時間が経つのは早いもので、ゴンさんとキルアさんの修業期間はあっという間に過ぎ去っていった。といっても、ゴレイヌさんが同じ島に居るのに会えない状況は私にとってとても苦痛で長く感じたけど……。
でも、ゴンさん達との修業が楽しくないわけじゃなかった。
私は今まで世界に抱いた怒りを糧に、そしてクソガキ共の襲撃に負けないためにずっと一人で研鑽を続けてきた。まあ一人と言っても天空闘技場の闘士や、まったく嬉しくないがウボォーギンをはじめとした幻影旅団の面々など相対する敵には困らなかったわけだが。
でもそれは決して共に修業の道を歩む同士ではなく、あくまで敵。……今になって思えばウボォーギンだけは他の連中とちょっと違った位置にいたかもしれないが、とにかく私には仲間なんていなかったのである。
ミルキの訓練を行った時は、私は指導する側だった。しかしここ約三週間の修業期間では、ゴンさんキルアさんと共にクルーガー先輩という指導者の下、共に高めあうことが出来たと思う。彼らの純粋な闘気は心地よく、私に一人ではけして持ちえなかった前向きな意味でのモチベーションを与えてくれたのだ。クルーガー先輩も漫画の知識を除いてはほぼ我流であった私に、的確な指導をしてくれた。おかげで前以上に力の使い方に関してコツを掴めた気がする。……それ以上に有意義だったのはクルーガー先輩の経験談や、私の何がいけないのかを論じてくれた乙女会議だったのだが……とにかく出会って短いながら、かなりお世話になったと思う。
そして迎えたゲンスルー達
キルアさんの手の怪我も三週間毎日少しずつながら私の念治療で回復。つまり、準備は盤石。いつでも来い! な状態だ。
当日、その幕開けを教えてくれたのは、求めてやまなかった愛しいゴレイヌさんの声だった。
『ゴレイヌだ。待たせたな』
「…………………!!」
久しぶりに耳にする想い人の声に胸が高鳴る。でも話したい気持ちは必死で我慢した。これからゴンさん達はゲンスルーと戦う大事な場面。……そんな時に、自分の気持ちばかりを優先させてはいけない。本当は今すぐにでもゴレイヌさんの元へ飛んでいきたいけれど、我慢だ我慢。だけど我慢しすぎたみたいで、会話中私は息を止めていたらしい。終わった途端ぶっ倒れた私を、珍しくみんなが「よく頑張った。よく我慢した」と褒めてくれた。うん私頑張った! 頑張ったよ……!
ちなみにゲンスルー達との戦いに関してだが、ゴンさんとキルアさんは「自分たちが戦う」と申し出てきた。聞けばこの戦いはグリードアイランド攻略にあたって、自分たちが越えるべき壁なのだという。修業の成果もゲンスルー達を倒すことで示したいと言っていた。
その決意は固いようで、私は話を聞いてからそっとヒソカへ使う予定だった
…………漫画の知識以上に、今はゴンさんたち自身に確かな信頼がある。おそらく彼らなら大丈夫だろうし、ここは譲ろう。それにゴンさんには「ヨークシンの時は結局何も出来なかったし」と拗ねられてしまったしな。多分ウボォーギンにぶっ飛ばされた時の事だろうけど、私としては命を助けてもらったんだし何も出来なかったなんてことないんだけど……納得できないんだろうなぁ、ゴンさん。
しかしながら相手は三人。ゴンさんとキルアさんが一人ずつ相手をしても一人が余るので、これは私が請け持つと思った。しかしそれもクルーガー先輩にとめられる。
「あんたは今回待ってなさい。残りの一人はアタシがやるわさ」
「え? でも……」
「この作戦はね、アタシ達が圧倒的弱者の立場であると相手に思わせる必要があるの。それには子供三人の方が都合がいいわさ。大人が居れば警戒される」
「それは、そうですけど……。私も何かしたいです」
私なんて単純な腕っぷしくらいしか役立てられそうなもの無いのに、ここで機会を逃したらグリードアイランドで何一つゴンさん達の役に立てないまま終わることに……。迷惑ばかりかけて心配もたくさんしてもらって、それじゃあまりにも格好悪いし申し訳ない。なんとか戦線に加わることは出来ないだろうか。
そう考えつつ私が肩を落としていると、クルーガー先輩がぽんぽんと頭を叩いてきた。
「その気持ちだけ受け取っとくわさ。あんたとしちゃこの子達のために何かしたいって気持ちなんだろうけど、それだったらここ三週間で十分役に立ってくれたじゃない。今はアタシ達の凱旋を待ってなさいな」
「そうだよエミリアさん! 俺、エミリアさんのオーラや技術を見て改めて凄いって思った。だから俺も追いつきたいと思って、修業頑張れたんだよ!」
「いやでも、ゴンさんは私が居なくても一生懸命だったと思うよ?」
「だとしても、俺はエミリアさんが居てくれてよかったと思う」
「ご、ゴンさん……!」
私の友達が天使すぎる件。ハンター試験で勇気を振り絞って、ゴンさんに友達になってとお願いした当時の私グッジョブ。本当にグッジョブ……!
