この素晴らしい毎日に祝福を!   作:暇潰しと思いつきの人

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第十話 休日

 キャベツを食べたら、レベルが上がって十一になりました。

 

 この世界では、倒した敵からだけでなく新鮮な食材からも経験値を取得出来るらしい。

 キャベツの収穫報酬が一玉で一万エリスもするのは、それが要因のようだ。

 つまり、金を持っている冒険者は食事をするだけで経験値を手に入れることが可能で、レベルアップも出来るということになる。

 世の中、やはり金のようだ。世知辛い。

 

 さて、あの慌ただしい収穫祭やダクネス共々、不本意であるが俺がカズマのパーティに加入してから数日が経った。

 軒並み売り出されたキャベツの集計が終わり、配分が始まるのが今日らしいので早速ギルドへと訪れる。

 すると、報酬を受け取ろうとする冒険者達でギルドの中は混雑していた。

 こりゃちょっと待った方が良いなと酒場の一角の方を見ると、一足先に来ていたのかジャージ姿ではなくなったカズマの姿があった。

 

「おっす。やっとジャージから変えたのか」

「ああ。アクアからジャージのままでうろちょろされると、ファンタジー感が台無しだって言われてな」

 

 テーブルの前に立つカズマの服装は、いっぱしの冒険者然としているものだった。

 緑色のマントをオーソドックスな服の上に纏い、胸当てや金属製の籠手と脛当て。

 確かに、剣一本にジャージという情緒もへったくれもない格好には、俺も少し思うところがあった。

 厳しいようなら、服くらい数着買ってやっても良かったのだが……まぁ、その内、剣か何か新調してやっても良いかもしれない。

 

「ダイナ、水でも飲むか?」

 

 唐突な質問に、なんだと思いながら俺は頷く。

 すると、カズマは近くにいたウェイトレスさんに空のコップをひとつ頼んで持って来てもらうと、そこに右手を開いて伸ばし、

 

「クリエイトウォーター!」

 

 と叫んで水を作り出した。

 魔法だ。魔法である。カズマが魔法を使っている!

 

「お前、どんだけ俺に自慢したいんだよ」

「あ、やっぱわかる? いやー、我ながら子供みたいな話だけどさ、せっかく魔法が使えるようになったんでね」

 

 カズマが言うには、キャベツ狩りで仲良くなった魔法使いに《初級属性魔法》を教えてもらったらしい。

 先ほど使った《クリエイトウォーター》以外にも、幾つか魔法が使えると自慢気にカズマが継ぐ。

 冒険者という職業のメリットを、存分に使っているようだ。というか、前から思っていたがカズマは意外とコミュニケーション能力が高い。

 そうでなければ教えてもらうなど出来るわけもないのだから、そこは素直に羨ましいと思った。

 

「魔法のある世界に来たんだから、魔法使わないとな!」

「良いなぁ、魔法。俺も使いたいなぁ、魔法」

 

 笑顔を浮かべるカズマに、羨ましい気持ちを素直に口に出す俺。

 そうこうしていると、入口の方からダクネスが近寄ってくるのが見えた。

 

「見てくれ二人とも。報酬が良かったから、修理を頼んでいた鎧を強化してみた。……どう思う?」

「なんか、成金趣味の貴族のぼんぼんが着けてる鎧みたいだな」

「いや、普通に褒めとけよそこは。良い感じじゃないか? 似合ってると思うぞ」

 

 嬉々として感想を求めてきたダクネスに、思い思いの言葉を掛ける俺たち。

 おい、カズマ。そういうことを言ってるとだな……。

 

「……少しはダイナを見習ってみてはどうだ? 私だって素直に褒めて欲しいときもあるのだが」

 

 あら、これはちょっと予想外。まさかちょっとへこんだ顔をするとは思わなかった。

 こいつの事だから、普通に身をよじるなり頬を赤らめるなりして悦に入ると思ったんだが。

 

「カズマは、どんな時でも容赦ないな。そこはダイナにも見習って欲しい」

 

 前言撤回だ。やっぱ悦んでやがった。

 うるせえ、知るかそんなもん。

 

「悪いが、お前に構ってる余裕はないぞ。お前を超えそうな勢いの変態がそこに居るからな」

 

 そう言って、カズマが左側を指差すとそこにはめぐみんの姿があった。

 凄い勢いで自分の杖に頬擦りして、呼吸が荒くいつになく恍惚とした表情をしている。

 ああ、確かにありゃあ普段のダクネスを超えそうな変態加減だ。

 

