キリトin太刀川隊   作:ZEROⅡ

4 / 14
番外編4話目です。

今回はちょっと楽しく書けました。


キャリバー④

 

 

 

 

下り階段を降り切った突き当りにあったのは、二匹の狼が彫り込まれた分厚い氷の扉が立ち塞がっていた。どうやらここが、《霜の巨人族の王》がいる玉座の間らしい。

俺たちが近づいた途端、扉は自動的に左右に開かれた。奥からはいっそうの冷気と、言葉では言い難い圧力が吹き寄せてくる。

 

 

「みんな、支援魔法張り直し(リバフ)するよ」

 

 

「では私も」

 

 

アスナとカイトが全員に支援魔法を掛け直すと、それに参加したフレイヤが、全員のHPを大幅にブーストするという未知のバフを掛けてくれた。

HP/MPゲージの下に、いくつものバファアイコンが並んだところで、全員でアイコンタクト。頷き交わし、扉の中へと歩みを進めた。

 

内部は途轍もなく巨大な空間が広がっていた。青い氷で造られた装飾が広がるその部屋で、俺たちが真っ先に目を奪われたのは、左右の壁際から奥へと連なる──黄金の山だった。ありとあらゆる種類の黄金製オブジェクトが、数えきれないほどの規模で積み重なっている。

 

 

「………総額、何ユルドだろ………」

 

 

この中で唯一プレイヤーショップを経営しているリズベットが呆然と呟いた。かく言う俺も脳裏で「ストレージをスッカラカンにしてくるんだった」と密かに悔いていた。

立ち尽くすパーティの中で、クラインが妙に浮ついた足取りでお宝の山に数歩近づいた。だが、それ以上進むより早く──

 

 

 

「………小虫が飛んでおる」

 

 

 

広間奥の暗がりから、地面が震えるような重低音の呟きが聞こえた。

 

 

「ぶんぶん煩わしい羽音が聞こえるぞ。どれ、悪さをする前に、ひとつ潰してくれようか」

 

 

ズシンっと床が震える。続けてズシン、ズシンっと近づいてくるその音は、俺たち全員に緊張感を走らせるには十分な重々しさだ。やがて、部屋の暗がりの奥から、ぬうっと1つの人影が出現した。

 

巨大──などという表現ですら、足りない。4本腕の人型邪神、単眼巨人(サイクロプス)牛頭巨人(ミノタウロス)、これまで見てきた邪神と比べても、明らかに倍以上にデカい。限界まで見上げてやっと、その頭がようやく見えるというほどの高さ。一体何メートルあるのか、考えるだけでも億劫になる。

 

肌の色は、鉛のように鈍い青。筋骨隆々とした体を、古代ギリシャのキトンをイメージしたかのような服装で纏い、その上から膝下まで届くマントを身に着けている。その上に乗る頭は、影に隠れて輪郭しか見えない。だが、額に乗る冠の金色と、寒々とした青い眼光が、闇の中で鮮やかに光っている。

 

旧アインクラッドでも、ここまで巨大な敵とは遭遇したことはない。飛行も不可。いったいどうやって戦えばいいのだろうか。

などと考えていると、その目の前の巨人が、銅鑼を打つような声で笑った。

 

 

「ふっ、ふっ……アルヴヘイムの羽虫どもが、ウルズに唆されてこんなところまで潜り込んだか。どうだ、いと小さき者どもよ。あの女の居所を教えれば、この部屋の黄金を持てるだけ呉れてやるぞ、ンンー?」

 

 

桁外れの体躯や額の王冠、そして今の台詞で確信した。こいつこそが《霜の巨人族の王スリュム》だと。

ウルズやフレイヤと同じくAI化されているのであろう大巨人に向かって、真っ先に吼えたのはクラインだった。

 

 

「……へっ、武士は食わねど高笑いってァ! オレ様がそんな安っぽい誘いにホイホイ引っ掛かって堪るかよォ!」

 

 

そう言うと同時に、クラインは左腰の鞘から愛刀を引き抜いた。それを合図に、俺たちも各々の武器を取り出す。

メイジであるカイトを除けば、全員の武器が古代級武器(エンシェントウェポン)か、マスタースミスであるリズベットが鍛えた会心の銘品だ。しかし巨人の王スリュムは、それらの武器を突き付けられても不敵な笑みを崩さずに、口元に蓄えられている髭を撫でている。

そして俺たちを遥か高みから眺めたあと、その視線が最後尾に立つNPCの所で止まった。

 

 

