梨子ちゃんの家から帰ってスマホの画面を見ると、曜ちゃんから連絡が来ていた。「いつもの場所に来てほしい」と。
もうすぐ夜なのにもかかわらず、曜ちゃんはここまでやって来てくれた。どんな用事なのかはわからないけど、とても大事なことなんだと思う。
千歌「行かなきゃだ。」
それに、このタイミングで曜ちゃんに言った方がいい。
家の前にある砂浜に曜ちゃんはいた。どれくらい待ってくれていたんだろう。
千歌「曜ちゃん。」
私が呼びかけると、曜ちゃんはこっちに振り向いた。
曜「…来てくれて、ありがとう。」
曜ちゃんの表情はとても強張っていて、こちらの様子を伺っていることがわかった。なんの遠慮もなく話せていたはずなのに、どうしてこうなってしまったのだろう。
千歌「ねえ、教えて?」
一昨日からずっと曜ちゃんに聞きたかったことがあった。
千歌「なんで梨子ちゃんだけをあんなに責めたの?」
曜ちゃんが梨子ちゃんのことをあんなに嫌っていたとは知らなかった。
だからこそ知りたい。どうしてあそこまで怒っていたのか。そこがわからなければ、私は曜ちゃんとの関係を戻すことができない気がした。
曜「……ごめん。」
でも、曜ちゃんは謝ることしかしなかった。
千歌「今日ね、梨子ちゃんに会いに行ったんだ。」
曜「どう、だったの?」
千歌「痩せてた。たった1日で。
一昨日から何も食べてないんだって。」
キュッと目をつぶった曜ちゃんは絞り出すような声で
曜「梨子ちゃんには謝ってたって伝えて。もう二度とあんなこと言わないって。」
と私に言った。
千歌「……うん。そうする。」
曜「それと、これ。」
すると、曜ちゃんは私に封筒を渡してきた。何なのかはわからないけど、何か紙が入っているみたいだった。
曜「それを渡しに来ただけだからさ。わざわざここじゃなくても良かったんだけど、なんか家に行くのは気まずくて……」
曜ちゃんは少し苦笑いをしながら話していた。相手を傷つけないように誤魔化している時の顔。
この時に私には曜ちゃんを笑顔にすることはできないと確信した。
千歌「ねえ、曜ちゃん。」
曜「うん。」
もう、辛い顔をしている曜ちゃんを見たくない。
だから
千歌「友達、やめよ……」
この瞬間、曜ちゃんの目が大きく開くところが見えた。
曜「え……」
千歌「もう、曜ちゃんといたくない。」
私はこれで良かったんだと自分に言い聞かせる。
そうじゃなきゃ
曜「…ぁ…ぇ……ぁ……」
目の前にいる曜ちゃんの怯えている姿を見て、正常でいられない。
千歌「……大丈夫。最初は寂しくなるときもあるかもしれないけど、慣れれば、きっと……
……ね?」
曜「……ぃ……ゃ……」
震える声で拒もうとしている姿は、まるで捨てられた子犬みたいな感じで…
やめて……
だって、これでようやく二人とも傷つかなくて済むんだよ……
拒む曜ちゃんが首を振った時に曜ちゃんの首元にキラッと何か光る物が見えた。
千歌「……!
そのネックレス…私の……」
曜「……そ、そうだよ!これがわた」
だめだ。あれがいつまでも曜ちゃんを縛っているんだ。アレのせいで曜ちゃんは私とずっと一緒にいようとするんだ。
千歌「それ、貸して。」
曜「え。」
千歌「だって、もう友達じゃないから。」
私の言葉を聞いた瞬間、曜ちゃんは大きく身震いした。
曜「や、やだ!!嫌だよ!!」
お互いに依存しすぎたんだよ。でも、それは良くないことなんだ。だから…
千歌「…お願い。」
すると曜ちゃんは、梨子ちゃんを責めていたときの顔に変わった。
曜「……私から取ったら梨子ちゃんに渡すんでしょ!?知ってるよ!
渡すもんか!絶対に渡すもんか!!」
曜ちゃんは目に溜めていた涙を決壊させた。本当にもう限界だったんだ。
それなのに、私は梨子ちゃんのことを知らないくせに梨子ちゃんを傷つけることを言って欲しくないって思って
千歌「返してよ!」
思わず口調が強くなってしまった。
曜「千歌ちゃんが怒るのはこんなもののせいだ!
いらない!
いらない!!
うわぁぁっ!」
千歌「!」
次の瞬間、ネックレスを外した曜ちゃんは思いきりそれを海へと投げ捨てた。
ポチャン
私と曜ちゃんの思い出が沈んだ音。
それはあまりにも小さくて、軽くて、寂しいものだった。
曜「……さようなら。」
私が呆然としていると、曜ちゃんはそう言い残して浜辺からいなくなった。
ここで曜ちゃんを引き留めることだってできたはずなんだ。
引き返すことだってできたはずなんだ。
それでも私は追いかけなかった。
千歌「…………。」
海に入ってないはずなのに、しょっぱいよ……
この日、私はみと姉に見つけてもらえるまで一人で泣き続けた。