ネオン様のもとで一週間の短期アルバイトを終えてくじら島に戻ってきた私を待っていたのは、グリードアイランドの情報を手にいれそれを競り落とすための資金繰りに燃えるゴンさん、キルアさん、ミルキの姿だった。
どうやら私が留守の間にジョイステが届きジンが残したロムカードからグリードアイランドの情報を手にいれたらしく、最低落札価格が89億ジェニーと知って頭を悩ませているようだ。
ジンに興味が無さそうだったミルキもハンター専用の伝説のゲームとなれば無視できなかったらしく、更にミルキの手腕をもってしてもロムカードからゲームを再現できなかったことが余計に奴のプライドに火をつけたらしい。何が何でも欲しい! 手にいれてやる! と元豚は息巻いていた。……ちなみにこいつ、ゲームを再現するためだとか言ってパソコンその他機器をいくつも購入して取り寄せたらしい。全部無駄になったみたいだけど。
あとハンター専用サイトのアドレスを知っていたのもミルキのようで、くじら島のゴンさん自宅からライセンスを使ってそのサイトにアクセスしても外部に情報が漏れないように隠蔽したのもミルキ。…………そういえばこいつの本業はこういった機械関係だったか。今までククルーマウンテンの自宅から出ずに仕事をこなしていたあたり、そういった面での実力は確かな物なのだろう。人間どんな奴にも特技はあるものだ。
(どうしようかな)
私は少々考え込む。
ここで「実は私もグリードアイランドに目的があって、自力で購入する資金もあるよ」と彼らに言うのは簡単だ。というか、いずれ言うつもりでいる。……でもそれはゴンさん、キルアさんが自力で資金集めに奔走して失敗してからでもいいのではなかろうか。
おそらくジンに関わる事だからゴンさんは出来れば自力で資金を集めたいと考えるだろう。私が早々に資金提供を申し出ても「でも、それはエミリアさんの目的のためにエミリアさんが貯めたお金でしょ?」とか言って断るのではないだろうか。
キルアさんがハンターサイトでのグリードアイランド入手難易度は"G"だと言っていたし、ハンターとして初めて挑むお宝を他人の財布で手にいれる……というのは、多分嫌なんじゃないかなって。特にカセットテープであんなメッセージを聞いた後だし。
実際キルアさんとか私が今まで天空闘技場で稼いでるのを知ってるのに協力してくれと申し出てこなかったあたり、すでにそんな会話がされた後なのかもしれない。
(うん、しばらく黙ってよう)
だから私はしばらく口を噤むことにした。
まあヨークシンに行く直前になったら言うけどな。一応早々にけりをつけるつもりだけど、もし予定が狂ってクソガキ共が暗殺の前にオークションの品を盗んで懸賞金をかけられたら、資金繰りに困ったゴンさん達が奴らを捕まえに動きかねない。そうならないようにグリードアイランドを買うための資金提供についてはヨークシンに行く前に話そう。ヨークシンは広いから、わざわざ探そうとしなければ遭遇することもないだろうし。
もしその段階でもゴンさんが渋るなら、バッテラ氏の代わりに私が彼らを雇えばいいのだ。多分仕事として依頼するなら納得しやすいだろう。
そういえばミルキもグリードアイランドを買いに動くようだけど、まあこちらも好きにさせておこう。実家に仕事代金の前借りで資金提供を求めるからケータイ返せと言われて(どうやら律儀にも取り寄せたパソコン類で連絡は取らなかったらしい。意外だ)一時的に返してやったけど、多分買えないだろうな。…………たしかグリードアイランドはハード一台につき8人までプレイ出来るはずだし、もし買えたら1枠くれてやるか。別に私にとって損があるわけじゃ無いし。
ともあれ、そんなわけでくじら島で過ごす残りの期間は修行とネットを通しての資金稼ぎにあてられる事となった。
ミトさんが「せっかく帰ってきたのにパソコンばっかりやって」と呆れていたけど、そのパソコンの中で行われているのはゴンさんとキルアさんの預金8億を元手とした桁違いの資金稼ぎである。多分それを知ったら驚くだろうなぁ……。
