向日葵に憧れた海   作:縞野 いちご

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梨子part


#5.5 夕日に染まる部屋で

 

 

 

 

 

 

〜予備予選前日〜

 

 

 

 

コンクールの前日、私は最後の調整で明日の発表曲を通して弾いていた。

 

夕陽が壁をオレンジ色に照らす。夏の夕陽は、オレンジ色が薄くなって輝くから、金色に見えなくもない。金色に輝く海辺を思い出しながら、ふと私は内浦が恋しくなっていた。

 

 

 

内浦のみんなには感謝してる。

私がずっと悩んでいたものを解決させてくれるきっかけをくれた。私は東京で地味な毎日を過ごして、

内浦の人たちはみんな温かくて、みんなそれぞれ輝く原石みたいな子たちで。そんな環境の中で、私は本当にしたかったことを見つけることができた。

 

 

 

梨子「千歌ちゃんに電話しようかな。」

 

 

 

私はスマホを取り出して、千歌ちゃんに電話をかける。

 

 

千歌『もしもし?梨子ちゃん?』

 

 

1コールで千歌ちゃんは出てくれた。

 

梨子「忙しいときにごめんね。」

 

千歌『大丈夫だよ!梨子ちゃんはコンクールの準備は終わったの?』

 

梨子「うん。大体は終わったよ。」

 

千歌『そっか!

梨子ちゃんも私たちもいよいよだね。』

 

梨子「うん。さすがにちょっとドキドキするかな。」

 

千歌『私もそうだよ〜。えへへ。』

 

梨子「おはヨーソロー。」

 

千歌『ん?ヨーソロー?』

 

梨子「東京でライブをしたときにね、曜ちゃんに教えてもらったの。緊張をほぐすためのおまじないって。」

 

 

そういえばあの通話以来、曜ちゃんの声を聞いていない。

 

 

千歌『へぇ。おまじないかぁ。私もやろうかな!

……うん。なんか恥ずかしいや。』

 

梨子「ふふふ♪曜ちゃんいわく、それが良いんだって。これからやることは、ちっぽけなことなんだと思えるみたいだよ。」

 

千歌『ほぇ。そんなものかなぁ?』

 

 

千歌ちゃんに曜ちゃんのことを聞こうと思ったときだった。

 

ピー、ピー

 

千歌『うわっ。また電池切れそう……。』

 

梨子「ねえ、千歌ちゃん?いい加減、寝る前に充電する癖をつけない?」

 

千歌『ついつい忘れちゃってて。』

 

梨子「そんなところも千歌ちゃんらしいけどね。それじゃあ、明日は頑張ろうね。」

 

千歌『うん!お互い悔いが残らないように全力を尽くそう!!』

 

梨子「もちろん。

みんなにもよろしくね。」

 

千歌『わかっ』

 

 

プー、プー

 

 

千歌ちゃんの言葉が終わる前に切れてしまった。多分、千歌ちゃんのスマホの充電が無くなったんだと思う。

 

 

梨子「相変わらず、だね。」

 

 

でも千歌ちゃんのおかげで元気になった気がした。曜ちゃんのことは聞けなかったけど、曜ちゃんなら大丈夫だと思う。

 

 

梨子「……本当にそう決めつけていいのかな?」

 

 

お互い忙しかったから遠慮していたけれど、今日は曜ちゃんの声も聞きたかった。

 

 

prrrr

 

曜『もしもし、梨子ちゃん?』

 

梨子「もしもし?今は大丈夫?」

 

曜『平気だよ。何かあったの?』

 

 

何かあったわけではないけど、元気かどうか気になった。だと、理由が変なのかな…

 

曜『梨子ちゃん?』

 

梨子「ええ、あ……うん。あの日から、千歌ちゃんとうまくやってるかなって思って……」

 

びっくりした。今のは口から急に出た言葉だった。でも、それは私が曜ちゃんに聞きたかったことそのものだった。

 

 

曜『うん。大丈夫!千歌ちゃんとはうまくやってるよ。』

 

梨子「そう……。それならよかった。」

 

 

すかさず曜ちゃんは、えへへ、と笑った。

 

曜『安心して!梨子ちゃんも同じステージに立っているつもりでみんなやるから!』

 

梨子「ありがとう。」

 

曜『梨子ちゃんもコンクール頑張ってね。』

 

梨子「うん。お互いいい結果が出るように頑張ろうね。」

 

曜『そうだね。今までの成果を見せるときだよ。梨子ちゃんが聴こえた海の音を思い浮かべながら楽しんでね。』

 

 

海の音……

 

 

梨子「曜ちゃん。」

 

曜『うん?』

 

梨子「なんか、曜ちゃんって海みたいだなあって。」

 

曜『海?確かに海は好きだけど、自分が海だって思ったことはなかったなあ……』

 

梨子「うん。なんかね、曜ちゃんは『内浦の海』に似てるんだ。」

 

曜『ここの海に?』

 

梨子「ふふふっ♪ちょっと唐突だったよね。

私から見ると内浦の海って、いつもキラキラ輝いているの。それで中に入ってみると、思っていたよりも穏やかに優しく包み込んでくれて。それだけじゃなくて、透き通るように青くて、水面から光を感じるんだ。

そんな内浦の海が私は大好きで……」

 

 

でも、この温かさは海だけがくれているものじゃないってわかる。

 

 

曜『そっか。梨子ちゃんがここの海を好きになってくれて嬉しいよ。』

 

梨子「うん。内浦の海だったから、海の音が聴こえたんだと思う。」

 

 

 

内浦の人たちの温かさ、私は本当にあそこが好きになったみたい。

 

 

 

曜『よしっ!それじゃ、そんな内浦の海が一望できる浦女を廃校させないためにも、私たちは頑張らなくては!』

 

梨子「そうだね。コンクールに行くなんて私のワガママに付き合わせてしまってごめんなさい。」

 

曜『ワガママじゃないよ!自分の夢に向かって全速前進することは、素晴らしいことなのでありますっ!』

 

梨子「…ありがとう。」

 

 

曜ちゃんは本当に優しい。

千歌ちゃんもそうだったけど、曜ちゃんは周りのみんなのことを見ていて、優しいんだよね。

 

 

曜『おはヨーソロー!!』

 

梨子「!?」

 

曜『あははっ!

本番前、しっかりやってね。』

 

梨子「忘れない。」クスクス

 

曜『それじゃ、またね。』

 

梨子「またね。」

 

 

プー、プー

 

 

 

 

なぜか、話すつもりではなかったことまで、ついつい話してしまった。

 

 

 

梨子「頑張ってね。みんな。」

 

 

 

ううんううん。他人事じゃないよね。私も明日は全力が注げるように、もう少し調整しなきゃ。

 

 

 

 

 

オレンジに輝く部屋の中にいても、私には確かに、内浦の海のさざ波の音が優しく聴こえていた。

 

 

 


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