「あ、これおいしーい!」
「テメ、それは俺の!」
「いいじゃないケチケチしなくても。ねえねえ、ゴンくんのも美味しそう! 一口ちょーだい!」
「うん、いいよ」
「わーい!」
「おいゴン甘やかすな! こういう奴はな、一度甘やかすとつけあがるんだよ!」
「ええ? そんなこと無いと思うけど……」
「そーよそーよ! 偏見だわ! あ、そうだ! お礼にわたしのアイスも一口あげる! ラズベリー&ソーダ美味しいよ~」
「いいの? ありがとうネオンさん!」
「どういたしましてっ。……えへへ、なんだか楽しいな~。一度こんな風に友達と街を歩いてみたり、食べあいっこしてみたかったんだ。ほら、ドラマとかでよくそんなシーンあるじゃない? うちはパパが厳しくて、そんなこと今まで出来なかったの。っていうか、わたしのお仕事が大事なんだけどねパパは。だから外に出したがらないし、我ながら箱入りだと思うわ」
「……ふ~ん。うちと似てるな」
「え、キルアのうちも過保護なの?」
「おい、なんでゴンは君付けなのに俺は呼び捨てなんだよ」
「え~。だってキルアくんって感じじゃないもんキルアは」
「何だよそれ」
和気あいあい。そんな言葉が大変よく似合う光景が、現在私の目の前で繰り広げられている。
それぞれ二種類のアイス(私が買った)を両手にゴンさんキルアさんと一緒に楽しそうに歩いているのは、一週間だけ私の雇い主だった方で……私のファッションの師であるお方だ。
つまりネオン=ノストラード嬢ですね。何でだ。
私はとりあえず「ネオンちゃんってかわいいよな~。俺にもアイスひとくち分けてくんねぇかな」と、下心丸出しの顔をしたレオリオを軽く肘で小突くと(「ぐえっ」って聞こえた気がするけど気のせいだろう)目の前を歩く三人を見て思わず遠い目になった。振り返ったネオン様が「エミリアも食べる?」と可愛らしい笑顔で問いかけてくるが、私としてはそれどころではない。甘いものはそんなに得意な方では無いからとやんわりと断ると、先ほど届いたメールを確認した。
『対象は自身がオークションで目的の品を競り落としたかったようだが、それが親の意向で不可能と知りオークションに参加するため買い物中に脱走。囮としてはその方がハゲ等を釣りやすいと判断したため、こちらはこのまま対象の監視を続ける』
ミルキからのメールである。つまり元豚とカルトぼっちゃん、マハじいさんはクラピカたちノストラード組の護衛がまかれた現在もネオン様を見失わず、今も何処かで監視を続けているらしい。ネオン様の近くには今のところ私が居るのでそれは構わないが、でもこの状態でクソガキ共が接触してきたら困る。私一人ならまだしも奴らと関わらせたくないゴンさん、キルアさん、レオリオが居るからな。……さっき連絡したクラピカ、早くネオン様を迎えに来てくれないだろうか。
事の始まりは数十分前。レオリオに勧められた香水を買うか検討すべく繁華街でもオシャレな一角を歩いていた時だった。
私のケータイに着信があり知らない番号に一瞬迷いつつも通話ボタンを押すと、そこから聞こえてきたのは久しぶりに耳にする愛らしいフェアリーボイス。
『あ、電話出た! やっぱりエミリアだったんだ! ねえねえ、今ヨークシンイーストエリアにいるでしょ? わたしもちょうど今そこに居るんだ~』
「……………………………………………………」
『? もしも~し。聞こえてるー?』
「……ええと、念のために聞きますけど…………もしかしてネオン様?」
『やだ、師匠の声を忘れたの? そうよ、わたしネオン! 今あなたの後ろにいるの!」
そんな声が電話と背後の両方から聞こえ、ぽんっという軽い衝撃と共に抱き着いてきたのがネオン様だった。電話越しの声が途中から肉声と混じりこっそりにじり寄る気配には気づいていたけど…………マジでネオン様でビビったわ。
