ゴレイヌさんに会いに行こう!   作:丸焼きどらごん

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Gorilla40,集う者達

 私のわき腹を貫いたのは、鋭利で無機質な刃の輝きだった。

 

 

 先ほどまでウボォーギンから受けていた拳や足、額などの肉体による殴打と違い、それがもたらした痛みは熱を伴わずそれどころか急激に私から体温を奪った。

 ハゲのボクサーパンツ&包帯というスタイルに突っ込んだはいいが、その後眩暈がして視界がぐるりとまわる。……ヤベェ。

 

「おい、エミリア!?」

 

 体全体から力が抜けて膝から崩れ落ちるのを感じる。しかし無様に地面へと倒れ込みそうになった体は、その前に何者かによって受け止められた。……ウボォーギンだ。

 なんだよ、さっきまで一瞬でも攻撃の手を緩めなかったくせに……。格好の的になった私を殴り飛ばすどころか受け止めるなど随分な舐めプである。しかしこれを好機とあごを殴りに行けない、動けない自分が居るのも確かで歯がゆい。なんだ、この倦怠感は。

 

 

 ウボォーギンは私を受け止めると、困惑したように眉根を寄せてクロロに問いかけた。

 

「団長、エミリアに何をしたんだ?」

「毒だ。それにしても、やはりかなりの耐性が出来ているな。普通ならこの一撃で死ぬか少なくとも意識を失うんだが……。フェイタンはいったいエミリアにどれだけ毒を使ったんだ」

 

 呆れたようにつぶやいて、ハゲは手の中で変わった形状のナイフをもてあそぶ。……あれが私を刺した得物か。忌々しくも私の血でべっとりと濡れている。

 そして奴はナイフに向けていた視線を上げると、私の体を抱きとめているウボォーギンに温度の無い口調で告げた。

 

 

 

「エミリアを殺せ、ウボォー」

 

 

 

 それに対してウボォーギンはぴくりと眉を動かした。どうやら勝負を邪魔されたのが気にくわないのか、珍しくハゲに噛みつくような口調で吠える。

 

「ッ! 言われなくても殺すつもりだった! 何故勝負の邪魔をした!? 俺が負けるとでも思ったのかよ団長!」

「……戦いに水を差した事については悪かったよ。だからその詫びというわけではないが、止めはお前に譲る」

「そうじゃねぇ。……俺は何で邪魔したかって聞いてんだ。殺すにしても、俺は全力で戦った上で殺したかった。こんな不意打ちで、助けてもらって、毒で動けないこいつを殺しても……意味が無ぇ」

「お前たちが全力で戦って決着がつくのを待っていたら日が暮れる。……それでは遅い」

「遅い?」

「ああ。エミリアを一刻も早く殺さなければ、蜘蛛の足は半分以下になる。下手をすれば全滅だ」

 

 ウボォーギンが息をのむ。……チッ、悠長に会話している間に不意を打ちたいところだけど、体がまったく動かない。ぎりぎりと歯を食いしばってハゲを睨みつけるので精一杯だ。……情けない。

 

「現在俺たちは、ゾルディック家から襲撃を受けている。しかも状況はかなり悪い。あらゆる面で俺たちは今、後手に回っているんだ。……それを今、ようやくひっくり返せる盤面まで持ってきた」

 

 ハゲが言いながら私を見る。……さっきの予言の事も含め、これはもう完全に私が雇い主だとバレてるな。

 

「ゾルディック家……さっきの奴らは暗殺一家か」

「ああ。そして、依頼主はエミリアだ」

「……つまり依頼主を殺せばゾルディックは止まる、と」

「そういうことだ。幸いゾルディック家には知り合いがいるからな。今ここでエミリアを殺して電話を一本かければ、彼らはあっさり帰る。ビジネスライクな連中なんだ。無駄なことはしない」

「…………」

「だから早くエミリアを殺せウボォー。やらないなら俺が殺す」

 

 ハゲは目を細め、真っ黒な太陽のような瞳でひたとウボォーギンを見据えた。

 

「……ウボォー、生かすべきは何だ?」

「…………蜘蛛」

「そう、俺たちは蜘蛛だ。お前の気持ちは知っているから、くだらないとは言えないが……。感傷に浸って選択を見誤るな」

「…………そう、だな」

 

 淡々と話すクロロの言葉を朦朧とする意識の中聞いていた私は、睨む気力もだんだんと無くなってきて「ヤバいな、これ死ぬわ」と妙に冷静な頭で思考する。そして浅い呼吸を繰り返しながら、私を抱えるウボォーギンを見上げた。さっきの頭突きで眼鏡にひびが入ってしまったからちょっと見辛い。

 

「…………なんて顔してんだお前」

 

 思わずかすれた声でつぶやいた。

 

 ウボォーギンの奴……らしく無いような顔しやがって。怒りと悔しさがない交ぜになったような、どこか必死な顔。しかしらしくないのは、その中に悲しみのようなものまで混じっているところだ。

 自分を殺そうとしていた相手に哀れみとはずいぶんと侮辱してくれる。いつものように笑って、喜々として殴ってくるお前はどうしたよ。殺そうとしてたのはお互い様だっていうのに、いざ殺せる場面になったらそんな顔するのか。馬鹿にしやがって。

 

 

 

 

 しかしそんなウボォーギンの表情なんかより、"死"が間近に迫ったことで次第に焦燥感が心を支配し始める。冷静な自分などすぐに居なくなった。

(クソ、クソクソクソ!! こんなところで死んでたまるか。こんなところで死んでどうする!! 私はまだ……!)

