ゴレイヌさんに会いに行こう!   作:丸焼きどらごん

8 / 66
Gorilla5,黒歴史を粉砕しようと決めた三次試験③

 クラピカは自身の心の波を落ち着かせようと大きく息を吸い、鼻からゆっくりと吐き出した。そして改めて冗談としか思えない発言をした目の前の女を見る。

 

 

 エミリア=フローレンと名乗った女性。年のころは二十歳前後……いや、もう少し若いだろうか。鋭い三白眼とは裏腹に出会った当初からこちらに接する態度に刺々しさはなく、終始オドオドしている雰囲気を感じる。眉尻は常に自信が無さそうに下がっていた。

 こげ茶色の髪はやや長めのショートボブだが、さっぱりとした髪型に似合う快活な性格では無さそうだ。分厚い黒縁のメガネは他者との関わりを拒む壁のようで、そのガラスの向こうで瞳は常に落ち着かなさげに動いている。視線が合うことは滅多になく、話す言葉もつっかえつっかえでどもりがち。声も大きかったり小さかったりで聞き取り辛いものだった。

 

 以上の事からクラピカ……そしておそらくレオリオもまた、彼女が人との関わりを得意としないタイプの人間だろうと察しをつけていた。

 

 50時間を同じ部屋で過ごすことになった以上、そのような態度のままでいられてはこちらとしても居心地が悪い。相手がこちらを無視していれば話は別だが、どうも彼女なりにコミュニケーションを取ろうとしている様子がうかがえた。だからこそ緊張をほぐし少しでも和やかな空気を作ろうと……それゆえの簡単な雑談と自己紹介だったのだ。

 

 先ほど幻影旅団……クモの偽物に激昂したクラピカ。その時怒りによって変色した緋色の眼を見られてしまっているため、成り行きでクラピカがクルタ族の生き残りで幻影旅団を捕まえるためにハンターを志した事も話した。

 それはけん制の意味もあった。下手に事情を知らせないままだと「同期の受験生の眼が赤く染まった」と吹聴されて無用のトラブルを引き寄せると思ったのだ。だからこそ意図的に同情を買うことにやや抵抗はあるものの、普通の感性を持っていれば事情を聞けばそうそうに人に話さないだろうことを見越して話したのである。……これについてはクラピカも少々反省するところではある。普通の蜘蛛を見ただけでも我を忘れ目が染まるというのに、現在クラピカは何の対策もしていない。一族が滅びた今、生きた状態の世界7大美色"緋の眼"を有するのは自分だけだ。人体収集家にしてみれば垂涎ものだろう。

 試験が終わったらカラーコンタクトでもして緋の眼を隠し、出来るだけ自身の身の上は話さないように心掛けなければとクラピカはひっそりと心の中で誓う。本来、こうして誰にでも話す内容では無いのだ。

 

 

 しかし、そんな意図を含めて身の上を話せば返って来た言葉は予想外のもの。

 

 一瞬息が詰まった。……怒りによって。

 

 

(なるほど。やはり彼女は人と話すのが苦手なようだ)

 

 冗談にしても質が悪い。A級首の盗賊団の情報をハンターにもなっていない気弱な女性が知っており、ましてそれを売ろうなどと。会話の糸口にとでも思ったのならとんだ間違いだ。

 たしかに一次試験前にヒソカと戦う彼女を見て強いとは感じた。一次試験の途中で実際にヒソカと対峙しただけに、アレと正面から戦うという事実がどれほど容易でない事かも理解している。しかし、それだけでは情報を知っている説得力としては成り得ない。先ほど知力の道へ進めなかった程度の頭脳を思えばこそ、余計に説得力に欠けた。

 その結果、彼女の態度もあいまってクラピカはエミリアの言葉を質の悪い冗談として受け取ったのだ。

 

 クラピカは数度深呼吸を繰り返し理性を総動員して気持ちを落ち着けると、エミリアと名乗った不器用そうな女性の精一杯の冗談にやや硬く冷たくなった声で答えた。

 

「それが本当なら、是非ともお願いしたいものだな」

 

 当然皮肉である。

 これで会話が終わるか、別の話題へ移行すればよかった。が、エミリアはなおも言葉を続けたのだ。

 

「そう。なら条件としてはまずハンター試験合格は必須で、あとは今以上に強くなる事かな。今のままだと情報があっても、あいつら殺す前にまず間違いなく君の方が死ぬからね」