なんでも護衛の話を盗み聞きして自分が直接オークション会場に行けないことを知ると、それが我慢ならなかったネオン様はショッピング中にエリザ達侍女と護衛を出し抜いてヨークシンの街に飛び出したらしい。そして夜のオークションまで時間をつぶすために街をフラフラ歩いている途中、私を発見したというわけだ。で、近くに居たギャルのおねーさんにケータイを借りて、以前私が渡した番号に電話をかけて来たらしい。
この広いヨークシンで私を発見したネオン様の強運に戦慄したが、後から思えばミルキ達が私の方に誘導したのかもしれない。
ミルキ達が私と彼女が知り合いだと知らなくとも、私がネオン様を見つけたらわざわざ護衛対象に指定した相手を放っておくとも思わなかったんだろう。でもって、私が近くに居る状態で周囲に護衛が居なくなったことから旅団が接触してきたら私が
……いや、私としてもいつ旅団が近づいてくるか分からない今、ネオン様とゴンさん達を一緒にいさせたくないよ? でもちょっと目を離したすきに仲良くなってるんだもん。今ネオン様だけ引き離したら「あー! もしかしてパパの所に連れ戻す気? ぜっっったい、嫌だからね!」とか言われるに決まってる。占い師だけあって勘が鋭いんだよなネオン様。それに関しては護衛していた一週間で思い知った。
だからクラピカたちが迎えに来るまでの短い時間だし、このままネオン様を好きにさせることにしたのだ。…………何よりネオン様楽しそうだし。
そういえば旅団がネオン様を狙う可能性を示唆したのでクラピカの警戒度は上がっていたはずだが、まだネオン様の性格をよく把握していないクラピカはまさか護衛対象自ら抜け出すとは思っていなかったらしい。ネオン様に隠れてこっそりクラピカに連絡したら、彼女が私と一緒に居ると聞いて安心しつつも「不覚だった……外側ばかりに意識を割いて内側に対する警戒を怠ってしまった。まだまだ未熟だな、私は」と酷く落ち込んだ様子だった。……ど、どんまい。でも安心しろよ。この場合自分を守るプロの護衛を複数まいて逃げ出すネオン様の行動力がおかしいんだって。
とにかく、私が戸惑っている間に自己紹介をすませてさっそくゴンさん、キルアさん、レオリオと馴染んだネオン様のコミュ力に慄きつつも(キルアさんといい、箱入りの坊ちゃん嬢ちゃんのくせに私より圧倒的にコミュ力高いのは何でだ)現在彼女のお迎えを待ちつつショッピングにつきあっている途中である。
知り合いである私を見つけて駆け寄ってきたネオン様は、私に「ねえ、ヨークシンにいるってことはエミリアもオークションに参加が目的? それなら、夜にわたしと一緒にオークション行こうよ! あ、お金なら大丈夫よ。カードあるし」と期待を込めたまなざしで誘ってきた。どうにもオークションに参加はしたいが、一人で行くのは心細かったらしい。大胆なのか繊細なのか分からないお方である。
彼女が言うオークションとは主に地下競売……思いっきりアンダーでグラウンドな分野のものだが、ネオン様が目的とする品がミイラやら眼球だと知らないゴンさん達は普通にオークションの話題で盛り上がっていた。
「へ~! ゴンくんたちはそのグリード・アイランドっていうゲームが目的なんだ」
「うん。俺の親父の手がかりがそのゲームにありそうなんだ」
「そうなの。ふふっ、でも変よね。世の中私のパパやキルアの家族みたいに過保護な家族も居れば、ゴンくんのパパみたいに子供放置して行方が知れない親まで居るんだもん」
「でも俺、こうしてジンの手がかりを追うのが楽しいよ!」
「そっか。じゃ、頑張ってね! 応援してるよ!」
「ありがとう!」
(仲良くなるの早い……)
我が友ゴンさんと我が師ネオン様の親和性の高さはいったいどういうことだ。
そんな風にコミュ力格差というものを目の当たりにして落ち込んでいると、ふとネオン様が私に話しかけてきた。
「そういえばエミリアの家族ってどんな人?」
「私ですか? ええと、私は……」