「……ほう、ほう。そこにおるのはフレイヤ殿ではないか。檻から出てきたということは、儂の花嫁となる決心がついたのかな、ンン?」

 

 

「ハ、ハナヨメだぁ!?」

 

 

その言葉に、クラインが半ば裏返った声で叫ぶ。

 

 

「そうとも。その娘は、我が嫁としてこの城に輿入れしたのよ。だが、宴の前の晩に、儂の宝物庫をかぎ回ろうとしたのでな。仕置きに氷の牢獄に繋いでおいたのだ、ふっ、ふっ」

 

 

どうやらこのフレイヤというNPCは、一族の盗まれた宝を取り戻すために、スリュムの花嫁になると偽ってこの城に入り込み、夜中に宝物庫に侵入して宝を奪還しようとしたが、そこを門番に見つかって牢獄に繋がれてしまった──という設定らしい。

ユーマが言ったとおり罠ではなかったが、どうにも筋書きがややこし過ぎる。フレイヤの言う《一族》の種族とは? 奪われた宝とは? 疑問が頭に浮かぶ中、リーファがこそっと俺に囁いた。

 

 

「ねえ、お兄ちゃん。あたし、なんか、本で読んだような……。スリュムとフレイヤ……盗まれた宝……あれは、ええと、確か……」

 

 

しかしリーファが思い出すよりも先に、後ろでフレイヤさんが毅然とした態度で叫んだ。

 

 

「誰がお前の妻になど! かくなる上は、剣士様たちと共にお前を倒し、奪われた物を取り戻すまで!」

 

 

「ぬっ、ふっ、ふっ、威勢の良いことよ。さすがは、その美貌と武勇を世界の果てまで轟かすフレイヤ殿。しかし、気高き花ほど手折る時は興深いというもの……小虫どもを捻り潰したあと、念入りに愛でてくれようぞ、ぬっふふふふふ……」

 

 

不気味に笑いながら巨大な手で髭を撫でるスリュムが発した台詞に、周囲の女性陣が一様に顔をしかめた。

 

 

「てっ、てっ、テメェ! させっかンな真似! このクライン様が、フレイヤさんには指1本触れさせねェ!!」

 

 

前線に立つクラインが左拳を震わせながら叫ぶ。

 

 

「おうおう、ぶんぶんと羽音が聞こえるわい。どぅーれ、ヨツンヘイム全土が儂の物となる前祝いに、まずは貴様らから平らげてくれようぞ……」

 

 

巨人の王が一歩踏み出した瞬間、部屋全体がすっと明るくなり、影に覆われていたスリュムの全貌が見えるようになる。同時に、俺の視界右上に、3本もの長大なHPゲージが表示された。あれを削り切るのは相当な困難だろう。

 

 

「──来るぞ! ユイの指示をよく聞いて、序盤はひたすら回避!」

 

 

俺が叫んだ瞬間、スリュムがその巨大な右拳を高々と振りかぶり──青い霜の嵐を纏ったそれを、猛然と振り下ろす。それが──開戦の合図となった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

霜の巨人族の王スリュムとの最後の戦いは、予想通りの大激戦となった。

 

 

「ぬぅンッ!」

 

 

スリュムが巨大な掌で掌底を放つと、氷の突風が俺たちを襲う。一直線に飛来するそれを、前衛と中衛の6人は左右に飛んで回避した。

 

 

「氷ブレスの一種です! 予備動作(モーション)が大きいので、見てから十分に避けることが可能です!」

 

 

「後衛は範囲攻撃に注意! 前衛は散開して脚を攻撃! あれだけデカければ脚元は死角だ、踏まれるなよ!」

 

 

ユイの指示に続いて、俺も全体に向かって叫ぶ。だがその言葉を返すように口を開いたのは、スリュムだった。

 

 

「ぬふゥッ、小癪な真似を。しかァし、所詮小虫は小虫ッ!」

 

 

そう言うとスリュムは自分の右掌に小さな結晶──俺たちからすれば十分巨大だが──を出現させると、俺たちの足元の氷の床に異変が起きる。

 

 

「な、何っ!?」

 

 

戸惑うリーファの声。次の瞬間、床から這い出るように現れたのは、青い氷で生成された、20体ものドワーフだった。

 

 

「ぬっふっふ、目には目を、小虫には小虫よ! さあ()けいッ、我がしもべどもよ!」

 

 

スリュムの指示に従って、俺たちを取り囲む氷ドワーフが一斉に俺たちに襲い掛かる。スリュムに加えてこんな奴らも相手にしないといけないなんて、厄介だが無視もできない。俺は仕方なく剣を構えて、目の前にいる氷ドワーフに斬りかかろうとする。

