ゴレイヌさんに会いに行こう!   作:丸焼きどらごん

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Gorilla43,鮮血の口づけ

 パクノダは走っていた。振り返ることなく、ただひたすらアジトを目指して。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ネオン=ノストラードのコピー人形を乗せて車でアジトとは別方向へと向かっていたフィンクスとパクノダだったが、突如として訪れた異変にフィンクスが急ブレーキをかけた。

 

 コルトピがコピーした人形が消えたのである。

 

 コルトピが能力によって作り出した贋作は本来24時間消える事は無い。それが消えたとなれば、考えられる可能性は何らかの事情によって本人の意思で消したか…………もしくは死んだか。

 ともかく何かがコルトピの身に起きた確率は高く、そして現在コルトピはアジトに戻っている。もし何かあれば団員の誰かから連絡が来るはずだが、それも無いとすれば誰もが連絡できる状態ではないと考えられた。

 パクノダは嫌な予感を振り払うように仲間のケータイに電話をかけるが、そのコールには誰も応えてくれない。その事実にフィンクスが舌打ちすると、すぐさま車をターンさせる。交通量の多いヨークシンの道路であまりにも横暴な試みであったが、フィンクスは構わず今来た道を逆走し途中で無理やり反対車線へ飛び出た。

 通った後は無論クラクションの嵐であったが、それら一切を無視したフィンクスはパクノダに問いかける。

 

「どう思う」

「わからないわ。でもフェイタンのこともあるし……嫌な予感しかしないわね」

「チッ! 今夜は大仕事だってのによ! 始める前から幸先悪いったらありゃしねぇ」

 

 悪態をつくフィンクスが更に車を加速させるが、アジトへ続く道を走り周囲に段々と人影や車が少なくなってきた頃……それはふいに現れた。

 

「!?」

 

 車のボンネットに音もなく、子供のような大きさの人影が降り立つ。そして"それ"と目が合った瞬間、フィンクスはそれを振り落とすように大きくハンドルをきった。それと同時にパクノダに目配せをし、車内から飛び出す。

 車は無残にもビルの壁にぶつかり大破したが、ボンネットに乗っていた人影は"初めからそこに居た"かのように道に佇みフィンクスとパクノダを見つめていた。

 

 皺が刻まれた顔や体は長い年月を生きてきたことを思わせるが、その体躯は頼りないまでに小さい。しかし見た目だけで相手の実力を見誤るほどフィンクスもパクノダも未熟ではない。

 ……目の前に現れた老人がただ者では無いと悟り、二人は油断なく構えた。それに対して老人は表情を変えず、ただただ静かにその場に在り黒い瞳で見つめてくる。その様がたまらなく不気味だった。

 

 

 ふと、フィンクスがパクノダに言葉を投げかけた。

 

 

「パク、先に行け。このじいさんは俺がやる」

「危険だわ。……ただ者では無い事、あなたも感じているでしょう」

「いいから行け!」

 

 パクノダはフィンクスの提案を断ろうとするが、フィンクスは有無を言わせぬ怒声を叩きつける。それに対してパクノダは戸惑ったように瞳を揺らした。

 

「フィンクス、あなた……」

「こんな相手と()れる機会なんざ滅多に無ぇ。お前は元々戦闘向きじゃねーし、俺に譲っとけ」

「…………。分かったわ」

 

 パクノダは気づいていた。フィンクスの頬に一筋の汗がつたったことを。表情は笑っているが、全身で相手を警戒していることが分かる。……武闘派のフィンクスとしては強い相手と戦えることに対しての高揚感もあるのだろう。しかし、その感情以上にフィンクスの背中はパクノダに「逃げろ」と語っていた。

 フィンクスが言うように、たしかにパクノダは情報収集が主な仕事で戦闘力で言えば旅団内でも下の方だ。だが弱いわけでは無い。強そうな相手でも一人で相手取るのと二人で相手取るのとでは違うだろう。しかしそれを考慮してなおフィンクスはパクノダに「行け」と言う。

