私も滅多に行くことのない大きな病院に、部室にいたメンバーで向かっていた。
善子「…なにがあったのよ。」
ダイヤ「……。」
ルビィ「お姉ちゃん?」
ダイヤ「……。」
善子「病院に行くなんて、ただ事じゃないんでしょ!?だったら説明くらい!」
花丸「善子ちゃん、バスの中ずら。」
善子「っ……。」
ダイヤ「……。」
不安と沈黙に押しつぶされそうな空気が流れていた。他のお客さんが居なかったことが余計にそうさせている。
善子「…千歌さんも何も思わないわけ?」
善子ちゃんの目線が私に移った。
千歌「…私はあまり暗く考えたくないかな。もし、ダイヤさんが言いたくないことなら、それって聞くべきじゃないんだろうし。」
花丸「マルもそう思うずら。ダイヤさんに無理して聞くのは良くないと思うよ。」
ダイヤ「千歌さん…花丸さん……」
ダイヤさんがさらに重い表情へと変わった。
バスから降りた私たちは何も話さず病院まで歩いた。
病院の受付まで来た私たちは、受付のソファーに腰掛けている鞠莉ちゃんを見つけた。
ダイヤ「鞠莉さん…」
ダイヤさんが鞠莉ちゃんを呼ぶと、鞠莉ちゃんがこちらを見た。
その顔には泣いた跡がたくさんあって、酷い顔といっても良かった。
善子「な、なによ…本当に……」
ルビィ「…ここに居ないのって、あと果南ちゃんと梨子ちゃんと…」
善子「何を言ってるのよ!Aqoursのメンバーがケガをしたって言いたいの!?」
ルビィ「っ…。ごめんね。」
花丸「…善子ちゃんも落ち着いて。こうなったら、そう疑っても仕方ないよ。」
鞠莉「…あの子達には何も伝えてないの?」
ダイヤ「…はい。」
鞠莉「…辛かったわね。ここまで連れて来てくれてありがとう。」
ダイヤ「……私は……」
鞠莉「…ダイヤは先に会いに行ってあげて。」
ダイヤ「みなさんは…?」
鞠莉「私が責任を持ってみんなに伝えるわ。」
ダイヤ「…果南さんと梨子さんは?」
鞠莉「…果南は居るわ。梨子は……」
ダイヤ「…わかりましたわ。」
一年生たちが不安な顔をしながら話している間に、ダイヤさんは病院の奥の方へと消えていった。
鞠莉「みんな、そこのソファーに座って。」
私たちは言われた通りにソファに座る。
鞠莉「…これから話すことは辛いことだから、みんなには覚悟して欲しいの。」
ルビィ「辛い…こと……」
善子「回りくどいわよ!何があったのよ?早く教えて!」
私は聞きたくなかった。
だって……
鞠莉「わかったわ。」
花丸「い、一体…何が……?」
鞠莉「…曜が……」
善子「!?」
ルビィ「よ…」
花丸「曜…ちゃん……?」
やめて
お願いだから
鞠莉「昨日の夜、海で溺れたわ。」
なんで……
善子「じょ、冗談も大概にしなさいよ!?あんな台風の日に海に行くわけないでしょ!?」
鞠莉「本当よ…」
善子「花丸やルビィならまだしも、曜さんが溺れるわけないでしょ!?」
鞠莉「…嘘じゃないわ。」
善子「そんなっ!そんなはずが!」
花丸「容体は…?」
一番聞いてほしくないことを花丸ちゃんは聞いた。
鞠莉「……。」
黙らないでよ……
ルビィ「鞠莉ちゃん…」
善子「何か言ってよ!!」
鞠莉「目を覚まさないわ。」
千歌「……帰る。」
善子「何を言ってるの…?」
鞠莉「…正しいわ、ちかっち。」
善子「どこが正しいのよ!?」
鞠莉「…私でさえ狂ってしまいそうに辛かったのに、今のあなたが曜に会ったら、多分壊れるわ。」
花丸「……何を言ってるのかサッパリずら。」
ルビィ「花丸ちゃん…」
花丸「目を覚まさないだけでしょ?どこかケガしたり、無くなってるわけじゃないんだから、きっとすぐに良く…
善子「現実を見なさいよ!!」
花丸「っ。」
善子「さっきから、逃げてばっかりで!