 

 

だがその時──俺の視界の端を、黒い影が(はし)った。

 

 

「え……?」

 

 

俺が呆けた声を漏らすと、目の前に何体かの氷ドワーフが吹き飛んでいた。更に続けて、後方から飛来した数本の矢が氷ドワーフの頭を貫いて砕く。

それを見た俺は、先の所業を行った2人の人物の名を叫んだ。

 

 

「ユーマ! シノン!」

 

 

1人は俺と同じ影妖精族(スプリガン)のナックル使いユーマ。小柄な彼は見た目どおりのスピードタイプで、動きがとにかく速い。同時にナックルを装備するだけのパワーを兼ね揃えているだけあり、ポンチョを靡かせながら潜り込むように接近し、ドワーフの氷の胴体に拳を叩き込んでは粉砕していく。

2人目は猫妖精族(ケットシー)の弓使いシノン。GGOで培った射撃能力を持つ彼女は、3本の矢を同時に放って、寸分違わず3体の氷ドワーフの頭部を撃ち抜く。

瞬く間に氷ドワーフを片付けていく2人の手際に、俺の隣のクラインも「すっげ!」と声を漏らしている。

 

 

「2人とも助かる! ドワーフは任せていいか?」

 

 

「了解」

 

 

「ええ、任せて」

 

 

俺の頼みを快く了承してくれるユーマとシノン。これで厄介なドワーフは何とかなるだろう。

 

 

「よし! 俺たちも攻撃……」

 

 

と、その勢いのままスリュムに攻撃しようとした俺たちだが、高く高くそびえ立つ巨躯を前にして、つい尻込みしてしまう。

 

 

「えーっと、その……当然脚狙い……よね?」

 

 

「そ、そうだな」

 

 

リズベットの問いに、俺は力無く頷く。と言うより、近づくと脚しか見えない。俺が全力でジャンプしても膝にすら届かないかもしれない。

 

 

「パパ! 踏みつけ(ストンプ)3連続、来ます!」

 

 

なんてことを考えている間に、ユイの激が飛ぶ。直後、巨大な右脚が俺たち目掛けて落ちてくる。

 

 

「とにかくどこでもいい! 叩ける所をぶっ叩け!」

 

 

ストンプを回避し、俺たちはすぐに反撃に出る。だがやはり、俺たちの攻撃はスネ部分にまでしか届かない。しかも二層の金牛ほどではないにせよ、なかなか高い物理耐性も持っている。一瞬のチャンスを逃さず、3連撃までのソードスキルを叩き込んで、懸命にHPを削る。

 

 

「私も──戦います!」

 

 

そこで戦況を動かしたのは、フレイヤさんの放った雷撃系攻撃魔法だった。スリュムに降り注ぐ紫色の稲妻が、確実にHPを削った。あとでクラインには全力で謝らなければならないな。

 

 

「うおー、すっげ。おれも負けてらんねーな」

 

 

フレイヤさんに触発されたのか、カイトも負けじと魔法を放つ。使用したのは、高威力の火炎攻撃魔法。曲線を描きながらさながら爆撃の如く降り注ぎ、爆発と火炎のダメージを与える魔法だ。火属性ということもあって、HPを多めに奪い取る。さすがは領主クラスも認める天才メイジだ。

 

 

それから10分以上の奮戦の末、俺たちはようやく最初のゲージを削り切った。

 

 

「ぬふぅッ。小虫どもめ。なかなかどうして足掻きよるが、そろそろ王の威厳を、脆弱な骨身に染み込ませてくれようぞ!」

 

 

巨人の王のひときわ強烈な咆哮が轟く。

 

 

「パターン変わるぞ! 注意!」

 

 

叫んだ俺の耳に、隣で剣を構えるリーファの切迫した声が響いた。

 

 

「まずいよ、お兄ちゃん。もう、メダリオンの光が3つしか残ってない。多分あと15分ない」

 

 

「………………」

 

 

スリュムの3本ある内の1本を削るだけでも、10分もの時間を使ってしまった。残った15分で2本を削り切るのはかなり難しい。金牛の時のような、上級ソードスキルと《スキルコネクト》によるゴリ押しでも、大ダメージと言えるほどのゲージを奪うのも不可能だ。

 

 

「ぬっふっふ、どうした、かかってこぬのか?」

 

 

そんな俺の焦りを見透かしたように、スリュムはニヤリと笑った。

 

 