 それは旅団内でもレアな能力を持つパクノダが戦いの余波で死なないようにするためだと、パクノダは信じたかった。けしてフィンクスが自身の死を想定し、犠牲を増やさないようにするためなどというらしくない謙虚な考えではないことを祈り、パクノダは異変が起こったアジトへと向かうべく走り出す。そんな彼女を黒い瞳が追うが、その眼前にフィンクスが立ちふさがった。

 

 フィンクスは肩を回しながら獰猛に笑う。

 

 

「おい、じいさん。どこのどいつだか知らねぇが、俺が相手してやるよ」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 パクノダは走る。ヒールを履いていながら常人では考えられない驚異のスピードを出しているが、その速度では足りないとばかりに加速を重ねた。

 

 何か悪い事が起きている。

 漠然とした予感に、心臓の動悸が次第に早くなっていった。

 

 ようやくアジトが見えてくると、パクノダの不安はより増した。…………カモフラージュのためコルトピが用意した廃墟群全てが消えているのだ。

 人形一体ならともかく、アジトを隠すため、侵入者を察知するための贋作を消すなど滅多なことでは考えられない。となれば、やはりコルトピが死んでいる可能性が高い。

 杞憂であれば幸いであるが、そんな楽観的な想像をあざ笑うように…………アジト内からは濃厚な戦いの気配がした。

 

 

 

 …………ここに入るのは得策か、愚策か。

 迷った末にパクノダは、アジトの外壁に手のひらをぴたりとくっつけた。

 

(この大きさを"観れ"ばオーラをかなり削られるけど、今必要なのは情報よ)

 

 

 

 パクノダは人間だけでなく物からもある程度情報を読み取ることが出来る。それは人間相手に比べて物自体に人間の思念が色濃い場合を除き精度が落ちるが、出来ないわけでは無い。……今パクノダがやろうとしていることは、アジトであるビルの記憶を読み取り内部の情報を得る試みだ。

 そして無茶を承知で念能力を使用したパクノダだったが、数分前から読み取り現在に至る経緯の情報を得ると「嗚呼(ああ)」と薄い唇から嘆きの声を吐き出した。

 

 

_________________ エミリア、貴女なのね。

 

 

 

 アジト内の惨劇のきっかけ。それは彼女がネオン=ノストラードを取り返しに来たことから始まった。

 

 念の槍に体を貫かれ、おびただしい血と共に地に伏せるシズクとコルトピ。右肩から先を失い、眠るように静かに横たわるフランクリン。数多くのムカデの餌と化し未だ貪られているノブナガ。"糸"に吊るされ、体中に無数の鋲を埋め項垂れるシャルナーク。…………そして、たった今痩身の男に胸を貫かれたマチ。

 そこまで見たところでパクノダはビルから手を放し踵を返した。

 

 

(団長。やはりあの子に手を出すべきでは、関わるべきではなかったわ)

 

 

 …………危惧してはいたが、いざ現実になると思っていた以上にエミリアの敵意は蜘蛛に刺さった。刺さるどころか全滅一歩手前まで来ていることに驚愕を禁じ得ない。

 今までどんな目に遭わされようと基本的に自分たちへ興味を示さなかったエミリアが、何をきっかけに動き出したのかは分からない。しかし情報を読み取る中でエミリアの姿を見たパクノダは心にすんなりと理解が収まるのを感じ、納得してしまった。自分たちを追い詰める相手などそうそう居ないと思っていたが、彼女が……エミリアが相手ならば「可能」かもしれないと……納得してしまった。

 

 もちろん一人では不可能だったはずだ。しかしずっと一人だったエミリアは、今回はそうではなかった。おそらくクロロが事前に予想として団員に現れる可能性を示唆していた暗殺一家……ゾルディック家。エミリアは彼らを雇ったのだ。

 

 

 

 

 

 幼き日、エミリアの心に巣くった溶鉱炉のような怒りを垣間見た。そしておそらく、その怒りと同じ真っすぐすぎる感情は今自分達蜘蛛に向けられている。

 