「ッ、ふざけるな!!」

 

 今度は我慢できなかった。クラピカはそれでもなけなしの理性で女性の顔を殴るという暴挙を避けるが、代わりに目の前にあったテーブルに拳を叩きつけた。テーブルがその衝撃をうけてきしんだ音を立てる。

 

「言われなくともそのつもりだ! 私はハンター試験に合格するつもりで挑んでいるし、今のままの強さで満足もしていない! だが、それをあなたに指摘される筋合いはない! ……それ以上その情報云々の冗談を続けるつもりなら、黙ってくれないか。私はこの話題に関して、茶化されて穏やかでいられるほどの理性を持ち合わせていない」

「……今のはあんたが悪いぜ。世の中言っていい冗談と悪い冗談がある」

 

 クラピカが声を荒げる事で怒りを止めた事を確認すると、レオリオもエミリアを非難の目で見る。しかしそれに対してエミリアは先ほどまでの挙動不審な態度を潜めて、どこか余裕すら感じさせる様子でうっすらと笑った。

 

「冗談? 何故そう言い切れるの」

「何故だと? 決まっている。幻影旅団の情報など、下手をすればプロのハンターですら何人が握っているか分からないんだ。それを何故あなたが知っているなどと思える」

「理由が知りたいなら簡単よ。私もあいつらも流星街出身……つまり同郷者なの」

「なっ」

「えーと、じゃあ情報を知ってるっていうより知り合いなの? その幻影旅団とエミリアさんって」

「そうね、不本意だけど。けど全員が流星街出身者じゃないから、正確には知ってるのは一部のメンバーだけよ」

 

 眉根を寄せてゴンの質問に答えたエミリアは、先ほどまでの態度が嘘のように饒舌に言葉を続けた。

 

「流星街出身者は"この世に存在しない"者。だからもしハンターになって集められる情報が増えても、奴らの情報を探るのは難しいでしょうね。だからこのハンター試験で私に会えたのはラッキーよ。なんせ奴らが盗賊団を結成する前から知ってるし何度も戦ってきたから、名前から戦闘スタイルに至るまである程度把握してるもの」

「……もしそれが本当だとして、何故私にその情報を教えようなどと持ち掛ける?」

「いや、そんなに恨みがあるなら教えてもいいかなって。あいつら昔から目障りだし、私としても倒してくれるもんなら倒してほしいんだよね。君、今はともかく将来有望そうだから。青田買いってやつ?」

 

 あまりにも軽く言われた理由に再び怒りが湧いてくるが、にっこり微笑むその態度に違和感を感じて行動に躊躇が生まれる。……本当に、先ほどまでのオドオドとした態度は何処へ行ったのだろう。今では底知れない不気味さがその佇まいから感じられ、湧き上がる怒りとは別にピリピリと首の後ろが焦げるような警戒心が生じた。

 あまりにも自信が無さそうな挙動不審な態度に忘れていたが、そもそも彼女は危険人物と称される相手と正面から戦っていた実力者。もしや今までの様子はこうして自分たちを油断させるための演技だったのだろうか。……だとすれば同行を許可したのは失敗だったかもしれない。試験前はどんな相手でも気を引き締めなければと思っていたはずなのに迂闊だった。

 

「まあ、信じるのも信じないのも自由だけどね。もし情報が欲しいなら、さっきの条件を満たしたうえで一人の情報につき一億ジェニー用意する事。そしたら教えてあげる」

「一億だぁ!? おい、やっぱこの女おちょくってるだけだぜ! チッ、せっかく会話してやろうと思ってみればとんでもなく性格悪ぃ奴じゃねーか! さっきまでの気弱な態度はどうした? 随分ペラペラ喋るようになったもんだな。多分最初からこっちの反応見て面白がってただけだぞコイツ。クラピカ、もうこんな奴を話す必要ないぜ。ほっとけほっとけ!」

「酷いな。一億なんてハンターになれば稼ぐことは不可能じゃないし、これでも破格の値段なんだけどね」

 

 エミリアが肩をすくめて言うと、今までわれ関せずといった風にゲームに興じていたキルアが口をはさんだ。

 

「その情報が本物ならたしかに破格かもな。でもうちの親父も幻影旅団の団員一人()ってるけど、割に合わない仕事だって言ってたし……。そんな奴らと戦えるって時点で嘘くせー。信じない方が正解だと思うぜ」

