キリトin太刀川隊   作:ZEROⅡ

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最後がちょっと雑になったかもしれない。


太刀川隊

 

 

 

 

 

 

「いだだだっ!! ちょっ、風間さん……! ホントにやめて! 俺今トリオン体じゃないからぁーーー!!!」

 

 

「だまれ」

 

 

……作戦室に入ったら、うちの隊長がシメられていた。

などという軽い現実逃避をしてしまうほど、桐ヶ谷和人は飛び込んで来た光景に唖然としてしまった。和人の後ろにいる明日奈と詩乃も、あまりの出来事に呆然としてしまっている。

どうしようかと考えていると、和人は逆エビ固めをキメられている太刀川と目が合ってしまった。

 

 

「き、桐ヶ谷! ちょうどいい! 助けてくれ!」

 

 

──うわ、呼ばれた。

 

 

助けを求められた和人はつい顔をしかめてしまう。しかしこのまま放置しては明日奈と詩乃にチームメイトを紹介できないと思い至り、仕方ないなと嘆息する。

 

 

「悪い2人とも、ちょっと待っててくれ」

 

 

「あ、うん」

 

 

「わかったわ……」

 

 

2人に断りを入れてから、和人は入室して無表情で太刀川をシメている赤い瞳に切れ目が特徴の男に声をかけた。

 

 

「風間さん」

 

 

「桐ヶ谷か。少し待て。今このバカにお灸をすえているところだ」

 

 

「あーはい、何があったのかは大体察しがつきますけど一応聞きます。何があったんですか?」

 

 

「大学のレポート。そう言えばわかるだろう」

 

 

やっぱりかと、和人は胸の内で呟く。

この太刀川慶という男は、大学の課題レポートを毎回後回しにして放置する。いわゆる夏休みの宿題を最後まで溜め込むタイプだ。そして期限ギリギリになると、ボーダーの大学生組に手伝ってくれるよう頼み込むのだ。それが時々だったらまだしも毎回なので、みんなうんざりしている。かく言う和人も持ち前のパソコン技術と知識に目を付けられて手伝わされることがよくある。しかも本人に反省の色がまったく無いので、シメたくなる気持ちは大いに理解できた。

 

 

「予想通り過ぎて、驚きも無ければ弁護の余地もありませんね」

 

 

「え? 俺ってそんなに信用ないの?」

 

 

逆エビ状態で本気で不思議そうな顔をしている太刀川に、むしろなぜ信用があると思っているのか小一時間ほど問い詰めたい衝動に駆られた和人だったが、それをグッと飲み込んでから、本来の話に戻す。

 

 

「個人的にはそのまま続けてもらっても全然かまわないんですけど、今はその……お客さんが来てますんで」

 

 

「なに?」

 

 

和人がそう言うと、風間と呼ばれた男は出入り口前で固まっている明日奈と詩乃の方に視線を向けた。

 

 

「C級隊員……今期入隊の新人か?」

 

 

「ええ、まあ。あと俺の個人的な仲間です」

 

 

「そうか、わかった。──ふっ!!」

 

 

「ああああああああっ!!!」

 

 

ゴキリと、およそ人体から鳴ってはいけない音が鳴った気がした。

太刀川の断末魔を聞いて気が済んだのか、風間はぐったりしている太刀川の背中から退いて立ち上がる。

 

 

「トドメは差すんですね」

 

 

「当たり前だ」

 

 

淡々とした口調でそう言い放つのは、A級3位《風間隊》隊長の風間(かざま)蒼也(そうや)攻撃手(アタッカー)ランク2位、個人(ソロ)総合ランク3位の実力者。低身長のせいで中学生と間違われがちだが、これでも年齢は21歳で太刀川よりも年上。仕事ができるので上層部からの信頼も厚く、和人を含む多くの後輩からも慕われている。高いプライドを持ち、常に冷静な人物だが、実は数々の壁を知恵と鍛錬で乗り越えてきたという熱い男。《小型かつ高性能》を体現した、和人が心から尊敬する人物の1人。

 

こういった常に冷静沈着でクールなタイプの男性は和人の周りにはそう居ない。というより、身近な男友達で真っ先に思い浮かぶのが出水と米屋たち同年代組と、あとはクラインとエギルぐらいしかいない。ボーダーに入ってからはマシにはなったが、それでも未だに浅い交友関係に和人はちょっと泣きそうになった。

