ゼノじいさんの念能力……
暗殺の暗って何だっけと言わんばかりの華々しい登場であるが、居場所が知れている上にターゲットが一塊になっている状況、しかも周囲に一般人が誰も居ないという最高のシチュエーションが用意されていたのだ。ゼノじいさんの能力による奇襲は最良の選択だろう。あわよくば一網打尽に出来るからな。
流石にそう都合よく全滅とはいかなかったが、ぱっと見致命傷数名、負傷数名。そして事態を把握出来ず右往左往する中に容赦なく命を刈り取る死神の鎌が振り下ろされたのだ。激しい戦闘は予想されるが、不安は感じない。おそらくあちらは大丈夫だろう。
だからこそ私は目の前の相手に全力を注げる。
私は今日、長年戦ってきたウボォーギンと正真正銘の決着をつけるのだ。
私はクラピカの鎖……彼が旅団を捕らえるためだけに開発した念能力、クロロを捕らえ引き寄せた
「きゃああああ!?」
「うお!? い、
私がネオンさんを投げた先は以前ネオンさんのもとに居た時、最初に私の案内役をしてくれたトチーノという男だ。いきなりかっさらった上に体を投げてネオンさんには怖い思いをさせてしまったが、彼なら受け止めてくれるだろうと思ったのだ。そして私の期待通りにトチーノは複数の風船人形を人間大に巨大化させ操り、ネオンさんに怪我をさせることなく受け止めてくれた。流石である。
屋敷に居た時にダルツォルネにでも指示されたのか、一回だけあの人形たちと手合わせしたんだよな。トチーノは渋々って感じだったけど。強度はいまいちだったけど、単純な命令のみとはいえあれだけの数を一度に操るのは凄いと思う。今もその性能を十全に発揮してネオンさんを受け止めてくれた。
私は目を白黒させながらも無事なネオンさんを確認すると、鎖から手を放しウボォーギンをひっつかんで地面に転がった。そしてクロロを確保したクラピカに大きな声で呼びかける。
「先に
「分かった!」
やり取りは短いがこれで十分だろう。クラピカとしては旅団のリーダーであるクロロを自分の手で倒したいところだろうが、奴はヒソカが売約済みだ。
だからクラピカにはクロロをヒソカに渡した後、私の補助に回ってもらう。クラピカもそれは承知している。
打ち合わせのため連絡した時に聞いたところによれば、マハじいさんはどうやらフィンクスとパクノダについているらしい。そしてシルバの旦那、イルミ、ミルキ、ゼノじいさんはアジト内に残った旅団の始末が役割り。そうなると残るのはクラピカとカルト坊ちゃんで、ウボォーギンを確実に殺すため私のサポートにつけるのは彼らだけである。そしてその二択で私が選んだのはクラピカだ。
カルト坊ちゃんは探索や追跡の面で十分仕事してくれたからな。彼とて弱いわけではないだろうが、ウボォーギン相手となると厳しい。多分あの子の"紙"はウボォーギンには刺さらないだろうから。
だからこそ旅団特化の能力を有し、漫画では実際にウボォーギンを殺して見せたクラピカを選んだ。彼としてもまったく自分が手を下さず仲間の仇が討たれたのでは気が済まないだろうしな。
…………かといって、全部譲ってやるほど私とウボォーギンの因縁も浅く無いわけだが。
最初に私に挑んできた。
そして負けても死にかけても何度でも何度でも繰り返し挑んできた。私も負けたし死にかけた。
だからこそ、奴を殺すのは私だ。
ウボォーギンがハゲを助けようとクラピカたちに危害を加えると面倒なため、一回強く殴り飛ばしてからは殴る蹴るをひたすら続けて距離を引き離した。もちろん奴も大人しく殴られていたわけでは無く応戦してきたが、どうも私の意図に乗っかる気なのかハゲから離そうとしているにも関わらずそれに関しては逆らわない。
気づけば廃墟は遠くなり、周囲はそびえ立つ崖に囲まれた荒野のような風景に変わっていた。
互いに殴打を繰り返し、血が、体が、戦いによって熱く
いつもの事だが、戦いの中で成長しているのだ。私もウボォーギンも。
それによって毎回毎回戦いは激化の一途をたどっている。
しかし今回は何があろうと確実に殺す。次など無い。
互いに互いを殺そうとしている意図を隠しもせずに獣のように激しい応酬が続いた。体の各所が殴られるたびに火が付いたように熱くなり、相手の体を砕かんと振るう拳は硬い肉の壁を捉える。口の中はあっという間に鉄臭くなり、不快感に眉根を寄せて唾と共に己の血を吐き捨てた。