「では喰らえいッ! 霜の巨人の──王者の息吹をッ!」

 

 

スリュムが、両胸をふいごのように膨らませ、大量の空気を吸い込んだ。

強烈な風が起こり、ドワーフを相手にしていたユーマを除く、前衛・中衛の5人を引き寄せようとする。まずい、これはきっと、広範囲の全体攻撃の前触れだ。回避するには、まず風魔法で吸引力を中和しなければならない。すでにリーファがスペルの詠唱を始めているが、もう間に合わない。

 

 

「リーファ、みんな、防御姿勢!」

 

 

俺の声に、リーファがスペルを中断して両腕を体の前でクロスし、身をかがめた。全員が同じ姿勢を取ったその瞬間──スリュムの口から、広範囲に膨らむダイヤモンドダストのようなブレスが放たれた。

 

吹き荒れる吹雪のような風が俺たちを飲み込む。アスナのバフすら貫通し、5人の体がみるみる凍結していく。そして瞬く間に、俺たちは氷の彫像と化してしまった。そして氷の中に閉じ込められた俺の目に映るのは、ブレスを吐き終えたスリュムが、巨大な右脚を持ち上げる光景。ヤバイと、まずいと、脳内でガンガンと警報が鳴り響くのと、ほぼ同時に。

 

 

「ぬうぅぅーん!」

 

 

野太い雄叫びとともに、スリュムが床を猛然とストンプした。そこから生まれた衝撃波が、凍りつく俺たちを襲い、ガシャーン! という破壊音を響かせながら、全身を覆っていた氷が砕け散った。

目もくらむようなショックを受け、思いっ切り床に叩きつけられる。視界の端で、10のHPゲージのうちの半分が一気に赤く染まった。

 

だが、俺たちのHPが8割近く奪われた直後、アスナの高位全体回復スペルの光が降り注いだ。ダメージ発生を先読みして呪文をプリ・キャストしていなければ不可能な、絶妙なタイミングだ。

 

何とか一命を取り止め、立ち上がった俺たちを見たスリュムが、忌々し気に吼える。

 

 

「猪口才なッ! 今度こそこの一撃で、一気に止めを刺し──!」

 

 

だが、その言葉は途中で遮られた。長い顎鬚が垂れるその喉元に、赤々と燃える火矢が立て続けに突き刺さり、盛大に爆発した。

シノンの両手長弓系ソードスキル《エクスプロード・アロー》だ。物理1割、炎9割の属性ダメージが霜巨人族の弱点を突き、HPゲージを目に見えて奪い去る。

 

 

「むぬぅん!」

 

 

スリュムが怒りの声を上げ、標的をシノンに変えて前進する。だが、それすらも許さないというように、スリュムの脚元から火山の噴火のように炎が吹き出した。

カイトの火炎系攻撃魔法。地面から溢れ出す炎は、ダメージを与えると同時に、スリュムの動きも止めた。

 

 

「《速度強化(クイック)》」

 

 

それに続くように、スリュム目掛けて駆け出したのはユーマだった。走りながら強化魔法で移動速度をブーストさせると、駆け抜ける速さが更に上がる。元々のスピードの高さも相まって、相手の脚元近くまで到達したのは、ほぼほぼ一瞬だった。

 

 

「《攻撃力強化(シャープネス)》」

 

 

続けて物理攻撃力をブーストさせる魔法を発動しながら、走る勢いのまま飛び上がる。

 

 

「っせ────の!」

 

 

そして弾丸のような速度で高々と飛び上がったユーマは、相手のがら空きのボディーに向けて、右拳による強烈なパンチを放った。単発重拳撃ソードスキル《スマッシュ・ナックル》。物理7割、炎3割のダメージに加えて、数秒間だけモンスターのディレイ──行動遅延(のけぞり)を引き起こすことができる。巨人の腹の鳩尾部分に深々と突き刺さる小さな右拳が、その巨体を押し返す光景は、なんとも痛快だった。

 

 

「ぬぅぅッ!」

 

 

先ほどより割り増しで怒りの声を上げるスリュム。ターゲットを完全にシノンとカイトとユーマに絞ったらしく、瀕死の俺たちには目もくれず、3人を集中的に攻撃し始める。

俺たちが立て直す時間を稼ぐために、あの3人が決死の囮役を買って出てくれたのだ。それを無駄にするわけにはいかない。

 

 

「シノン、カイト、ユーマ、30秒頼む!」

 

 

俺の叫びに、シノンとユーマは小さく頷いて返事を返す。そしてカイトは、ニッと口元に不敵な笑みを浮かべて、言った。

 