ちなみにミルキのおかげでライセンスをゴンさん宅で使うことが出来るようになったので、キルアさんが珍しくミルキに「ま、サンキュ」と礼を言っていた。ミルキはそれに対して驚いていたようだけど、ゾルディック兄弟の中でもこの二人は仲が良いとは言えなくても、気兼ねなく話せるという点では距離が近かったように感じていた私としてはそう違和感はない。ミトさんが微笑ましそうに見ていたので私もそれにつられて初めて抱くだろう慈愛という感情を滲ませて2人を見ていたのだが、「寒気がするからその目をやめろ気持ち悪い」「鳥肌立つからやめてくんない?」と言われた。……何故だ。
そして資金稼ぎや修行で忙しい3人を横目に、私はといえばミトさんと一緒に家事をしたり料理や縫物を教わったりと充実した日々を送っていた。ミトさんのおばあさんも保存食の作り方や編み物などを教えてくれて、3人でたわいもないことを話しながらゆったり過ごす時間はとても心癒されるものだった。一瞬……否、結構何度も「このうちの子に生まれたかった」と本気で思った。…………ゴレイヌさんと結婚出来たら、そんな安心感を与えられる奥さんになりたいな。
今まで金はあってもろくに人との関わりが無かった私にとって、このクジラ島での時間は本当に貴重なものになったと思う。
そういえばネオン様にご教授頂いたオシャレ術についてはくじら島では気合入りすぎてて浮いてしまいそうなので、ヨークシンに行くまではと控えていた。けど、さほど目立たない程度の薄化粧はメイクに慣れるための練習として日ごろから手を抜かないようにしている。もちろん各種スキンケアなど顔をはじめとした体の手入れも欠かさない。磨かねば。
……実は美容に関してはミトさんも巻き込んで、夜にこっそり2人して鏡の前でオシャレしてプチファッションショーしてみたり、雑誌で見つけた美容マッサージやら何やらを互いに試してみたりした。初めは迷惑かな~と不安に思っていたけど、案外ミトさんも乗り気で凄く楽しかった。ネオン様や侍女のエリザやリアーネと過ごす時間も楽しかったけど、ミトさんと一緒の時間は気をはらなくていいほっとする楽しさだな。…………一度間違えて「お母さん」と呼びそうになったのは内緒である。
オシャレしたミトさんは非常に美しかったのでゴンさんたちに見せようと誘ったのだけど、それに関しては「恥ずかしいから」と頑なに拒否されてしまった。もったいない。
「ふふっ。今の暮らしに不満があるわけじゃ無いけど、こうしてオシャレして出かける場所なんて無いから楽しいわね」
そう言って鏡の前ではにかむように笑ったミトさんの可愛さといったらな……! もともと綺麗な人だけど、身なりやメイクで磨きがかかるとさらに輝きが増す。ワンポイントに赤い糸で花の刺繍が施されたAラインの白いワンピースと、レースの縁取りが可愛い藍色のカーディガンが凄く似合ってた。可愛い。私はこの時「これはミトさんへのプレゼントとして置いていこう」と心に決めた。
……それにしても、何故こんな素敵な人が未だに独身なんだ。そんじょそこらの相手じゃミトさんにはもったいないが、男が放っておくとも思えないんだけど。綺麗で可愛くて優しいし、厳しくもあるけど芯が通っていて凄くしっかりしてるし、料理も美味しいし家事も出来る。そして可愛い。…………いや、本当に謎だ。
で、ミトさんと楽しく過ごす以外はだいたい元豚の修業に時間を当てていた。その際にはミルキを鍛える他、本人たちの希望でゴンさんキルアさんともちょっと組手したりもしてこれはこれで楽しいなと思った私である。
そしてこんな時間の過ごし方をしていると、今が人生のハイライトなんじゃないかと思えてくる。もちろん最大のハイライトはゴレイヌさんとのウエディングから始まる結婚生活(まだ未定)だろうけど、これまで過ごしてきた灰色の人生を思うと何と今現在が充実していることか。
…………脱引きこもりして本当に良かった。ありがとうゴレイヌさん……!