「おお! たまにはいいこと言うじゃねぇか……って、はあ!? お前の親父って…………ああ、そういや暗殺一家だったかお前んち」

「! キルア、それは事実か!?」

「親父が旅団員殺したこと? 別に嘘つく必要無いじゃん。意味ないし」

「そうか……」

 

 思いがけないところで仇の一人が死亡していた事実を知ったクラピカの心は揺れたが、そのお陰で少々心が落ち着いた。人とは連続で衝撃を受けると逆に落ち着くものらしい。

 

「……とりあえず、出会って間もないあなたの話を真に受ける気は無い。もう話しかけないでくれ」

「残念。でもハンター試験を合格出来たら、お祝いにタダで少し教えてあげる。それを聞いてから信じる信じないを決めてくれてもいいよ」

 

 クラピカはそれに答えず、エミリアから出来るだけ距離を置いた位置に座り直した。

 

 

 

 ……気分は最悪だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきまで和やかだった空気がクラッシュし冷え冷えとした視線が注がれる中、私はふっと笑って部屋の隅に体育座りした。そして内心思う。

 

 

 

 

 ぎゃふん

 

 

 

 

 いや当然と言えば当然の結果なわけだけど、自分の立ち回りが下手すぎてもう泣きたい。クラピカ、レオリオ、キルアに無視される中ゴンさんは「その情報が本物だって分かればクラピカも話きいてくれるかもよ。合格のお祝いじゃなくて、今ちょっと話しちゃ駄目なの?」と聞いてきてくれたけど、ごめんもう無理話せる余裕ない。

 クソッ、欲かいた結果がこれだよ……! 話さなければよかった。もうこれ以上悪化させたくないから何も言いたくない。口は禍のもとである。

 

 ちなみにさっきの脅しが効いているのか今まで口を挟まなかったトンパがぼそっと「合格祝いって、二回も一次試験で落ちてる奴がよく言えるな」と呟いていたので、腹に蹴りを入れておいた。うるっせぇお前だけには言われたくねぇよ35回落ちてるトンパさんよぉぉ!! 私だって受験のタイミングを嫌がらせとしか思えない感じにかぶせてきてクッソ汚い手で自分の合格のための踏み台にした将来ハゲと童顔マッチョが居なければ2回も落ちなかったんだ!! 今思い出しても腹立つ。死ねばいいのに。

 

 

 …………何故私がいきなり幻影旅団……私にとっては腐れ縁のクソガキ共であるが、そいつらの情報を売ろうなどとクラピカに持ちかけたのか。それは会話している途中、ふとある事実に気づいたからである。

 

 

 今は幻影旅団というはた迷惑な集団を結成した奴ら……流星街にて昔から私の食料を盗んでくれたクソガキ共は、とにかく私の地団太踏んで悔しがる顔を見るのが好きらしい。それは今でも時々ちょっかい出してくる様子からも窺える。死ね。

 もしそんな奴らが私がゴレイヌさんとゴールインしてラブラブしてたらどうするか。……考えたくないが、「お前の無様な間抜け面が見たかっただけだよぉ!」みたいな軽いノリでゴレイヌさんに危害を及ぼす可能性が出てくるのだ。奴らも暇では無いだろうが、ありえないかと問われれば否定も出来ない。もし奴らの私への嫌がらせにゴレイヌさんが巻き込まれたらと思うと、想像の中で何度奴らを細切れにして殺しても足りない。死ね。

 ゴレイヌさんのような優秀な人が奴らに後れを取るとは思えないが、奴らの強さを知っているだけに安心も出来ないのだ。だったらどうするか? 簡単だ。私とゴレイヌさんの結婚生活(予定)を脅かす材料を排除すればいい。

 

 

 すなわち、幻影旅団の抹殺である。

 

 

 そこで目を付けたのがクラピカだ。彼は漫画内で対旅団のすぐれた念能力を開発し、実際にそれで一人殺すし団長であるクロロ=ルシルフルの捕縛にも成功している。上手くことさえ運べば殺すことも可能だっただろう。彼らが対峙するヨークシンでの話には様々な思惑が絡むが、それらの一切を排除して考えればただそれこそが私にとって重要な事実。

 