 真っすぐ……真っすぐに。良くも悪くも単純で一途なエミリアの心の在り方そのもののように、真っすぐ。

 そしてそれは今現在、蜘蛛へと突き刺さりその命をえぐり取ろうとしている。

 

 

 

 

 

 仲間の死を悼みながらも、その中に団長であるクロロ=ルシルフルが居ないことにパクノダは安堵していた。”生かすべきは蜘蛛”というルールを守るならば、パクノダがするべきことはこの場を逃れて新たな蜘蛛を再生させることだ。しかしパクノダだけでは意味がない。やはり蜘蛛には頭が必要なのだ。そしてその頭であるクロロはまだ死んではいない。ならば今は彼と合流することを優先すべきである。

 

 妙な鎖に捕縛されたクロロであるが、おとなしく掴まっているような人ではない。きっと大丈夫だとパクノダは自分に言い聞かせた。

 エミリアにくっついていったウボォーギンは今頃彼女と戦っているのだろうか。蜘蛛の脚を多く削り取った要因である彼女を、出来れば殺していてほしいとパクノダは祈る。昔から二人の実力が拮抗している事、ウボォーギンがエミリアに好意を抱いていることは旅団内でも周知の事実だ。しかし肝心な場面で彼は情に流されず見誤らないはずだと、パクノダはウボォーギンを信じた。……彼もまた、蜘蛛なのだから。

 

 

 まとまらない思考が頭を満たすが、体はこの場から逃れようと動き続ける。するべきことをしろと、冷静な部分の自分が言っている。パクノダはそれに従った。

 

 

 

 走る。走る。再び走る。絶をして、とにかく今は遠くへ。

 

 

 

 やがてパクノダの周囲は都会の風景から殺風景な荒野へと変わっていた。

 

 ふと、パクノダは何故自分が人ごみに紛れることなく、こんな隠れようのない場所へと足を運んだのか疑問に思う。しかしその疑問が強い疑念へと変わる前に、戦いの気配を感じて体が戦慄(わなな)く。……強いオーラ同士のぶつかり合いが、このすぐそばでおきている。

 ふらふらと誘われるようにパクノダは歩を進め、高台からその戦いを目の当たりにした。

 

「団長、エミリア、ウボォーギン……」

 

 眼下で戦っているのはクロロとヒソカ、そしてエミリアとウボォーギンだ。他にも何人か居るが、パクノダの網膜にはその三人だけが強く焼き付く。

 そしてパクノダは普段は使わない能力……記憶弾(メモリーボム)を使用するべく銃を具現化した。

 

 

 記憶弾(メモリーボム)はパクノダが読み取った記憶を弾にこめ打ち出し、相手にその記憶を植え付ける能力だ。けして攻撃用の能力ではない。

 

 

 しかし突如知らない記憶が脳内を駆け巡れば、その情報処理のため植え付けられた人間は例外なく一瞬硬直する。現在団長であるクロロはヒソカと交戦中だが、劣勢ではないが容易に勝てる相手でもなさそうだ。ならばパクノダが隙を作り、その瞬間クロロがヒソカにとどめをさせばいい。そしてクロロが自由になったのなら、エミリアをはじめとしたウボォーギンが戦っている相手もすぐさま処理できるだろう。見たところ、複数を相手にしているにもかかわらずウボォーギンのほうが優勢なのだ。助けが加われば一気にその均衡は傾く。

 

(優先すべきは、団長)

 

 そう判断したパクノダは油断なく銃を構える。

 

 縦横無尽に動いている相手を捉えるのは難しい。ましてや双方が達人であり、時折能力も使用している。その動きはひどく不規則だ。

 しかし外してなるものかと、パクノダの集中力は今までにないほど高められていた。ヒソカの一挙手一投足を追い、限界まで集中する。心なしかいつもより体の内から湧き上がるオーラの総量も多い気がする。これならば意識すれば弾丸自体でもある程度のダメージを与えられるかもしれない。

 "陰"にも乱れはなく、おそらくこの場にパクノダが居る事に誰も気づいていない。この機会を無駄にするほどパクノダは馬鹿では無かった。

 

(今!)