 

 

「で、桐ヶ谷。あっちの女の子2人はお前の友達か?」

 

 

「チッ」

 

 

さっきまで床を這いつくばっていた太刀川がむくりと体を起こす。

うわ、生きてた……と和人も顔をしかめる。風間も仕留めきれなかったから忌々し気に舌打ちを漏らしてる。

……そのまま気絶してくれた方が明日奈たちの紹介もスムーズに終わったかもしれないのに。

そう心の中で呟きながらも、和人は軽く溜息を吐いて太刀川の質問に答える。

 

 

「そうですよ。2人とも今日入隊したんで、うちの作戦室の見学ついでに紹介しようと思って連れて来たんです。……正直太刀川さんに紹介するのは嫌だなって思ってたんですけど」

 

 

「おい、なんでそんな冷たいこと言うんだ。隊長だぞ俺」

 

 

「俺、ボーダー隊員としての太刀川さんは尊敬してますけど……人としての太刀川さんは尊敬できないというか、軽蔑してるというか、むしろ見下してるというか……」

 

 

「出水もそうだったんだけど、なんでおまえら今日は俺にそんな辛辣なんだ?」

 

 

この男は今朝の防衛任務のことをもう忘れたのだろうかと軽く呆れる。和人はあとで報告書を通じて本部長にもチクっておこうと心に決めた。

 

 

「おやおやキリ君、戻って来てたのかね~」

 

 

すると、作戦室の奥の部屋からひょっこりと国近柚宇が顔を出した。

 

 

「柚宇さん、いたんですか?」

 

 

「いたよ~。太刀川さんがうるさいから、仮眠室でゲームしてた」

 

 

そこでシメられえている隊長よりゲームを優先するところが彼女らしい。

そんなことを考えていると、また別の部屋から出水がやってきた。服装もすでに隊服ではなく私服姿。太刀川隊の紋章(エンブレム)が入った上着を羽織り、その下からはボーダーのメディア対策室のグッズ企画部が出水の為に作った『千発百中』という謎の四文字がプリントされたTシャツが覗いている。

 

 

「ああースッキリした。おうカズ、戻ってきてたか」

 

 

どこか晴々とした表情の出水……そしてその右手には首根っこを掴まれて引きずられている唯我の姿が。

 

 

「き、桐ヶ谷先輩! 助けてくださぁい! 出水先輩の暴力支配にはもう耐えられません!」

 

 

和人の姿を認識するや否や泣きついてくる唯我。

 

 

「……なにをしたんだ出水?」

 

 

「今日の防衛任務で早々に落とされやがったから、訓練室でヤキ入れてやっただけだ」

 

 

ああ、そういえばそんなこと言ってたなと納得すると、和人は泣きついてくる唯我をスルーして、騒々しい部屋全体に聞こえるように言い放った。

 

 

「みんな、お客さんだ」

 

 

 

 

 

◆◇◆◇◆◇◆◇

 

 

 

 

 

「えーと、それじゃあ紹介します。今日の正式入隊で入隊した、俺のVRMMOプレイヤー仲間です」

 

 

あれから少し場が混沌としていたのを何とか収拾させて、明日奈と詩乃の2人を作戦室内へと招き入れた和人。そして大部屋の3人掛けのソファに右から和人、明日奈、詩乃の順番で座り、人数分のお茶が置かれたテーブルを挟んでその対面にあるソファには右から出水、太刀川、風間の順番で座っている。国近は別の部屋から持ってきたオフィスチェアに座ってもらい、唯我は床に正座させている。

そんな中で、まずはVRMMOプレイヤー組からの自己紹介を始める。

 

 

「結城明日奈です。いつもキリト君がお世話になってます」

 

 

明日奈は礼儀正しく、きちんと頭を下げながら自身の名前を告げる。お手本のような動作だが、最後のセリフには「保護者か!」と和人はツッコミを入れたくなった。

明日奈のことは和人が太刀川隊の中で何度か話題として出ていたので、太刀川さんたちは「ああ、あの……」といった反応だ。

 

 

「朝田詩乃です。よろしく」

 

 

