どこか乾いたように色あせた青空の下、大小の影を作りウボォーギンとクラピカは対峙する。
最初に口を開いたのはクラピカだった。
「お前は、殺した者達のことを覚えているか?」
「ん? ああ、まあ印象に残った相手なら忘れねーぜ。……つまるところ、お前さんの目的はゴン達みてーにエミリアを助ける事じゃなく復讐か」
クラピカの問いかけに一応律儀に応えたウボォーギンだったが、次の瞬間には地面を蹴りクラピカに肉薄し拳をふるっていた。
「だが、悪ぃな! 普段ならお前みてーなリベンジ野郎を返り討ちにすんのは俺の楽しみなんだが、今はつきあってやれる時間は無ぇ!」
「く!?」
その瞬発力とスピードにクラピカの対応は一瞬遅れ、ウボォーギンの拳を直接受け止める事となる。ガードした腕にオーラは纏っていたし殴られた方向へ避ける事でダメージを軽減したようだけど、あれは折れただろうな。……と、呑気に構えてる場合じゃない。
「げ!? あ、あいつこっちに来るぞ!」
こちらを見据えて真っすぐに向かってくるウボォーギンを見て、レオリオが焦ったように声をあげる。
……そう、今奴らが最も優先すべきは私を殺すことだ。クロロが粘着質に定評があるヒソカに張り付かれている今、最も私を殺しやすい位置に居るのがウボォーギン。あいつは戦い馬鹿だけど、流石に今クラピカに構っている暇は無いと判断したんだろう。クラピカを弾き飛ばしてとりあえずの障害を排除すると、クラピカに止めを刺すよりも私を優先してすぐにこちらへ向かってきた。
「チッ、レオ、リオ! 私をどっか遠くに、投げ飛ばしなさい!」
「は!? んなことできっかよ!」
「お前じゃあいつの相手は無理だっつってんだよ! あいつが狙ってるのは私! ミンチになりたくなきゃさっさとやれ!」
毒のせいでいつものようにはいかないものの、徐々に
しかし私は失念していた。医者志望のレオリオが、そう簡単に怪我人を放り出すなんて事するはずないと。
「ッ、馬鹿にすんじゃねぇ! そりゃ、あんなのと戦うのはごめんだけどよ。お前抱えて逃げるくらいできんだっつの!」
言うなりレオリオは私を抱えて走り出す。私は再度投げろと言おうとしたが、次にレオリオが言った言葉に思わず感動して声が詰まってしまった。
「ダチ見捨てて逃げるほど落ちぶれてねーんだよ!」
ダチ。
友達。
つまり怪我人だからだけではなく、友人だから見捨てられないと。
「…………ッ! わ、我が友レオリオ……!」
「いや、だからその呼び方はやめろよ!?」
なんて友情に厚い男なんだ……! ぶっちゃけ憐れむような目で見られたし、私に対して同情心を抱いて友達宣言してくれたのだと薄々思っていた。が、それは彼に対して失礼だった。
レオリオの友情は本物だ。我が友。間違いなく我が友である。
く……! こんな場面じゃなきゃ両手で握手して感謝を伝えたいところなのに! 気持ちは嬉しいけど、今はとにかく放しとけ! 投げとけ! 私だって友達をむざむざ死なせたくないんだから!
しかしレオリオは放すようにお願いする私の言葉を「あーあー! きこえねーなー!」とわざとらしく大声で遮って無視をした。いい奴である。本当にいい奴なんだが、その優しさが今は歯がゆくてならない。……死なせたくないと、心から思った。絶対に私とゴレイヌさんの結婚式(予定)に来てほしい。
そんなやりとりをする中、ウボォーギンのスピードを考えるともう真後ろに奴が迫っているのではと不安が募る。そして確認のため、なんとか首を伸ばしてレオリオの肩越しに後方を窺った私だったのだが…………そこには更に心臓に悪い光景が広がっていた。
ご、ゴンさぁぁぁぁぁぁぁぁぁん!!!!
ウボォーギンの前に立ちふさがるのやめてぇぇぇぇぇぇぇーーーーー!!