だから曜さんのことを傷つけたってこと、まだわかってないの!?」
ルビィ「もうやめてっ!!」
鞠莉「ルビィ…」
ルビィ「もう…嫌だよ……
みんなが顔を会わせるたびに、みんな怒ったりするのなんて……」
鞠莉「…とりあえず、ちかっちはもう帰りなさい。」
それから私はどうやってここまでたどり着いたのかわからないけど、家の前までやってきた。
千歌「……梨子ちゃん。」
後ろを振り向くと、いつもの砂浜に梨子ちゃんが佇んでいた。
千歌「梨子ちゃん。」
梨子「とても辛そうな顔をしていた。」
千歌「……。」
梨子「雨と海の水が混ざって見分けなんかつくはずがないのにね、わかったの。
いっぱい泣いたんだって……」
梨子ちゃんはこちらを向かない。ずっと海を見ていた。
梨子「どうしてなのかな……
海って、私の大切な友達を奪っていく。」
千歌「大切な…友達……」
前に梨子ちゃんのお母さんが話していたことを思い出した。つまり梨子ちゃんは2回目なんだ。
2回目?
何が?
友達と喧嘩したこと?友達が溺れたこと?それとも……
千歌「っ」ブルッ
梨子「私ね、東京にいた頃にいた友達が事故にあって亡くなってるの。」
千歌「…梨子ちゃんはその時はどうしたの?」
梨子「…本当に心の底から苦しくて、辛くて、学校に行けなくなってしまったかな。」
千歌「その時に誰かに相談しなかったの?」
梨子「しなかった、というよりもできなかった…。」
梨子ちゃんの思いがヒシヒシと私に伝わってくる気がした。
梨子「私ね、もともと他の子と一緒に何かするのってあまり得意ではないの。それでも……そんな私でも一緒に頑張ろうって言ってくれた友達だった。」
今まで立っていた梨子ちゃんは砂の上に座った。
梨子「二人ともそんな優しい子だったのに、ちょっとしたことで仲が悪くなっちゃって、そのまま会えなくなって…………悲しかった。」
最後の一言の重みは私の中にズシンと響いた。悲しいの一言で本当は伝えきれない気持ちなんだってことは、震えている梨子ちゃんを見ればわかる。
梨子「本当はね、良くないってわかってたんだけど、どうしても重ね合わせて見てたんだ。その昔の友達と千歌ちゃんと曜ちゃんとを。」
いまだに梨子ちゃんはこっちを見ない。でも、はっきりと私へと伝えてきている。目を背くことなんてできない。
梨子「怖かった。
またあのときのように傷つけてしまうかもしれない、また何もしてあげられないのかもって……。
でも、千歌ちゃんも曜ちゃんも本当に優しかった。
だから、その優しさに私は甘えてしまったの。」
すると、梨子ちゃんの呼吸は急に荒くなり、私は慌てて近くに寄ろうとすると梨子ちゃんは砂を殴った。
梨子「そのせいでまた傷つけた!」
千歌「梨子ちゃん……」
梨子「わかってたのに!
曜ちゃんがどんな気持ちなのかって、今回はちゃんとわかってたのに!!」
梨子ちゃんは何度も何度も地面を殴った。梨子ちゃんの綺麗な白い手には切り傷ができて、紅くなっていた。
梨子「私なんか……邪魔者でしかなかったのに……」
違う。曜ちゃんは梨子ちゃんのことを邪魔者だなんて思ってない。
千歌「違うよ!
曜ちゃんは梨子ちゃんのことを思ってた…。梨子ちゃんに『ごめんね、もう二度と傷つけるようなことは言わない』って伝えてほしいって私に言ってた。」
梨子「なら、なおさら私は悲しいよ。私が傷つかないようにしたいって思ってた曜ちゃんと比べて、私は何をしてたの!?」
千歌「そんなこと言ったら……私だって…………」
曜ちゃんに何をしてあげられたの?
曜ちゃんから貰えるものを貰えるだけ受け取って、曜ちゃんに返したことって何?
わからない。
何も思い浮かばないんだよ……
梨子「…曜ちゃんには会った?」
千歌「会いたくなかったから会ってない。」
梨子「…………。」
穏やかな波音が同じリズムで流れる。
でも、私の胸のざわめきの方が音が強くて、気持ち悪くなってクラクラとする。生唾を飲んだその時だった。
梨子「あと3日。」
千歌「え…?」
梨子「今日を入れてあと3日の間に目を覚まさなかったら、もう曜ちゃんの目が覚めることは無いって……」
あまりにも現実味が無い話で、でも目の前にいる梨子ちゃんの様子に嘘をついている気配もなくて、さっきの気持ち悪さと相まった私の思考はパンクした。
千歌「……。」
梨子「…ねえ、私はどうすればよかったのかな……」
千歌「……。」
梨子「……千歌ちゃん?」
千歌「…よー……ちゃん……。」
梨子「……ちかちゃん。」
千歌「よーちゃん…。よーちゃん…。ねえ…りこちゃん、よーちゃん…?」
自分で何を言ってるのか、もうそれさえもわからなかった。どこを向いているの?誰に話しているの?これからどうするの?どうしたいの?
梨子「千歌ちゃん…ごめんねっ…」
泣きじゃくる梨子ちゃんを見て
私は何も感情が湧いてこなかった。