ないったらない。
ウィズさんにはお世話になっているし、秘密の共有ということもあってその信頼に応えたいという心意気もある。
やましいことを言えば、これでもっとお近付きになれればという欲望もないわけではないのだ。
俺だって男の子である。あんな美人と更に仲良くなりたいに決まっている。それが例え、超強いリッチーであっても。
まぁ、この世界に来てからというもの、
それはやっぱり、この世界でクリスと出会った時のことが大きな要因なのだろう。
人は変わっていくものだ。それが果たして良い方向なのか、悪い方向なのかは別にして。
しかし、今は誰にも目撃されていないようだが……問題がある。
ウィズさんが共同墓地に来ると、割りと新鮮な死体にはまだ魂が宿っており、ゾンビとなって起き上がることがあるのだ。
この問題に対して、何か策を考えておくべきだろう。
もしもクエストが発注されて、冒険者がやって来た時に鉢合わせでもすれば大問題だ。
その辺はウィズさんと相談しよう。一人で解決出来ることではないだろうからね。
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共同墓地の問題に対して、解決策は今でも見つかっていない。
鍛錬をしている間も。お客さんが居ない時間にウィズさんと話し合っても。
いっそのこと俺からアクアにでも金を握らせてやらせるかとも思ったが、あの女神のことだから何かやらかすかもしれないと保留。
もっと良い策がないかと頭を悩ませていれば、いつの間にやら一週間が経過した。
今日もウィズの所へ行って作戦会議でもしようかと、早朝の鍛錬を終えてから考えていた時だった。
『緊急! 緊急! 全冒険者の皆さんは、直ちに武装し、戦闘態勢で街の正門に集まってくださいっ!』
街中に大きく流れる、ルナさんの緊急アナウンス。
カズマもアクアも飛び起き、俺も装備を整えて一緒に馬小屋から出立する。
「なんだ今回は。また何かの収穫か?」
「いえ、思い当たる節はないわね……。この時期ってキャベツ以外に空を飛ぶ系の野菜なんてないと思うんだけど」
「いや、そもそも空を飛ぶ野菜が何種類もあってたまるか」
カズマの寝ぼけ混じりの問いにアクアが答え、その内容に俺がツッコミを入れる。
街道に差し掛かり、アクセルに居る完全武装で正門へ向けて走る冒険者たちの流れに乗る。
その際にダクネスとめぐみんとも合流を果たし、俺たちは揃って正門へとたどり着いて、呆然とした。
正門から見える小高い丘には、凄まじい威圧感を放つモンスターが居た。
首のない漆黒の馬に騎乗し、同じく首のない漆黒の鎧を着込んだ騎士。
左脇には兜を抱えていて、そこから鋭く怒気の孕んだ視線が放たれているのを感じた。
デュラハン。俗に首無し騎士とも呼ばれ、人々に死の宣告を告げるモンスターである。
デュラハンは己が首を固唾を飲んで見守る正門の冒険者たちに向けて差し出し、潜もった声を放つ。
「……俺は、つい先日、この街の近くにある城に越してきた魔王軍の幹部の者だが。ままま、毎日毎日毎日毎日っ! おお、俺の城に、毎日欠かさず爆裂魔法を撃ち込んでく頭のおかしい大馬鹿は、誰だぁぁぁぁあっ!!」
完全に頭に来て、発狂寸前と言わんばかりに魔王の幹部が叫ぶ。
その内容が聞こえたと同時に、俺の背中を嫌な汗が伝った。
周囲の冒険者たちがざわつく。デュラハンの怒りに対して、一体なにが起こっているのか理解が追いついていない様子だ。
ともかくとして、俺たち冒険者が正門前へと集められたのはあの首無し騎士が原因なのだろう。
一体どこの頭のおかしい誰がそんなことしたんでしょうね?
