いよいよグリードアイランド攻略も目前となり、ゴン達のバインダーに九十九枚目の指定ポケットカードが収まった時、全プレイヤーによるクイズ大会が行われた。
優勝者には指定ポケットカードNo.000「支配者の祝福」が贈られる。
ゴン達がそれを手にすれば、指定ポケットのカードもついにコンプリート……グリードアイランドクリアとなるわけだ。
クイズ大会には私も参加したけど、私とヒソカが組んでゴン達と合流する前に集めたカードの枚数は六十八枚。それなりに攻略した方だと思うけれど、そのイベント内容を全て覚えているかといえばちょっと厳しい。いや、攻略するごとにメモは取っていたんだけど……問題の移り変わりが早すぎていちいち確認出来なかったんだよね。つまり自分たちが覚えている内容だけで勝負しないといけないわけだ。
ついでに言うと、買ったりトレードで手にいれたカードに関してはイベント内容そのものをしらなかったりもするしな。
結果はゴンの優勝。グリードアイランドを最も楽しんだであろう彼が一番になったのは、必然と言えよう。
私やゴレイヌさん、そしてあわよくばクイズ大会で優勝してカードを手にいれたら、それを材料にバッテラ氏の成功報酬のおこぼれにあずかろうとしていた他のプレイヤーもゴンにむけて拍手を贈った。
そして優勝者のもとに届けられた「支配者からの招待状(SS-1)」。No.000をもらうには、まずカードをくれる支配者の元へ行かなければいけないらしい。
「いよいよクリア目前だね、ゴン」
「うん! へへっ。色々あったけど、楽しかったなー」
「ははっ、その色々を楽しかったって言えるお前は、やっぱ大した奴だよ」
ゴレイヌさんが気持ちよさそうに笑う。私はその笑顔にドキドキしていたのだけど、突然やって来て「カード全部をかけて勝負しようぜ」などと言ってきた馬鹿二人が居たので気分を害された。なんだこいつら、コメディ映画のやられ悪役でこぼこコンビみたいななりしやがって。
この程度の相手ならゴンとキルアで瞬殺だろうなとは思ったけれど、せっかくの祝福ムードなのに彼らの手を煩わせるのもなんだ。そう思って、私はゴレイヌさんの前でこれ以上乱暴なところを見せるのも嫌だったので「ちょっとあっちでお話しましょうか」と言って二人組を俵担ぎにしてその場から離れた。「ちょ、待、」とか言ってたけど無視だ。何故私が貴様らの言う事をきかねばならないのか。
でもって、人気のない所でちょっとお話したら結果的に奴らのカードを少し譲ってもらえる事になった。なんだよ……お前らがカード賭けて戦おうって言ったんじゃん……。ちょっとお茶目に「もう! こんなことしちゃダメだぞ☆」みたいな感じで小突いたくらいで「殺さないでくれ! か、カードは好きなだけやる! だから命だけは……!」とか何だよ。まるで私が悪役みたいじゃないか。
釈然としないながらも、ちょっと得したのでホクホク顔でみんなのところに戻ると何とも言えない視線を向けられた。…………何故だろう。
私が居ない間にキルアが
たどり着いた先、リーメイロの城へは招待状をもらったゴンだけが赴いた。私たちはとりあえず城下町で待機である。
そして今はクルーガー先輩が「ちょっと疲れたわさ。どっかでお茶しましょ!」と提案したため、いい感じのカフェがあったのでそこに入ってくつろいでいる所だ。
……でも、私としては一休みの前に、どこかで身だしなみを整えてきたいのが本音。大天使の息吹で怪我の治療こそしてもらったものの、依然として髪はぼさぼさだし体は汗臭くて埃っぽいからな……。服だってヒソカのトランプに切り刻まれて上も下もかなりひどい事になってるし。ゴンが戻るまでそう時間はかからないだろうから、勝手に一人別行動するのも気が引けるから出来ないけど。でも今の姿のままゴレイヌさんの視界に入っている事実が恥ずかしくて、私はずっと注文した飲み物のグラスをストローでかき回しながらうつむいていた。本当はゴレイヌさんに話しかけたくてしょうがないのに、それが出来ないジレンマが辛い。
だけど大好きなゴレイヌさんが、すぐそばにいるのだ。やっぱり我慢できなくて、ふと横目で斜め向こうに座るゴレイヌさんへ視線を向ける。すると思いがけずゴレイヌさんと視線がバチッと合ってしまい、愛しさと恥ずかしさがない交ぜになった熱でぐわっと顔が赤くなって、それを隠すように慌てて下を向いた。
……な、情けない……! でもなんでゴレイヌさん私を見ていたんだろう。やっぱりこの姿、思わず見てしまうほどみすぼらしいのだろうか……。ううっ、シャワー浴びたい服着替えたいお化粧したいオシャレしたい……!