「ハァ、ハァ……。たまらない、たまらないです、この魔力溢れるマナタイト製の杖のこの色艶……。ハァ……ハァン……!」

 

 その姿はまごう事なく変態であろう。

 ああはなりたくないな、ああは……。

 

「と言うか、お前らもう換金終わってるのか。早いな」

 

 混雑するのはわかっていたので、筋トレや鍛錬をしてから馬小屋を出たのがアダとなったか。

 もう既に俺を除く面々は報酬を受け取って、それぞれの使い道をしているようだった。

 

「まぁ、運良く順番が回ってな。今はアクアの換金待ちだ。ダイナも行ってきたらどうだ?」

「あー、そうだな。ちょっと行ってくるわ」

 

 カズマに勧められて、並んでいる冒険者たちの列に加わる。

 まぁ、受付もフル稼働しているようだし、会話している内に人数もだいぶ捌けているようなのでそこまで時間が掛かることはないだろう。

 

 今回のクエスト報酬は、均等にわけるのではなく、アクアの提案でそれぞれ自分で捕まえた分をそのまま受け取ろうということになっている。

 結構頑張ったし、もしも報酬が多ければ何に使おうか。

 クリスへの借金も残り少ないし、上手くいけば他にも使えるかもしれない。

 ダクネスのように、装備を強化するか?

 それともめぐみんのように、武器を新調するか?

 貯金して、馬小屋からの脱出の資金にするか?

 そんなことを考えていると、受付の方から聞き覚えのある金切り声が聞こえてきた。

 

「なんですってぇぇぇえ!? ちょっと、何で五万ぽっちなのよ! どれだけキャベツ捕まえたと思ってるのよ!!」

「それが、申し上げ難いのですが……アクアさんが捕まえたのは、殆どがレタスで……」

 

 列から顔を出して見てみると、アクアがルナさんの胸ぐらをつかんで叫んでいた。

 レタスってお前。というか、あの中にレタス居たのか。そしてレタスは換金率が低いのか。

 彼女がクレーマーと化している間に俺は空いてる受付まで行き、自身の報酬を受け取る。

 ああ、結構良い感じだ。これなら、クリスに借金を返した上で何か出来るだろう。

 

「ただいま。アクアはまだクレーマーか」

「いや、多分そろそろ戻ってくるぞ。ほら」

 

 カズマ達のところに戻って席に座ると、彼が言う通りアクアがこっちに向かってくるのが見えた。

 ニコニコと愛想の良い笑顔を浮かべ、後ろ手に組んでこちらへと近づいてくる。

 

「カーズマさん! 今回の報酬はお幾ら万円?」

「百万ちょい」

 

 その場に居た全員が、素っ頓狂な声をあげて絶句した。

 俺も俺で結構な額を稼げたつもりだったが、さすがに百万を超える金額には届かない。

 そこはカズマの持つ幸運の差とでも言うのだろうか、さすがである。

 そんな、降って沸いた突発クエストで小金持ちと化したカズマにアクアがゴマすりを始めた。

 だが、そんなことお見通しだと言わんばかりのカズマに一蹴され、泣き落しに入る女神。

 アクアはこの酒場に十万近いツケがあって、今回の報酬で払うつもりがその目論見も失敗に終わったらしい。

 だから、その分だけでもお金を貸して欲しいとアクアが叫び続ける。

 と言うか、この駄女神さんは自分だけ大儲け出来るだろうと今回の分配方法を提案したと告白しやがった。

 女神がそんなことしていいのか。

 

「あのな……俺はいい加減、拠点を手に入れたいんだよ。いつまでも馬小屋暮らしじゃ落ち着かないだろ?」

 

 そんなアクアに対するカズマの言い分に、俺は感心を覚えた。

 通常、冒険者は家を持たないし安定など求めんと言わんばかりにあちらこちらを飛び回ることが多い。

 まぁ、成功する冒険者などひと握りなので、殆どの奴がその日暮しのため金がないという理由もあるだろう。

 

「そういうことなら、俺も金を出そうか?」

「お、良いのか? 助かるわ、こいつはそういうこと言ってくれないし」

 

 不本意ながらパーティに加入した身であるし、出身が同じで性別も同じともなればシェアハウスくらいしても良いと思っている。

 俺だって、プライベートが保証されていない馬小屋で暮らし続けるのもそろそろうんざりしてきていたのだ。

 カズマがそういうつもりで居るのなら、協力しない手はない。

 

