向日葵に憧れた海   作:縞野 いちご

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#5 限界

 

 

 

 

昨日の夜、私は千歌ちゃんに電話して、Aqoursの練習をお休みさせてもらった。

理由は飛び込みの練習をしなくちゃいけなかったから。

衣装作りもしないといけないから、隙間を縫って時間を作ろうにも、やっぱり限界はあった。

 

 

曜「ふぅ……。」

 

 

最近はモヤモヤすることが多かったから、こういった気持ちをリフレッシュする機会があるのは嬉しい。

 

 

準備体操を念入りにしてから、軽くプールで泳ぐ。海の潮の匂いとは違って、プールの塩素の匂いが懐かしく感じた。

 

 

千歌ちゃんも昔はスイミングやってたのに……

 

 

辞めてしまったのは私のせいだったのかもしれない。

 

 

『よーちゃん、ごめんね。ちか、スイミングやめることにしたの……』

 

 

曜「……。」

 

 

リフレッシュしようと思っても、とても、できるものじゃないね……

 

 

5往復くらいして、早速飛び込みの練習をしようと思った。

 

この前の事前練習と違って、丁寧にやろう。まずは低いところで、回転のフォームのチェックから……

 

 

グラッ

 

曜「!」

 

 

一瞬、目の前の景色が揺れた。

 

 

めまい?体力自慢の私が?

 

 

曜「いや〜、ないない!」

 

私は、誰もいないのに腕を横に振って否定した。

 

曜「幽霊が見えちゃったとか?」

 

 

 

……そっちの方がよっぽど怖くない?

 

 

曜「まあ、思い切って飛び込んじゃえば平気だよね。」

 

 

そうして飛び込み台まで昇る。いつもよりは低い高さからの飛び込み。

 

これくらいの高さで飛んでたのって、いつくらいだったかな?

小学生の高学年には、高校生とかと混ざってたからなぁ……

 

 

千歌『よーちゃん、がんばれー!』

 

 

飛び込みの時はいつも千歌ちゃんが応援してくれてたよね。

 

最近、飛び込みの時になるといつも思い出してしまう。

 

 

って、これじゃ私は千歌ちゃんのストーカーみたいじゃん!

 

 

 

……落ちつこう

 

 

曜「スゥ……フゥ〜。」

 

 

飛び込み前のフォームチェック。

体は曲がってない。軸もブレてない。視線の先は…まあ、いつもより低いからこれは適当かな。風も今はない。

 

 

呼吸を整えて……

 

 

 

 

グニャ

 

 

曜「!?」

 

 

 

突然、目の前の景色が揺れたかと思うと、暗くなって見えなくなった。

 

曜「っ!あっ、わぁっ!?」

 

 

次の瞬間、バランスを保てなくなった私は、飛び込み台から飛び込むというよりむしろ、落下した。

 

 

 

 

ま、まずい!

いくら低い飛び込み台でも、着水が失敗したら……!

 

 

そんなことを考えているうちに、自分の目と鼻の先に思ってたより早く水面が現れた。

 

 

 

あぁ、そっか。

 

いつもより低いんだった。

 

 

 

 

 

 

一瞬にして着水した私は自力でプールサイドへ上がることができなかった。たまたま来ていた先輩に助けられて、ようやくプールから出ることができた。

 

 

 

やえ「大丈夫!?すごい体勢で落ちていったけど!?」

 

曜「あはは……。まあ、こんなこともあるんだなぁって感じですね。」

 

やえ「本当だよ。まさか、ようそろーが着水ミスするなんて。」

 

曜「すみません。」

 

やえ「いや〜。でも、偶然プールに来ていたタイミングで良かったよ。」

 

 

そう言ってキャプテンは笑っていた。

 

曜「はい。引っ張り出してくれて、ありがとうございました。」

 

やえ「いいって、いいって〜!

溺れてる人を助けるって、水泳部員の務めみたいなもんじゃん。」

 

 

水泳部員の務めか。

自分が水泳部であることに誇りがないと、そう思わないよね。

 

 

やえ「で、大丈夫?」

 

曜「え?」

 

やえ「誤魔化す気でしょ?意外と見逃さないよ。こういうところ。」

 

 

そう言って、キャプテンは私の右手を掴んだ。

 

曜「っ!?」

 

やえ「ほら。ちょっと掴んだだけで痛がってる。腕から落ちていったの見えたんだよ?」

 

 

なんとか痛いことを誤魔化そうとしていたけど、すぐにバレてしまった。

 

 

やえ「病院行こ?」

 

曜「!」

 

 

このタイミングで病院には行けない。さすがに骨は折れてないはずだけど、この痛み方は、お医者さんに必ず何日間か安静にしなさいと言われるパターンだ。

 

 

今、休んでいる余裕は私にはない。

 