 

 パクノダが引き金を引く。確実にヒソカの頭を捉えたと、そう思った。

 しかし眼前にもたらされた光景にパクノダは限界まで目を見開いた。

 

「嘘……」

 

 パクノダが放った記憶弾(メモリーボム)が命中したのは、ヒソカではなくクロロ。それを見て愕然としたパクノダは、首にするりと巻き付いた子供のように小さく皺が刻まれた手に気づかない。

 

 

 

 ゴキン

 

 

 

 鈍い音と共に、パクノダの意識は暗闇に呑まれた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 しばらくして、横たわる女性の死体のそばで佇む老人……マハ=ゾルディックに若い男が話しかけた。

 イルミ=ゾルディックである。

 

「マハおじい様、俺の針使った?」

「…………」

「あれ貴重なんだから、必要無いなら使わないでよ。無くても殺せたでしょ? わざわざ思考する余裕を残す小細工までしてさ。ていうか、何で俺の針なのに使えるの。マハおじい様強化系だよね」

「…………」

「裏技? 秘密? 調子いいんだから……。後で代金払ってよ」

「…………」

「ああ、俺達の方は終わったよ。ゼノおじい様も父さんもむこうの高台から戦いを見てる」

「…………」

「あ、ヒソカこっち見た。戦いの邪魔したからきっとあとで文句言ってくるよ」

「…………」

「ところで、一応あの女雇い主だけど加勢しなくていいの? 死んだら依頼料パアになるんだけど」

「…………」

「……毒でやられてたから死なれても困るし動けるようにしてやったら、また自分で戦い始めた? え、馬鹿なの」

「…………」

「面白いから追い詰められるまで見物? ……まあ、マハおじい様がそれでいいなら俺は何も言わないけど。でもヤバそうなら割って入るよ。色々面倒だったのにタダ働きとかごめんだし」

 

 

 傍から見たらイルミが一方的に話しているように見えるのだろうが、一応本人たちの間で意思の疎通は出来ているらしい。

 イルミはいったん言葉を区切ると、マハと共に眼下の戦いに目を向けた。

 

 

 

 

 

 

 一方、マハとイルミが居る高台とは別の方向から戦いを見る者達が居た。シルバ、ゼノ、ミルキである。

 

「………………」

「なんじゃミルキ、浮かない顔しおって。標的を二人も仕留めてお前的には大金星じゃろうが。……ま、二人目はお膳立てがあったからおまけみたいなもんじゃが」

「別に」

 

 そっけなく答える孫にやれやれとばかりに肩をすくめたゼノだったが、隣に居た息子に話しかける声は上機嫌そのものだ。

 

「それにしても、あのミルキを半年でよくここまで鍛えたもんだな。新しく作った能力もいい。ありゃ暗殺向きだ。ミルキの発明とも相性がいいしのぉ」

「ああ。ミルキにとっても今回はいい経験になっただろう」

 

 今まで下の弟ばかりに目をかけてきた父と祖父の言葉に、普段ならミルキは喜んだことだろう。どうだ、自分だってやれば出来るのだ! と胸を張って。

 しかし幻影旅団二人をその手にかけたにも関わらず、ミルキの表情は晴れない。何故かと言えば、手にかけた"二人目"が原因だ。

 

 

 

 

 

 

 

 着物姿の男……ノブナガを片付けたミルキは酷く上機嫌だった。そして他の家族の戦いに目を向けたのだが、そこには思いがけない光景が広がっていた。

 仲間であるはずの童顔の男を、憤怒と苦悶に満ちた表情でマチが念の糸で捕らえて吊っていたのだ。そしてその傍らでマチの肩を抱いたイルミが、先ほどまでマチと相対していたシルバに声をかける。

 

「ありがと親父。針、ちゃんと刺しといてくれたんだ」

「……それはいいが、イル。その娘をどうする気だ?」

「これ? ああ、せっかくだから持ち帰って"使えるように"しようと思って。報酬は一人分減るけど、その分の価値はあるよ。エミリアの資料に千切れた腕を縫合してくっつけることも出来るって書いてあったでしょ? ターゲットの捕獲にも使えるし、便利だから俺の道具にする。……あ、そっちはいらないや。メインのターゲットの一人だしね。はい、とどめ」