次いで詩乃はまるで事務的な作業のように淡々とした自己紹介。性格的に自ら愛想を振りまくような奴じゃないので、彼女らしいといえば彼女らしい。

そして2人の自己紹介が終わると、柚宇が間延びした声を上げた。

 

 

「あ~! やっぱりアスナちゃんとシノンちゃんだったんだ~」

 

 

「え? えっと……」

 

 

「どこかで会ったかしら……?」

 

 

「んーん、リアルでは初めましてだよ~」

 

 

ポカンとした反応を見せる明日奈と詩乃。そして構わずマイペースで話を進める国近。

明らかに嚙み合ってない会話をフォローする為に、和人がすかさず間に割って入る。

 

 

「その話はあとでいいだろ。まずは一通り紹介するよ」

 

 

そう言いながら和人は、まず最初に対面のソファの中央に座する太刀川に右手を向ける。

 

 

「こちらがうちの隊長の太刀川慶さん。攻撃手(アタッカー)ランク1位、個人(ソロ)総合でも1位で戦闘の腕はピカイチだけど、私生活はダメ人間な人だ」

 

 

「こら桐ヶ谷、ダメ人間はないだろ」

 

 

失礼な紹介──間違ってはいない──をされた太刀川が抗議するが、和人は普通に無視して紹介を続けた。今度は太刀川の左隣に座っている出水を右手で示す。

 

 

「出水公平。弾バカ。以上」

 

 

「おいこら」

 

 

ぞんざいな和人の紹介に出水は睨むが、本人は意地の悪い笑顔を浮かべるのみ。そして今度は床で正座している唯我を示す。

 

 

「唯我尊。お荷物。以上」

 

 

「桐ヶ谷先ぱぁい!?」

 

 

ガーンッとショックを受けたように涙を流す唯我。するとそこで、その名前に聞き覚えがあったのか、明日奈が声を上げる。

 

 

「唯我って、もしかしてあの……?」

 

 

唯我とは確か明日奈の父、結城彰三がかつてCEOを務めていた総合電子機器メーカー《レクト》よりも、かなり大手の会社の社長の名前だったと明日奈は記憶している。

ひょっとしてそこの息子ではないかという明日奈の疑問に、和人は首を縦に振って肯定した。

 

 

「そう、こいつの父親の会社はボーダーで一番でかいスポンサーなんだ。で、こいつはそれを利用してA級隊員になって、太刀川隊に放り込まれた奴だ」

 

 

和人がそう説明すると、詩乃が怪訝そうな顔で眉をひそめながら口を開いた。

 

 

「つまり、コネでA級隊員になったお坊ちゃんってこと? それでちゃんと戦えるの?」

 

 

「いいや全然。実力は間違いなくA級隊員の中では最弱で、ぶっちゃけB級隊員の中でもかなり下の方だ。つまり完全なお荷物。他の部隊からは羽虫か何かだと思われていて、撃墜点を競うチームランク戦では太刀川隊のボーナスポイントと呼ばれている」

 

 

「衝撃の新事実!!? その扱いはあまりにも酷すぎますよ桐ヶ谷先輩!!」

 

 

「うるせーぞ唯我!! 本当のことだろうが!! 黙って正座してろ!!」

 

 

涙を流して喚く唯我を出水が容赦なく蹴りを入れて黙らせる。もちろんそんなやり取りに慣れている和人は、構わず紹介を続けた。次いで左手で示したのは、オフィスチェアに座った国近。

 

 

「で、彼女は太刀川隊オペレーターの国近柚宇さん。生粋のゲーマーでVRMMOにも精通してるんだ。2人もALOで会ったことあるだろ? 《キャットファイター》のユズさん」

 

 

「あ~! キリ君、その呼び名は恥ずかしいから禁止って言ったのに~!」

 

 

和人の紹介に国近からの抗議の声が上がる。

キャットファイターとは、ALOにおける国近柚宇のアバター……猫妖精族(ケットシー)のナックル使い、ユズの通り名だ。猫妖精族(ケットシー)特有の俊敏性を活かした《拳術》などの格闘スキルを多用することから付けられた通り名。本人いわくVRFTG、つまり格ゲーの応用らしい。因みに国近はその通り名があまり好きじゃないらしく、この名で呼び続けると、怒って対戦ゲームで負けた時ばりに首を絞めてくる。理由は「響きがちょっとやらしーから」らしい。