 

 焦りと怒りが嵐のように渦巻く。

 そして最後に…………酷く悲しくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 だって私は

 

 

 まだ

 

 

 ゴレイヌさんに会ってすらいないのに

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 遠のく意識の中、誰かが何かを言っている。良く聞こえない。

 

「けどよ、色々抜きにしても恨むぜ団長」

「そうか」

「ああ。……せっかく俺だけしか見てなかったのに、もうこいつの目には俺なんて欠片も映っちゃいねぇ」

「そうだな。結局のところ、そいつはいつもそうだ。俺たちを見ているようで見ていない」

「けど、さっきまでは俺で一杯だった」

「…………そうか」

 

 ふっと、顔の上に影が差した。そして強い眼光が私を射抜く。

 

「なあ、最後だ。俺を見ろよ」

(目の前に居る奴をどう見ないようにしろってんだ。見てるだろ阿呆)

「…………。今まで楽しかったぜ」

(私は楽しくなんてなかった)

「ずっと戦ってたかったけどよ、やっぱ俺は蜘蛛なんだわ」

(知ってる)

「じゃあな」

 

 

 

 自嘲するような笑みを浮かべたウボォーギンが、拳にオーラを集めて振りかぶる。それに重なって、死神が命を刈り取る鎌を振り上げたのが見えた気がした。

 

 

「そういや、お前俺に笑ってくれたことなんざ一度も無かったよな」

 

 ウボォーギンの拳に集まったオーラが更に高まる。

 

「愛してる……なんて言ったら、お前は笑うか?」

 

 

 陳腐で甘ったるい言葉とは裏腹に狂気をはらんだ強力な一撃が、私の頭部に振り下ろされた。おそらくこれが当たれば頭蓋が砕かれて脳髄が飛び散るだろう。しかしそれが分かっていながら、あんまりにも奴が奇妙な顔をしてるもんだから……一瞬だけ。本当に一瞬だけゴレイヌさんの事を忘れて笑ってしまった。

 

 

「笑えねーよ、馬鹿」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「エミリアさん!」

「ぐ!?」

「!?」

 

 それは一瞬の出来事だった。

 

 何処からか飛来した何かがウボォーギンの頭部にぶつかって弾き、それによって一瞬空白の間ができた。その間に私の服に何かが引っかかったかと思えば、強い力で引っ張られて周囲の景色が急激に流れ去る。

 そして強い衝撃と共に何かにぶつかった。

 

「うお!? ヒソカテメェ! もっと穏やかにできねーのか! 相手は怪我人だぞ!」

「そう言われてもね♠ フフっ、それよりも即興にしては僕とゴンのコンビネーションはなかなかだったと思わないかい?」

 

 何が起こったのか分からないまま、視界の中に現れたのはレオリオとヒソカだ。私がぶつかったのはどうやらレオリオのようで、今は尻もちをついたレオリオの上に乗っかっているらしい。

 

「いや、まあオメーの能力とゴンの釣り竿でこいつを一本釣り出来たのは良かったけどよ……扱いをもうちょっとだな」

「大丈夫大丈夫♥ その子しぶといから♦」

 

 ピエロ野郎が何やら無責任な事を言っている。しかし相変わらず体は動かないので、腹が立っても奴を殴ることも出来ない。……いや、状況的に助けられたみたいだから殴りはしないけどさ。

 けど、いったい今どういう状況なんだ。

 

 どうしていいか分からない私だったが、ふと視界の端に緑色をとらえてそちらに意識を向ける。そこに在ったのはゴンさんの後ろ姿で、隣にはキルアさんも居る。彼の手には以前ミルキに注文していたヨーヨーが握られていた。……さっきウボォーギンの頭を弾いたのはあれか。たしか合金で50kgくらいあるって言ってたっけ。

 

 それにしてもピエロ野郎はともかく、街中で別れたはずの彼らがこの場に居る事に私の混乱は加速した。彼らを一切旅団に関わらせず事を終えようと思っていたのに、何故この場に居るんだ。

 

「……ウボォーさん」

「……ゴンと、キルアか」

 

 表情を見なくても声で分かった。多分ゴンさん、今つらそうな顔してる。……天空闘技場でずいぶんウボォーギンと仲が良かったからな。

 

「幻影旅団。……で、合ってる?」

「ああ」

「そっか」

 

 キルアさんの短い問いにウボォーギンが躊躇なく答えると、キルアさんを取り巻く空気が張り詰めた。

 

