ゴレイヌさんに会いに行こう!   作:丸焼きどらごん

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番外編:元豚センチメンタル

 薄暗い部屋の中、カチカチとキーボードをたたく音のみが連続して聞こえている。そしてその音を奏でる主は、すらっとした細身の青年だった。しかし青年はスレンダーという言葉を越えて、どことなくやつれて見える。顔色も紙のように白く、とても健康と言える状態ではなさそうだ。

 

(クソッ、気が散る。なんだってんだよ!)

 

 青年……ククルーマウンテンに居を構えるゾルディック家の次男坊であるミルキ=ゾルディックは、少し前に帰宅してからずっと続いている苛立ちに頭をガリガリと片手でかきむしった。そしてたった今組んだプログラミングを全て消去すると、乱雑にものが散らばった机の上に無理やりスペースを作りそこに突っ伏す。

 

「なんだってんだ……」

 

 つい先ほど思った事を今度は口に出すが、その声には心で思っていた時ほどの勢いも覇気もない。その儚くか細い声に、それをこっそり部屋の入口の陰から覗いていた者……ミルキの母であるキキョウ=ゾルディックと、祖父であるゼノ=ゾルディックは顔を見合わせた。

 

「お義父さま……私、エミリアさんのことでちょっと強く言い過ぎたかしら」

「あれをちょっとと言っていいか分からんが、まあこれは別件だろう」

「何故そう言い切れるのです?」

「あー……ちょっと心当たりが、あるようなないような」

 

 珍しく歯切れの悪い義父の言葉に、キキョウは思わずいつもの金切り声をあげて問い詰めそうになる。しかし直前でとっさに口を抑える事でそれを回避した。

 …………どうにも外から帰ってきた息子は、前のように従順ではないのだ。そんな彼に覗き見をしていたなどとバレたら、少し前に「何故エミリアをものにせず帰って来たのか」と責めた時同様に鋭い目で睨まれ「ママなんか嫌いだ」と言われてしまう。戦闘に向かない体型で頭は良いが馬鹿なところがあった次男だが、キキョウにとっては可愛い息子。そんな息子の鋭利な視線に三男のキルアの時同様傷つくよりも「なんて冷たい目が出来るようになったのかしら!」と感動したキキョウであるが、進んで嫌われたいわけでは無い。

 ので、今は義父とともに様子を窺っているのだ。

 

「う~む。まあ、ちょっとした失恋みたいなもんじゃ」

「エミリアさんに?」

「いや、違う。そもそもあの二人に恋愛なんぞ無理じゃろう」

「そんなことはありませんわ! きっとちゃんと教育すれば、エミリアさんはいいお嫁さんになったはずです。そのための準備もしていました!」

「無理じゃて。あの二人にはせいぜい悪友という言葉が似あいだろうよ」

「まあ、友達ですって!?」

「ま、ま。そう目くじらを立てるな。……ミルキも年頃。外に出た時に色々感じるところがあったんだろう。今は放っておいてやれ」

「でも……」

 

 明らかに不満そうなキキョウだったが、紡ごうとしていた言葉を飲み込むと、ため息をついてからドレスを翻しながらきびすを返した。

 

「わかりました。今はお義父さまのおっしゃる通りそっとしておきましょう」

「そうしてやってくれ」

「では、わたくしはエミリアさんにお話がありますので電話をかけてきます」

 

 その言葉を聞いたゼノは「ありゃあ長いぞ……」と、ついこの間依頼主だった女性に少しばかりの同情の念を送った。きっとあれは三時間くらい小言を言われるに違いない。しかし同情はすれど助けてやる義理も特に無いので、ゼノも自室に戻るためにミルキの部屋から離れた。

 

「ま、こういう時期もあるか。若い若い」

 

 そう、呵々と笑いながら。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

『あんた腰がひけてるよ!』

 

 頭の中で何回もリフレインされるその声に、ミルキは行き場のない思いを抱く。

 

 天空闘技場で出会い、ターゲットとして再会し、そして自分が殺した女……マチ。生き延びる道もあったが、それは兄の操り人形になる場合だ。それに対し何故か激しい拒絶反応を抱いたミルキは、兄に操られ身動きが取れなくなっていたマチと目が合った瞬間彼女の胸を貫いていた。

 いつもならば、殺した相手の事を思い出す事など無い。だがマチに関しては夢にも見るくらい思い出してしまう。

 

 

 そして知りたくない、認めたくないと思いつつ……ミルキは自分の苛立ちの根幹にある感情に気づきつつあった。

 