まぁ、爆裂魔法と言われてまず視線を集めるのはめぐみんである。普段からギルドに集まった時でも爆裂魔法に対する愛を叫びまくっているのだから、当たり前だろう。
だが、めぐみんはその目線を逸らすように右方向に居る魔法使いの女の子を見た。
それに釣られて俺とカズマがその子を見ると、めぐみんに集まっていた視線がそっちへと集まる。
その子は爆裂魔法が使えないと涙目になって必死に否定していた。
わかってる。俺はちょっと聞きたいことがあってカズマへと耳打ちする。勿論、笑顔で。
「カ~ッズマく~ん。ちょっとさー、聞きたいことがあるんですけど」
「イヤ、ナンノコトデスカ。ワカリマセンネ」
カズマもカズマで思い当たる節があるようで、片言になりながら錆びたブリキの人形のような動きでめぐみんの方へと顔を逸らした。
この反応、確定のようだ。
めぐみんの方もカズマの頭越しに見れば、冷や汗を垂らしているのが確認出来た。
まぁ、ここで言及するのも周囲から何をされるかわかったものではない。
後で存分にOHANASIを行う必要はありそうだが……。
そんな事を考えていると、めぐみんが深い溜め息を吐いて嫌そうな顔で前に出るのが見えた。
それに伴い、冒険者たちが彼女の道を空ける。
ブーツが土を踏む音がはっきりとわかるくらい、正門前は静かになっていた。
俺はダクネスとアイコンタクトをしてから頷き合い、カズマとアクアも察してくれたようでめぐみんの後ろに付き従う。
佇むデュラハンとの距離が十メートルほどにまで差し掛かった所で、めぐみんが足を止めて対峙する。
「我が名はめぐみん。アークウィザードにして、爆裂魔法を操る者……!」
先手を取ったのは、めぐみんだった。
怒りに震える首無し騎士の威圧感に怯んでいるのか、普段通りの勢いだとは言えないが肩のマントを翻しながら名乗りをあげる。
「……めぐみんってなんだ。馬鹿にしているのか?」
「ちっ、違わい!!」
まぁ、紅魔族だって知らなければそういう反応を取るよね。うん。
その後、それよりもとデュラハンが激しい剣幕でめぐみんに対し文句を言い放った。
多分、その城にあんたが住んでることは知らなかっただろうし、陰湿な嫌がらせをするつもりも一切無かったのだろう。
デュラハンの畳み掛けるような文句に若干気圧されていためぐみんだが、杖を突きつけるようなポーズを取る。
「我は紅魔族の者にして、この街随一の魔法使い。我が爆裂魔法を放ち続けていたのは、魔王軍幹部であるあなたを誘き寄せるための作戦……!」
おう、今思いついた事をノリノリで言うのやめーや。
作戦なら仲間くらいには相談しよう。
「……毎日爆裂魔法を撃たなきゃ死ぬって駄々こねるから、仕方なく連れていってやってたのが作戦になっていた件について」
「……シレっとこの街随一の魔法使いとか言い張ったな」
「ああ、まだ今日は爆裂魔法使ってないから、強気なんだろ」
「しーっ! そこは黙っておきなさいよ。後ろにたくさんの冒険者たちが控えてるからっていうのもあるでしょ。今いいところなんだから、このまま見守るのよ!」
カズマ、ダクネス、俺、アクアの四人の囁き合う声が聞こえたのか、ポーズを決めていためぐみんの顔がほんのりと赤くなっていく。
デュラハンはめぐみんが紅魔族だということを知り、勝手に納得していた。
その際に名前についてのことも言ったせいで、めぐみんが勝手にヒートアップし始める。
だが、それも意に介さなずどこ吹く風としているデュラハンは、やはり魔王軍幹部というところだろう。
そもそも、奴の視界には俺たちの他にも集まっている冒険者の大群が見えている筈なのだ。
デュラハンは彼らも眼中に無く、あくまで爆裂魔法を城に撃つのに腹が立ち、文句を言いに来ただけらしい。
「ふん、まあいい。俺がこの地に訪れたのは、ある調査のためだ。あの城にはしばらく滞在することになるだろうから、命が惜しければ爆裂魔法はもう使うな。いいな?」
「それは、私に死ねと言っているも同然なのですが。紅魔族は日に一度、爆裂魔法を撃たないと死ぬんです」
いや、そんなこと聞いたことないぞ。もしそれが本当なら、紅魔族はさっさと滅ぶべきだと思う。世界の環境のためにも、人間の安眠のためにも。
デュラハンはめぐみんの嘘に狼狽するが、すぐに落ち着きを取り戻しやれやれと肩を竦めて見せた。
「どうあっても爆裂魔法を撃つのを止める気はないと?」
デュラハンは、爆裂魔法を撃つのを止めることさえ出来れば良いらしい。
魔に身を落としているとは言え、奴も元は騎士。弱者を刈り取る趣味はないと言う。
だが、デュラハンは剣呑な雰囲気を漂わせながら爆裂魔法を止める素振りを見せないめぐみんに対して、考えがあると言い放つ。
気圧されためぐみんが後ずさるが、それでも不敵な笑みを浮かべ……
「……ふっ、余裕ぶっていられるのも今のうちです。先生、お願いします!」
誰に言ってるかは知らないが、ぶん投げやがった。
おい。待て、おい。
それを聞いた冒険者たちが、再度ざわつき始める。
先生って誰だよ。あんなのに対して太刀打ち出来るような奴、めぐみんの知り合いにいただろうか?