「あー……。なんで来ちまったかな、お前ら」

 

 ウボォーギンがガリガリと頭をかく傍らで、クロロがこちらを値踏みするように見ている。そんなハゲに対して声をかけるのはヒソカだ。

 

「や♥ 待ち合わせ場所に来てくれないから来ちゃったよ♦」

「…………お前と待ち合わせした覚えはないんだがな」

「つれないねぇ♠ …………ところで、ずいぶん服装の趣味が変わったみたいだけど♥」

 

 ヒソカがねっとりと絡みつくような視線でボクサーパンツ包帯スタイルのハゲを頭のてっぺんから足の先まで眺めた。そして深くなる笑みに対し、ふいっと視線を逸らすハゲ。……奴でもあの視線は苦手みたいだな。

 

「ま、格好なんてどうでもいいんだけどさ♠」

 

 そんな言葉と共にドロリとねばりつくような禍々しいヒソカのオーラが広がると、それぞれが臨戦態勢を取るのが分かった。

 

(まずい……!)

 

 このままではクロロはヒソカが受け持つとして、ウボォーギンがゴンさんたちと戦うことになりかねない。

 

 …………現在旅団サイドとしては、ゾルディック家の依頼主である私を殺すことが最優先。その私を助けようとするなら、当然ゴンさん達に危害が及ぶ。ウボォーギンはゴンさんとキルアさんを気に入っているから最悪殺すことは無いかもしれないが、確定ではないしどちらにしろ面識のないレオリオが危険だ。

 早く「逃げろ! 行け! 私にかまわなくていい!」と……そう言いたいが、もう口が満足に動かない。一応回復は図っているが、傷はともかくナイフに塗られていたらしい毒が厄介だ。…………本当にやってくれたな、あのハゲ。無事にヒソカが奴を死体にしたらそこから毛根全部抜き取ってやる。…………いや、そんな事の前に今はゴンさん達だよ!

 

 やばいまずいどうしよう。そんな言葉ばかりが脳内をグルグル回る。動かない体が歯がゆい。

 

 自分が動けない状況で、誰かが危険な目に合うのがこんなに心臓に悪いものだとは思わなかった。…………今まで心配する相手なんていなかったのにな。

 

 

 

 しかし私の心配を吹き飛ばすように、その場に新たな闖入者が現れた。

 

 

 

 

 この場所より少し高い丘のような場所から、一台の黒塗りの高級車が突如として飛び出した。そして丁度クロロ、ウボォーギンとゴンさん、キルアさんの間を通り抜けてからの急ブレーキ、からの激しいスピンをしたのち車は止まった。砂煙を巻き上げた乱暴な運転に誰もが一瞬意識を奪われる中、当の運転手は何事も無かったように整った佇まいで車内から降り立つ。

 

「クラピカ!?」

「おいおい、お前あぶねぇだろ! あとちょっとでぶつかりそうだったぞ!」

「ああ、すまない。ところで…………何故居るのか分からないが、下がってくれないか。ゴン、キルア、レオリオ。そちらの大男は私がやる」

 

 クラピカ! よかった無事だったか。ハゲがここに来たからもしかしてやられたのかと……。……ってことは、あれか? ハゲがクラピカから逃げたのか、最初からクラピカが捕らえたハゲが偽物だったのか。…………ハゲが妙な格好していることから考えると後者か。そういえば奴らのアジトで包帯男が私を見ていたが、今思えばあれがハゲだったのかもしれない。

 

 状況はまだ完全に把握できていないが、とりあえずクラピカが来たのならさっきより悪い状況ではない。

 

 

「やあ♥」

「! ヒソカ? 何故お前が先に……」

「実は偶然ゴンたちを見つけてね♦ 車に同乗させてもらったんだ♥ …………まさかピンポイントでここに来れるとは思ってなかったけど♠ 君はすぐにこの場所がわからなくて迷ったんじゃない? あとは単純にその差だよ♠」

「無理やり乗ってきたくせに良く言うぜ……。ヒソカの野郎、走ってる車の窓にいきなり張り付いてきたんだぞ。……しばらく夢に見そうだ」

 

 思わずその光景を想像して気持ち悪くなった。なんのホラーだ。

 

 それにしてもこちらに向かっていた……? ゴンさん達はどれくらい現状を分かっていて、どうやってこの場所を突き止めたんだろう。間一髪で助かったことは事実だけど、内密に進めたかった私としては色々予想外だ。

 

 

 

 しかし状況が二転三転したが、結局のところやることは一つ。クロロとウボォーギンは私を殺しにかかってくるだろうし、ヒソカとクラピカは奴らと戦うためにここに居る。…………つまりこの先の展開といえば、ただただ「戦い」という選択しか存在しないのである。

 

 

 

 

 9月1日、正午過ぎ昼。…………黄昏時に手を伸ばすにはまだ遠い時刻。

 

 暗殺一家が幕を開けた戦いとは別に、廃墟から離れた郊外でもう一つの戦いがはじまろうとしていた。

 

 

 

 

 

 

 


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