そんな風に内心いじいじしていた私に、話しかけてきたのはヒソカだった。何も話さないまま俯いているのも気まずかったので正直ありがたい。
話の内容は、どうやらこれまで集めたカードについてのようだ。
「カードだけど、どうする? 僕はもういらないから君に全部あげてもいいけど♦」
「え、本当? いいの?」
「うん♦ ちょっとだけど、さっき君と遊べて楽しかったからね♥ もともとエミリアに付き合って遊んでただけで、この後もグリードアイランド攻略を続けるほど興味は無いし♠」
わ、我が友よ……! なんていい奴なんだ……!
今回ゴン達がグリードアイランド初攻略者となるわけだけど、だからと言って一組しかクリアできないわけじゃない。つまり今後もクリア報酬の指定ポケットのカードは、ゲームをクリアすればちゃんと三枚もらえるわけだ。……さっきなんとか兄弟からカードを頂戴したから、何気に私もクリアまであとちょっとなんだよな……。それなのに自分のカードを譲ってくれるとか、我が友は心が広い。指定ポケットのカードにどんな魅力的なアイテムがそろっているか、知らないわけじゃないだろうに。
私が感動していると、ふとヒソカが声を潜めて耳打ちしてきた。
「けど、その代り次に
「わかったまかせろ! お前の墓石それまでに用意しとく!」
私は握り拳を作り、小声で元気に返事をするという器用な事をやってのけた。だって墓石とか聞かれたら、何事だって思われるだろうし……。
ふふ……! 闘うのはいいけど、絶対に勝つの私だからな! 弔う準備もばっちりしてから戦いに臨んでやろうじゃないか。我が友に相応しい最高級の墓石を用意してやる! 金に糸目はつけない! …………いや、その前にゴレイヌさんと結婚にこぎつけないといけないんだけどさ。
そう、そうだよ。ゴレイヌさんと結婚! その前に恋人!
それが目標だと言うのに、私は何故みすぼらしい姿でゴレイヌさんの前で俯いているのだろう……。一度フラれているというのに、まったく挽回出来ていない。どうしよう、このままじゃグリードアイランド編が終わってゴレイヌさんも何処かへ行ってしまう。ついていきたいけど、まずその前にやっぱり恋人にならないとただのストーカーになるっていうか……!
私がぐるぐる渦巻く思考で頭を悩ませていると、休憩を終えたみんなが「そろそろゴンが城から出てくるかも」と席を立った。どうやら城の入り口でゴンが出てくるのを待つことにしたらしい。考え込んでいて出遅れた私を、キルアが「ほら、ぼーっとしてないで行くぞ」と手を引いてくれる。嬉しいけど年下に世話を焼かれる24歳って……! ああ、ゴレイヌさん微笑ましそうに見ないで! 私、私もっとちゃんとしますから。ちゃんとした大人の女性になれるように頑張りますから……! だからそんな子供を見るような目で見ないでぇぇぇぇ!!!!
「あんた、ほんっと本番に弱いわよね……」
クルーガー先輩の哀れみに満ちた言葉が重い。違うんです……ゴレイヌさんの前だと緊張しちゃうだけで、某盗賊の抹殺の時とかは凄くいいコンディションで本番に臨めたんです。だから本番っていうより、ゴレイヌさんに弱いっていうか……ああ、これが惚れた弱み。
そんなわけで私は何一つゴレイヌさんにアピールできないまま、ゴンが城から出てくるのを待っていた。私たちも休憩でそれなりに時間を潰していたから、ほどなくしてゴンが城から出てくる。その表情は明るい。
「ゴン!」
「お待たせ!」
「どうだったわさ? カードは全部そろったのよね?」
「うん! ほら、これ。このケースに指定ポケットカードを三枚収めると現実へ持って帰れるらしいよ」
「「おおー!」」
そう言ってゴンが取り出したのは二枚折りになっている四角く薄いケース。開くと中にはカードを収めるためのくぼみが三つ並んでいた。
「でね、この後クリアしたご褒美にお祭りがあるんだって! 主役は俺達!」
「へえ、楽しそうね!」
「ふーん、お祭りか」
クルーガー先輩が楽しそうに笑い、キルアもまんざらでもなさそうに頭の後ろで手を組みながら口の端を持ち上げている。あれ、結構楽しみなんだろうな。
それにしてもお祭り……。…………うん! ここしかない! でもその前にまず身なりを……。
「あ、そうだ! エミリアさん、よかったらお城でお風呂と着替えしてきなよ。その服ボロボロだし」
「え? でも、お城のお風呂とか借りちゃっていいの? 招待状が無いと入っちゃいけないんじゃ……」
「大丈夫! お願いしたらいいって言ってくれたから」
「あ、ありがとう……!」
もしかして、わざわざ私のためにお願いしてきてくれたのか……!? なんて気の利く子なんだ。流石私の初めての友達! もう彼に足を向けて寝られない。
私はその後ゴンの好意に甘えて、城に居たゲームマスター二人に挨拶してからありがたく風呂場を借りた。そばかすが可愛い男の子(でも念能力者の見た目はあてにならないから多分年上)のリストさんが「今回はゴン君のお願いだったから特別だけど、次は正規の手段で入城するのを待ってるよ。もうすぐでしょ? コンプリート」と言ってくれたのが、ちょっと嬉しかったな。
とにかく、これでやっと身なりを整えられる!
