プロローグ 転生
俺という人間は、まぁ、いわゆる人生の負け組であった。
努力も虚しく学業の勉強に追いつけず、体も弱かった。なんとか卒業するも、就職には届かず繰り返す夜勤アルバイトの日々。
安定しない収入、生活はどんどん苦しくなる一方で親からの支援も期待出来ない。
オタク趣味と呼ばれるものは持っていたが、どちらかというと配信やネットで得たにわか知識ばかりが増えるばかり。
自虐はあまり好きではないが、こんな時くらいは許して欲しいと思う。
なぜなら、俺は死んだらしいからだ。
「ようこそ死後の世界へ。私はあなたに新たな道を案内する女神。
目の前に居る事務椅子に座った自称女神の言葉を呆然と聞きながら、俺は心の中で後悔ばかりを思い浮かべていた。
何故こうなってしまったのか。給料日だということに浮かれて、ちょっとばかりリッチな朝ごはんを食べてから眠ろうとしたのがいけなかったのだろうか。
連日連夜の夜勤で頭も体も疲れていたせいなのか。ちょっとくらい休みをもらっておいた方が良かったのではないか。
まだクリアしていないゲームもあるし、書きかけで手をつけたばかりの黒歴史だって残っている。
まさか、交通事故なんてテンプレートな死に方をするとは思いもよらなんだ。
事故は起きるさ、なんてやかましい言葉が頭をよぎる。
「……お辛いでしょうが、ね? 私のお話聞いてますか? 色々と事務的にやらないといけないお仕事が沢山あるんですけど」
「あ、はい。ごめんなさい」
事務椅子に座った後光の様なものが差している美女――おそらく本当に女神なのだろう――の催促じみた言葉に、俺は反射的に謝る。
しかし、考えてみると死後の世界があるという驚きを感じざるを得ない。
極めつけには女神が直接、俺と向き合って一体一で相手をしてくれているというのだから当たり前だ。
イメージで言えば、延々と、そして黙々と人魂のようなものが並んで閻魔大王的な裁判官が淡々と行き先を決めるものだと思っていた。
まぁ、それ以前に無宗教な俺は死んだら何もなくなると思っていたのだから、ある意味こういった時間が取れていること自体、夢の中なのではと疑う心もあったりはする。
「さて、死んでしまったあなたにはいくつかの選択肢があります」
気を取り直して、と言わんばかりに女神が告げた。
「それは、このまま日本で赤ん坊として生まれるか」
輪廻転生というやつか。死後の魂を新たな命として、リスタートさせるという。
コンテニューというよりもニューゲーム。多分、強くてなんてことはないだろうが……人としてまた生まれ変わることが確定しているあたりは有情なことだ。
「もしくは、天国的な所でお爺ちゃんみたいな暮らしをするか。まぁ、天国的なって話であなた達が想像している様な場所ではないことを先に言っておくわね」
「どういうことですか?」
「先に言ったけど、やることなんてほとんど何もないの」
死んでるから食事も必要なく、物を作ることもなく、ただのんびりと永遠にひなたぼっこでもしながら世間話をするくらいの毎日。
確かに、イメージするようなお爺ちゃんの暮らしそのものだ。というか退屈で発狂しそうだ、現代社会人だと。
ある意味で天国どころか地獄のような場所じゃないか。
おそらく、赤ん坊になったところで記憶も失うのだろう。それはそれで嫌だと思う。
問答無用で輪廻されるなら仕方ないが、そんな二択を迫られても困るとしか言いようがない。というか、選びたくない。
「随分とお悩みのご様子ね。そんなあなたに、ちょっといい話があるのよお兄さん」
いきなり物凄く胡散臭い口調になった女神が、ニコニコと笑顔を浮かべる。
「実は、ある世界でちょっとマズイ事になってるのよね。俗に言う魔王軍ってのがいて、その連中にまぁ、その世界の人類みたいなのが随分数を減らされちゃってピンチなのよ」
「……続けてどうぞ」
厄介事の臭いしかしない。
「それでね、その星で死んだ人達って、まあほら魔王軍に殺されたわけでしょ。なもんで、その星での生まれ変わりを拒否しちゃうもんだからさあ大変、赤ちゃん生まれないしゆくゆくは滅びちゃうってなったのよ」
「なるほど、どうぞ」
「で、それなら他の星で死んじゃった人達をそこに特典付きで送り込んでしまえって事になったの」
つまりは強くてニューゲームを他の場所でやって、魔王倒して来いって話ですか。
女神が語るには、どうせなら若くして死んだ人なんかだったら、肉体と記憶はそのままにしてくれるそうだ。
その際に送られる特典は様々で、こちらでひとつ選んでも良いのだと言う。
「言語や貨幣なんかも私達神によるアレな超パワーでサクッと都合良く解決済みで、脳内で自動変換してくれる便利システムを採用してるわ。だから、あなたがこの選択を望むのなら、後は能力か装備かを選ぶだけよ」
「……ふむ」
わざとらしく悩む振りを見せてみるが、これはもう第三の選択肢以外にないと思っている。
記憶をリセットして赤ん坊からスタートしたところで、それは俺の人生ではない。
ならば、地獄のような天国で暮らすかと言われれば論外だ。耐えられる自信などない。
「……才能が欲しいですね」
だから、何かひとつと言われて思いついたのはこれだった。
「才能ね? 具体的には? 剣? その世界には魔法だってあるわよ。それに、料理や芸だってスキルとして管理されてるから、人気者としての才能だってひとつの選択肢だと思うわ」
人気者としての才能、という言葉に少し悩むが俺が求めているモノはそういうものじゃない。
せっかく貰える特典なのだ、せっかくなら今後に役立つようなものが欲しい。
「成長の才能が欲しいと思っています」
最悪、ひとりで何とか生きていけるくらいの才能。
努力しただけ、伸びることが出来る才能。
どこまでも上がり続けられるような、才能。
なかったものに手を伸ばしたくて、俺はそう告げた。
「ふーん、そんなしょうもないものでいいんだ。どうせなら最初から最強装備とか選んじゃったほうがいいんじゃないの?」
「そういうものに頼っていると、後々自堕落してしまいそうで……」
そういう自戒は必要だろう。アニメや漫画の主人公ならばいざ知らず、俺はそこらへんの一般ピープルなのだ。
というか、アレです。ワクワクをちゃんと味わいたいだけなんです。死んでしまったことを後悔し続けるより、新しい世界での出会いや冒険に思いを馳せたいんです。
「まぁ、良いわ。それでは、東道大那さん。あなたをこれから、異世界へと送ります。魔王討伐の勇者候補のひとりとして、もしも魔王をあなたが倒した暁には、神々から贈り物を授けましょう」
「……贈り物、ですか」
「そう、世界を救う偉業に見合った贈り物です。……例えどんな願いでも、たったひとつ叶えて差し上げましょう」
購入特典とクリア報酬みたいなものか、と心の中で呟く。
最初の特典さえあれば良いのだが……というか、魔王倒せば貰える特典なんてただの無理ゲーな気もするが。
どちらにせよ、俺の新しい人生がここから始まるわけで――。
「さぁ、勇者よ。願わくば、数多の勇者候補の中からあなたが魔王を打ち倒すことを祈っているわ!」
そう溌剌とした声に送り出されるように、俺の視界は真っ白に染まった。