向日葵に憧れた海   作:縞野 いちご

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#7 大好きだよ

 

 

 

 

〜遡って、台風が来る前日〜

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目を覚ますと、私は自分の部屋のベッドで眠っていた。

 

 

どこからが夢でどこまでが夢なんだろう。もはやここまでくると訳がわからないや。

 

 

 

 

 

 

あのあったかい感覚。夢かどうかわからない今の中でそれだけはわかる。

 

きっとあれは本物だ。

 

 

 

ふと布団の上を見ると、一本だけ長い髪が落ちていた。

 

月明かりに照らすと、その髪は赤紫に光った。

 

 

 

 

 

曜「……。」

 

 

 

 

千歌ちゃんを壊してしまうことが恐ろしかった。

 

千歌ちゃんのようやく見つけた夢。

私は千歌ちゃんがその夢を叶えるための手伝いができれば、それで良かったはずだったんだ。

 

 

でも、いつからかAqoursのメンバーが増えてから、千歌ちゃんと接することも少なくなって、そのことに寂しいって思って。

 

 

そんな気持ちを抑えようと必死になって、ガムシャラに何でもやろうとして

 

 

 

 

 

失敗した。

 

 

 

結果的にみんなに心配をかけて、そしてみんなの夢を壊してしまったんだ。

 

 

 

怖くなって、誰にも頼れなくて、不安で泣きたくて、でも私に泣く権利なんてなくて……私は壊れた。

 

 

そして千歌ちゃんたちを深く傷つけてしまった。

 

 

 

 

 

 

 

 

ルビィ『なんで花丸ちゃんを責めるようなことを言ったの……?』

 

鞠莉『Chao』

 

花丸『悲し…かったずら……』

 

善子『裏切られた…』

 

ダイヤ『こんなのあんまりではないですか……』

 

果南『もう、終わりだとは思うけど。』

 

梨子『…酷い。酷いよ…』

 

千歌『もう、遅いんだよ…』

 

 

 

 

 

 

 

曜「いやだ……」

 

 

私がいなければ良かった。

私がみんなの立場だったら、きっとそう思う。

 

 

 

曜「なにか……しよう。」

 

 

 

ふと思ったこと。

Aqoursのみんなに何かしてあげたい。

 

今まで迷惑をかけてきた分を取り返したい。

 

 

 

曜「私ができること…」

 

 

 

 

久しぶりにみんな笑ってくれるかな……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

次の日、降りしきる雨の中、部室にやってきたけど、案の定誰もいなかった。

 

 

 

 

曜「これで…良かったんだよね。」

 

 

 

 

私は持ってきた紙袋を机の上に置いて、その場を立ち去ろうとした。

 

 

 

 

 

「曜。」

 

 

 

後ろから声をかけられたから振り返ってみると、そこには腕を組んで立っている鞠莉ちゃんがいた。

 

 

 

曜「鞠莉ちゃん。どうしてここに?」

 

鞠莉「あなたを待ってたのよ。」

 

 

一人で?この暗闇の中?

 

 

曜「私が来るって知ってたの?」

 

鞠莉「ん〜。センス…かな。」

 

 

鞠莉ちゃんの勘は異常だよ…

 

 

 

鞠莉「それより、伝えたいことがあるのよ。」

 

曜「なにかな…?」

 

 

 

私が聞き返すと鞠莉ちゃんは唇を噛んだあとに

 

 

鞠莉「返ってきて。」

 

 

と震える声で言った。

 

 

 

曜「まり…ちゃん……」

 

 

鞠莉「あなたにとって辛いことなのかもしれない。それでも、先輩のワガママを聞いてほしい。あなたが居てくれなきゃAqoursは成り立たない!」

 

 

鞠莉ちゃんの心の中の悲鳴がひしひしと伝わった。

 

私が壊していったAqoursを必死に鞠莉ちゃんは建て直そうとしてくれているんだ。

 

 

 

曜「……ちょっと厳しいかも。」

 

鞠莉「よう…」

 

 

 

 

曜「でも!