 

ALOにおいてアスナとユズは、キリトの紹介で面識はある。何度か共にクエストをこなして、時にはお茶会をすることもあった。ただしボーダーで和人と同じ部隊だとは聞かされていなかったので、聞いた時は驚いたが、知った相手だと知るとすぐに顔をほころばせた。

 

 

「そっか、あなたがユズだったのね」

 

 

「そだよ~。リアルでもよろしくね、明日奈ちゃん。あ、わたしのことは柚宇でいいからね」

 

 

「わかった。よろしくね、柚宇」

 

 

オフィスチェアのローラーを使って座りながら明日奈の近くへ移動して、国近は明日奈の右手を両手で掴んでブンブンと上下に振る。その豪快な握手に明日奈は一瞬だけ戸惑ったが、すぐに優しい笑顔を浮かべた。

 

 

「詩乃ちゃんも、よろしく~」

 

 

「あ、はい……よろしく、お願いします、柚宇さん」

 

 

国近のゆるふわな雰囲気に当てられたのか、少々戸惑いながらも詩乃も握手に応じる。

詩乃もALOで同じ猫妖精族(ケットシー)のユズとは会ったことはある。ALO歴が短い詩乃は彼女に色々教えてもらったりもしたのだが、そのあとで夥しいほどの数のクエストに付き合わされたので、若干彼女が苦手になってるらしい。

 

 

「あとわたしだけじゃなくて、いずみんもALOやってるよね」

 

 

「うす。朝田とはまだ会ったことねーけど、アスナさんとは何度か。水妖精族(ウンディーネ)のカイトって名前なんすけど」

 

 

「うん、覚えてるよ。キリト君のお友達で、何回か一緒にクエストに行ったこともあるよね。それにカイト君は水妖精族(ウンディーネ)の間じゃ有名だから」

 

 

ALOにおける出水公平/カイトは水妖精族(ウンディーネ)の間ではかなり名前が知られていた。多種多様な属性の魔法を状況に合わせて臨機応変に使いこなす天才魔法使い(メイジ)として。特に攻撃魔法に関しては領主クラスも認めるほどであり、キリトたちのパーティでは唯一の火力メイジとして重宝されている。その際、カイトとアスナは基本的に後衛に回されることが多く、カイトが火力メイジ、アスナが回復・支援メイジとして立ち回っている。なのでリアルで会うのは初めてだが、ALOではカイトとアスナにはそれなりに交流があった。

 

新たなVRMMOプレイヤー同士の交流を、嬉しそうに眺めていた和人は、最後に太刀川の右隣で黙々とお茶菓子の煎餅を頬張っていた風間を示した。

 

 

「最後に太刀川隊じゃなけいど、A級3位《風間隊》隊長の風間蒼也さんだ」

 

 

「風間だ。はじめまして」

 

 

頬張っていたものをちゃんとごくりと飲み込んでから挨拶をする風間。するとそんな風間に対して、明日奈が感心したような声を上げる。

 

 

「A級部隊の隊長なんだ、すごいね。見たところ中学生くらいなのに」

 

 

そう言った瞬間、部屋の空気がピシリと固まった。

 

 

「え? え?」

 

 

突然部屋が水を打ったように静まり返ってしまったことに、明日奈は何かマズイ事を言ってしまったのだろうかと思い戸惑う。その隣に座る詩乃も、状況が分からずに小首を傾げて難しい顔をしている。

 

 

「ぶっ……あははははははっ!!」

 

 

そして僅かな沈黙の直後、堰を切ったような太刀川の大笑いが部屋に響き渡った。

その太刀川ほどではないが、出水と唯我と国近も口元に手を当てながら顔を俯かせたり逸らしたりしており、笑い声を我慢しているのか体がプルプルと震えている。

 

 

「あ、アスナ……風間さんはな……」

 

 

どこか引きつったような表情をしている和人が、おそるおそると言った風に説明しようとしたその時、当人である風間が口を開いた。

 

 

「改めて──風間蒼也、21歳だ。はじめまして」

 

 

「えぇっ!?」

 

 

「うそ!?」

 

 