そしてしばらく殴り合ったところで、強烈な頭突きを互いに繰り出す。すると私とウボォーギンの石頭の強度はどっこいなので、互いに脳が揺れたのかふらついた。そして額から血が噴き出し、ぬるりと伝った血液が目に入り視界を遮る。それはウボォーギンも同じだったのか、双方共に視界が遮られている間に攻撃を喰らう事を危惧をしてその場から飛びのいた。
ここでようやく、長く続いた接戦に区切りがついた。そうして生まれた、戦いの合間にぽっと出来た空白の時間。
……最初に口を開いたのはウボォーギンだった。
「やっぱりいいな、その目」
「何が」
「俺だけを見てる」
何を言うかと思えば馬鹿馬鹿しい。目を離す隙なんて与えてこないくせに何を言っているんだこいつは。
「お前を殺そうとしてるんだ。あたりまえだろ」
そう返せばウボォーギンは心底嬉しそうな笑みを浮かべた。なんだよ気持ち悪い。……いや、そういえばこいつはいつも戦いの最中笑ってたな。「このバトルジャンキーが! 私はちっとも楽しくないんだよ!!」と、何度苛立って罵ったか知れない。
しかしウボォーギンは顔をしかめる私を見てもまったく気にしていないようで、それどころか口を大きく開き大笑いし始めた。…………こいつ今がどういう状況か分かってるのか? お前ら今壊滅を目前にしてるんだぞ。何を楽しそうに笑ってるんだ。
「ああ、そうだよな。そうだった! お前はいっつもちょっかい出してくる俺たちを本気で殺そうとしてた。だけどよ、だから俺はそんなお前の目が好きだぜ」
「はあ? 何よいきなり。そんな事よりもっと言いたいことがあるんじゃないの。あとクロロを助けに行かなくていいの? ……行かせる気は無いけど」
「言ったろ? お前が俺たちを殺したがってた事なんて今さらだ。手段に関しては少々意外だったが、それに関しては言う事なんざねぇよ。団長の事は心配してないしな。俺が行かなくたってあんな奴らにどうこうされやしねぇさ。ああ、もちろん他の奴らもだぜ?」
「大した信頼ね」
ウボォーギンが会話をする気ならそれはそれで構わない。私は奴に言葉を返しながらも、額の血をぬぐってから今のうちとばかりに
さっきはテンション上がってアドレナリンどばどば出てたから「ぬるい」なんて言ったけど、実はフランクリンの念弾、ノブナガの斬撃、マチの念糸で受けたダメージを回復する時に結構オーラを使ってる。だから現状はいつも体力満タンの時戦うのと違って少々不利だ。
そして負けたなら、いつも私を殺さず生かしてきたウボォーギンも今回ばかりは私を殺すだろう。
明確に"蜘蛛"を獲物と定めて狩りに来たからな。さっきクロロがよこした予言が誰の物かは知らないが、少なくとも私を殺さねば旅団は深刻なダメージ……否、もし解釈が正しければ壊滅する事が予見される文が書かれていた。「
ウボォーギンが昔から妙に私を気に入っていることは知っていたけど、それ以前にあいつは蜘蛛の足。情を優先させて蜘蛛を脅かす敵を殺さないなどという愚行はすまい。
奴らはそういう存在だ。
「ところで話は変わるが、天空闘技場でも思ったが少し見ない間に変わったなお前」
「本当に変わったわね。…………まあ、ここ半年で結構努力してきたからね。今日だって本当はもうちょっと可愛い格好してたんだから」
自分の鼻血でその可愛い格好は台無しになったけどな。でもこんな展開になったのだし、あの戦い向きではない格好から動きやすい服装に変えていたのは吉と出たわけだが。
それにしても、ウボォーギンの奴なおも会話を続ける気でいるらしい。
……襲撃したことからキレて会話もままならないものとばかり思ってたけど、奴が話したいならもう少し長引かせるか。出来ればクラピカが来るまで持たせたい。
「可愛い格好……ね」
「何よ。私には似合わないって?」
「そんな事言ってねぇだろ。つーか、お前はそのまんまでもいい女だぜ」
「はあ? 何よいきなりおだてて」
「本心だ。……まあ、その、前より可愛くなったのは認めるけどよ。けど前のままでも、俺は好きだった」
…………何なんだ。この期に及んでこの褒めちぎりようは。そんなお世辞言ったところで私は手を緩める気なんて無いぞ。
私が心底不可解であると隠しもしない顔で見返すと、ウボォーギンは不機嫌そうな表情になり言葉を続ける。
「おいおい、こんな直球で告白してる相手にその表情はねぇだろ。もっと照れるとかしろよ」
「あ? 馬鹿言ってんじゃないわよ。何で私がお前のために照れなきゃいけないわけ」