やるべきことをしたら、また戻ってきたい。もし、こんな勝手な私を入れてくれるのなら……またみんなと歌いたい。」

 

 

 

 

昨日、あの花畑で千歌ちゃんと会えて良かったのかもしれない。私の気持ちを変えるキッカケになった。

 

ああやって千歌ちゃんと話せていたかけがえのない毎日を私は憂鬱に過ごしてしまった。

 

 

でも、今ならやり直せるかもしれない。なんとなくだけどそんな気がする。

 

 

 

私はなぜか笑顔になっていた。

 

 

 

鞠莉「Waiting for you.

その時が早く来ることを願っているわ。」

 

 

 

ニコリと笑った鞠莉ちゃんはとても安心した顔をしていた。

 

 

 

鞠莉「迎えの車も来たし、曜の家まで送っていくわ。」

 

 

明るくなった鞠莉ちゃんを見れて嬉しかったけど、私にはやらなきゃいけないことがあるから……

 

 

曜「ありがとう。でもね、帰り道でどうしても行きたいところがあるから。」

 

鞠莉「……そこまで送っていくわよ?」

 

曜「本当?……それなら」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鞠莉「……今は果南がいるかもしれないわよ。」

 

曜「大丈夫だよ。ここまで送ってくれてありがとう。」

 

 

 

 

私は千歌ちゃんの家の前まで鞠莉ちゃんに送ってもらえた。

 

 

 

鞠莉「No problem.

…曜。」

 

曜「うん?」

 

 

 

鞠莉「……なんでもないわ。」

 

 

鞠莉ちゃんのふと見せた表情には不安が募っていた。

 

 

その不安そうな顔が私に伝わって、重苦しい雰囲気になる。

 

 

曜「それじゃあ、またね。」

 

鞠莉「Ciao.」

 

 

 

結局、あまり言葉を交わさないまま鞠莉ちゃんと別れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

鞠莉ちゃんと別れた後、千歌ちゃんの家とは反対方向に私は歩いていた。

 

 

 

びしょ濡れになりながらも歩いて、目の前には

 

 

 

 

台風の雨風によって荒れ狂っている海がいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「……ふぅ。」

 

 

 

正直、バカだ。バカようだ。

 

台風の日は水辺、特に川や海に行かないということは当たり前。船乗りの娘なら耳にタコができるほど聞いてる話。

 

 

 

それでも、私は取りに行かなきゃいけないものがあるんだ。

 

 

私は現実に向き直って、あることを思い出した。

 

 

 

 

大切にしていた千歌ちゃんからもらった四つ葉のクローバーの髪留めがどこにも無いことに。

 

私と千歌ちゃんを繋げている大事なもの。

 

 

 

 

 

私はあの日……

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌『友達、やめよ。』

 

 

曜『……え?』

 

千歌『もう、曜ちゃんといたくない。』

 

 

曜『…ぁ…ぇ……ぁ……』

 

千歌『……大丈夫。最初は寂しくなるときもあるかもしれないけど、慣れれば、きっと…ね?』

 

 

曜『……ぃ……ゃ……』

 

千歌『……!

そのネックレス…私の……』

 

 

曜『……そ、そうだよ!これがわた』

 

 

千歌『それ、貸して。』

 

 

曜『え。』

 

 

 

千歌『だって、もう友達じゃないから。』

 

 

 

曜『や、やだ!!嫌だよ!!』

 

 

千歌『…お願い。』

 

 

 

 

 

 

 

このとき何を思ったのか、私の考えうる限りでは最悪のことをしたんだ。

 

 

 

 

 

 

曜『私から取ったら梨子ちゃんに渡すんでしょ!?知ってるよ!渡すもんか!絶対に渡すもんか!!』

 

 

そう言って私は泣きわめいた。

 

 

千歌『…っ。返してよ!』

 

 

千歌ちゃんの口調が強くなったことに錯乱した私はあろうことか

 

 

 

曜『千歌ちゃんが怒るのはこんなもののせいだ!