「それにエミリアさんはキルアの治療してくれたじゃない。ね!」
「ああ。ま、そのお陰で俺も修業復帰出来たし……感謝はしてる」
「き、キルアさん……! でも、完全には治療できてないし……」
「お前さっきから「でも」が多すぎ。気にすんなって! 作戦決めてる時に話したろ?
「! う、うん」
「…………ま、そういうことよ。それにあんたご飯の準備とかみんなしてくれたでしょ? 何も出来てないなんてことないから、今日は大人しく待ってなさい。それに」
クルーガー先輩がいったん言葉を切ると、お茶目にウインクをしてきた。
「これが終わればゴレイヌに会えるんだから、エミリアはそれに備えるわさ。いろいろ準備が必要でしょ?」
「!!!!」
ゴレイヌさんに会える。
ゴレイヌさんに会える、ゴレイヌさんに会える、ゴレイヌさんに会える! ゴレイヌさんに会える!! ゴレイヌさんに会える!!! ゴレイヌさんに会える!!!! ゴレイヌさんに会える!!!!! ゴレイヌさんに会える!!!!!!
ゴレイヌさんに会える!!!!!!!
私の気持ちはあっという間に晴れ渡った。
「分かりました!」
「うん、いい返事ね」
私の返事に満足そうに頷くと、クルーガー先輩はゴンさんとキルアさんを伴ってゲンスルー達を迎え撃つ場所へと向かおうとする。
しかし私は三人が去るその前に、どうしても一言言いたくてゴンさんとキルアさんに声をかけた。
出会ったころから着実に強くなった二人。実力だけで言えばまだまだ私の方が上だろうけど、その背中は今とても頼もしく見える。
たくさん助けてもらった。たくさん話をした。一緒に遊んで、ご飯を食べて、たくさん笑った。
最初はゴレイヌさんと仲良くなる相手だから近づきたいと思っていたけど、今は心の底からこの二人と友達になれてよかったと思っている。私のこの一年はゴレイヌさんのためにあったけど、時間は彼らと共にあったのだ。
この世界に生まれて、はじめて出来た私の友達。そんな彼らに、今どうしても言いたい言葉があった。
「……! ゴン、キルア! 頑張って。私、二人と友達になれてよかった。これからも友達でいたい。……だから、無事に戻って来てね」
二人は少し驚いたように目を見開くと、次いでそれぞれ笑顔を浮かべてくれた。
「もちろん!」
「あたりまえだっつーの」
頼もしい笑顔を残し、彼らは決戦の舞台へ。
「ちょっとアタシは?」
「あ、クルーガー先輩は絶対大丈夫だって確信があるんで」
最後にちょっと不満そうにむくれたクルーガー先輩が可愛かった。
でもってその後私がどうしたかというと、急いで恋愛都市アイアイへ向かった。
何故って、クルーガー先輩の言う通りこの後ゴレイヌさんに会えるなら身だしなみを整えとかなきゃいけないからだよ!! 恋愛都市アイアイには美容院とかエステもあるからな。汗を流して服を着替えて、出来る限り磨き上げておかないと! 埃まみれでゴレイヌさんの前へなんて出られない!! 今度こそ、今度こそ!!!! ぷるっぷるのお肌とつやつやの髪の毛と最高のオシャレを身に着けてゴレイヌさんの前に立ちたい!! そ、そしたらゴレイヌさんも考え直してくれるかもしれないし……! いや、これは楽観しすぎか。でも今度こそ好みのタイプを聞いてみせる! それが出来たらゴレイヌさんの好みになれるように頑張れるわけだし……そしたら本当にチャンスが出てくるかもだし……。
うん、頑張ろう。
そんなわけで急きょ恋愛都市アイアイにて最終調整を行おうとした私なのだが、エステへ向かって猛ダッシュしていたら建物の角から出てきた誰かにぶつかった。私凄まじい勢いで走ってたもんだから、てっきり相手を撥ねてしまうかと思ったけど……撥ねたは撥ねたんだけど、ぶつかった相手が吹っ飛ぶのに合わせて何故か私までその勢いに引っ張られて同じ方向にぶっ飛んだ。何かと思えば、いつの間にかお腹のあたりにくっついていたガムのようなねばねばオーラ。……ああ、お前か。
「おや♦ いよいよ戦う日が来たのかい? わざわざ呼びに来てくれるなんて気が利くね♥」
「え」