改めて彼の口から自己紹介を聞いた明日奈と詩乃に衝撃が走る。丸みを帯びた輪郭と小柄な体躯はどう見ても中学生ほど。しかし風間の年齢は21歳。立派な成人男性であり、この中では一番の年長者だ。

それを理解した明日奈はすぐさま立ち上がって頭を下げる。

 

 

「ご、ごめんなさい! 年上だって気づかなくて……!」

 

 

「いや、気にするな。よくあることだ」

 

 

「そうそう、風間さんは小さいから仕方な──ぐほぉっ!!」

 

 

笑いながら余計な茶々を入れる太刀川の脇腹に風間の肘鉄が減り込んだ。直後、二の舞にはなるまいと出水と唯我と国近はすぐに零れそうになっていた笑いを引っ込めて姿勢を正したのだった。

 

 

「アスナ、人を外見で判断するのはよくないぞ。特にこのボーダーではな」

 

 

「あはは……そうだね、気を付けます。すみませんでした」

 

 

和人の苦言に明日奈が苦笑を浮かべて、自分の失言を反省してもう一度風間に謝罪する。謝罪を受けた風間は再度「気にしなくていい」と告げると、再びお煎餅に手を伸ばしてボリボリと頬張り始めた。

 

 

「本当ならあと1人、どうしても紹介したい子がいたんだけどな。あいつも明日奈にすげえ会いたがってたし」

 

 

「え? 誰? わたしの知ってる人?」

 

 

「ああ。今日はちょっと定期検査──じゃなくて、都合が悪くてな」

 

 

「?」

 

 

一瞬何かを言いかけた和人に怪訝な顔をする明日奈。それを察した和人は追及される前に、強引に話を進めた。

 

 

「まあとにかく、その子はまた明日紹介するから! なっ?」

 

 

「う、うん……」

 

 

ムリヤリその話題を終わらせた和人に対して、明日奈は怪訝な顔をしながらも頷いてくれた。

 

 

──ユイに会ったら、明日奈はどんな顔するかな。

 

 

イタズラ心でそんなことを考えながら和人は笑った。本来ならユイのトリオン体が完成した時に知らせる予定だったのだが、明日奈が入隊したのならその必要もない。

あいにく今日一日はトリオン体の定期検査の為、会わせることは叶わなかったが、会えば必ず驚くし、喜んでくれるだろう。

和人は最愛の恋人と娘……現実世界における2人の再会を心待ちをしながら内心でそう呟いた。

 

 

「そういえばさ~」

 

 

するとそこへ、国近がのほほんとした口調で新たな話題を切り出した。

 

 

「明日奈ちゃんと詩乃ちゃんって今日が入隊初日なんだよね? ポジションはどこにしたの~?」

 

 

「わたしは攻撃手(アタッカー)かな」

 

 

「私は狙撃手(スナイパー)……」

 

 

「ほうほう。じゃあ2人はB級に上がったらチームを組むのかな~?」

 

 

「「え?」」

 

 

国近が言ったその言葉に明日奈と詩乃が揃って疑問を浮かべると、それに賛同するように和人が声を上げた。

 

 

「それはいいな。どこか既存の部隊に入って連携でギクシャクするよりも、気心知れたやつと新規でチームを作った方がいい。アスナとシノンなら連携も取りやすいと思うしな」

 

 

「ちょっと待って、チームってそんな簡単に作れるものなの?」

 

 

「チーム結成事態は結構簡単だぞ。4人以内の正隊員と1人のオペレーターが揃っていれば、あとは届出さえ提出すればいいだけからな」

 

 

詩乃の疑問に対して簡潔に説明する和人。

隊員同士が集まって部隊(チーム)を結成すること自体はそこまで難しいことではない。和人の言う通り、メンバーを集めて既定の用紙にメンバー全員の署名を集めて届ければ、即日受理されて結成される。隊員の脱退や増員の場合も同様。極端な話、戦闘員とオペレーターが1人ずつでも部隊は結成できる。実際にボーダーにはそういった部隊も存在している。

 

 

「本当に簡単なのね。でもチームを組むって、そんなに大事なことなの?」

 

 

「チームを組むこと自体は強制ではない」

 

 

続けて詩乃が口にした疑問に答えたのは風間だった。彼は和人が淹れたお茶をすすりながら、淡々とした口調で説明する。

 