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時間は少し遡り、ゴンたちがネオン、エミリアと別れたヨークシンの喫茶店。
きっかけは、キルアがネオンに渡したケータイだった。
"通話"状態のままで今朝まで使っていたケータイをネオンに渡したキルアは、そこから漏れ聞こえる会話に耳をそばだてていた。
それを見たゴンとレオリオに理由を聞かれたキルアは、推測であることが前提だと言ってから自分の考えを話す。
「さっきのエミリアの知り合いだって奴……クロロさ。相当やる上に、結構な人数殺してると思う。なんか俺と似た臭いしたんだよね。でもって前にエミリアが言ってた幻影旅団と知り合いって話が本当なら、アイツがそうかなって」
「クロロさんが?」
「げ、幻影旅団ん~? おいおい、こんな街中でそんなA級賞金首とほいほい遭遇してたまるかよ! 根拠はあんのか?」
「だから勘だよ、勘。推測だって言っただろ? でさ、さっきダルツォルネって奴がネオンを迎えに来たタイミングを考えてみろよ。見つけたにしてもちょっと急すぎねえ? エミリアとクロロが一瞬居なくなった直後だぜ。結局クロロは途中消えたまま居なくなってたし……あれだけ人当たりよさそうなのに一言も無しに居なくなるのも不自然だろ。あと、急用とか言って外に出てったエミリアが怪しすぎ」
「たしかに焦ってるのは隠せてなかったが……」
「? えーと、結局キルアは何が言いたいの?」
首を傾げたゴンの問いかけにキルアは手をひらひらふりながら答える。
「いや、気にしすぎならいいんだけどさ。もしネオンの占いが本当に百発百中だとすれば、そんな便利なモン盗賊に狙われてもおかしくないじゃん。で、クロロを俺たちから引き離すように途中消えたエミリアと、そのすぐ直後にネオンを迎えに来た護衛。その後焦って飛び出したエミリア。…………なんか引っかかるんだよな」
「じゃあ、キルアはそれが気になってケータイをネオンさんに渡したんだ」
「そういうこと。単なる杞憂なら本当に連絡用にして、後でネオン呼び出して遊んでもいいだろ?」
「ほ~ん、なるほどねぇ……。ま、好きにしろよ。俺ぁ心臓に悪いから杞憂であってほしいがね。……で、なんか聞こえたか?」
「ちょっと待って。今新しい声が割って入ってきた。……男で、多分若いな」
レオリオとゴンに静かにするように促したキルアは、ケータイから漏れ聞こえる音を拾うために神経を研ぎ澄ました。
『あ、あなた誰!?』
『俺? シャルナークっていうんだ。君はネオンちゃんだよね! 可愛い名前~』
『ふ~ん。お兄さんが占いのお客さんなんだ? えっと、シャルナークさんだっけ』
『そう! 正確には俺たち、複数ね。これから君には俺たちの拠点に来てもらって、全員占ってもらいたいんだ。それが終わったらオークションに行けるから安心して! なんなら一緒に行く?』
『あはは、お客さんなのにナンパ?』
『そりゃあ、華やかな場には可愛い女性を伴って行きたいからね。折角出会ったんだしお誘いしてみようかなって』
『シャルナークさんって調子のいい人だねー。でもゴメン! 今回は先に誘った友達がいるんだ。でもってもし男の人にエスコートを頼むなら、最初の相手はもう決めてるの。だから折角だけどわたしのエスコートは諦めて』
『そうなの? 残念』
『でも、そっか! そのお仕事が終わればオークションに行けるのね』
『うん。だから急で悪いけど、占いを頼むよ』
『しょうがないな~。…………でも! 急なお仕事なんて聞いてないし、この分はきっちりおねだり追加するからってパパに言っておいてよね! せっかく友達と遊んでたのを中断して帰って来たんだから』
『エエ、かしこまりました。お伝えしておきマす』
『よろしい!』
『よかったね、ネオンちゃん』