「エミリアよぉ……お前は本当に昔からつれねぇよな……。ま、照れろって言っても無理か。どうやらお前の特別は俺じゃないらしい」
ガシガシと頭をかいたウボォーギンは真っすぐな目で私を見つめた。
「なあ、お前を変えたのは誰なんだ?」
その質問に私は答えない。これから死ぬ相手だとしても、ゴレイヌさんのことを一言だって話すものか。万が一の可能性だが、"死者の念"というものがあるこの世界だ。何が彼を危険な目に遭わせるのか分からない。
口を噤んだ私に対してウボォーギンは深くため息をつく。
「今までお前にしてきたことは、俺は楽しくてお前は楽しく無かったんだよな。嫌われる事しかしてねぇのにお前をそんな風に変えたのが俺じゃなくて悔しい、なんて言うのはお門違いか。……なあ、エミリアよ。お前本当に変わったよ。前は誰も自分のテリトリーに入れなかった。世界全部を拒絶して、小さな世界に閉じこもって生きてるみたいだった。俺たちの事も憎みながらも大して興味なかったろ。俺はそれが悔しくて気にくわなくて、それもあってお前に挑み続けた。ま、楽しいってのが一番だったけどな。…………戦う時だけはお前の眼には確実に俺が映って、俺だけを見てた。だからさっき言ったろ? その目が好きだって」
私が何も言わないのをいいことに、ウボォーギンは更に話し続ける。私としては時間稼ぎが出来ていいことなのだが、悠長なことだ。
「それがどうだ。天空闘技場で、お前はゴン達と笑ってた。人を受け入れてた。気づいてたか? お前、俺を心底忌々しそうにしかめっ面で見るくせによ、ゴン達と話す時は見た事も無いような柔らかい顔してたんだ。俺もマチも結構驚いてたんだぜ」
言われて思わず顔を触った。……レオリオにも言われたけど、そんなに表情の雰囲気が変わったのだろうか。
「けど、お前を変えたのはゴン達だけじゃないな。もっときっかけみてーなもんがあったはずだ」
「! 何を根拠に……」
「勘だ。…………ついでに言うと、今さら俺たちを本気で殺しにかかってきたのはもしかしてそいつのためか?」
(野生の勘が忌々しい)
野郎、本能でゴレイヌさんの存在を感じ取っているとでも言うのか。無駄に勘がよくて嫌になる。勘の良さといえばマチだけど、こいつの勘もなかなか馬鹿に出来ない。
「……お前は今日ここで死ぬんだから、知らなくてもいい事よ」
「認めたと受け取ってもいいんだな?」
「煩い!」
妙に落ち着いていて余裕のあるウボォーギンの態度に私の方が無駄に苛立ちを募らせてしまう。だけど余裕があるなんて……それは私の勘違いだった。
ウボォーギンは笑う。しかし先ほどのような楽しそうな笑みでも嬉しそうな笑みでも無く、歯をむき出しにした獣のような笑顔は確かな狂気を宿していた。
「確かにおしゃべりが過ぎたぜ。なあ、エミリアよ! お前が執着する奴がどんな奴か知らないが、俺は盗賊だ。欲しいもんはぶんどる! もちろんお前もな! 俺を殺したいか? ああ、いいぜ。殺してみろ。だけどそれなら俺もお前を殺す。俺をくれてやるからお前も死ね! そして死ぬまで俺の事だけ見てろ! そしたら、お前は俺のもんだよなぁ!」
「ッ!?」
一瞬カッと体が熱くなったのはきっと怒りのせいだ。あんまりにも野蛮で無茶苦茶な言葉が馬鹿馬鹿しくて苛立たしくて腹立たしいから、だから身が震えた。決して動揺したわけでは無い。
私は最大限に険しく眉間に皺を寄せると、荒々しい声に怒気をありったけ込めて叫んだ。
「ごちゃごちゃうるせぇ!! 死ぬのはお前だけだ、馬鹿が!」
それを合図に、再び拳がぶつかった。
もうクラピカを待つだとか、そんな考えは吹き飛んでいた。ただただ目の前の男を殺す。殺す殺す殺す。それだけを考える。
しかし、その激闘は思わぬところから水を差されることとなる。
「悪いな。死んでくれ、エミリア。そうすれば予言は回避できるらしい」
「「!?」」
咄嗟に体を捻ったおかげで致命傷こそ避ける事が出来たが、わき腹を抉られ私は小さくはない怪我を負う。たった今ウボォーギンに拳を叩き込むために"硬"をしていたから、体の防御がおろそかになっていたのだ。
そしてそれを成したのはここに居るはずが無い男。
「ハゲ……!」
「いや、だから俺は禿げてない」
真顔で訂正を入れる男は先ほどクラピカの鎖に捕らえられて連れて行かれたはずのクロロだった。
何故だ。どうして。クラピカは?