 

「チームを組むのも、ソロで活動するのも個人の自由だ。だが、もしA級を目指す気があるのならば、チーム結成は必須だ。上にあがるには、チームランク戦で勝ち上がる事が絶対条件だからな」

 

 

上にあがる……その言葉に詩乃の心は少し揺れた。

 

 

「あ、でもオペレーターをやってくれる子がいないよ」

 

 

「それなら、正隊員に上がって結成する前に募集をかければいい。募集申請さえすれば、中央オペレーターから部隊オペレーターに転属希望を出している奴を本部から紹介してもらえる」

 

 

明日奈が口にした疑問を、風間がお茶をすすりながら説明する。

 

 

「あ、でも明日奈ちゃんはキリ君とチーム組みたいよね? 恋人さん同士なんだから~」

 

 

「ちょっ、柚宇! それ今関係ないよね!? それにキリト君はもうこの部隊の一員なんだし、引き抜きなんてできないでしょ?」

 

 

国近の指摘に顔を赤くしながら反論する明日奈。しかし国近はのほほんとした表情のまま、とんでもない爆弾を投下する。

 

 

「そんなことないよ~、引き抜き自体はそんなに珍しくないし。キリ君も、今もたまに他の部隊から誘われるよ。特に女の子が隊長の部隊から」

 

 

「女の子……から?」

 

 

その言葉に、明日奈が片眉がピクリと反応する。心なしか、呟いた声も若干低い。それに気づいた和人かマズイと判断した時にはすでに遅く、国近の口から言葉が続けられた。

 

 

「キリ君ってボーダーの女の子からすごく人気あるんだよ~。強くて優しいからチームに入って欲しいってね~。例えば加古さんでしょ~、那須ちゃんに~香取ちゃんに~、あと隊長じゃないけど柿崎隊の照屋ちゃんにも誘われてたよね~」

 

 

「柚宇さん!? それこそ今は関係な──」

 

 

「……へえ~」

 

 

「ひぃっ!」

 

 

明日奈から絶対零度の視線を向けられて、思わず顔を青くして悲鳴を上げる和人。それに続いて詩乃も、明日奈ほどではないが冷たい視線を和人に向けながら言い放つ。

 

 

「なるほど。やっぱりアンタはボーダーに入ってからも女の子を口説いてたのね」

 

 

「やっぱりってなんだよ!? それに俺は口説いてなんかいないって!!」

 

 

「どうだか。どうせ……『力になってやりたいんだ』とか『きみを守ってみせる』とか、そんな歯の浮くようなセリフを言ったんでしょ」

 

 

「う……」

 

 

「すげーな朝田、よくわかったな」

 

 

思い当たる節があるのか言いよどむ和人。そしてその現場を何度か間近で見たことのある出水は、詩乃のまるで見ていたかのような的確な指摘に感嘆する。

 

 

「キ~リ~ト~く~ん……!!」

 

 

「待て待て待て!! 落ち着けアスナ!! 誤解だって!!」

 

 

冷たいオーラを出しながらにじり寄ってくる明日奈に必死に弁明しながら後退る和人。

 

 

「はっはっは、さすがの桐ヶ谷も彼女には弱いみたいだな」

 

 

そんな2人の様子を他人事で眺めながら笑う太刀川。すると、またもや国近がのほほんとした口調で驚くべきことを言い始めた。

 

 

「あ、そーだ! だったら太刀川さんを追い出して、明日奈ちゃんにうちの部隊に入ってもらおうよ~!」

 

 

「は?」

 

 

「へ?」

 

 

その発言に対して真っ先に素っ頓狂な声を上げたのは、もちろん太刀川である。和人ににじり寄っていた明日奈も、その発言に目を丸くしている。

そしてそれに対して太刀川が何か言おうとすると、それよりも先にソファから立ち上がった和人と出水から肯定的な声が上がった。

 

 

「いいなそれ!」

 

 

「柚宇さん、それナイスアイディアです!」

 

 

「でしょ~?」

 

 

「んじゃあ、ついでに唯我も追い出して朝田にも入ってもらうか。そうすりゃ狙撃手(スナイパー)も入って戦略の幅も広がるしよ」

 

 

「出水先輩!? それは不当解雇というものですよ!?」

 