『うん! えへへ~。これでまたまたお宝ゲットーぉ』
そこまで聞いたキルアは「あ、これヤバいかも」と呟く。
「ど、どういうことだ? ヤバいってお前……」
「……ネオンの奴、予定外の仕事で依頼主のところに直接行って占うみたいなんだけどさ。あいつサ店で仕事はみんな家とかでやるって言ってたよな?」
「うん。占いの仕事をするようになってから、お父さんがなかなか外出を許してくれないってぼやいてたよね」
「予知が"念能力"で本物なら、かなりスゲー能力だからな。出来るだけ家にしまっときたいだろうさ。それが護衛一人つけただけでいきなり依頼主のもとへ直接行って、複数人占う? 違和感しかねーよ」
「ねえキルア。それって、ネオンさんが今危険な状況にあるかもってことでいいんだよね?」
ゴンの黒い瞳がキルアを真っすぐ見つめた。それを見返したキルアにはこの後の展開をだいたい予想出来、きっかけを作ったのは自分であるが思わずため息をつきそうになる。
「ああ、多分な。…………どうする?」
「助けに行こう」
ノータイムかつ迷いのない一言にキルアは内心「だよな、ゴンならそう言うよな」と思う。ハンター試験の時もレオリオとクラピカを助けるために殺人衝動にかられているヒソカが居る場所に戻ったり、自分を迎えに暗殺一家の本拠地まで乗り込んできたゴンである。一緒に過ごした時間は短いが、ゴンにとってすでに友達であるネオンを見捨てるという選択肢は存在しないだろう。
しかし納得はしつつも、キルアはぎゅっと眉根を寄せてゴンの額を人差し指でつつきながら念を押す。
「お前な~。わかってんのか? もしかしたら相手は幻影旅団かもしれないんだぜ。俺の親父がわりに合わない仕事だって言う相手!」
「相手が誰とかで、助けに行く行かないを決めるわけじゃないよ」
「でも俺達じゃ勝てない相手かもしれない。そしたら助けるどころじゃないだろ」
「戦わないで、ネオンさんだけ助けて逃げればいい!」
「それを許してくれる相手だとは思えないね」
「でも、まだ幻影旅団って決まったわけでも無いでしょ。キルアも推測だって言ってたじゃん」
「そりゃあ、まあ……」
そしていくつか問答を繰り返した二人だが、結局はキルアが折れてネオンを助けに行くことになった。
というのも、ゴンに「そもそもネオンさんが心配でケータイもたせたのはキルアでしょ!」と言われたことに加え、ゴンの目を見て「あ、こいつゼッテー譲る気無い」と悟ったからだ。既視感を覚えて思い返してみると、それはハンター試験の最終試験。第一試合でハンゾー相手に気絶するまで自分の意思を通そうとしていた時の瞳と同じである。こうなったゴンのしつこさというか粘り強さを知るのは、きっとミトさんの次に自分だろうなと思いつつ、キルアは深くため息をついた。
「しょうがねぇな……。わかったよ、行く」
「っし! 決まったみてーだな。おいお前ら、俺を褒めろよ。レンタルカー予約しといたぜ」
ゴンとキルアの言い合いが終わったところでレオリオが自分のケータイを指さしながら自慢げに言う。どうやらレオリオにはこうなることが分かっていたようだ。
「お前がネオンちゃんに渡したケータイがある場所はわかるか?」
「バッチリ。今使ってるケータイにGPS追跡アプリ落としてある。もちろん渡したケータイは登録済み」
「…………なんつーか、ぬかり無いよなお前」
半ばあきれつつも、レオリオはキルアの予想が杞憂に終わることを願った。あの可愛らしい少女が誘拐されたとあらばレオリオとて助けたいが、もしその相手がクラピカが追っているA級賞金首だとすれば心構えもなっていないのに突然すぎる。
…………しかし残念ながらキルアの予想は的中することとなる。