疑問が一気に脳内を駆け巡るが、しかしそれより何よりも……! 何で。何で!!
「何でボクサーパンツ一丁なんだよ!!」
ふざけてんのか!!
幻影旅団団長、クロロ=ルシルフル。
奴は何故か包帯を体中に巻いてボクサーパンツ一丁というスタイルでそこに立っていた。
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「念には念を……か。ま、正解だったな」
クラピカは自らの鎖で捕らえる事に成功した幻影旅団団長、クロロ=ルシルフルのつぶやきを耳ざとく聞き取り男に鋭い視線を突き刺した。
現在護衛対象であるネオン=ノストラードを護衛チームの仲間に預け、クラピカは自ら幻影旅団の団長である男を倒したい気持ちを抑えて約束を果たすためヒソカが待つ場所へ車で向かっていた。誰にも邪魔されず戦いたいというヒソカの希望を叶えるための移動であるが、正直我儘を言うなというのがクラピカの本音である。旅団の団長を自らの手で殺せないのならば、自分は速やかにエミリアのもとへ向かい加勢しなければならない。片道たった5分程度とはいえ、この時間が煩わしい。
強制的に相手を"絶"にする
護衛チームと別れる前。仲間のセンリツという女性が口にした警告が頭をよぎる。
『気を付けて。その人、不自然なほどに静かで穏やかな心音を奏でているわ。そうね……何か少し、ほっとしているような。そしてこちらを小馬鹿にしているような、そんな音よ。もしかしたら、何かあるのかも』
「貴様、何を隠している」
気づけば相手が答えるとも思えないのに、問いが口をついて出ていた。
しかし意外にもそれに対しての返答があった。
「俺を見ていればその内気づくんじゃないか? そろそろ別の能力を使うために、効果を終了させるはずだしな」
「いったい何を…………。!?」
一瞬、相手の姿がぼやけた。クラピカは咄嗟に車のブレーキを踏み急停止する。そして改めて助手席に座る男を見ると、そこに居たのは先ほどまでそこに居た人間とはまったくの別人の姿。
鍛えられてはいるが細い体の、長い手足を持つ長身の男。全身を包帯で巻きボクシングトランクスとグローブを身につけている。……資料によれば旅団は旅団でもクロロ=ルシルフルではなくボノレノフという男!!
「クソッ! 化けていたのか!」
「ああ。しかし提言したのは俺だが、ここまでそっくりに化けさせる能力を持ってるとは驚きだよ。団長は片手分しか使えないから自分は普通に変装かってぼやいてたがな。……で、どうする? 俺を殺すかい」
妙に落ち着き達観した様子の男の態度にクラピカはしばし逡巡するが、黒い偽りの瞳の色の下を緋色に染めてボノレノフをひたと見つめる。そして断定的な口調で言い放った。
「生かしておく理由がない」
クラピカは今まで来た道を引き返しながら、クロロを今か今かと待っているであろう奇術師へと電話をかけた。
「予定が変わった。お前は自分で獲物のもとへ行け」
【A級賞金首幻影旅団:残り8人】
こ、転校生(コンバートハンズ)がいつ頃手に入れた能力か明記されてなかったはずだから両手で使えないだけでこの時期に持っててもいいかなって(震え