「そりゃあカズマも男の子だし、馬小屋でたまに夜中ゴソゴソしてるのは知ってるから、早くプライベートな空間が欲しいのはわかるけど! 五万! 五万でいいの! お願いよおおおおっ!!」

「よしわかった、五万でも十万でも安いもんだ! わかったから黙ろうか!!」

 

 男の尊厳と羞恥心を破壊するようなことを言い始めたアクアの要求を、カズマが顔を真っ赤にして受け入れた。

 おい、それは言っちゃだめだろ。言っちゃ、だめだろ。

 それを女が言ったら……従わずにはいられないだろうが。

 俺は渋々アクアに金を渡すカズマの姿に、同情を覚えながら見ていることしか出来なかった。

 早めに個人空間のある場所を、一緒に探そう。俺は心の中でそう強く思った。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆このすば!◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「そう言えば、ダイナは今回どれくらい儲けられたんだ?」

「六十万ちょいだったな」

「……六十万か。カズマのせいで感覚が麻痺しているが、ダイナも随分稼いだものだな」

 

 ダクネスの質問に、淡々と答える。

 俺の集めたキャベツにもレタスが混じっていたらしいが、そこは数を集めたことによるカバーが効いたのだと思っている。

 籠一杯に集めたアレらを、何往復もして集めまくったのだ。その苦労が報われてくれたのだから、素直に嬉しい。

 これでクリスへの借金も完済出来るだろうし、その分を除いても槍の新調も出来そうだ。

 元々貯金もあるわけだし、新居のための資金もあるが……冒険者として必要な出費と考えよう。

 変なところで渋って支障が出れば元も子もないのだ。

 

「カズマ! 早速討伐に行きましょう!!」

 

 そんな会話をしていると、めぐみんが突然そんなことを言い始めた。

 どうやら彼女は雑魚モンスターが多く出てくるクエストで、新調した杖の威力を試したいらしい。

 変わって、アクアが資金調達のために金になるクエストに行きたいと主張。

 それに続いて、ダクネスが一撃の重い強敵モンスターと戦いたいと言い始める。

 まったくまとまりがない連中であった。

 

「落ち着け。統一性が無さすぎだ」

「とりあえず、掲示板の依頼を見てから決めようぜ」

 

 カズマの意見に、俺たちはゾロゾロと掲示板の方へと移動を始める。

 だが、そこには普段だったら所狭しと貼り出されているはずの依頼書が、数枚しかなかった。

 しかも、その残っているクエストも今現在俺たちには手の余るものばかりだった。

 それでもこれが良い、あれが良いと言い出す三人娘を落ち着かせているとルナさんがやって来る。

 

「ええと……申し訳ありません。最近、魔王の幹部らしき者が、街の近くの小城に住み着きまして……」

 

 ルナさんが言うには、その幹部の影響か弱いモンスターたちが隠れてしまい仕事が激減しているのだという。

 来月には国の首都から幹部討伐のために派遣されるというが、それはつまり、幹部が討伐されるまで俺たちの出来る仕事がないというわけで。

 

「な、なんでよぉぉぉぉおおおおっ!?」

 

 申し訳なさそうにしているルナさんの説明に、文無しのアクアが慟哭をあげた。

 さすがに、こればっかりは同情以外の思いは抱けなかった。

 

 

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆このすば!◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

 

 

「ありがとうございます、ダイナさん。でも、本当に大丈夫なんですか? ここのところ頻繁にお手伝いしてくださるのは、本当に助かっているのですが」

「気にしないでください。俺も、マジックアイテムについての知識を蓄えられますし」

 

 冒険者としての仕事がすっかりと無くなり、急な長期休暇を貰ったような状態の俺は、知り合ってからもちょくちょく会いに来ていたウィズさんのお店の手伝いを行っていた。

 クリスへの借金も返済が終了。槍の新調も果たし、モンスターの討伐も行わないので防具のメンテナンスも行わない今。

 ただ毎日、訓練に明け暮れるのも勿体無いな、などと考えての行動だ。

 

「あ、そのポーションの扱いには気をつけてください。爆発しますから」

「まだやってたんですか、爆発系ポーションフェア……」

 

