ゴレイヌさんに会いに行こう!   作:丸焼きどらごん

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Gorilla35,慣れないことは急にするべからず

 クソガキ共こと幻影旅団暗殺の計画はフェイタンの首から始まった。やったのは私が雇ったゾルディック家ではなくヒソカだが、初手にしては上々の成果である。

 出来れば一網打尽とまではいかなくても初手で各団員の居場所の把握くらいはしておきたかったが、当初は旅団の探索からゾルディック家に頼む予定だったのだ。こうなってしまった今、旅団の居場所についての捕捉は彼らに任せるとしよう。

 

 

 しかし、そうなると奴らに時間を与える事になる。そして時間が出来る事で生まれる懸念事項が一つ。

 

 

 ヒソカの裏切りがどういうわけか旅団に知られていた事で、真っ先に思い浮かんだのは我が師ネオン様の"予言"だった。ヒソカの奴が本当の意味で旅団に所属してなくていつ裏切るか分からないなんてクロロなら承知済みだろうに、今回大仕事を前に急に行動を変えたとなると奴の裏切りが「今回」だと確信を得たからだと思うんだよね。

 漫画ではオークション開催期間中にクロロがネオン様から予言の念能力を盗み、それによってヨークシン編と呼ばれる章はより一層複雑さを極めたのだ。ピエロ野郎が自分の予言を偽装したことも一役買っているだろうが、それから考えるに信頼のおける未来の情報とはひとつ掴んだだけで容易く人の行動を左右する事を窺わせる。

 まだ憶測でしかないが、漫画のようにクロロが予言の能力をいち早く手にいれていたのなら……本来知られるはずのない情報を知っていてもおかしくはない。

 

 しかしそうなると厄介だ。戦力や情報といったアドバンテージはまだまだ圧倒的にこちらが優位だと感じているが、それでも奴らの厄介さ加減を思えば下手したらこちらが詰む。冗談じゃない。

 

 そのため私はすぐにクラピカにネオン様の無事を問い合わせたのだが、ネオン様の仕事(占い)は問題なく行われているようだ。クラピカにはネオン様と知り合いである事を驚かれたけど、私が「彼女の能力がハゲ(旅団について話す時は念のため本名を出さないようにしているため、私が前に書いた似顔絵に補足として書いてあった特徴がそのまま暗号になった)に狙われる可能性がある」と言えば電話越しにもクラピカの空気がピリッと張り詰められたことが分かった。……流石に切り替えが早いな。

 

 

 とりあえず能力が盗まれていないようで安心したけど、普通に客として占ってもらった可能性もあるしな……。とにかく奴らが私の知らない情報源を手にいれてヒソカの裏切りに気づいた事実があるのだし、油断はできない。旅団に時間を与えてしまった分これから先ネオン様が狙われる可能性は十分ある。……面倒な。

 でもやつらが狙うものを「地下競売品」と「ネオン様」に絞れるなら居場所を見つけるのは簡単かもしれないな。広いヨークシンをあてもなく探すより確実だろうし、地下競売が開催される場合はそちらに集中的に意識を向け、ネオン様の周囲にもクラピカたちノストラードの護衛の他に一人か二人配置して二重に護衛すればいいか。

 そして以上を踏まえてシルバの旦那とゼノじいさんに相談した所、9月1日の昼間は旅団の探索。夜は地下競売を張る事になった。

 

 ちなみにネオン様の周囲を見張るのはミルキとカルト坊ちゃんだ。あと最年少のカルト坊ちゃんのフォローをするためかマハじいさん。なんでも彼らの能力が監視には一番いいんだと。元豚は一緒に修業したから知ってるけど、カルト坊ちゃんのは紙と扇子ってことしか覚えてない…………まあいいか。プロの判断ならそれに委ねよう。

 

 

 

 それにしても、いざ殺しにかかるとこれだけ手数をそろえてるのに面倒くさい事この上ないな。

 さっさと死ねクソガキ共!! 私はお前らの事に長く構ってる暇ないんだよ!! もうすぐゴレイヌさんに会いに行くのだし、少しでも長く女子力磨きに努めたいのだ。どれだけほんの少しの差でもいい。愛するゴレイヌさんの前に立つときは、少しでも恥ずかしくない姿で……出来うる限り女として磨き上げた自分で在りたい。