家族などいないのでそれをそのまま言おうとしたら、その前にネオン様がストップをかけてきた。
「ねえ。気になってたんだけど、エミリアその敬語やめてくれない? 今のわたしとあなたは雇用関係に無いんだし、様付けもしなくていいよ」
「え、でも我が師……」
「ああそっち!? いいのいいの。たしかにわたしはあなたのファッションの師匠だけど、せっかく羽を伸ばしてるのに敬語とか使われるとダルツォルネさんたちと居る時みたいで気分転換にならないのよ。いいから、敬語禁止! 様付けも無し! これ師匠命令!」
ビシッと私を指さして宣言するネオン様に対して少し悩んだけど、別にいいかと接し方を変える事にした。
「わかった」
「よろしい!」
「じゃあ我が師ネオン、この後は何処に行く?」
「惜しい! 硬い! っていうか名前の前に我が師とか恥ずかしいからやめて!?」
「え、じゃあネオンさん?」
「う~ん……まだ硬いなぁ」
ちゃん付けは流石に我が師に対して恐れ多いかとゴンさん、キルアさんのようにさん付けにすればまだネオンさんは不満そうだ。しかしどうしたものかと考えていると、ふいに横から別の追及がきた。
「そういえば、なんでエミリアさんって俺とキルアだけさん付けなの?」
「あ、俺もそれ聞こうと思ってた。クラピカやレオリオ、ミルキとかは呼び捨てなのにな」
え、それ今さら? ……まさか今それについてつっこまれるとは。
「いや、二人にはお世話になったし普通に人として尊敬できるからというか……」
「おい待て。じゃあ俺は尊敬できない人間性だってのか?」
「いや、レオリオも私より遥かに人間できてるけど。なんていうか……癖?」
それぞれの呼び方がもうしっくりきすぎてて、特に自分で疑問に思う事もなかったからな。正直癖と言う他に適切な表現が思いつかない。
「エミリアさんが呼びやすいならそれでもいいけど、俺は普通に呼び捨ててもらっていいんだけどな。だって友達だし!」
「わかったゴン! これからゴンって呼ばせてもらうよゴン!」
「変わり身速いなおい!? いや本当、お前どんだけ友達居ないんだよ。友達って言葉に弱すぎだろ」
う、煩い! レオリオ煩い! 図星なだけに心に刺さるからやめろよ!! でもこうして改めて友達って言ってもらうとやっぱり嬉し……
「あ、じゃあわたしも友達ー。だったらネオンって呼べるよね」
「了解しましたネオン!!」
「……俺も別にさんとかつけなくてもいいけど。慣れたけど、やっぱ改めて考えるとむず痒いし」
「!? そ、それはキルアさんの事も友達だと思っても……」
「はあ? 今さらかよ。こんだけ一緒に行動しといて薄情な奴」
「ごめんなさいキルア!!」
な、何が起きているんだ。今私の身に何が起こっているというんだ!? 勘違いでなければ本人たちから正式に友達認定してもらえた気がする!!
「レオリオ! 今私が立ってるの現実だよね!? 夢じゃないわよね!?」
「お、おう。安心しろ。お前の妄想とかじゃねーから。………………あ~……………その、だな。ダチってのはそんな風にいちいち確認しなくても、気づけばなってるもんだぜ」
そう言ったレオリオの瞳には憐憫の色が窺えたが、次の言葉を聞いたらそんなかわいそうなものを見る目は気にならなくなった。
「まあ、なんだ。俺もお前のダチってことでいいぞ」
「我が友レオリオ……!」
「いやその呼び方はやめろよ!?」
9月1日。ゴレイヌさん! 今日、私に一気に友達が増えました! あなたとの結婚式の参列者は順調に確保できそうです。
しかし舞い上がった気分は次の瞬間どん底に突き落とされた。
「あれ、エミリアじゃないか。久しぶり! そっちの子たちは友達?」
爽やか青年バーションのハゲがフレンドリーに声かけてきやがった死ね。
現在のヨークシン観光の面子。
主人公
ゴン
キルア
レオリオ
ネオン←new!
逆十字のハゲ←new!