 

「OKOK、時間はきっちり稼いでやる。泣いて感謝しろよ、剣バカ」

 

 

そんな頼もしい言葉を聞いて、俺はポーチから取り出した回復ポーションを呷る前に、小さく笑って言い返した。

 

 

「誰が泣くか、魔法バカ」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

瀕死のダメージを負ってしまったキリトたち前衛・中衛組が態勢を立て直す時間を稼ぐため、霜の巨人族の王スリュムに立ち向かうのは、シノン、カイト、ユーマの3人。

 

 

「うし、とりあえずおれが一旦引き付けっから、あとは各自臨機応変に」

 

 

「「了解」」

 

 

つまるところ、《好きに暴れろ》という意味だ。そんな作戦とも言えないカイトの指示を、2人は文句を言うこともなく了承する。そしてカイトは、呪文の詠唱を始める。

 

 

「Ek fleygja þrjátiu knottr muspilli」

 

 

速攻で呪文を詠唱を終えたカイトが放つのは、火炎系攻撃魔法《ファイア・ボール》。体の周囲に浮遊するように出現した数十発のボールサイズの火球を、次々に撃ち込んでいく。ランク的には下級に分類される魔法だが、霜の巨人には有効な火属性であり、尚且つ1度の発動で30発もの連射が可能なのである。質より量優先で撃ち込まれていくそれは、ちょっとずつだが、着実にHPを削っていた。

 

 

「そーら、こっちだこっち」

 

 

「むぬゥ、小癪な!」

 

 

そのままカイトは火球を放ちながら移動し、スリュムの注意を自分に引き付ける。その思惑が成功し、スリュムの憎悪値(ヘイト)がカイトに向かったのにその攻撃に合わせて、ユーマが動き出す。

 

 

「《速度強化(クイック)》」

 

 

《クイック》で強化された素早さで接近すると、身軽な動きで相手の巨体をひょいひょいと登っていく。そしてあっという間にスリュムの顔の前まで躍り出たユーマは、その鼻っ柱に左拳を叩き込んだ。

 

 

「ぐうゥ……おのれ小虫が、叩き潰してくれる!」

 

 

憎々しげに声を荒げながら、スリュムはユーマを叩き落そうと、空中にいる彼に巨大な右拳でパンチを打とうとする。だがその瞬間、またもやスリュムの喉元に、シノンが放った数発の火矢が爆裂する。

 

 

「む、ぬゥ……!」

 

 

「ナイス、シノン先輩」

 

 

タイミングの合った援護をしたシノンを称賛しながら、ユーマは空中で再び拳を構えると、右拳に金色のライト・エフェクトを帯びる。しかしすでにスリュムとの距離は数メートルほど離れており、超近距離武器のナックルでは到底届きそうにもない。にも拘わらず、ユーマは金色に輝く右拳を思いっきり振り切った。

 

その瞬間、ユーマの右拳に纏っていた金色のライト・エフェクトが弾丸となって飛んで行く。ナックル装備唯一の、射撃系拳術ソードスキル《サージ・テラフィスト》。使用者の闘気が込められた気弾が、スリュムに直撃して爆発する。

 

 

「む、ぬゥ、うゥンッ!」

 

 

攻撃を喰らいながらも、風を切る勢いで振り下ろされたスリュムの大樹のような左腕が轟音を上げながら氷の床に叩きつけられる。

 

 

「うおっ……!」

 

 

ユーマは直撃はしなかったものの、発生したスプラッシュ・ダメージを浴びてしまい、HPが2割ほど削られてしまう。マズイと判断したユーマは、床に着地すると同時に一旦スリュムから距離を置くために後退する。

 

 

「すまんね、一旦下がる」

 

 

「任せて」

 

 

すると、スリュムから離れたユーマと入れ替わるように、今度はシノンが接近する。軽やかな動きとジャンプで、床に叩き付けられていた巨大な左手の甲の上に着地する。そして弓矢を構えながら、スリュムに対して挑発的な笑みを向けた。

 

 

「ぬゥゥ、無礼者ォッ!」

 

 

憤慨したスリュムは左手を振るが、シノンは振り落とされる前に離脱する。スリュムは逃がすまいと右手で追撃を仕掛けるが、これも回避して右腕の上に飛び移るシノン。

 

巨体に似合わず、スリュムの攻撃は予想以上に速い。だがその巨体に纏わりつきながら回避に専念していれば難しくないと、シノンは判断する。

 

 

「シノンさん!」

 

 