 

 ……そのためにも早く決着をつけなければ。

 

 

 

 

 そういえばヒソカだが、もともとこいつと約束していたクロロとの戦いのセッティングはウボォーギンと戦わせるためにした取引である。だからヒソカに旅団の集合場所を知っているという価値は無くなったが、多少手間賃がかかろうと奴の希望は叶えてやるつもりだ。もし裏切りがバレたのが占いによるものならピエロは無罪だしな。そんな事で約束を反故にするほど私の心は狭くない。

 ……あと裏切りがバレたのならこいつも奴らに対してのいいエサになりそうではある。だからこいつは鋲男イルミと一緒に行動させることにした。

 まあ、あれだよな。一石二鳥的な。ヒソカはクロロおよび強そうな玩具と戦えればOKで、私としては奴らをおびき寄せて殺せればOK。双方に利益があるわけだし、ちょっと囮を引き受けるくらいピエロも安い仕事だろう。せいぜいヨークシンを練り歩いて奴らを釣ってくれ。じゃんじゃん殺していいから。

 

 

 

 

 

 

 

 そんなわけで今後の方針は決まり、各自ヨークシンへと散らばった。

 

 

 

 

 

 

 

 でもって私はといえば、現在なにくわぬ顔でゴンさん、キルアさんと共にヨークシンを歩いている。

 

 旅団を仕留めるために「ちょっと用事がある」と言って私とミルキは彼らより先にヨークシンへ入ったのだが、こうなっては旅団を見つけるまで素人の私に出来る事は少ないだろうとゴンさん、キルアさんに連絡して合流したのがついさっき。ミルキは我が師ネオン様のもとへ向かったので居ないが、適当にオタクイベントが開催されて限定グッズが売り出されたから買いに行ったとでも言っておけば問題ないだろう。

 

 そういえば合流後ゴンさんに「用事ってミルキさんとデート?」と純粋無垢な笑顔で言われたので真顔で否定しておいた。違いますゴンさん。酷い誤解です。

 

 

 

 

 そして現在はレオリオが到着するという午後まで時間をつぶすために、ヨークシンシティをブラブラ歩いている。

 

 ちなみにゴンさんとキルアさんの持ち金は案の定8億から543万4997ジェニーと急激に減っていた。慣れないことはするものでは無いという見本だな。

 グリードアイランド購入資金については二度説明するのもあれなので、レオリオと合流してから話すつもりでいる。キルアさんあたりに「なんで早く言わなかったのか」と多少文句を言われそうだけど、そうすれば金策の心配がなくなって彼らはこのまま悠々とヨークシン観光出来るだろう。腕相撲してかわいい眼鏡やらと遭遇する心配もあるまい。

 

 

 街中を歩いている途中ゴンさんのケータイを買うことになったのだが、その時ケータイを盛大に値切るべく半年ぶりに会うレオリオが颯爽と現れた。どうやら予定よりも早く到着したみたいだけど、よく見つけられたな。

 金銭感覚が麻痺して久しい私にとって値段の交渉についてはどうでもいいのだが、その巧みな交渉術には感心させられた。……初対面の人間にあそこまでズカズカものを言える度胸と滑らかに回る口が非常に羨ましい。私も前に比べたら大分マシになったけど、多分あんな風にはいかないからな。素直に凄いと思う。

 

 

 

 しかしそんな事よりも何よりも、ケータイ購入後に改めて私を見たレオリオからの一言で私の中のレオリオ株は急上昇した。

 

 

 

「お! なんだお前エミリアか? 可愛くなったじゃねーか。随分努力したんだな」

「!?」

 

 

 

 かわいい。

 

 カワイイ。

 

 可愛い!?