 

 言うなり、イルミはオーラのこもった鋲を吊られた男……シャルナークに投げつけた。無数の鋲は的確にシャルナークの体に突き刺さり、その命を奪う。こときれた体はだらんとぶら下がり、次第にその下に血だまりを作った。

 ……あまりにもあっけない最期であるが、もしこの戦いを見ていた者がいればそれも仕方がないと結論付けるだろう。目の前の実力者に警戒していたはずが、突然仲間の糸にからめとられたのだ。シャルナークの奥の手である自身にアンテナを刺す自動操作を行う隙も与えられず、全身の自由を奪われたシャルナークはこうして息絶えた。

 

 

 体の自由は無くとも意識は残っているのだろう。マチは口は開けないまでも憎悪のこもった眼でイルミを睨みつけるが、しかしイルミは仕事はもう終わったものだと決めつけているのかマチの視線などものともしない。彼女の視線を完全に無視した長髪の男は相変わらずの能面面で「この後どうする?」と祖父と父に問いかけている。

 しかしそんなマチをじっと見つめる者が居た。ミルキである。

 

 ミルキはふと天空闘技場でのことを思い出していた。

 

 

『あんた、腰が引けてるよ。情けないね』

 

 

 相手が幻影旅団だと知っているため、心が休まらなかった一か月。その中で暇だからか自分の訓練に時々口を出してきたマチがミルキは苦手だったが、いつのまにか一緒に食卓を囲む分には抵抗がなくなっていた。それはキツイ口調とは裏腹に、マチが意外と面倒見がいい事に気が付いたからである。

 

 

 

 特に好意を抱いていたわけでは無い。

 

 しかし、何故かこの結果には納得がいかなかった。

 

 

 

 

 気づけばミルキはマチの胸を貫いており、白い頬にぴっと鮮血が散った。

 

「……ミル? 今の話、聞いてた?」

 

 普段なら恐ろしくてたまらない兄からの圧力も気にならず、ただただミルキはマチを見つめた。こと切れる前、一瞬笑ったように見えたのは気のせいだろうか。

 

「…………わがまま言うなよイル兄。メインじゃないとはいえ、こいつはターゲットの一人。殺して当たり前だろ?」

 

 言葉少なに告げると、今までなら絶対出来なかった事であるがミルキは兄の目を鋭い視線でもって真っすぐに睨みつけた。それに驚いたのはゼノとシルバであり、睨みつけられたイルミ本人は感情の読み取れない瞳で見返しつつ首をかくんと傾けた。

 

「ふーん……。なんか、思ったよりいい感じに仕上がってるね。俺に反抗するのはマイナス点だけど、母さんが喜びそう」

 

 珍しい……というよりも、恐らく初めての兄からの褒め言葉。しかしミルキはそれに対してまったく喜ぶ気がおきず、もやもやとした感情を持て余した。それに一番戸惑っているのはミルキ本人であるが、どう考えてもその感情のはけ口は見つからない。……先ほどマチを手にかけた時、心の何処かでほっとした自分などミルキは認めたくなかった。

 …………兄に利用される前に殺せてよかったなどと、考えてしまった自分。そんな自分をミルキは知らない。

 

 

(クソッ、ここ最近なんか変だ。あいつらに毒されたか?)