 正直今現在こそゴレイヌさんと将来的に仲良くなる二人にご機嫌取りをしようなどと考え、人間的に好ましいクラピカやレオリオとも友好的に接したいと慣れないコミュニケーション能力を発揮しようと試みている。が、極端な話私はゴレイヌさん以外どうでもいいのだ。

 

 クラピカを利用することになろうが、パクノダのように心を読む能力でも無ければ私の考えていることなど誰も分からない。だったら知っている情報を活かして私が何をしようと私の勝手である。

 もしクラピカが私の知るものと同じ能力を開発し身につければ、確実に奴らに刺さる。だったら、もしそこに奴らの詳しい情報……それこそ能力の情報を与えてやればどうだろう。あわよくば奴らの死亡人数を増やすことは出来ないだろうか。

 

 ……とまあ、ふと思いついて捕らぬ狸の皮算用した結果があの提案だったわけだ。

 

 口に出してから「やっべ言うにしてもタイミング早かった。クラピカまだ念の存在も知らない」と思い直したけど、口から出た言葉は戻らない。

 

 とりあえず中途半端にしてもあれなので話す内容に信憑性を持たせようと余裕ぶった態度でベラベラ続けたはいいけど(こういう時は何故か口が回る)、結果的に墓穴掘ったよね。ぶっちぎりで好感度がマイナスに突き進んだのを感じたもの。泣きたい。

 ……デリケートな話題なだけに、知り合ったばかりの今口にするのは早計だった。中途半端に欲をかいた結果、キルアのみならず他メンバーの好感度まで落としてしまったからな。……でも念能力の情報込みの蜘蛛の情報とか1億って絶対安い……いや言うまい。タダの情報ほどうさん臭いものも無いと思って金銭も絡ませたが、そもそも私自身が信頼も信用もされていないんだから法外な値段をふっかけていると思われてうさん臭さが増しただけだった。どうしようツライ。自分がコミュニケーション下手すぎてツライ。今まで言うこと聞かせようと思ったら問答無用で殴って頷かせればいいような場面しかなかっただけに、会話で信頼を勝ち取ることの難しさを痛感してツライ。

 ……例えば今私が何かしらの方法で自身の強さを誇示しても、それが説得力に変わるわけでは無いのだ。むしろこの場で暴力をもって何かしらのアクションを起こせば、それはマイナスにはなってもプラスになる事は無いだろう。

 

 

 なんだ、悪い事考えてたからさっそくバチでもあたったというのか。おかしいだろ、自分のためメインとはいえ幻影旅団排除は世のため人のためだろ。なんで考えただけでバチ当たらないといけないんだ。あれか、直接手を染めず辛い過去を背負った青年を利用としたのがいけなかったのか。けど必要なら人を利用するだけじゃなくて私だって自分で動く。愛しい人との幸せな生活のためなら、どんな障害だろうと踏み砕くつもりだ。腐れたものとはいえ昔から縁のある相手を殺すことになったって構わない。私はゴレイヌさんさえいればよいのだ。

 それによくよく考えてもみろ。本当にゴレイヌさんとお付き合いあわよくば結婚! という輝かしい未来に向かおうとするなら犯罪者の知り合いとか本当いらない。クソガキ連中ども本当にさっさと死んでくれないだろうか。あいつらマジでただの歩く災害だからな。たまに武勇伝のように仕事内容を自慢してくるが、その被害を受けた方としちゃたまったもんじゃないだろうよ。どうせろくな死に方しないんだろうし、早く死んで世の中と私の幸せに貢献してほしい。

 

 幸せな結婚生活を歩む予定の私にとって、奴らと関わり合いがある事実は最大の汚点である。

 

 クソッ、ここに来て思いがけず結婚前の課題が増えてしまった。

 ……黒歴史もとい黒い縁の排除。身ぎれいなままゴレイヌさんと結婚するためには必要な身だしなみだ。

 

 

 

 ……まあ、それについてはおいおい考えよう。とりあえず、今重要なのは落とした好感度の回復か。

 

 

(でもどうしよう。頭真っ白で何も思いつかない……)

 

 

 

 結局その後50時間。何のアクションも起こせないまま過ごし、トリックタワー残りの攻略に取り掛かることになった。

 

 

 

 ツライ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




コミュ障の脳筋クズが小賢しく立ち回るフラグを立てようとしたら失敗しただけの話

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。