「ユイちゃん!?」

 

 

するとそんなシノンのもとに、小さな妖精ユイが飛んできた。

 

 

「パパたちは回復中ですから、わたしがサポートします!」

 

 

「OK、お願いね」

 

 

「はい! さっそく来ます!」

 

 

「ぬゥォオオオオオオッ!」

 

 

シノンとユイの即席タッグが結成されると同時に、スリュムがシノン目掛けて両手の拳を使った連続パンチを放ってきた。

 

 

「あの巨体で連打!?」

 

 

「恐らく自分より小型の相手に登られた場合の対処行動です! 狙いは荒いですが連打なので、攻撃の予測猶予は1秒以下です!」

 

 

「1秒……ま、銃弾ほどではないわね」

 

 

そう言ってシノンは不敵な笑みを浮かべると、襲い来る巨大なパンチの嵐を軽やかに動き回りながら回避し始める。ユイの指示で攻撃の予測ができるとはいえ、パンチ1発も掠らずに避け続けるのは見事としか言いようがない。GGOにおいてもボーダーにおいても、狙撃手(スナイパー)というポジションにいる彼女は、アタッカー組からは逃げるしかないので、その経験が生きているのだろう。

 

 

「次の左掌底は……」

 

 

「当てよっか?」

 

 

「えっ?」

 

 

「この弾道なら、中指と薬指の間をすり抜けて、あいつの顔の前」

 

 

「で、でも顔の前は、氷ブレスの可能性が──」

 

 

「いいのよ」

 

 

最後に襲い掛かる左手の掌底を、宣言通り中指と薬指を間をすり抜けて回避し、スリュムの眼前に飛び出したシノンは、確信めいた表情で、続けて言った。

 

 

「私に憎悪値(ヘイト)が集中してるこの状況で、あとの2人が黙ってるわけないもの」

 

 

直後、スリュムの顔面の周りが大爆発を起こした。

 

 

「おれらを忘れてんじゃねーぞ、デカブツ」

 

 

その正体は、カイトの放った空間爆裂攻撃魔法。相手がいる位置に数回の爆発を巻き起こす攻撃魔法によって、紅蓮の炎がスリュムの視界を覆った。もちろん、それで終わりではない。

続いて燃え盛る紅蓮の炎の中を突っ切って現れたのは、右手で強く拳を握り、それを大きく振り被ったユーマだった。

 

 

「《攻撃強化(シャープネス)》」

 

 

加えて物理攻撃力をブーストさせたユーマは、そのまま右拳をスリュムの脳天に打ち付けた。ナックル系上位ソードスキル《デッドリー・ブロウ》。強化魔法も合わせたその一撃は、スリュムの顔を後方にのけ反らせるには十分な威力だった。

 

 

「シノン先輩、そろそろ時間だぞ」

 

 

「了解、戻りましょう」

 

 

そしてシノンはダメ押しと言わんばかりに、至近距離で火矢を1発叩き込む。それを最後にシノンとユーマは地面に着地し、後退していった。

 

 

「よしよし、2人は離脱したな。んじゃあ1発、デカイのぶっ放すか」

 

 

シノンとユーマがスリュムから離れたのを確認したカイトは、最後の一撃を仕掛けるために呪文を詠唱する。

 

 

「Ek fleygja einn himinn muspilli, ú-fljúga staðr kalla eldr stjarna brydda land」

 

 

今までの呪文に比べると、驚くほど長いスペルワードが述べられる。ALOにおける魔法は、呪文が長くて難解であるほど大規模な魔法とされている。ゆえにカイトが放とうとしている魔法も、相応のものであるということが伺える。

そして詠唱を終えると、カイトはニッと口角を吊り上げながら、その魔法の名を囁いた。

 

 

「《メテオ・エクスプロージョン》」

 

 

爆裂系攻撃魔法《メテオ・エクスプロージョン》。相手に巨大隕石をぶつけ、着弾と爆発でダメージを与える。攻撃魔法の中でも、絶大な威力を持つ上級魔法の1つ。

天井から降って来た巨大隕石──スリュムにとっては己の拳程度の大きさだが──を受けて、スリュムを中心に凄まじい爆発が起こった。

 

 

「うお、すごいな」

 

 

「こんな規模の爆裂魔法を平然と放てるなんて、さすが天才メイジ様ね」

 

 

「ま、これでもあのデカブツには大したダメージは入ってないだろーけどな」

 

 

巻き起こる爆炎を見て、ユーマとシノンが感嘆の声を漏らす。しかしカイトは今の魔法をもってしても、さほどのダメージは入ってないと推測する。

 