いらない!いらない!うわぁぁっ!』

 

 

 

 

大切な宝物を海に投げ捨ててしまった。

 

私はそのときの千歌ちゃんの顔を覚えている。

 

 

 

 

本当に悲しそうな顔をしていた。

 

 

 

 

 

 

 

だから、私は……

 

千歌ちゃんとやり直すには、あの髪留めを拾いに行かなきゃダメなんだ。

 

 

 

この台風が通り過ぎるまで待ってたら、きっと髪留めくらいの小さなものだと、どこかに流されてしまう。

 

 

 

 

三角巾をしていた左手に懐中電灯を持たせて、私は海の中に向かって歩いていく。

 

暗くてどんよりしていて、どこまで言っても真っ黒な海。私の大好きな場所は地獄のような光景になっている。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「…行ってくるね。」

 

 

 

 

 

そして私は海の中に潜った。

 

 

 

 

 

懐中電灯で照らしてみたけど、今日の海は真っ暗で水も濁ってて、ほぼ何も見えなかった。

 

そして、左腕が思うように動かなくて辛い。早く戻らないと体力的に厳しいかもしれない。

 

 

 

 

私はまず、自分が投げた方向に泳いでいった。流されて別の場所に行ってる可能性が高いけど……

 

 

 

結局見当たらなかったから、一度陸に上がって物が引っかかりやすい桟橋付近を探すことにした。

 

 

桟橋を歩いていくと、ポツンと私の懐中電灯の光だけが海の中で光っているようで怖い。

 

 

 

 

 

早く海の中に入りたいと思った私は、桟橋を走ってそのままの勢いで海に飛び込んだ。

 

本当に飛び込みの選手か疑う飛び込み方だったけど。

 

 

 

 

 

 

 

私の読み通り、桟橋付近にはたくさんの物が引っかかっていた。

 

 

陸に戻るようにして泳いでいたその時だった。

 

 

 

 

千歌『よーちゃん!』

 

曜「!」

 

千歌『こっちだよ!』

 

 

 

 

千歌ちゃん?どこにいるの?

 

 

 

 

千歌『ここ!』

 

 

曜「!」

 

 

よく目を凝らすと、暗闇の中に誰かがいるのがわかった。

 

必死にその方に泳いでいくと、そこには私の探していた四つ葉のクローバーの髪留めが、藻屑の中に紛れて光っていた。

 

 

私は無我夢中で手を伸ばす。両手が使えないから、藻屑をどかすことはできない。だから目一杯手を伸ばす。

 

 

 

 

 

あと少し、あと…もう少し!!

 

 

 

 

 

 

千歌『よーちゃん!』

 

 

 

 

 

 

 

とどけ!!

 

 

 

 

 

曜「ぐぅぅぅぁっ!」

 

 

 

 

 

私の指先にツルツルした感触のものが触れた。

 

届いた。やったんだ…!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

その時だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

曜「……?」

 

 

 

 

 

 

あれ?

 

 

 

抜け……ない…………

 

 

 

 

曜「っ!?……っ!」ブクッ

 

 

 

酸素ボンベもないし、手を伸ばすことに力を使った私には息が続かなかった。

 

曜「んっ……んぐっ!」

 

ま、まずい…!いやだ!

ちゃんと浜辺に帰って、千歌ちゃんと仲直りするんだ!

 

 

 

台風のせいで海が荒れているせいか、いつもより体力がもたない…!

 

 

 

左手に持っていた懐中電灯を離して右腕を引き抜こうとした。

 

 

 

いやだ!いやだ!いやだぁぁっ!!

 

 

 

曜「ん………かはっ…………」

 

 

 

 

 

 

 

千歌ちゃん………

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌『よーちゃん。』

 

 

 

曜「…千歌ちゃん?」

 

 

 

千歌『…見つけてくれてありがとう。』

 

 

 

 

曜「…ずっと寂しかったよね?悲しかったよね?」

 

 

千歌『…うん。』

 

 

曜「ごめんね。」

 

 

 

千歌『ううん、ううん。よーちゃんも辛かったよね?』

 

 

 

曜「そうかもしれないけど、今は……もう幸せかな。」

 

千歌『…どうして?』

 

 

 

曜「今はこうして千歌ちゃんと一緒に居られるから。」

 

 

 

千歌『うん。チカも幸せだよ。

 

 

 

 

 

ねえ、よーちゃんはチカのこと好きでいてくれる?』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

もちろん、大好きだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌ちゃん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

薄れゆく意識の中、遠ざかっていく懐中電灯を見つめて、私は心の底から笑顔になれた気がした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

千歌『私も曜ちゃんのこと、大好きだよ。』

 

 

 

 

 

 

 




これにて第三章完結になります。
ここからは今まであまり語られなかったもう一人のヒロインからの視点でお話が進んでいきます。
辛いお話が続きますが、よろしくお願いします。

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