 

ついでで解雇通告を出され、涙する唯我。

 

 

「待て待て待て、それで話を進めんなお前ら。太刀川隊に俺がいなくなってどうすんだ?」

 

 

「桐ヶ谷隊か出水隊に改名すればいいんじゃないかな」

 

 

「大丈夫ですって。忍田本部長には、太刀川さんの今までの素行について俺たちの方から全部説明しておきますんで」

 

 

「どうしよう風間さん、唐突に俺の部隊が部下に乗っ取られた上に死刑宣告までされたんだけど」

 

 

「知らん。日頃の行いだ」

 

 

まさかの部下による部隊の乗っ取りと師へのチクリに助けを求める太刀川だが、風間にはあっさりと見捨てられてしまった。

 

 

「大事な防衛任務をすっぽかす隊長なんて隊長じゃありませ~ん」

 

 

「そーだそーだ、報告書を部下に書かせるなー」

 

 

「部下に大学のレポートを手伝わせるなヒゲ隊長ー」

 

 

……ああ、なるほど。今朝の防衛任務のことで怒ってんのかこいつら。

立て続けに上がる非難の声。それを聞いた太刀川は、ようやくなぜ今日はこんなにも自分の扱いが悪いのか理解した。太刀川は今朝の防衛任務は大学の補講授業で単位がかかっていた為、やむなく欠勤した。あとで報告だけは受けていたのだが話半分にしか聞いていなかったので、何だか大変だったらしいな、くらいにしか思っていなかった。しかしながら、どうやら思っていた以上の激務を彼らに押し付けてしまっていたらしい。怒るのも無理はない。

それを理解した太刀川は肩を竦めながら嘆息し、まいったと表現するように両手を上げた。

 

 

「わかったわかった、俺が悪かった。詫びに何かメシ奢ってやるよ」

 

 

「やった~! 太刀川さん太っ腹~!」

 

 

「さすが俺たちの隊長!」

 

 

「じゃあ焼肉で!」

 

 

「お前ら調子いいな」

 

 

「「「イエーイ!」」」

 

 

メシを奢ると言った途端に態度を一変させてハシャいでいる部下たちに、太刀川はやれやれと溜息をついた。焼肉で彼らの機嫌が直るのなら安いものだと、心の内で呟きながら。

 

 

「なにやってんだか……」

 

 

「ふふっ」

 

 

そんな太刀川隊のコントのようなやり取りを見て、詩乃は呆れたように呟く。そして明日奈は微笑ましいものを見るような目で彼らを見ながら笑って、ポツリと口を開いた。

 

 

「ねえシノのん、さっき柚宇が言ってたチームを組むって話……ちょっと考えてみない?」

 

 

「え?」

 

 

突然のそんな提案に目を丸くする詩乃だが、明日奈は構わず言葉を続ける。

 

 

「ほら、キリト君たちを見てて思ったんだけど……チームを組むって何だか楽しそうかなぁって」

 

 

「楽しそう……ね」

 

 

ふと、詩乃は目の前で笑い合っている太刀川隊に視線を向ける。その先に映るのは、出水と肩を組みながら笑い合っている和人の姿。そんな彼の姿を見て、詩乃は思った。

 

 

──あいつも、あんな顔して笑うのね。

 

 

決して和人の笑った顔を見たことがない訳ではない。しかしいつもの和人……特にキリトの時は、人を食ったような態度を取り、飄々としていてどこか大人びている。そんな彼が年相応にふざけ合いながら笑っている姿が、詩乃には新鮮に見えた。

それを見た詩乃は、明日奈に対して微笑を浮かべながら答えた。

 

 

「ま、いいんじゃない? 私は別に構わないわよ」

 

 

「ホント!?」

 

 

「ええ。それにこのボーダーで上にあがるのも面白そうじゃない。そうなるとまずは、B級に上がって正隊員になるところからね」

 

 

「確か、攻撃手(アタッカー)狙撃手(スナイパー)は昇格条件が違うんだっけ?」

 

 