ケータイ越しの会話を聞きながら移動していると、ネオンが「エミリア」と呼んだのが聞こえたのだ。ネオンの周囲以外の会話の内容は遠くて聞こえなかったのだが、そんな事は関係無いとばかりにケータイから聞こえたノイズ交じりの凄まじいまでの破壊音。ネオンが何かに巻き込まれている事を確信するには十分すぎた。
そしてその事実に焦りつつケータイの位置を確認し車で追う三人だったが、なんとその途中で電話の向こう側から接触があったのだ。その相手はケータイが通話状態になったままである事に気が付いたネオンである。
三人の心配をよそに、その声は非常に元気そうであった。
『あれ、もしかしてこれ通話状態? もしもーし! もーしもーし!』
『ボス、その電話は?』
『これ? 友達からもらったの! ああ、大丈夫大丈夫心配しないで。…………。だから大丈夫だって! ケータイ取っちゃヤダからね! ……で、もしもーし! もしかしてキルアー!?』
「うるっせ! 耳元でキンキン声出すなよ!」
『あ、やっぱり繋がってた! ちょっと何、もしかしてずっと盗み聞きしてたわけ? やだ、ヤらしいわねー。そんなにネオンお姉さんのことが気になるのかしら。んん?』
「そんなんじゃねぇよ! それよりお前、大丈夫か? さっきすげー音したけど」
うかつにも答えてしまったため渋々会話を続けるが、ネオンの様子とケータイでの会話が許されている現状ならば思っていたより悪くない状況なのかもしれない。
が、そんな仮初めの安心感は次の瞬間あっさりと砕かれた。
『んー、大丈夫だけど、実はわたし誘拐されてたっぽいんだよね。しかもその相手が幻影旅団っていう凄い盗賊かもしれないの。ビックリよね』
「な!」
『あ、でも心配しないで! なんかあっという間すぎてわたしもまだよく分かってないんだけど、エミリアが助けてくれたみたいなの。今は迎えに来てくれた護衛の人たちと一緒に居るよ~』
ネオンの声は誘拐されかけた人間のものとは思えないほど呑気なため脱力しかけたキルアであるが、会話が可能であるならともう一つ気になっていたことを問いかける。
「ま、無事ならいいけどさ。……それで、助けに来たエミリアは今どうしてる? てか、相手が幻影旅団ってのマジ?」
『マジかどうかは分からないけど、さっきその内の一人を捕まえた護衛の人が「やっと捕まえたぞ。幻影旅団……!」ってシリアスな感じにつぶやいてたのよ。それでえーと、エミリアはなんかすっごく体が大きい人と戦いながらどっか行っちゃったわ』
(まだ交戦中かよ!?)
『……ねえ、キルア達って強い? たしかゴンくんとリオレオさんはハンターだって言ってたよね』
ふいに、呑気な様子を潜めてネオンが問う。その声は回りに聞こえないように配慮しているのか、囁くように小さい。
「まあ……そこらの連中よりはよっぽど強いぜ」
『……じゃあさ、エミリアを助けに行ってくれない?』
「助けに?」
『そ! 護衛の人に頼んでも、私の警護が仕事だからダメって言うのよ。わたしを助けてくれた相手だし、エミリアはわたしの弟子でもあるのよ! それを助けてくれないなんて酷いじゃない。相手の人、すっごく強そうだったのに! しかも幻影旅団って名前だけなら私も知ってるわ。有名な盗賊よね。そんな風には見えなかったけど……。でも、とにかくエミリア一人じゃ心配よ。なんとか助けてあげられないかな?』
だんだん声が大きくなっていくネオンの声にはたっぷり不満が込められていて、電話の向こうではさぞやむくれた顔をしているだろうとキルアは見当をつけた。
「……とりあえず、お前は本当に無事なんだな?」
『うん、平気。今ホテルに向かってるところだけど、誰も追って来て無いみたい。護衛の人にすっごく耳がいい人居るんだけど、その人が言う分には大丈夫だって』
「それ信用できるのか?」
『大丈夫じゃない? だって幻影旅団の他の人、エミリア以外の誰かとも戦ってたっぽいの。追いかける余裕はないんじゃないかな』