 

 

 

 言われた瞬間、私の背後には漫画的な表現で表すなら多分落雷が落ちていた。言われた言葉の内容も理解するのに数十秒かかった。

 

「え…………え!? ほ、本当!? ホントに可愛い!? 服とか髪とか顔とか変じゃない!?」

 

 実は今日は都会中の都会であるヨークシンの街を歩くということで、結構身なりには気を使ってきたのだ。

 しかし今までの気楽なパーカースタイルと違って、いざオシャレしてみると気恥ずかしい事この上ない。試しにゴンさんとキルアさんに「変じゃないか」と聞いてみて「似合ってるよ、エミリアさん!」と「ゴリラがスカートはいてる……」というお褒めの言葉を賜ったが、お世辞の可能性が捨てきれなかった。二人ともいい子だからな。

 だから人目が気になってしょうがなかったけど……半年ぶりに会う、まだ特に親しくもないレオリオがそう言ってくれたということはもしかして多少はマシな姿になれたんじゃないか!? と、思わず期待と疑心が入り混じった心境でレオリオに詰め寄ってしまった。

 それに対してレオリオが私の勢いにのけ反りつつ、それでもちゃんと答えてくれた。

 

「お、おう。半年前は色気無かったが、今は結構イケてると思うぜ。あと、そうだな。見た目もそうだが、何処となく表情が柔らかくなって女らしくなった気がする」

「…………………………」

「……エミリア?」

「ふぐぅ……!」

「泣いた!?」

 

 泣くわ! そんな事言われたら泣くわ!!

 ハンター試験で己の人間力と女子力の低さを自覚して絶望して、ゴレイヌさんに相応しくあろうと女子力磨きに励んだこの半年……。その半年がレオリオの言葉によって報われた気がした。

 だって可愛いとか、今まで言われた事無い。妄想の中のゴレイヌさん以外に言ってもらった事無い……!

 

「ありがとう……!」

 

 だから思わずレオリオの手を両手で握り締めて心の底からの感謝の言葉を伝えた。

 

「いや、別に泣いて礼を言われることじゃ……って、いででででででで!? ちょ、おま、手ぇ放せ!! 痛い痛い痛い!!」

「あ、ごめん」

「ふぅ……手がつぶれるかと思ったぜ」

 

 私が握り締めた方の手をさすりながら若干涙目になったレオリオに、呆れたような声色のキルアさんが声をかける。

 

「なあ、あんまお世辞で舞い上がらせてやるなよ」

 

 あれ、やっぱりお世辞……。

 

「世辞? 馬鹿言っちゃいかんよちみぃ。俺は思ったままに言ったまでさ。紳士たるもの女性を褒めるのはマナーだぜ?」

「紳士ぃ~?」

「おう! これくらい軽~く言えなきゃもてないぞーキルアくん」

「うぜぇ」

「ハーッハッハ! 照れ隠ししてるようじゃまだまだガキだな!」

「おいゴン。こいつマジうざいんだけど」

「ま、まあまあキルア。落ち着いて」

 

 額に青筋浮かべたキルアさんをゴンさんがなだめていると、ふざけたノリを咳払い一つでおさめてからレオリオが再び口を開いた。

 

「ま、好きな奴のためにここまで自分磨き頑張ったってのには素直に感心したからな。なんたってハンター試験受かっちまうくらいだし……褒めてやってもバチはあたんねーだろ」

「エミリアさん頑張ってたもんね」

「……まあ、それはそうだけど。でも見た目そんな変わったか?」

「おう、変わった変わった。お前らは毎日見慣れてるから分からんかもしれんが、こいつ半年前から比べて随分見違えたと思うぞ。メイクも服もバランス良くてセンスがいいし、さりげないアクセサリーのチョイスも俺的にはポイント高いな。でも香水はつけて無いみたいだな。どうだ? いい機会だし買ってみろよ。女っぷりが上がるぜ」

 

 そんな風に言われて、そういえば香水の類は手を出してなかったなと思い至る。気に入ったものがあれば買ってみようか。

 

 ちなみに今日の私のファッションだが、愛用のパーカーを今回は封印。花の刺繍が施されたデニムの上着とレースの縁取りが可愛い短めの丈の七分袖のカットソーを着込み、ハイウエストの黒に近い藍色のスカーチョ(スカートに見えるガウチョパンツのことだ。ネオン様に聞いて初めて知った)を穿いた。ベルトにもこだわったし、小ぶりだけど花形の石がキラキラ光って揺れる可愛いイヤリングもつけた。黒縁の眼鏡に合うと服屋の店員に言われて買った黒の中折れ帽をかぶる角度にはかなり気を使った。角度気にしすぎてさっきずり落ちちゃったけど。靴は黒色の編み上げブーツだ。