 

(これもみんな、キルたちと行動してたからだ。エミリアの馬鹿が愛だなんだと好きな相手の事で煩かったからだ)

 

 家族以外の相手に対して情を覚える。それはミルキにとって生身の人間相手には初めての感情であり、およそ自分が抱くとは思っていなかったものだ。

 少し前まで友達が欲しいなどとぬかしていたキルアの事を馬鹿にしていたくせに、自分まで影響されてどうするとミルキは頭をかかえる。しかしこれ以上影響されるのが嫌で実家に帰って来たというのに、未だ抱いた感情は消えてくれない。

 まさにミイラ取りがミイラになるとはこのことである。

 

 

 最初のきっかけはどこだったのだろう。

 キルアが家出した時? エミリアが押しかけて来た時? それとも天空闘技場でマチに会った時? わからない。

 

 だがひとつ言えるのは、マチ以外にもミルキにとって情と呼べるものを向ける相手が増えつつあったこと。そんなことあってたまるかと、知らない自分を認めたくないミルキは再度実家に引きこもった。だが引きこもったら引きこもったで、考えたくない事ばかりが脳裏をよぎり集中力が削られる。

 

 

 

 

 現在、ミルキは帰って来てからというもの一件の依頼もこなせていない。

 

 

 

 

「あああああーーーーーーーーーーー!! クソッ、クソッ!! なんなんだよ!」

 

 ついにたまらなくなり、先ほどのか細い声とは裏腹に腹の底からの声が口から飛び出てきた。しかし叫んだからといって何が変わるわけでもなく、ただ疲れただけ。むなしくなり、今日はもう寝てしまおうとミルキは寝室のベッドに向かう。

 

 しかしちょうどそれを見はからったかのように、ミルキのケータイが着信を告げた。

 

 ミルキの連絡先を知る者は、家族以外はほとんどいない。しかし画面に表示されたのは連絡先を知る数少ない人物の名前であり、それは今ミルキが一番見たくない名前一覧のひとつに該当した。ので、出る事も無く電話をブチ切る。だが着信は続き、しつこく何度も何度もかけてくるものだから、ついには電源を切った。

 

 

 

 これでようやく静かになる。そう思ったその時だ。

 

 

 

「ミル、エミリアさんからお電話よ」

 

 

 優雅に現れた母親が持っていたゾルディック家直通(本家用)の子機を手渡され、ミルキはしばし沈黙する。そして電話口に向かって、さきほどの倍の音量で叫んだ。

 

 

 

「空気読めゴリラぁ!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

 

 

 さんざん無視していたくせに初っ端からの褒め言葉に、思わず照れた。

 

「やだ、そんな大声で褒めないでよ」

『褒めてねぇよ! お前何なの!? ケータイに出ないからって家電(いえでん)かけてくるとか頭おかしいんじゃねーの! いやもともとお前はおかしいけど! でも何度も言うけどうちは暗殺一家!! 暗殺一家の家電にかけてくんなよ!! なんか最近お前のせいで俺のアンデンティティーが崩壊しつつあるんだよ!!』

「は? アルデンテがなんだって? まあいっか。なんだ元気じゃない。キキョウ先輩がミルキ元気ないって言ってたのに」

『はぁ!? お前あれ聞いた後だってのにママに連絡とったのかよ……』

 

 電話に出たミルキは思っていたよりずっと元気のようで、相変わらずの悪態をついてきた。

 まあ言いたいことは分かるけど、なんかこの前の旅団の一件以来お得意様とでも見られたのか、ご家族全員のケー番もらってしまってな……なんかもう家電にかけるくらい今さらかなって。私も機会があればまた利用しようと思ってるし。ってかもう一件は利用する事確定してるし。

 

 ちなみにミルキには呆れられたが、キキョウ先輩にはグリードアイランド攻略の後しっかり報告をした。何を報告したかって、「先輩のお陰もあって見事愛する人を射止めることが出来ました! ありがとうございます!」というのが主な内容だ。キキョウ先輩はミルキの嫁に私をあてがいたかったようだが、私がキキョウ先輩の小言を聞きつつ抑えきれないゴレイヌさんへの愛を延々と語ると、どうやら諦めてくれたようだ。これで心置きなくゴレイヌさんとの結婚式にも呼べるな! まあさっきも三時間くらい小言をぐちぐち言われたばっかりだけど。

 

 

