失神からの目覚めはとても穏やかと呼べるものでは無く、ビスケットさん渾身のビンタとお説教でした。
「失恋の気持ちが分からなくはないわさ。アタシも女だからね、色々経験して来たわよ。……でも! だからってだらしなく情けなく寝こけてるつもり!? 失恋した相手だろうが好きな男の前なら見栄張んなさい! このままじゃあんたの印象は情緒不安定で暴力的な変な女で負け犬っていう最悪のもんで終わるわよ! それでもいいの!? ちょっとでもいいとこ見せてから落ち込みなさい! 話なら聞いてあげるから!」
頬にブルドーザーでも突っ込んできたのかってくらいの衝撃を受けて目を覚ましたら、胸倉掴まれて真っすぐに目をのぞき込まれて、非常に可愛らしくも力のこもった張りのある声でそう言われた。失恋失恋と連呼されあげく負け犬とまで呼ばれた私は心にマリアナ海溝のような深い深い傷を負い、更に世界中の海全ての塩で作られた塩という塩を塗り込まれたような気分を味わった。
しかし人生の経験者からの言葉には不思議と説得力があり、傷つきながらも私は大きく感情を揺さぶられた。
_______ そうだ、ビスケットさんの言う通りだ。このままじゃ大好きなゴレイヌさんにかっこ悪いとこだけしか見せないままで終わってしまう。
そんなのは嫌だった。
だって、好きなのだ。奥さんがいたって、私がゴレイヌさんを大好きだと言う気持ちに嘘偽りはなく、変えようがない事実。そんな相手に自分の嫌な面だけ見せて、現実を認めたくなくて逃げてしまうような情けない事……したくない。
まだ頭の中は混乱しているけれど、ビスケットさんの言葉は澄んだ空気を運ぶ風のように私の心に舞い込んだ。思考がクリアになり、そんな簡単な事にも気づかなかった私にきっかけをくれたビスケットさんに感謝の念が浮かぶ。
あとで思い返せばレイザー戦に向けて、戦力となるメンバーを寝かせておくことを良しとしなかっただけなのだと思うけど、灰になって風化しかけていた私に気力を与えてくれた相手だ。感謝しないわけがない。
しかも話を聞いてくれるというアフターフォロー付きとか、なんていい人なんだ……!
「話……本当に、聞いてくれますか?」
「ええ、もちろん」
力強い肯定。その言葉に気力が戻り、冷え切っていた体に熱がわずかに蘇ってきた。
私は浮かんだ涙を手の甲でごしごしこすって拭うと、顔を上げて立ち上がる。
「そうですね、目が覚めました」
「そう、よかったわ」
微笑むビスケットさんは本当に天使のように可憐だ。
五十七年……五十七年か。おそらく前世と思わしき記憶の年齢をあわせたら私も結構いい歳なのだろうが、断言するが人はただ年をくうだけでは成長出来ない。私など中年どころか、今の年齢にみあった内面かすら怪しい。そんな私にとってキキョウ先輩よりも年上のビスケットさん……否、クルーガー先輩(なんとなくこっちのが響きがカッコいい)は女として尊敬すべき人生の先輩である。これは礼を言わねば。
「ありがとうございます、クルーガー先輩! 私、頑張ります!」
「それはよかっ……って先輩?」
笑顔から怪訝そうな顔になったクルーガー先輩。ああ、そういえば彼女の実年齢を私はまだ知らないんだった。………………まあいいか!
とにかく気力を取り戻したのなら、やることは一つ!
私はレインボーダイヤのカードをゲインさせてゴレイヌさんに向かって走り出した。
そして直後にキルアさんに足を払われ転んでいた。
※ レインボーダイヤ:No.79 A-20:七色に輝くダイヤ。このダイヤを渡して、プロポーズすれば100%成功する。
「エミリアさん?」
「…………はい」
「ゴレイヌさんが好きなんだよね?」
「はい!」
「俺、アイテムを使ってどうこうしようってのは違うと思うんだ。エミリアさんがゴレイヌさんを好きなように、ゴレイヌさんにも誰かを想う好きって気持ちがある。それを身勝手に裏切らせてまで、エミリアさんはゴレイヌさんと恋人になりたいの? ……それはちょっと、勝手だと思う」
「はい……ゴメンナサイ……」
十歳以上も年下の少年から本気説教とか泣ける。いや私が悪いんだけど。
だっていいところを見せるにしても、その前にリトライしたいなって。レインボーダイヤを手にいれてたのも悪かった。こんなん手元にあったら使いたくなるわい。
クルーガー先輩の言葉で元気こそ出たものの、やはりそう簡単に割り切れるものでは無いようで……。たとえゴレイヌさんにフラれても、奥さんが居なかったら私はなりふり構わずにゴレイヌさんに好きになってもらえるようにあらゆる努力をしただろう。しかしすでにゴレイヌさんに好きな人が居るとなると、前提条件がひっくり返る。そうなってしまったら、アイテムにすがりたくもなるというものだ。
しかしそれだと私が以前から思っていた「好きな人には誠実でありたい」という気持ちまでひっくり返ってしまうわけで……。ゴンさんの本気説教とキルアさんの足払いにしょっぱい気持ちにはなるものの、止めてくれて助かったと安堵もしている。
このままだったら私、大好きなゴレイヌさんとゴレイヌさんを好きになって変わった自分まで否定してしまうところだった。
それをしてしまったら、きっとそれはもう私が求めていたものではなくなってしまう。
「……あの、ありがとう。止めてくれて」
おずおずと言えば、ゴンさんはキョトンとしたあとニッと笑って答えてくれた。
「分かってくれたなら、いいよ! 俺は好きな人のために努力するエミリアさん可愛くて好きだったし、それがズルでなくなっちゃうのはもったいないって思ったんだ」
「!?」
さ、さらっとなんと言う事を……! いや、本人まったく色恋とか含めず純粋な好意から言ってくれてるんだろうけど……破壊力凄い。これはゴンさん将来天然たらし確定だわ……恐ろしい子……! ちょっとドキッとしてしまった。不覚。
「そういやグリードアイランドの中で使ったカード効果って外ではどうなるんだ?」
「そうねぇ……。少なくともレインボーダイヤみたいな効果は操作系に属するだろうし、島外に出たら効果は消失するんじゃない?」
正座する私とゴンさんの隣に立って会話していたキルアさんとクルーガー先輩の言葉に、私は改めてレインボーダイヤ使わなくてよかったと思った。操作系で操作して結婚を了承させるとか効果がきれた時印象がもう修復不可能じゃないか……!
よかった。使わなくて本当によかった。
……とりあえず、今は目の前の灯台でのレイザー戦に専念しよう。
ゴレイヌさんに奥さんがいたって、もうこうなったら愛人でもいい! ゴレイヌさんの奥さんに土下座でも何でもするからセカンドでいいからゴレイヌさんのそばに置いてもらえたらそれでいいんだ! けどそのためには、やっぱりゴレイヌさん本人に好きになってもらわなければいけないわけで……。ここはクルーガー先輩の言う通り、いい所を見せて少しでも好感度をかせがねば!
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「初対面のはずなんだが……彼女はどうして俺の事が好きなんだ?」
「さあ♠」
「何をやっているんだお前たちは……」
一方、やや離れてはいるものの声が大きいためダダ漏れの会話を耳にしていたゴレイヌとヒソカのエミリア被害者の会コンビ、エミリアが気絶しているうちに新たに仲間に加わったツェズゲラ組。
彼らはレイザーと十四人の悪魔が待ち受ける灯台の前で、待ちぼうけをくらっていた。
ちょっと短め。レイザー戦の前に一息