事実、爆炎が晴れた先には、依然として霜の巨人族の王が君臨しており、視界に映るボスの2本目のHPゲージも4分の1ほどしか削れていない。

 

 

「ユーマ、シノン、そろそろキリトたちも戻ってくる。こっからが踏ん張りどころだ、気合入れろよ」

 

 

「「了解」」

 

 

3人は再び巨人の王に挑む。

 

 

シノン、カイト、ユーマの3人が囮として行動してちょうど30秒。回復のため退避していた、キリトたちが戦線に戻ってくる時間だった。

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「……攻撃用意」

 

 

カイトたちが囮役で稼いでくれた時間を使い、ようやく8割近くまで回復したHPゲージを確認し、俺は仲間たちに声をかけた。左右の剣を握り直し、カウントを始めようとした、その瞬間──

 

 

「剣士様」

 

 

不意に傍らから声がして、俺はぎょっとしながら眼を向けた。そこに立っていたのは、10人目のパーティメンバーのフレイヤだった。AI化されたNPCである彼女は、金褐色の瞳で俺を見つめながら言った。

 

 

「このままでは、スリュムを倒すことは叶いません。望みはただ1つ、この部屋のどこかに埋もれているはずの、我が一族の秘宝だけです。あれを取り戻せば。私の真の力もまた蘇り、スリュムを退けられましょう」

 

 

「……し、真の力……」

 

 

俺は呼吸1回分の時間を費やして迷ったが、すぐに決断を下した。一瞬、真の力を取り戻した彼女が、スリュムに加勢して襲ってくる可能性を考えたが、NPCの嘘をも見抜くユーマの証言によりそれは否定されている。それに、このまま持久戦を続けていれば、壊滅はしなくとも、制限時間には間に合わない。ならばもう、なりふり構ってはいられない。

 

 

「解った。宝物ってどんなのだ?」

 

 

NPCの認識範囲ギリギリの早口で訊ねる俺に、フレイヤは両手を30センチほどの幅に広げてみせた。

 

 

「このくらいの大きさの、黄金の金槌です」

 

 

「……は? か、カナヅチ?」

 

 

「金槌です」

 

 

繰り返すフレイヤの顔を、つい呆然と眺めてしまう。と、その時、先ほどまで上手い連携でかわし続けていた3人が、ついにスリュムの攻撃のスプラッシュ・ダメージを喰らって、HPを2割近く奪われてしまっていた。これ以上タゲ取りを3人に押し付けてはいけないと判断した俺は、素早くクラインやリーファたちに言った。

 

 

「先に援護に行ってくれ! 俺もすぐ合流する!」

 

 

「おうともさ!」

 

 

一声叫んだクラインを先頭に、駆け出した。たちまち始まる集団戦闘の音を聞きながら、俺はこの途轍もなく広い玉座の間を見渡した。

氷の壁際には、高く積み上がった黄金の山々。あの中からたった1つのトンカチを探し出すのは難易度が高すぎる。恐らくは30人以上のレイドパーティを想定しているのだろう。オレ1人では、探し出すことなんてできない。

 

 

「……ユイ」

 

 

すがるような思いで、頭上のユイに声をかけたが、残念ながらふるふると首を横に振った答えが返ってきた。

 

 

「だめです、パパ。マップデータにはキーアイテム位置の記述はありません。おそらく、部屋に入った時点でランダム配置されるのだと思われます。問題のアイテムを発見し、フレイヤさんに渡してみないとそれがキーかどうかの判断はできません!」

 

 

「そうか……うう……~~ん……!」

 

 

俺は必死に脳をフル回転させて、打開策を絞り出そうとするが、まったく良いアイデアが浮かんで来ない。こうなったら身近な山から掘り返していくしかないか……。

 

そう考えた時、戦場で奮闘するリーファが、一瞬だけこちらを見て叫んだ。

 

 

「お兄ちゃん! 雷系のスキルを使って!」

 

 

「か、かみ……?」

 

 

一瞬唖然と目を見開いたが、すぐに剣を構えて、言われた行動を開始する。

 

 

「……せああっ!」

 

 

気合を乗せて踏み出した、空中での前方宙返り。同時に逆手に持ち替えた剣を、真下の地面目掛けて突き下ろす。俺が唯一、雷属性のダメージを生み出せる数少ない重範囲攻撃《ライトニング・フォール》。物理3割、雷7割。

 