 陳列棚の掃除を行っていたらウィズさんに注意されたので、暴発させないようにしながらポーションを退避させる。

 つまり、この棚にある液体の注がれている小瓶は全て爆薬なのだ。

 これがもしもひとつでも割れたりしたら、それはもう大惨事である。めぐみんの爆裂魔法には劣るだろうが、連鎖的に爆発でもしたら目も当てられない。

 そんな注意をされつつも店内の掃除に勤しんでいた俺に、ウィズさんはいつの間にか用意していた紅茶セットを手に話しかけてきた。

 

「そろそろ休憩しませんか? お客さんも、しばらくは来そうにありませんし」

「わかりました。じゃあ、これだけでも片付けちゃうんでそれからで」

 

 ウィズさんの提案に乗って、俺は掃除していた棚に商品群を戻しながら答える。

 この魔法道具店にある商品は、相も変わらず使用用途が不明だったり無駄に高級品ばかりだ。

 だが、先のキャベツ狩りで懐を潤した冒険者が何回か買い物にも来ているらしく、売上がまったくないわけではない。

 とは言え、それでも閑古鳥が鳴く時間の方が長いのだから、心配だと言えば心配である。

 俺はバケツとよく絞った雑巾を片付けると、入口の近くにある円形のテーブルに備え付けられている椅子に座った。

 

「最近は冒険者の方々も、お暇そうですね」

「なんでも、魔王軍の幹部がこの街の近くの小城に住み着いたらしくてですね、弱いモンスターたちが軒並み隠れちゃったみたいなんですよ」

 

 カップに紅茶を注いで俺の前へと置くウィズさんの呟きに、知っている理由を話す。

 そのおかげでろくなクエストに行けないものだから、アクセルに居る冒険者たちは思い思いの行動を起こしているようだった。

 酒場で飲み明かす者、鍛錬に励む者、ろくすっぽ働かず怠惰な生活を送る者、取り敢えず資金集めのためにバイトをする者、アクセルから別の街へと旅立つ者――。

 

 それは俺の所属するパーティも例外ではない。俺がウィズさんのお手伝いをしているように、それぞれ別々の行動をしている。

 ダクネスはしばらく実家で筋トレに励むと言って、最近は会っていない。

 文無しのアクアは、毎日バイトに励んでいる。たまに金を貸してくれと、せがんでくることもあった。

 クリスに関しては借金を返して以来会っていないため、何をしているのかは知らないが……まぁ、元気にしていることだろう。

 

 特にやることもないカズマとめぐみんは、モンスターが出なくなったのを良い事に遠出の散歩を始めている。

 帰ってくる時は大抵カズマがめぐみんを背負っているらしいので、爆裂魔法でも放っているのだろう。

 一日一爆裂魔法をしないと落ち着かないという、あの中毒者めいた爆裂娘の相手をしているカズマも、何だかんだで楽しんでいるようだった。

 カズマとめぐみんは、このパーティで一番仲が良い。最近はまるで兄妹のようにも見えなくもないので、ちょっと微笑ましいとも思っている。

 普通、そういうのって一番最初の仲間であるアクアとなるんじゃないのかとも思ったが、あいつにそういうテンプレートを期待するのはやめておくことにした。

 

「……あれ、どうしたんですか、ウィズさん」

「あ、いえ、なんでもありませんよ? しかし、魔王軍の幹部ですか……」

 

 紅茶で喉を潤しながら物思いに耽っていた俺は、ふとウィズさんの方を見ると表情が曇っていたので何かあったのかと尋ねてみた。

 彼女はなんでもないと言うが、どこか不安そうな面持ちをしている。

 うーむ、やはり魔王軍の幹部が近くに居るというのは、アークウィザードだというウィズさんにとっても不安の種になるのだろう。

 ちなみに、なぜ俺がウィズさんがアークウィザードなのかを知っているかと言えば、以前に本人から聞いたからである。

 お店を持っているというところから元々稼ぐことが出来たと予想していたが、ウィズさんも結構やり手だったらしい。

 

「気にしなくても、来月には首都から討伐隊が来るそうですから」

「そう、ですよね。ごめんなさい、気を使わせてしまったみたいで」

 

 いえいえそんな、とウィズさんに微笑みを浮かべながら返す。

 紅茶の良い香りが漂い、クッキーを口にする軽快な音と、子供達の遊ぶ声や商店の客引き、街道の喧騒が遠くに聞こえるまったりとした昼下がり。

 沈黙が心地いい――などと俺が言えるはずもなく、どう会話を広げるべきか頭の中で思案する。

 そう、俺は今……美人店主であるウィズさんと二人きりなのである! 二人きりになっちゃっているのである!!