そんなことを考えていると、「しょうがないわねー」と口にして、何故か満更でもなさそうなニヤケた顔のアクアが一歩踏み出す。
おい、待て駄女神。今まで散々醜態を晒しておいて、どうするつもりだ。
「魔王の幹部だかなんだか知らないけれど、この私がいる時に来るとは運が悪かったわね。アンデッドのくせに、力が弱まるこんな明るい内に外に出て来ちゃうなんて、浄化して下さいって言ってるようなものだわ!」
「さぁ、先生! あいつのせいで私たちは仕事もろくに出来ないんです! 一発かましてやってください!」
もうどうにでもなれとしか言いようがなかった。
先生呼ばわりされたアクアは、更に調子に乗ってデュラハンに片手を突き出すし、冒険者たちは固唾を呑んで成り行きを見守っているだけだし。
だが、デュラハンもアクアに興味が出たのか、自分の首を前に出す。
「ほう、これはこれは。プリーストではなくアークプリーストか? この俺は仮にも魔王軍の幹部の一人。こんな街にいる低レベルのアークプリーストに浄化されるほど落ちぶれてはいないし、アークプリースト対策はできているのだが……」
その間にも、アクアが魔法を唱えようとしている。
だが、それよりも先に左手の人差し指をめぐみんへと突き出す。
「そうだな、ここは一つ、紅魔の娘を苦しませてやろうか」
怖気が、寒気が、嫌な予感と呼ばれるあらゆる感覚が背中から体中に走った。
ダメだ、それをさせてはいけない。無意識に槍を投擲しようとする俺だったが、それよりも早く動いた存在がいた。
「汝に死の宣告を! お前は一週間後に死ぬだろう!!」
「なっ!?」
「ダクネェエスッ!!」
デュラハンの放った呪詛。めぐみんに向けて告げられた死の宣告を、ダクネスが前に出て庇うのは同時だった。
俺とめぐみんが叫ぶ中、ダクネスの身体が薄く、一瞬だけ黒く光る。
「貴様ぁぁあああッ!!」
「落ち着けダイナ! ダクネス、大丈夫か!?」
俺が激昂して絶叫する。そんな俺をカズマが止めて、心配そうにダクネスの方へと駆け寄る。
確かに、ああ、確かにここで向かって行っても返り討ちにあうだけだろう。
俺だって死にたいわけじゃない。だが、ダクネスが死の呪いを与えられて黙ってなんていられない。
行き場のない怒りに、槍を掴む手の力が強くなる。
デュラハンはただ睨むことしか出来ない俺を憐れむように見ると、平然そうにしているダクネスの方へと首を向ける。
そして、その呪いのせいでダクネスが一週間後に死ぬのはめぐみんの行いのせいであると盛大に笑った。
めぐみんの顔がどんどんと青ざめていく中、ダクネスが
「な、なんて事だ! つまり貴様は、この私に死の呪いを掛け、呪いを解いて欲しくば俺の言うことを聞けと! つまりはそういうことなのか!」
ダクネスが言ったことを、俺は理解したくなかった。というか、カズマもデュラハンですら同じような反応を見せていた。
その後、大衆の前で多分デュラハンも考えていないような……と言うか、たぶんダクネスの思い描く趣味嗜好に準ずる願望がその口から解き放たれる。
更には興奮しているせいで抑えが効かないのか、ダクネスがデュラハンのところへと行こうとしたのだから俺とカズマで必死に引き止めた。
おい、俺が抱いたお前への心配とデュラハンへの怒りはどこへやればいい。犬にでも食わせればいいのか? そこらへんに捨てればいいのか!?
その後、デュラハンは呪いを解いて欲しければ城の最上階にある部屋にまで来いと言ってきた。
それは紛れもなく、RPGなどで使い古されたイベントのようなものだった。
だが、その当事者ともなればそうも言ってられない。笑えない。茶化せない。現実でやられると、色々な感情が綯交ぜになって俺の中で渦巻く。
デュラハンが哄笑しながら城へと去っていく中、俺はその背中を見ていることしかできなかった。