お風呂に入って、体の隅々まで丹念に洗った。そして風呂上りにほんのり花の香りがするボディークリームを塗る。しっとりした肌に満足すると、次は髪の毛。べたつかない程度に椿油を擦り込んでつやを出して、パサつかないように温風と冷風を使い分けながら丁寧に乾かした。化粧水をたっぷり使って顔の肌も潤わせて、保湿成分が入ったリップクリームで唇に艶を出すのも忘れない。戦った時にぎざぎざになってしまっていた爪も整えて、爪磨きでこすって艶を出してから薄い桜色のマニキュアなんかを塗ってみる。次いで真新しい服に袖を通し、仕上げに化粧で顔を整えた。イヤリングやネックレスなどのアクセサリーで身を飾って完成だ。
よ、ようやくまともな女の子らしい格好になれた……! っていうか、ヨークシン以来はじめてじゃないか? ちゃんとオシャレできたのって。……どんだけ野暮ったい格好のまま過ごしてきたんだ私……ネオン師に怒られそうだ。
「! そうだ。この日のために……!」
私は肝心な事を思い出して、慌てて荷物を漁った。そして取り出したのは、細目チビのせいでずっと眼鏡から変える事が出来なかった…………コンタクト!!
今日私はトラウマを克服してコンタクトにしてみせる!! き、きっとこれで印象大分変るはずだし……! トラウマがなんだ! 私はオシャレのためにこのコンタクトを装着してみせる!!
私は意気込んでコンタクトを目に突っ込んだ。勢いよくやりすぎたせいか目つぶしみたいになって悶絶する羽目になったけど、まあつけられたしよしとするか。……コンタクトをつけてる人って毎日こんな思いをしているのか、凄いな。
まあそれはいい。これで私は今の私に出来る最高の乙女装備を身に着けたのだ。
そしたらば、することは一つ。
私は祭りの喧騒の中、ゴレイヌさんを見つけると高鳴る胸を落ち着けるように両手で押さえた。周囲にはNPCなのかプレイヤーも混じっているのか知らないが、どこからこれだけ出てきたのか、というほどの人であふれかえっている。だけどただ一人、ゴレイヌさんはそれに埋もれず燦然と輝く魅力をもってそこに居る。少なくとも私の目にはそう映っていた。
ちなみに主役のゴン達はこのパレードの中心で攻略者として祝福されているので今は近くにおらず、ヒソカもいつのまにかどこかに行ってしまったようなので……今私とゴレイヌさんの他に近くに知り合いは居ない。
ゴレイヌさんも拍手でゴン達を祝福しているけど、多分この後の宴で合流するはずだ。だったら、その前に!
「ゴレイヌさん!」
「! エミリアか」
勇気を出してゴレイヌさんの手を握った私に、ゴレイヌさんはちょっと驚いたような顔をする。
「ずいぶん身ぎれいになったな」
「は、はい……! お風呂、貸してもらえたから……」
「…………」
「あの! 何か変ですか?」
あまりにもまじまじと見られたので、嬉しいながらも恥ずかしくなってスカートの端をいじりながらゴレイヌさんを見上げる。するとゴレイヌさんは「いや」と否定してから、ほほ笑みと共にとんでもない爆弾を落としてくれた。
「可愛いなと思ってな。よく似合ってるぜ」
微笑みの爆弾ーーーーーーーー!!!!
「! …………! あ、あ、あひがひょうござひまふ!」
あああああ!! 口回んねぇ!! でも、だって、ゴレイヌさんが、か、可愛いって……可愛いって!!!!
「女の子ってのは、格好一つで印象が変わるもんだ。驚いたよ」
「そ、そうですか……!」
やばい心臓飛び出る。ドッコンドッコン脈打ってる。ちょっとだけもうこのまま死んでもいいやって思ってしまった。それくらい嬉しい。
……いや! だけどここで死んでたまるか!
私は当初の目的を思い出して、ゴレイヌさんの手を再度握ってありったけの勇気を振り絞ってこう言った。
「ご、ゴレイヌさん! 私と、デート、してください!」
白岩@さんからこの度素敵なイラストを頂きました!主人公の全身図のイメージイラストです。
【挿絵表示】
モノクロの漫画調の書き方が原作っぽい雰囲気で、そして何よりあの主人公にはもったいないくらい可愛く描いていただきました。
白岩@さん、この度は素敵なイラストをありがとうございました!