深々と突き刺した剣から地面に伝わる雷撃が、雷鳴を轟かせながら全方位へ疾走する。俺はすぐに体を起こして、再び黄金のオブジェクトの山を見渡す。

 

 

「…………っ!」

 

 

その時、見えた。オブジェクトの山の中で、雷に呼応するかのように淡く輝く紫色の光。俺はすぐさまそこへ駆け寄り、黄金の宝の山を掘り返していく。

 

 

「……これか!?」

 

 

そこから出てきたのは、細い黄金の柄と、宝石をちりばめた白金の頭を持つ小型の槌。その柄を手に取って持ち上げようとした瞬間、とんでもない重量が右手に伝わってくる。俺は両手を使いながらほとんど気合で持ち上げ、振り向きながら叫ぶ。

 

 

「フレイヤさん、これを!」

 

 

そしてそのまま、遠心力を使った投擲で金槌をぶん投げた。直後、軽く焦る。この行為でNPCアタックフラグが立ってしまうのではないかと。

 

しかし、そんな俺の心配とは裏腹にフレイヤさんは、あの重い金槌をすらりと細い右手で軽々とキャッチした。そして受け止めたそれを見ながら、パチパチと2回まばたきをしたその時──

 

 

「うぅ……!」

 

 

小さく呻きながら体を丸め、長いウェーブヘアが流れ、露になった白い背中が小刻みに震える。

 

 

「………ぎる………」

 

 

ぱりっ、と空中に細いスパークが走る。

 

 

「……なぎる……みなぎるぞ……」

 

 

明らかに様子がおかしい彼女に、顔が引きつる。「フレイヤさん!」と、戦場から刀使いの声が聞こえるが、すでに彼女の耳には入っていないだろう。

激しくなっていくスパークがフレイヤさんの全身を駆け巡っていく。そして3度目となる、もう完全にフレイヤさんのものではない絶叫が響き渡った。

 

 

「みな……ぎるぅぅぉぉおおオオオーーー!」

 

 

まばゆい雷光を迸らせながら、美女の真っ白い四肢と背中の筋肉が縄のように盛り上がる。同時に彼女が身に纏っていたドレスも引き千切れ、消滅する。

 

 

「フレイヤ……さん?」

 

 

恐らく今の俺の顔は、かなり引きつっているだろう。ポカーンと目を見開く眼前で、美女が何かに変貌していく光景を見ては、仕方ないと思う。

 

すると、何か感じ取ったのか、戦場で戦っていたクラインがこちらに振り向く。今や一糸纏わぬフレイヤさんを見て、両目が剥き出される。その直後、顎ががくーんと落ちた。

 

無理もない。激しい雷光を纏ったフレイヤさんが、目に見えて巨大化していくのだから。腕や足はなんかもう大木のように逞しくなり、胸板はスリュムを上回るほど筋骨隆々としている。右手に握られた金槌も、雷光を放ちながら持ち主と一緒に巨大化していく。

 

 

「…………えっ」

「マジかよ……」

「うおっ……これは……」

「オ……オオ……オッ」

 

 

そして──この場にいる男性陣に最大最凶のショックを与える光景が出現した。

 

 

俯いた顔の、ごつごつと逞しい頬と顎から伸びる、金褐色の長い、長ーい──おヒゲが。

 

 

 

「「「「オッサンじゃん!」」」」

 

 

 

男4人の絶叫が、部屋に響く。

 

今や、クラインの武士道が救ったうら若き囚われの美女の姿は欠片も残っていない。圧倒的迫力でその巨躯を持ち上げた大巨人は、どう見ても40代は上回るナイスミドルなおじ様。

 

 

「オオオ……オオオオーーーッ!」

 

 

部屋中をビリビリと振るわせるほどの砲口を上げる巨大なおっさんは、分厚い皮のブーツに包まれた右脚をズシンと踏み出した。

 

そこで俺はふと、視界の左端に表示されている10本のHPMPゲージの一番下に視線を落とした。先ほどまで【Freyja】と記されていたはずの名前は、いつの間にか変わっていた。

 

Thor(トール)】。それが俺たちの新しい仲間である、おっさんの名前だった。

 

 

 

 

 

つづく




カイトとユーマの魔法とソードスキルは、基本的にゲームからの輸入です。効果などはオリジナル部分もありますが。

因みにカイトの魔法の呪文は『ソードアート・オンラインノ全テ』を参考にして書きました。

古代ノルド辞書で言葉の意味を調べながらでしたので、ちょっと大変でしたが、自分の中の厨二心を発揮していたので苦ではありませんでした(笑)。文法等が合っているか不安ですけどね。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。