ぶつかった相手……ヒソカは背中から地面にぶつかりそのまま激しくスライディングしていき、私はそのヒソカにくっつけられた
それにしてもヒソカの奴、どこで暇つぶししているかと思ったらアイアイにいたんだ。そういえば前に来た時結構楽しんでたな。私はゴレイヌさん以外の男とのイベントなど起きても嬉しくないから、カードのためとはいえアイアイの攻略は物凄くめんどくさかったけど。
それにしても、気まずい。ついさっき
前にも思った事だけど、こいつには何だかんだで世話になっている。そして今のところその借りを返せない所か、色々ないがしろにしているからとても申し訳ない。そして考えた途端に今まで迷惑かけた内容やら世話になった内容やらが、走馬灯のように頭の中でぐるぐると回り始める。あれ、走馬灯って死ぬ間際以外でも見れるもんなんだな……。いや今それはどうでもいい。
とにかく、ヒソカに対して私は物凄く罪悪感を感じてしまったのだ。
こいつだって私の友達だからな。
…………だからだろうか。こんなことを口走ったのは。
「い、今ならちょっと戦ってあげてもいいけど!? 死闘は結婚式の後だから、お互い相手を殺さないのだけ条件な!」
数時間後。
見事
うん……そうだよな……。私片腕折れてるし、青あざだらけだし、脱臼してるし、トランプで切り刻まれて服ぼろっぼろだし髪の毛ぼさぼさだし……。ヒソカはヒソカで足片っぽ変な方向に向いてるし、アバラ折れてるし、前歯一本抜けてるし顔の片側すげー腫れてるし……。ちょっと互いに熱くなり過ぎた。ギリギリ相手を殺さないって条件だけ守ってたのが奇跡に思える。
ちなみに結果は、一応引き分け……かな? 互いに骨一本ずつ折れたところで意外と時間が経っていたことに気が付いたので、ふと我に返って「今日はここまでな」とお開きにしたのだ。ヒソカはそれに対して不満そうだったけど、いずれみっちり修業した上での最高のコンディションによる真正面からの戦いという約束もあるので今回は引いてくれた。
うん、こいつやっぱり意外といいとこあるよな。途中テンション上がりすぎたのか、ゼビル島の時みたいな凄い顔で笑ってたから顔にグーパンぶっこんだけど……そういった気持ち悪い所差し引いてもいい奴だと思う。今度高い酒でもおごってやるか。
でもってヒソカはぼっこぼこのくせに上機嫌だったけど、結局磨き上げるどころか非常にみすぼらしい姿でゴレイヌさんの前に立つ羽目になった私は心の中でむせび泣いた。
ああ……何故私はこうもタイミングを見誤るんだ。いくら罪悪感を覚えたからって今戦わんでもいいだろうに。でもゴレイヌさんに「だ、大丈夫か!?」と心配してもらえたのは嬉しかったな……。ふふ……。ゴレイヌさんやさしい……。
ちなみに今の状況だけど、今この場には私たちの他に捕まって簀巻きにされたゲンスルー達
ゲンスルー達に勝利した後ゴンがすぐに
そして大天使の息吹でゴンと死にそうだったゲンスルー組の一人を回復した後、クルーガー先輩が
合流後、ゴレイヌさんはキルアの治療になら
しかし結局はゴン達に根負けしたゴレイヌさんは、大天使の息吹を譲ってくれた。……まあ、そうだよな。ゴンったら大天使の息吹のオリジナル、ゲンスルーに使っちゃうんだもん。誰が怪我しても治そうって取り決めをあらかじめ知っていた私だって「え、マジ?」ってちょっと思った。…………なんというか、邪魔者なら殺せばいいと思ってしまえる私と、彼らの精神的な格の違いを見せつけられた気がしてちょっと落ち込んだ。あのゴレイヌさんだって「お前らと話してるとオレの方がすげーガキじゃねーかって思えてくるぜ」と言ってたくらいだ。自慢の友人と先輩だけど、時々ちょっと眩しい。
ちなみにこの時、ゴレイヌさんはゴンがゲンスルーを治療する前に私とヒソカの怪我の治療も申し出てくれた。けどそこは必死にお願いして断った。違うんですゴレイヌさん……これは
ここで大天使の息吹とか使われたら、いくら複製があっても申し訳なさすぎる。怪我は自分で治すんで、どうか、どうか気にしないでください。申し訳なさで死んでしまいます。自分で治すので、どうか、どうか……!