「ふーん……ブラックリストハンターか何かか」
『ブラックリストハンター? 違う違う。えーと、たしかさっきシリアスにつぶやいてた護衛の人が「流石は暗殺一家……」とかも言ってたよ』
キルアは思わずむせた。
(
『キルア?』
「……わかった。じゃあ俺たちはエミリアを助けに行く」
『ありがと! あ、無事に帰れたら連絡ちょうだいね、絶対よ!』
「わかったわかった。りょーかい」
キルアはその会話を最後に通話を切ると、ケータイのGPSアプリで別のケータイを検索する。
「おい、結局どうなったんだ?」
「ネオンはエミリアが先に助けて保護されたっぽい。で、ネオンがエミリアが心配だから俺達に助けに行けってさ」
「……それでキルアは今何してるの?」
「何って、今度はエミリアのケータイのGPSを……」
「「………………」」
言いかけた途中で妙な沈黙が車内に漂ったのを感じて、はたと今言った言葉の内容に気づいたキルアは勢いよく弁解する。
「言っておくけど、別に変な意味があってGPS登録しといたわけじゃないからな!?」
「いや、でもお前いつの間に……」
「キルア……」
「だからちげーって! あのゴリラにこの広いヨークシンで下手に迷子になられたら面倒だと思って……!」
しかしキルアが二人の誤解を解く前に、レオリオが急に悲鳴を上げた。同時に車が蛇行し、車内が激しく揺れる。
「うわ!?」
「ちょ!? おいレオリオ、いきなりどうし……」
後部座席に座っていたゴンとキルアの体が揺さぶられキルアが文句を言おうとするが、ふと前の助手席の窓ガラスに視線が行く。そしてレオリオと同じく悲鳴をあげた。
「や、奇遇だね♥ お願いがあるんだけど、ちょっと近くまで乗せてくれない?」
そこに居たのは、窓にべったり張り付いた奇術師の男だった。
そして紆余曲折はあったものの、エミリアの援護に駆けつければそこに居たのはゴンとキルアにとって見知った男。間一髪でエミリアを助け「幻影旅団か」と問いかければあっさりと男……ウボォーギンは肯定した。ゴンの瞳はその事実を信じたくないとばかりに揺れていたが、現実は変わらない。
無理やり車に同乗してきたヒソカは現在クロロ=ルシルフルと交戦しており、ウボォーギンはと言えば眼前に立ちふさがったクラピカを無視してまで、なおもエミリアを殺そうとしている。
そして気づけばゴンはウボォーギンとエミリアを抱えて逃げるレオリオとを結ぶ直線の間に立ちふさがり、腰を低くして構えていた。そしてその身から立ち上るオーラに、ウボォーギンは急いでいるにも関わらず思わず足を止める。
「どけ、ゴン」
「嫌だね。どくもんか」
「じゃあ勝手にどかすぜ」
言うなり、ウボォーギンは再びオーラを体にみなぎらせる。それに対してゴンの近くに居たキルアは思わず飛びずさるが、ゴンはわずかに身を震わせながらも一歩も引くことなくそこに立っていた。
「…………クラピカの話を聞いて、血も涙もない連中だと思ってた」
「あ?」
「でも、そうじゃなかった。俺、天空闘技場でウボォーさんと過ごすの凄く楽しかったよ。明るくて豪快で、頼りがいがあった。俺ウボォーさんに教えてもらったアドバイス、この間ちょっとだけどようやく形に出来たんだ」
「……悪いが、話してる暇は「でも!!」
「そんなウボォーさんは今、エミリアさんを殺そうとしてる。大事な人だったんじゃないの? 少なくとも俺にはそう見えた。そんな人を簡単に殺そうとするウボォーさんが分からない」
押し寄せた現実はあまりにも突然すぎて、ゴンの心を飲み込む。怒りとも悲しみともやるせなさともいえない感情に、ゴンはただただ言葉を吐き出した。
「なんで……天空闘技場で見せてくれた優しさを、そう簡単に捨てられるんだ」
「……これも俺だからな」