C級隊員がB級に昇格する条件はポジションごとに異なっている。

明日奈たち攻撃手(アタッカー)銃手(ガンナー)組は、入隊と同時に渡されるトリガーにある個人(ソロ)ポイント『1000点』を『4000点』にまで上げることである。ポイントを稼ぐ方法は2つ。訓練の成績によって渡されるポイントと、C級ランク戦でポイントを奪い合うこと。つまり訓練をしっかりこなし、ランク戦で勝ち続ければいずれB級に上がる事ができる。

 

そして詩乃たち狙撃手(スナイパー)の場合は、方法はたった1つ。週に2回行われる合同訓練で《3週連続上位15%以内に入ること》である。それもC級隊員に限ったランキングではなく、正隊員を含む全狙撃手(スナイパー)の中で上位15%だ。正隊員の中には防衛任務だったり、サボったりで参加しないものが多いが、それでもなかなか難しい条件である。

 

明日奈と詩乃が正隊員に上がるには、まずそう言った条件をクリアしなければならない。

 

 

「がんばろうね! シノのん!」

 

 

「ええ」

 

 

当面の目標を確認して、2人は強く頷き合った。するとそこへ、和人が2人に声をかける。

 

 

「アスナ、シノン、太刀川さんが焼肉奢ってくれるらしいから一緒に行こうぜ」

 

 

「え?」

 

 

「わたしたちも、いいの?」

 

 

「大丈夫大丈夫。アスナたちの入隊記念ってことで。ね、太刀川さん?」

 

 

「あーわかったわかった、好きにしろ」

 

 

「なら、歌川たちも呼ぶか」

 

 

「え? 風間さんも来んの?」

 

 

「おまえの奢りなんだから当然だろう?」

 

 

「いやいやいやいや、さすがに風間さんたちの分まで出す余裕は……」

 

 

「嫌なら別に構わない。が……その代わり、今後レポートは自力で頑張るんだな」

 

 

「喜んで、奢らせていただきます」

 

 

「なら三輪隊にも声をかけてみるか」

 

 

「そうだな、槍バカたちも今回の太刀川さんの被害者みたいなもんだし」

 

 

「もう連絡したよ~。蓮さんに聞いたら、みんな来るって」

 

 

「なんかどんどん人が増えていってないか? 蓮のやつ、金貸してくれっかな?」

 

 

「カズは何食うよ?」

 

 

「やっぱカルビだろ。出水はハラミか?」

 

 

「まぁな。けど太刀川さんの奢りだから、種類に限らず食えるだけ食うけどな」

 

 

「同感だ」

 

 

「フッ、本来ならボクは焼肉などという低俗な食事はしないのですが、後輩たちの入隊祝いというなら仕方な──」

 

 

「じゃあテメェは1人で留守番してろ」

 

 

「ああっ、ごめんなさい!! ボクも一緒に行きたいです出水先輩!!」

 

 

賑やかにそう言い合いながらゾロゾロと作戦室をあとにしていく面々。そんな彼らの背中を明日奈と詩乃がぼんやりと見つめていると、2人に気付いた和人が笑いかける。

 

 

「なにしてるんだよ? 早く行こうぜ!」

 

 

そんな和人の心底楽しそうな笑顔を見た明日奈と詩乃は、どこか嬉しそうに頷き合い、彼のをあとを追いかけたのであった。

 

 

彼とその仲間たちと一緒なら、このボーダーでもやっていけるかもしれないという期待を胸に秘めて──。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

因みにこの日、太刀川の財布が死んだのは余談である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「あ、キリト君。柚宇が言ってた女の子からの勧誘の話、あとでちゃんと詳しく聞かせてね?」

 

 

「…………ハイ」

 

 

ついでに和人も一緒に(精神的に)死んだ。

 

 

 

 

 

つづく




カバー裏式人物紹介①


黒のA級フラグ建築士『キリト』
黒のロングコートに惹かれて太刀川隊に入ったゲームバカ。ボーダーの仕事に精を出している裏でVRMMOの布教活動を行っている仮想世界の申し子。因みに主な被害者は出水と志岐。嫁と娘がいるにも関わらず多くの女性から好意を寄せられる天性のタラシなので、ボーダーに入ってからも那須さんをお姫様抱っこしたり、熊谷とデートしたり、加古さんに炒飯食わされたり、香取に懐かれたり、小南と模擬戦したり、綾辻を餌付けしたりなど相変わらず色々大活躍している。とりあえず嫁に刺されればいい。

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