 あきらかに戦闘向きの服装ではないが、都会の華やかな雰囲気に負けまいとした結果である。

 

 髪も半年で伸びてきたから前髪とか適度に整えたくて、勇気を出して今世初の美容院に行ってみた。いつも通っていたおっちゃんの床屋には時間と距離の関係で行けなかったからな。カリスマ美容師とやらに髪の毛を触られた時鳥肌が立って思わず殴りそうになったが、なんとか堪えた。流石カリスマと呼ばれるだけあって、おっちゃんにも負けない腕でいい感じの仕上がりにしてくれた。トリートメントも一番いいコース頼んだし!

 メイクも三白眼で吊り目というきつめの顔立ちを和らげるために、アイラインをはじめとしたアイメイクを工夫したし全体のカラーもピンク系とシャンパンカラーでナチュラルさを意識してふんわり仕上げた。実はリップも色付きリップクリームじゃなくて薄くだけどコーラルピンクの口紅とグロスで仕立てている。

 

 

 …………半年前、私は以上の服装やらメイクやらに関して用語の半分も理解できていなかった。

 だというのに、こうして人に褒められるまでになったとは……!

 

 

 私が感動を噛みしめていると、更に追い打ちがきた。

 

「それにさっきも言ったが、仕草や表情に女らしさが出たよな。なんつーか、柔らかくなったってーの? 前はオドオドした顔か仏頂面ばっかだったのに、今は嫌味も無く自然と笑えてる」

「え」

「女は愛嬌! 笑顔ってーのはどんな化粧より女を可愛く見せるもんだからな。それを忘れちゃいけねーぜ」

 

 

 

 最後に「まあ、なんにしろ頑張ったな」と……そう言って私の頭にポンポンと手を置いたレオリオ。

 

 

 

 

 

(………………なんという上級者! 何という撫でポスキル……!)

 

 私は戦慄した。こ、これが噂に聞く頭ポンポン……! 私も幾度となく妄想ゴレイヌさんにしてもらった憧れシチュ! だが、相手がゴレイヌさんで無いと言うのになんて破壊力だ……!

 レオリオ、恐ろしい奴。

 

 

 

 

 

 不覚にもときめきかけた自分を正気に戻すため、私は自分の顔面を殴り飛ばした。

 

「エミリアさん!?」

「いきなりどうした!?」

「おい鼻血出てるぞ鼻血!」

 

 ああ、ゴレイヌさん! 愛する愛しい私の最愛の人ゴレイヌさん!! ごめんなさいごめんなさい! 私が未熟なばかりに、最愛の貴方以外にときめくなんて不覚をとってしまいました! でも私が愛するのはあなただけです! 今のは気の迷いなんです! わ、私の恋愛スキルが乏しいばかりになんて醜態を……!

 

 

 

 

「…………ごめん、頭冷やしてくる」

 

 

 

 そう言っていったん場を離れた私は、服に自分の血液が飛び散って酷い有様になっているのを見てふっと遠くを見た。

 

 

 

 

 

_________________________ ああ、我が師ネオン。私にとってこの長いオシャレ坂はまだまだ上るには急すぎる斜面のようです。

 

 

 

 

 

 オシャレが成功しても、まさか"褒められ慣れる"というハードルが残っていたとは……。

 贅沢な悩みだがこれではゴレイヌさんというものがありながら褒められるたびにときめいてしまう。そんな事断じてあってはならない。とんだ尻軽女になってしまう。

 

 

 

 

 結局その後、適当な店で買ったパーカーに着替えてゴンさん達のもとに戻った。

 

 ……ゴンさん達の事笑えないなこれじゃ。

 "慣れないことは急にするもんじゃない"……という教訓を得た、9月1日の出来事である

 

 

 

 

 

 

 

 

 


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