「なんで……! ほんの少しでもいいから、俺達にくれた気持ちを今まで殺した人たちに分けてやれなかったんだ」
「分ける理由がねぇ。無意味だ」
「じゃあなんで! 大事な人まで殺そうとするんだ!!」
「必要だからだ!!」
瞬間、ゴンがオーラを溜めていた拳とウボォーギンの拳がぶつかった。するとそれに伴った衝撃の波紋が周囲に広がったが、弾かれたのはゴンの方だった。
「ゴン!」
それを受けとめたキルアだったが、その勢いを殺せず数メートルゴンとともに飛ばされる。
「俺が教えた「全部やってみろ」がちゃんと出来てんじゃねーか! だが悪ぃな、オーラの総量がまず違ぇ。俺の
ウボォーギンはそう怒鳴ると、再びエミリア目がけて走り出そうとした。しかしその前に再び邪魔が入る。
「チッ! 時間が無ぇってのにどいつもこいつも邪魔しやがる」
飛来してきた銀の閃きを、ウボォーギンは近くにあった岩を投げつける事で回避する。その身で弾くには、その銀色の輝き……オーラの鎖は危険すぎた。何しろ一度は団長であるクロロ(本当はボノレノフ)が無抵抗で捕縛された鎖である。下手に触れない方がいいだろう。
「お前の相手は私だ……!」
「ったく、鬱陶しいぜ! そんなに死にたきゃ相手してやるよ!」
鎖の持ち主……クラピカが再度挑んできたことに、ウボォーギンは苛立ったように吠える。それに対してクラピカもひるまず立ち向かう姿勢を見せた。
(ん? 妙だな。あいつの腕、さっき折れたはずだが……)
ウボォーギンがいぶかしむように見るが、先ほどウボォーギンの攻撃を受けたクラピカの腕に異常は無さそうである。鎖に加え、その事実が更にウボォーギンの警戒心を高めた。
________________ この相手には、まだ隠した能力がある。
ウボォーギンは普段、相手を殴り、蹴る拳や足の他にめったに"凝"をしない。存分に力を振るう快楽のためには攻撃に使う箇所以外にオーラを集めるのは非効率だからだ。
しかしこの相手は危険だと、油断するなと本能が告げている。自分ではなく旅団そのものが切迫した状況にあるという現状もまた、ウボォーギンから油断を拭い去る一因となった。
クラピカは思わず舌打ちをしたくなった。
("凝"をされてしまったか……。これでは"陰"で鎖を消して不意打ちすることが出来ない)
しかし一度捕らえてしまえば
「行くぞ!」
クラピカが地を蹴った。
「上等だ!」
ウボォーギンもまた、地を蹴る。
しかしそこに更に邪魔が入った。二人の間に巨大な岩が投げ込まれたのである。
「!?」
「くっそ次はどこのどいつだ!? 邪魔ばっかしやがって! いい加減にしろ!」
ウボォーギンの怒声が空気を震わせるが、岩を投げた張本人はそれに動じず答えた。
「邪魔? 大本命だろ。そう邪険にするなよ」
「! お前は……」
「な! 何故戻ってきた!」
巨大な岩が巻き上げた土煙の中からゆっくりと歩いて現れたのは、ゴンとクラピカがわずかに時間を稼いでいる間にすでにレオリオが遠くへ連れて行ったものとばかり思われていたエミリアだった。足元はふらついているが、どういうわけか先ほど毒を受けた時と比べてわずかに顔色がいい。意識もはっきりしているようだ。
「クラピカ。予定通りにやるわよ。……だからお前は少し下がれ」
「し、しかし君は……」
予定通り。それすなわち、クラピカが補助に回りエミリアがウボォーギンとメインで戦う事を意味する。しかし先ほど殺されかけていたところを見るに、とてもではないが了承できなかった。だがエミリアは有無を言わさずクラピカの肩を掴んで後方へ追いやると、一歩前へ踏みでる。
「仕切り直しだウボォーギン。殺してやるからかかってこいよ!!」
9月1日は、まだまだ終わらない。
ゴン達の行動の隙間を埋める繋ぎ回のはずだったのに思いがけず長くなってしまった不思議。バトルがなかなか終わりません(´・ω・`)