 

 

 その疑問に答えてくれる者は居ない。しかしミルキはここ半年で決定的に自身の中の何かが変わってしまった事に気づいていた。

 

 

 

 

 

 

 

 そしてその持て余した感情を引きずったまま、ミルキは今この場に居る。

 あの後死体の処理をいったん連れて来た執事に任せ、ゾルディック家は残りの旅団員が居る場へと集まって来たのだ。

 

 

 

 マハとイルミ。そしてシルバ、ゼノ、ミルキが見下ろす中……戦いは佳境へと向かっていた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

++++++++++++++

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 クラピカを後ろに下がらせて前へ出た私だったが、体は未だ思うように動かない。しかしなされるがままに殺されそうだった先ほどに比べれば、格段と楽になった。……というのも、自分の能力による回復だけが理由ではない。

 

 私を抱えてウボォーギンから逃げていたレオリオの前に現れたのは、なんとマハじいさんだった。

 

 宇宙人染みたその容姿と突然現れた事にレオリオが驚くが、知り合いだと言って落ち着かせる。すると彼は私を一瞥すると、しばし思案するように顔を伏せた後おもむろに指を突き出してきた。私は彼の容姿とその動作に、前世の記憶に混じるとある映画のワンシーンを思い出した。なのでつい自分も人差し指を突き出してその指と合わせてみる。……しかし彼の意図は違ったようで、その指は無下に払われてしまった。……あれ、違うのか。

 そしてマハじいさんは再度指を突き出したそれを私の額に押し付けたのだが、どういうわけかそのことで急に体が動くようになったのだ。これは彼の念能力か何かなのだろうか。

 色々訊ねたかったが、マハじいさんはニヤッと笑うと来たとき同様あっという間に姿を消してしまった。……まあ、話は後で聞けばいいか。

 

 とにかく体が動くようになったのなら、することは一つだ。さっき遠目にゴンさんがウボォーギンにぶっ飛ばされたのが見えたのも有り、止めるレオリオを振り切って私は来た道を戻る。そしてクラピカとウボォーギンが対峙した所で、近くにあった手ごろな岩を地面から引き抜いて投げつけたのだ。

 

 

 

 お互いに、もう余計な言葉はいらないだろう。

 

 

 

 

 ウボォーギンとの戦いは今度は多少の会話も挟まず始まった。

 

 しかし私のオーラは大分枯渇してきている上に、毒の影響もまだ残っている。全力のウボォーギンを相手取るには心もとなかったが、そこで助かったのがクラピカのサポートだ。どうやらウボォーギンはクラピカの鎖をかなり警戒しているようで、それがいいけん制になっている。おかげで戦い始めてからまだ大きなダメージは受けていない。

 クラピカとしては旅団以外に束縛する中指の鎖(チェーンジェイル)を使えば自身が死ぬという誓約があるため、うっかり私ごとウボォーギンを捕らえるわけにもいかないからやり辛いだろう。それに関しては申し訳なく思うが、彼の存在無くしては現在の攻防は成り立たない。……クラピカが来てくれて助かった。

 

 そしてクラピカの参戦に関してウボォーギンが何か文句を言う事も無く、無言のまま私とウボォーギンは拳を振るい続ける。今この空間に言葉による会話など無意味なのだと、互いに理解していた。

 

 

 

 

 

 しかし無限にも思われた時間は、唐突に終わりを迎えた。

 

 

 

 

 

 獣のような応酬を続けていた私たちは、終いには本当に獣になっていたようだ。打ち合う拳がつぶれ、両腕が砕けた。そんな私たちがとった行動は残された凶器……口内に並ぶ歯でもって相手の肉体を食いちぎること。そしてここで思いがけずウボォーギンと私の体格差が勝敗を分けたのである。

 

「ッ……!」

「…………!!」

 

 一回り以上小さい私の体はウボォーギンの顎をすり抜け懐に入り込むことを可能とし、私は躊躇することなくその喉笛に噛みついた。

 

 硬い皮、分厚い肉に歯を立て渾身の力でもって食いちぎる。

 途端に喉に灼熱を湛えた血潮が流れ込み、窒息しそうになった。しかし吐き出そうにも、いつの間にかウボォーギンの片腕が腰に回りもう片方の手で頭を固定されていたためその場から動くことが出来ない。そのためやむなく噴き出た血を飲み込んだ私だったが、次第にウボォーギンの体から力が抜けてきたことに気づく。

 浅い呼吸も次第にとぎれとぎれとなり、やがて途絶えた。

 

 

 

 

 ウボォーギンが死んだのだ。

 

 

 

 

