私は何日ここにいるんだろう?
そもそも時間というものがこの世界にはあるのだろうか?
曜「お腹も空かないし喉も乾かないから、時間の感覚がないや…。」
私の意識が無くなってから何日経ってしまったのだろう。みんなはどうしているのだろう。色々と考えると怖い。
曜「早く探さなきゃ。」
そう呟いたときだった。
「何を探してるの…?」
震える声が後ろからした。それはいつものハキハキとした高い声でも、お姉さんのような優しい声でもなかった。
曜「Aqoursのみんなのことを探してたんだ。」
「それで、みんなには会えたの?」
曜「一年生の3人とダイヤさんには会ったよ。」
「そう…。そうしたら私は5人目ね。」
いつもの余裕さは感じられない。英語混じりの独特なリズムの話し方は崩れていた。
曜「今はどんな気持ちなの…?」
「……わたし?」
曜「うん。
……鞠莉ちゃん。」
振り返って鞠莉ちゃんの姿を見てびっくりした。だって、いつもの背筋の良さなんてなくて、肩を縮こまらせて必死に涙を堪えていたから。
鞠莉「嬉しさと悲しさのhalf and halfかな。」
鞠莉ちゃんは少し笑いながら私にそう言った。
鞠莉「そういえばここ、何もないのね。」
曜「そうだね。広い海と海岸がずっと続いてるだけ。」
鞠莉「ねえ、曜。内浦とここだったらどっちが好き?」
曜「え?」
あまりに突拍子のない質問に私はすっとんきょうな声を上げてしまった。
鞠莉「Don't mind.
少し気になっただけ。変に考えなくていいよ。」
曜「そんなの内浦に決まってるよ。」
鞠莉「そう。」
質問した割には鞠莉ちゃんは一つ返事で、特にその後何かあるわけでもなかった。
鞠莉「私、あの海が嫌いになりそう。」
曜「え……」
鞠莉ちゃんの話がよくわからなくて、ついていけなくなった私は困惑した。
鞠莉「あそこの海って、キラキラ輝いてて最高にシャイニーなんだけど、それだけじゃなくて傷ついた心を穏やかに癒してくれるから大好きだったの。」
曜「うん。」
鞠莉「でも、今は憎くてしょうがない。」
私が溺れてしまったからなのかな。
曜「それって私が原因?」
単刀直入にそう聞いた。
でも私が想定したものの斜め上の答えが鞠莉ちゃんからは返ってきた。
鞠莉「あなた…だけじゃないわ。」
曜「…だけじゃない?」
鞠莉「ちかっちと果南……」
千歌ちゃんと果南ちゃん?
曜「どういうこと?2人が海で何かあったの?」
違う。きっと違う。
こんなこと考えるなんて、私が色々と不安になってるからだ。神さまはそんな酷いことはしないはず。
鞠莉「今でもフラッシュバックするの。
果南が崖から飛び降りるところを。」
嘘だよね?
鞠莉「ごめんなさい。あなたを苦しめたかったわけではないけど…。私もつ」ギュッ
私は鞠莉ちゃんを抱き寄せた。
鞠莉「よ、よう…」
曜「辛かったよね……」
鞠莉ちゃんにとっては相当辛かったんだ。
鞠莉「あなたに比べたら…」
曜「鞠莉ちゃんは鞠莉ちゃんだよ?私じゃない。辛いときは辛いんだよ。」
私がそう言うと鞠莉ちゃんは
鞠莉「曜に諭されるなんてね…」
と自分を嘲笑した。
曜「果南ちゃんは…?」
鞠莉「…病室で眠ってる。命に別状は無いみたいだけど、1日経っても目を覚まさないわ。」
曜「そっか。とりあえずは良かったかな…」
私の予想さえあっていれば、果南ちゃんはこの世界のどこかにいる。もしそれで見つけられたら、無理やりにでもあっちの世界に帰せばいいんだ。
鞠莉「ねえ。ここってどこかわかるの?」
曜「…夢の世界かな。」
鞠莉「夢ならワガママをしても神さまは怒らないわよね?」
曜「う、うん。多分。」
何をしよ…っ!
私は鞠莉ちゃんに腕を引っ張られて海の中へと引きずりこまれた。
曜「ちょ、ちょっと待って!」
鞠莉「……。」ピタッ
曜「何をするつもり?」
鞠莉「帰りましょ。一緒に。」
一緒に……帰る?
曜「鞠莉ちゃんが引っ張ってくれれば帰れる…?」
そうか。今まで私はみんなのことを押してきたから気づかなかったけど、誰かが引っ張ってくれれば私も帰れ……
鞠莉「ねえ、いいでしょう?
あなたが帰ってきてくれれば、みんなきっと喜ぶわ。」
ダメなんだよ。
曜「ありがとう。でも、私はやらなきゃいけないことがあるんだ。」
鞠莉「そんなの帰ったあとでもいいじゃない。」
曜「鞠莉ちゃんは果南ちゃんとまたお喋りしたいでしょ?」
私の言葉で鞠莉ちゃんの顔が曇るのがわかった。
鞠莉「……さっきの言葉をそのまま返すわ。曜は曜であって果南ではないわ。」
曜「その私自身が果南ちゃんを助けたいと思ってる!」
鞠莉「あなたが助ける必要はないわ。」
曜「どうして!?」
鞠莉「もう後悔したくない!」
鞠莉ちゃんの叫び声が海にコダマした。
鞠莉「いや…いやなのよ。
またこうしてあなたを見届けて、あなたが勝手にどこか行くなんて耐えられないっ!」
とうとう鞠莉ちゃんは目に溜めていた涙を流し始めた。
曜「ごめんなさい…」
鞠莉「あなたが悪いわけじゃない。
だからこそ私がしっかりしなきゃいけないのよ!」
曜「それでも私は鞠莉ちゃんが果南ちゃんとダイヤさんと笑顔で一緒に居てほしい。」
鞠莉「Stop……」
曜「必ず…」
私は泣きじゃくる鞠莉ちゃんの目を見てはっきりと言った。
曜「必ず果南ちゃんは帰ってくる!信じて待っててほしい!」
鞠莉「…あなたは?」
曜「果南ちゃんを助ける。」
鞠莉「どうやって…」
曜「私ならできる!」
そう言いきった後に訪れる静寂。波の音だけが聞こえる空間。
鞠莉「またあの時みたいに笑いあえる?」
曜「笑える!
またいつも通りになるよ!」
鞠莉ちゃんは初めて見るくらいボロボロに泣いていた。それでも
鞠莉「信じるよ?」
最後に笑顔で鞠莉ちゃんは私に答えてくれた。
それから鞠莉ちゃんは一人で海に戻ると言った。そういえば、なぜ鞠莉ちゃんは海に潜れば元の世界に帰れることを知ってるんだろう?
でも、今考えなきゃいけないのは果南ちゃんのことだ。果南ちゃんを早く探す。そして果南ちゃんを元の世界に連れて行かないといけない。
鞠莉ちゃんの心は本当に救われたのかな…
普段は涙を見せない鞠莉ちゃんだけど、それって我慢してるからだよね。あの泣きっぷりはきっと色々と積み重なってたからだ。
曜「また、笑いあえる…か。」
大丈夫。私も果南ちゃんと一緒に帰るんだ。そうしたらみんな笑える。
私が壊しちゃったものも、きっと直せるはずなんだ。
そして新しくできた約束を守らなきゃ。
鞠莉『必ず、果南と一緒にあなたも帰ってきて。待ってるから。』
必ず、帰るよ。