#1 黒澤 ルビィ
波の音が聞こえる。
それ以外は何も聞こえない。
ここってどこだろう。
私の知っている海辺ではない。見たこともない場所。でも自然といやな気持ちにはならなかった。
曜「私、千歌ちゃんといた気がしたのに…」
あのままどこか知らない場所に流されちゃったのかな。なら、生きてることに感謝しなきゃ。
曜「うん?」
違和感があったから左手を見てみると、私はギプスをしていなかった。それなのに腕の痛みはない。
曜「…治った?」
どうして?そんなすぐに治ることなんてあるの?
そんなことを考えながらあてもなく、トボトボと海沿いを私は歩いた。
どこまで行っても続く砂浜と海。そこには人が誰もいなくて、建物もあるわけではないし、ここは異世界のような気がした。
曜「どうして…」
私はここにいる理由がよくわからなかった。
しばらく歩くと、さっきまでとは違うものが砂浜に表れていた。
曜「…足跡だ。」
私は嬉しくなって、その足跡を追いかけた。ようやく誰かに会える。話せる相手だったらいい。いや、もう誰でもいい!
岩陰に伸びているのがわかったから、私は走った。そういえば走る感覚は久しぶりな気がする。
そして岩の後ろを覗き込んで私は息を飲んだ。
曜「……ルビィちゃん?」
そこにはスヤスヤと寝息を立てているルビィちゃんが座り込んでいた。
ルビィ「……ぅゆ。…よーちゃん?」
信じられなかった。まさかルビィちゃんだったなんて。
曜「っ!」ギュー
ルビィ「ピギィ!
よ、曜ちゃん!?」
曜「…よかった。」
ルビィ「へ?」
曜「ルビィちゃんに会えてよかった……」
ルビィ「曜…ちゃん……!」
ルビィちゃんからは驚いている様子がわかった。そうだよね。起きたらいきなり抱きつかれてるんだから。
ルビィ「うそ…じゃないよね…?本当に曜ちゃんなんだよね?」
曜「本物だよ。私が渡辺曜だよ。」
私の耳元でルビィちゃんの喉元がキュゥって鳴ったのが聞こえた。そして
ルビィ「…よかったよぉ……」ポロポロ
私に抱きつかれたまま、ルビィちゃんは泣きじゃくり始めた。
ルビィ「会いたかったよ…」
ルビィちゃんが泣き虫だってことは私も知ってたつもりだったけど、この泣き方はいつもとは別格だった。
曜「泣いてくれるのは嬉しいけど、そんなに私と会ってなかったっけ?」
ルビィ「…曜ちゃん、目を開けてくれなかったから。」
曜「私が目を開けない?どういうこと?」
私が顔を見て話しかけようとルビィちゃんを少し引き剥がそうとした。でも、ルビィちゃんは私の袖を掴んで絶対に離れなかった。
ルビィ「いなくならないで!」
私は動けなかった。ルビィちゃんの震え方が尋常じゃなかったから。男の人を見たり、暗いところにいて怖がっている時とはレベルが違うとわかる。
ルビィ「いやだよ。」
曜「私はここにいるよ。どこにもいなくなったりし」
ルビィ「信じないもん!!」
明らかに強い意志を持って否定してる。私はルビィちゃんのことを騙しちゃったの?
ルビィ「…また遊んでくれるんじゃなかったの?」
曜「え。」
ルビィ「今度お出かけするときは、一緒に遊ぼうって言ってくれたんだよ……」
ルビィちゃんは覚えていたんだ。私との約束。
曜「そうだね。そうしたら、今度の土曜日とか、どうかな?」
ルビィ「土曜日になったら……曜ちゃんは起きてくれる?」
ルビィちゃんの顔、声、言葉、涙で全てを察した気がした。
私、死んじゃった?
ルビィ「…また一緒に踊って、歌って、衣装を作れるの?」
そっか……
私はあのまま溺れて…………
ルビィ「曜ちゃん……」
曜「ごめん。」
ルビィ「あっ……うぅ……」
曜「無責任なこと言っちゃった。」
でも、そうだとして私はどうしてルビィちゃんと一緒にいるの?
曜「ねえ?ルビィちゃん。変なことしてないよね?」
ルビィ「っ。」ビクッ
嘘でしょ?
曜「何したのっ!?」
ルビィ「ただ……」
曜「ただ!?」
ルビィ「曜ちゃんのところに行けたらなぁって。だからきっとこれはルビィの夢で……」
ということは、これはルビィちゃんの夢?
ルビィ「曜ちゃんは本当にもう起きないの?こうして曜ちゃんと喋ってると、いつか起きてくれるって思っちゃうよ。」
曜「ねえ?」
ルビィ「うん?」
曜「私って、今はもう死んじゃったの?」
一拍置いて、ルビィちゃんは私に教えてくれた。
ルビィ「……死んではいないかな。」
曜「でも、起きないって言ってなかった?」
ルビィ「…意識が無いの。」
死んではいない。意識がないだけ。そう思って安心した矢先だった。
ルビィ「でも、お医者さんは溺れてから3日間で一回も起きなかったら、もう意識が戻ることはないって。」
それで、起きないの?って聞いてたんだ。
曜「今は何日経ったかわかる?」
ルビィ「もう3日は過ぎちゃったよ。」
え?
じゃあ、私は……
さっき受け止めたつもりだったのに、意識が戻らないことをもう一度受け止めようとして、血の気が引いてく感じがした。
曜「色々…教えてくれて、ありがとう。」
ルビィ「曜…ちゃん……」
曜「みんなはどうしてるの?」
私は多分聞いちゃいけないことをルビィちゃんに聞いてしまった。
ルビィ「……み、みん…な…は……」
そこまで怯えることってある?
曜「ごめんね。辛かったら、無理に言わなくてもいいから。」
私はルビィちゃんの背中を撫でた。
ルビィ「よぉ…ちゃん……。」ポロポロ
しばらくルビィちゃんの背中をさすってあげると、ルビィちゃんはスゥスゥと寝息を立てていた。
曜「…………。」
寝てくれたかな?
夢だからルビィちゃんに会えたけど、他の子とはもう会えないのかな。
ルビィちゃんと会えるのも、もしかしたらこれが最後なのかもしれない。
そう思うとルビィちゃんにずっと一緒にいて欲しかった。
曜「でも、そんなことしたらダイヤさんや花丸ちゃんが悲しむもんね。」
夢から覚ましてあげないと。
私は海からここにやってきたんだよね。だから、ルビィちゃんを戻してあげるなら、海に返してあげれば帰れるのかな?
ルビィちゃんを持ち上げて、海に向かって歩く。ルビィちゃんには多分何も言わない方がいい。だって、嫌だって言って離してくれなそうだから。
曜「Aqoursの衣装作りは任せたよ。」
そして私は抱いていたルビィちゃんを海の中にそっと入れた。
曜「バイバイ。」
そしてルビィちゃんは海の中に溶けていって、私の前からいなくなってしまった。
曜「夢かあ。」
これはルビィちゃんの夢でもあり、私の夢でもある。
曜「夢なら、他の子にも会えるよね。」
そしてまた私は来た道とは反対に向かって歩いた。
私の腕の中にはルビィちゃんの熱が確かにあって、今一人で歩いていることがとても寂しくて寒く感じた。
曜「……。」
これから先はこの孤独の中で生きていくことになると実感して、私は静かに泣きながら、ずっと続く浜辺を歩き続けた。