 だらんと腕が垂れ、巨躯が私に全体重を預けてくる。すでに気力だけで戦っていたようなものである私はたまらず、その重量を支えきれずウボォーギンごと背中から地面に倒れた。

 

「重い……」

 

 血液でべったりと汚れ鉄臭い口からそれだけ絞り出すと、なんとなく顔のすぐ横にあったウボォーギンの顔を見た。

 

 

 

 

 

『愛してる……なんて言ったら、お前は笑うか?』

 

 

 

 

 

(我ながら女子力磨きするまで色々女として終わってたと思うんだけど、何処に惚れたって言うんだか)

 

 先ほどウボォーギンに言われた言葉を思い出し、呆れと共にため息をつく。しかし負けたくせに、妙に満足そうな顔で死んでいるウボォーギンを見たら複雑な気持ちになった。

 

 やめろよ。負けたのに、死んだのに、なんでそんな満足そうに笑ってるんだ。勝ったのは私なのに…………素直に喜べなくなるだろう。

 

 つい最近愛を知って私の世界は彩られた。しかしそれまでの自分は、我ながらクソみたいな人生を送っていたと思う。…………そんな私を、こいつはいったい何時から好きでいてくれたのだろうか。どんなところを好きになってくれたのだろうか。

 

 問おうにも、ウボォーギンの体は次第に冷たくなってゆく。

 

「本当に、馬鹿だよなお前」

 

 念願が叶ったはずなのに、私の心には寂寞(せきばく)の思いが去来していた。まったく奇妙なものである。ただの腐れ縁だったはずなのに、何か情のようなものでも育っていたとでもいうのか。馬鹿馬鹿しい。

 

 しかし駆け寄ってきたクラピカにウボォーギンの体の下から引きずり出されつつ、私は「墓くらいは立ててやるか」という気分になっていた。腐れ縁とはいえ、この世界で一番長くつきあってきた人間で、そしてこんな私を好いてくれた奇特な相手だ。生前の行いはともかくとして、弔うくらいはしてやろう。

 

 

 

 

 

「…………終わったみたいだね♠」

「ヒソカ……」

 

 どこか不機嫌そうな声と共に現れたのは、片足を引きずったヒソカだった。その服は所々焦げたように破れ、下の皮膚は生皮を剝がされたように赤い肉を晒している。それはヒソカの顔半分も同様で、まるで人体模型のようだ。オーラで止血はしているようだが、見ている側としては気分の良いものではない。指は全て折れているのか、妙な方向を向いていた。

 

「……クロロは?」

()ったよ♠ でも気分は最悪かな♦……途中まで今までにないくらい最高の死合だったのに、妙な横やりが入った♠」

 

 ヒソカが指さす方向を見れば、体の急所すべてにヒソカのトランプが突き刺さり立ったままこと切れているクロロの姿が見えた。

 私としてはクロロがそう簡単に死ぬとも思えず疑いの目を向けたが、いつの間にか現れたイルミがクロロの死体を確認して「うん、死んでるね。あとずっと見てたから、これが本物のクロロだってことは俺達が保証するよ」と言った。

 

 俺達、とのことで周囲に目を向ければ、いつのまにか私が雇ったゾルディック家全員がその場に揃っていた。

 

 

 

 

 

 

「任務完了。幻影旅団全員の抹殺、終わったよ」

 

 

 

 

 

 

 望んだはずの結果は、あまりにもあっけなく私の耳に滑り込んできた。遠くから聞こえるゴンさん達の声もどこか遠く、次第に視界が霞んでいく。クラピカが体を揺さぶるがどうやっても意識を繋ぎとめる事が出来そうに無い。

 

 

 

 

 

 

 

 私の意識はそこで一回途切れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

【A級賞金首 幻影旅団:0人】

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

_____________ 真円の満月を、朔の夜が抱擁した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




ヒソカVSクロロは富樫氏が本編でやってくれたから「ダイジェスっちゃえよ!」と囁く心の声に従いましたよ!(開き直り
そしてもし間違って蟻編に続いちゃったら流星街の面々は自力でガンバ!

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