そういえば修行中に「エミリアさんって、何で普段は纏してないの?」とゴンさんに聞かれたな。ちょうど凝の練習をしていたみたいだから垂れ流しっぽく見える私のオーラが気になったんだろう。別に隠す事でも無いので修行用に作った念だと補整下着についてざっと説明したら、練をしていたキルアさんとミルキがそれを中断して私を二度見した。何だよ。
「マジ? じゃあお前、今も重りつけて動いてるようなもんなの?」
「え、うん。今もっていうか、寝る時以外は常に発動してるよ」
「はあ!? おい、じゃあもしかして昔天空闘技場でも……」
「ああ。天空闘技場だと一番重い負荷を設定してたわね。今のところその違和感に気づいたのはキルアさんだけよ」
そう言うとキルアさんは一瞬だけ得意そうな顔になったけど、すぐ眉間に皺を寄せて「やっぱり手加減されててあれだったのかよ……。それに今もか」と悔しそうにぼやいていた。忙しい子である。
そしてミルキはといえば「だからゴリラなのか」と納得したように頷いていた。なんだよ、いきなり褒めるなよ照れるだろ。……ミトさんが夕飯は港でとれた魚介のフライにすると言っていたし、エビフライ一本分けてやるか。
しかし楽しい時間とはあっという間に過ぎるもので、気づけばくじら島に来てから一か月が過ぎていた。
現在は8月半ば。………ヨークシンのオークションは、約二週間後に迫っていた。
「ミトさん、今までお世話になりました。あの……、また来てもいいですか?」
「ええ、もちろんよ! 私も楽しかったし、色々手伝ってもらって助かったわ。ありがとうエミリア。また来てくれたら嬉しい」
「ども。えっと、楽しかったです。お世話になりました!」
「そう言ってもらえてよかった。……ゴンをよろしくね、キルアくん」
「ミトさん、いってきます!」
「いってらっしゃい! でもゴン、今度はもっとまめに連絡してよ?」
「うっ、……ご、ごめんミトさん」
「よろしい! わかればいいのよ」
私、キルアさん、ゴンさんと続く言葉。ミルキの奴が黙ったままだったので思いきり尻をつねってやると、奴は渋々「アリガトウゴザイマシタ」と口にした。ミトさんやおばあさんはここ一か月でミルキの態度も見慣れたのか(慣れたら容赦ないミトさんは色々注意や小言も言っていたけど)気にしていないようだけど、私としては許せない。毎日おいしい料理を食べさせてもらった上にお前人一倍おかわりしてたんだからもっとミトさんとおばあさんを敬えよ馬鹿野郎。
そして名残惜しくもくじら島を後にした私たち。まだオークションまで時間はあるが、どうやらくじら島で資金繰りしている時にゴンさんとキルアさんがお金の稼ぎ方で衝突したみたいで、これから二週間……彼らは別行動でそれぞれどちらがより多くお金を稼ぐか勝負するらしい。だから次の港に到着したらしばらく別行動になるのだが、これに関しては私も便乗して別行動することにした。9月になる前にちょっとした打ち合わせがあるしな……。"全員"集めて。
9月。ヨークシンドリームオークションまで、あと少し。
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『悪いね。9月は先約があるんだ』
「…………フム」
廃墟の中、先日連絡を取った知人にある依頼をしようと企てていた男は一人思考の海に沈む。
世界最大規模のオークションの品物を狙うにあたって、危惧すべきは自分たちと同等の力を持った相手……ゾルディック家をマフィア側が雇わないか、という事。そのため保険をかける意味で知人に連絡したのだが、すげなく断られてしまった。
そのことが妙に男……クロロ=ルシルフルは気にかかった。
「…………そういえば、噂で聞いてから半信半疑だったアレ。まだ試してなかったな」
そうひとりごちると、クロロは廃墟を出て夜の闇に消えていった。
9月は近い。
前回に引き続き女子会回でした