 

曜「平気ですよ!今は落ちたばっかりで痛いですけど、少し休めば治りますって!」

 

やえ「そう?私は心配なんだけどなぁ……。」

 

曜「このままだとあまり良くないので、今日は大事をとって練習あがります。」

 

やえ「その方がいいね。」

 

曜「すみません。それじゃあ、ここで。」

 

 

そうして、私はプールサイドから出て、着替えてから帰ろうとした。

更衣室から出ると、待ち構えたようにして先輩が声をかけてきた。

 

 

やえ「ようそろー。」

 

曜「?」

 

やえ「無理、しないでね。」

 

 

先輩はそう言って私の頭を撫でると、またね、と一言だけ言ってプールサイドに戻っていった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

私は帰ってから、腕を冷して安静にしていた。親にはどうしたのか聞かれたけど、ケガしたことを言えばまた病院に行くことになりそうなので、ただのクールダウンとだけ言っておいた。

 

 

ケガの症状は自分が予想していた以上に痛くて、自分で腕を曲げたりすることはできなかった。左腕だったのがまだ救いかな。

 

 

prrrr

 

 

電話だ……

 

 

曜「もしもし?」

 

ななみ『飛び込み台から落ちたって聞いたけど?』

 

曜「あぁ。ちょっと気を抜いてて、着水に失敗しただけですよ。1日休めば治ります。」

 

 

治らないとは思うけど、余計な心配はさせたくないから嘘をつく。

 

 

ななみ『曜。』

 

 

曜「はい。」

 

 

 

 

ななみ『今日から練習に来なくていいから。』

 

 

 

曜「……え?」

 

 

ななみ『この大会のことは考えないでほしい。』

 

 

 

なんで?

 

 

 

曜「ちょっと待ってください!

確かに練習の時は少し気が抜けてましたけど、大会への気持ちが無かったわけじゃ!」

 

ななみ『明らかに曜は無理をしてた。どう考えても、常人じゃ曜のようにはできない。』

 

曜「でも今まではやってきました!」

 

ななみ『今までは、でしょ?』

 

 

で、でも……

 

曜「それで大会のことを考えるな、って言うなんておかしいですよ!」

 

ななみ『どこがおかしかった?』

 

曜「普通は飛び込みのことしか考えるな、スクールアイドルは諦めろって……。」

 

ななみ『……。』

 

 

何を考えてるんだ私は……

これ以上、先輩に迷惑をかけちゃダメだよ。

 

曜「すみません。先輩を困らせることを言いました……」

 

ななみ『曜。』

 

曜「はい。」

 

ななみ『私は曜のやりたいことをやってほしいって思ってる。』

 

曜「なら、飛び込みだって!」

 

ななみ『でも、人には限界だってあるんだよ。』

 

曜「げん……かい……」

 

ななみ『このままだと曜の身体が確実に壊れる。好きなことはやってほしい。でも、やれることは限られてるんだ。』

 

 

わかってる……わかってるからこそ

 

 

 

 

なんで飛び込みを選ばせてくれなかったんですか?

 

 

 

ななみ『もう、無理をしないでほしい。』

 

 

曜「……わかりました。」

 

ななみ『ラブライブの応援、絶対行くから。』

 

 

先輩の声はいつもより寂しそうな声だった。

 

曜「……心配をかけてすみませんでした。」

 

ななみ『そんなに気にしないで。曜のやるべきことは、まだ残ってるんだからさ。頑張って。』

 

曜「はい……

それじゃあ、おやすみなさい。」

 

ななみ『おやすみ。』

 

 

 

電話を切ってから、私は一言も喋れなくなってしまった。

 

 

しばらくして、ご飯を食べなさい、と親に呼ばれたけど、今日はいらない、と一言だけ言って自分の部屋からは出なかった。

 

 

 

 

ただただショックで、頭の整理なんてできなかった。

 

腕の痛みなんかよりも胸の方が痛くて、悲しい気持ちと後悔の気持ちでぐちゃぐちゃになった。

 

 

 

 

ふとスマホの画面を見ると、千歌ちゃんからメールが来ていた。

 

 

『今日の練習はどうだった?』

 

 

 

 

千歌ちゃんに心配をかけたくない。

 

みんなに迷惑をかけたくない。

 

 

 

そう思って私は

 

「明日話すね。」

 

とだけ返信をした。

 

 

 

 

 

先輩がスクールアイドルで頑張れって言ってくれたんだから、私はAqoursのみんなのために頑張らなきゃ。

 

私は椅子に腰掛けて、窓から外を眺めていた。

 

 

 

曜「……お月様。」

 

 

 

 

夜空に浮かぶ半分になってる月を見て、私の心の中が、あの月のようになっていると思った。

 

 

 

 

 

 

 


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