そして、その後だ。
私たちはここで初めてバッテラ氏の依頼のキャンセルを知った。
この辺の細かい所はよく覚えてなかったから、それを聞いて私はようやくバッテラ氏のグリードアイランド攻略の目的……不治の病の恋人を治すという内容を思い出して、少しだけ申し訳ない気持ちになった。
……知ってたからと言って、私には病気をどうこうする力はない。だけどバッテラ氏は私と同じで愛に生きた、生きようとした人だったのだ。そんな彼が愛する人に先立たれたのだと思うと、勝手ながら哀れみを覚えてしまう。それがどんなに悲しい事なのか、想像するだけで辛い。…………多分私だったら生きてけないな。愛する人と結ばれない以上に、愛する人がこの世界から居なくなってしまう事の方がずっと悲しくてずっと怖い。
それこそ、その時点で私の世界から色が無くなってしまうだろう。
……愛を向ける相手が居なくなってしまうというのは、多分そういう事だ。
私は心の中で小さくバッテラ氏に謝罪をし、彼の恋人の冥福を祈った。ただの自己満足ではあるが、そうせずにはいられなかった。……我ながら勝手だな。
ともあれ、そういうわけでグリードアイランドを攻略してもバッテラ氏から成功報酬は貰えなくなってしまったのだ。しかし違約金は払ってくれるとのこと。そして違約金をもらったツェズゲラ組とゴレイヌさんはゲームから下りて、ゴン達にカードを全て譲ってくれると言う。
これでゴン達のグリードアイランド攻略が一気に進むわけだけど……その前に、私はゴレイヌさんの寛大さに改めて惚れ直していた。
だってゴレイヌさん、違約金に関して当然のように私たちと山分けだと言ってくれたのだ。
「何驚いてんだ。オレ一人の力じゃないだろこの金は。お前らと一時でも組んだからこその収入じゃねーかよ」
当然のように、ごく自然に。
クルーガー先輩も感動してたけど、私はゴレイヌさんの格好良さで胸がいっぱいになりすぎてぶっ倒れてしまった。それまでだって、ゲンスルーに大天使の息吹を使うの渋ってた時に「理屈じゃねぇ、感情の問題だ!」と言っていた時の熱血漢というか素直さというか、とにかくそんな可愛いところまで見せてくれたゴレイヌさんにメロメロだった。だというのにとどめとばかりにこの心の広さ、大人の余裕、そしてそれを当然とばかりに出来てしまう優しさ!!
もう、もう……! どこまで私を惚れさせる気ですか……! ゴレイヌさんが好きすぎて胸が苦しい……! 大好き……! ゴレイヌさん大好き……!!!!
「なあ、やっぱりこいつにも大天使の息吹使ってやんねー? 色々治してもらった方がいいだろこれ」
「使うのはいいけど、あんたが言ってるような色々の部分は治らないと思うわさ」
「エミリアさん、なんだか幸せそうな顔してるねぇ……」
その後何故か私にまで大天使の息吹を使ってもらった。ついでにヒソカも。あれ、いいって言ったのに何故……!
【ゴン組:グリードアイランド攻略まで、残りNo.000一枚】