 ところで今回私がミルキに連絡したのは、キキョウ先輩から帰って来たミルキに元気がないと聞いたからではない。

 今回の目的は依頼。……もしキメラアント編が発生した場合、護衛軍や王が産まれる前にキメラアントを殲滅させるチームにミルキを参加させるためだ。

 

 最初はぎゃんぎゃんわめいていたミルキだが、私が依頼の内容と報酬を告げると静かになった。

 

『…………本当に手にいれたのか? グリードアイランド』

「うん。ゲーム内から出たくても出られなかったプレイヤーに、ゲーム外へ出るアイテムと交換で」

 

 そう、私はなんとゲームクリア後にグリードアイランド本体を手にいれたのだ。方法はゴン達がカードと引き換えにプレイヤーに持ちかけた交渉と一緒で、私は彼らに「帰り道」を交渉材料として提示したのである。

 

 売ればどんなに低くても最低五十億は越えるゲーム。そんなゲームを現実に帰った後素直に渡してくれるかは心配だったが、幸い交渉したプレイヤーは「もう見たくも関わりたくもない。売ったとしても、その先でトラブルがあって面倒事に巻き込まれてもごめんだ。だから、約束通りあんたに譲るよ」と言って素直にゲームを譲ってくれた。

 そしてこれはグリードアイランドを遊べなかったミルキに土産にでもしてやろうと思ったのだが、キメラアントの件に関わらせようと思った時閃いた。……グリードアイランドを報酬にしよう、と。

 これなら絶対断らないだろうと思ったら案の定。すっげー嫌そうな声だったけど、ミルキは依頼を引き受けた。

 

 そして私は電話を切る前に、からかい半分で言ってやる。……どうせミルキが悩んでそうな原因、それだろうしな。

 

「そういえば最近のミルキ、キルアに似てきたわよね」

『は!? なに言』

 

 ブチん

 

 元豚がわめく前に通話終了ボタンを押す。あ、「特にツッコミのキレが」って言うの忘れてた。

 

 実家に帰る時「毒される」とかほざいていたようだし、多分だんだんとゴンやキルアに影響されていたことが嫌だったんだろう。私は最初に会った時より今のミルキの方が好きだから、それが悪い影響だとは思わないけどね。でもあいつにとっては、そうじゃないんだろうな。まったく難儀な事だ。

 

 ま、あいつが何に悩んでようとどうでもいいけど、次会った時は話くらい聞いてやるか。私もゴレイヌさんのことたくさん話してやろうじゃないか!

 ふふふ……! 今から楽しみにしているがいい。恋愛経験皆無のアイツにたっぷり自慢してやる! せいぜい羨ましがるがいいわ!

 

 

 

 

 

 

 

 

+++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 一方的にかけてきたうえに一方的に切られた電話に、思わず子機を握りつぶした。あ、あの女……!

 

 だが、あいつが報酬に提示したグリードアイランド……興味はある。結局オークションに参加すらせずに帰って来ちまったしな。さっきの発言に対して文句も言ってやりたいし、しょうがねぇ受けるか。

 

 やっぱり俺が変わってしまった原因の発端は、エミリアがうちに来た事だ。あいつが来なければ多分俺は今頃、自分の変化に混乱する事も無く、新しい人間に出会う事も無く、この家の中に居ただろう。だけど俺は経緯はどうあれ家を出て、今まで知らなかった相手と出会ってしまった。そして自分が抱いた感情に名前を付ける前にその相手を殺した。…………ここまで変わったんだ。このままイライラして燻ってるくらいなら、もう一度外へ出てやろうじゃねーか。

 

 

「ママ、パパ、じいちゃん。俺ちょっと仕事で出かけてくるから」

 

 とことんまでこのムカツク今の俺に向き合ってやる! でもってあの雌ゴリラ待ってろよ。まずお前を殴る所から始めるからな!!

 

 

 そう意気込みながら、ふとエミリアからメールが届いていることに気づく。どうやら仕事の詳細のようだ。

 

「なになに、仕事場所はNGL…………っておい」

 

 

 

 機器類全部使えねーじゃねーか!!

 

 

 

 やっぱり、再会したらまず殴ろう。

 

 

 

 

 

 

 




実家に帰った後のミルキの話でした。

(2020/12/31追記)

【挿絵表示】

この度ようぐそうとほうとふさんよりエミリアのイラストを頂きました!冷や汗たらしてるところが全編通してのエミリアらしくて表情がとても好き……!そしてとても可愛く描いていただいてる。
素敵なイラストをありがとうございました!

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