 いや、別にやましい気持ちを抱いているわけではないが、それでもちょっと意識しちゃうと緊張を覚えてしまう。

 

 ウェーブのかかった長い茶髪、顔立ちだって勿論美人のそれだし、日本に居た頃、青年誌などで見かけるようなグラビアアイドルも顔負けのプロポーション。緊張しないわけがない。

 商才に関しては、頑張れば頑張るほど赤字になるということで『天災』などと呼ばれるウィズさんではあるが、それでも超が付くほどの美人なのだ。

 そんな人と二人きりでお茶をしばいているこの状況、一度や二度ではなく何度も味わっているがそれでも慣れない。

 

 最近、カズマたちと一緒に居ることが多かったので忘れかけていたが、俺は地味にコミュ障なのである。

 そんなわけで、会話が途切れると新しい内容を切り出すのだって一苦労であるし――情けない話だが、ウィズさんから出してもらうことも多かったりする。

 

「「あの」」

 

 話し掛けようとしたタイミングが被ってしまった。痛恨のミスだ。

 

「「いえ、そちらからどうぞ」」

 

 二回目のミスが発生する。沈黙が降りた。何かむず痒い。

 何やってるんだと、何だか恥ずかしくなって前髪を右手でいじる。

 そうしていると、ウィズさんのクスクスと小さく笑う声が聞こえてきた。

 

「なんですか」

「いえ、何だか息が合うなって思ってしまって」

 

 微笑むウィズさんのそんな言葉に、不覚ながら胸をときめかせる。

 なんだ、この異様な胸の高まりは。

 いやいや、単純にウィズさんが美人だからこんな空気になってしまったのも相まって、緊張しているだけだろう。

 

「それで、ダイナさん。ダイナさんは私に、なんて言おうとしていたんですか?」

 

 そんな俺の抱えている気持ちなど露知らず、彼女は尋ねてくる。

 よし、落ち着けー。落ち着くんだー、俺。平常心だー、平常心だぞー。

 

「あー、そのですね。ほら、ウィズさんって腕のある冒険者だったじゃないですか」

「はい、そうですね。元、ではありますけど」

 

 冒険者稼業はもう殆どすることもなく、店主として頑張っているのだから元、とウィズさんは言う。

 まぁ、だからちょっとお願いし辛いと言えばそうなのだが……。

 

「出来れば、上級職に関する相談をさせていただきたくですね」

「上級職、ですか?」

「はい。特にランサー系統の」

 

 俺のお願いというのは、つまりはこういうことだ。

 このまま順調にレベルが上がって行き、ステータスの上昇が続けば俺も上級職へとジョブチェンジが可能となるだろう。

 転生の際に授けられた神様特典(チート)である“成長する才能”も効果を発揮しているし、その時も何だかんだで近いと思っている。

 その際、改めてどの道に進むのかを決める時に何も知らないで思い悩みたくはないのだ。

 あと、もしかしたらランサーにも魔法戦士的な上級職があるかもしれないという、ちょっとした淡い希望を抱いていたからである。

 めぐみんの爆裂魔法はともかく、カズマだって初級とは言え属性魔法を使えるようになった。

 個人的な願望であるのは承知しているが、出来れば俺も魔法が使いたいのだ。

 

「ランサー系統の上級職、ですか。確かに、ここら辺では見る機会もないでしょうからね」

「ええ、居たとしても有名どころが多かったりなので……」

 

 あと、そいつらが結構な色物なのであまり参考にしたくないという理由もある。

 

「わかりました。私で良ければご相談に乗りますよ」

「ありがとうございます、ウィズさん!」

 

 どうやら、引き受けてくれるようだ。

 俺がその事に安堵して小さく息を漏らしていると、ウィズさんが少し思い悩むようにしてから口を開く。

 

「その、私の要件なのですが。ご相談に乗る代わり、と言いますか。私からも、少しお願いしたいことがありまして……」

 

 目を逸らしながら、恥ずかしそうに、申し訳なさそうにしながらウィズさんが言う。

 相談に乗って貰えるのだから、俺に出来ることならなんだって引き受ける。

 そんな気持ちで、彼女の言葉の続きを待っていると、少し予想外な言葉が聞こえてきた。

 

「今夜、アクセルから外れた丘にある共同墓地まで来ていただけませんか?」

 

 真剣な表情を浮かべて、ウィズさんはそう言った。




次回、一回目のベルティア襲来。

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