ハンターライセンスという身分証明書を取得する前。クソガキ共のせいで度重なる引っ越しを余儀なくされた私だが、その際世話になったのが不動産屋のアルバンスである。彼の紹介で一週間という短期のアルバイトをすることになった私であるが、そのアルバイト先が思いがけない人物の護衛で「いや、いくらなんでも世間狭すぎだろ」と心の中でつっこんだ。
が、3日目になる今ではこの依頼を受けてよかったと思っている。
「やだ、駄目だよそんな組み合わせじゃあ~! せっかく可愛い服なのに、色の組み合わせで台無し!」
「そ、そうですか?」
「うん! そのスカートならこれとこれと……これかな?」
「ネオン様、こちらはいかがですか?」
「あ、そのストールも素敵よね! さっすがエリザ!」
「ネオン様、この間お買いになったRUIRIUの新作のパンプスもございますが、よろしければ……」
「リアーネもナイスーぅ! これで上から下まで完璧よ。あ、キャンネルのイヤリングとネックレスもつけちゃおっと!」
私が持参した服を持ち前のセンスで組み合わせて着こなしたネオン様。更にそこに自分の持ち物である靴やアクセサリーも追加し、その姿はより完璧なものへと進化する。
「ねえ、どうどうエミリア? 可愛い?」
「とってもお可愛らしいです! いやぁ……色や形の組み合わせでこんなにかわるものなんですね。勉強になります」
「えへんっ。そうでしょ? あなたもこれくらい着こなせなきゃ、好きな人に振り向いてもらえないわよ!」
「は、はい! 精進します!」
「よろしい」
誇らしげな表情のネオン様は胸を張って満足そうに頷いた。
今まで服を片っ端から集めつつ雑誌を頼りに試行錯誤していた私としては、服を見た瞬間に組み合わせを思いつくネオン様のセンスに脱帽である。
やっべぇ。この職場超楽しい。
アルバンスに紹介されて赴いた職場で待っていたのは、漫画の記憶が朧げな部分が多い私でも一発で思い出せるレベルに顔が濃い男だった。名前はダルツォルネ。
奴は会った途端自己紹介もそこそこに私の頭の先からつま先まで値踏みするような表情で見られた上に鼻で笑いやがった。最初から若干不機嫌そうだったけど何だこいつ腹立つな。……まあ、今回は仕事だと割り切ってきている。多少腹の立つ相手が居ても、せっかくのハンターとしての初仕事だ。仕事できる大人の女性を目指してクールに振る舞おう。
……にしても、たしかこのダルツォルネという男、クラピカの就職先の上司では無かっただろうか。ってことは、おいここマフィアの拠点じゃねーか。しかもそうなると護衛対象ってあれだろ。占いの念能力をもった女の子だろ。いや狭ぇよ世間。どんな遭遇率だよ。……アルバンスに職場の事もっと詳しく聞いておくんだった。あいつ「お金持ちのご令嬢の身辺警護です」としか言わなかったからな。間違ってはいないが、こちとら20数年生きてきて初めての仕事らしい仕事なんだからもっとソフトな案件持ってこいよ。マフィアの娘で人体収集家な女の子をお金持ちのご令嬢で片付けるなよ。
……ひーこさん(緋の眼)くじら島に置いてきてよかった。護衛っていう仕事だし、もし誰かと交戦することがあって緋の眼がどうにかなったら困ると思って今回ひーこさんはお留守番にしたんだよね。
出かける前にゴンさんにちょこっとクラピカとのこと話して「クラピカからの大事な預かりもの」として預けてきたんだよな。ゴンさんもキルアさんもまさかの緋の眼に驚いてたけど、ゴンさんは真剣な表情で「大事に預かってるね!」と頷いてくれたしきっと大丈夫だろう。彼らになら預けてもクラピカも納得してくれると思う。
まあ、受けてしまったものはしょうがない。ここで「やっぱりやめます」なんて言って仕事を放りだす無責任な人間がゴレイヌさんに相応しいはずがないし、相手がマフィアだろうと護衛という仕事を全うすれば報酬はちゃんともらえる。相手が相手だけに驚いたが、一週間頑張って仕事しよう。
しかしせっかく私が意識を切り替えたにも関わらず、ダルツォルネに言われた仕事内容は拍子抜けするものだった。
「言っておくが、お前は一週間ただ突っ立っているだけでいい。余計なことはするな。"レイヴンゲイルの代わりに来た護衛"という肩書を持って、ただ時間が過ぎるのを待つのがお前の仕事だ。やることが無いなら掃除でもしておけ」
「え? でも仕事内容は護衛だと聞いて……伺っていますが」
「余計な詮索はするな。……五体満足で帰りたいならな」
問いかける私をジロリと見下ろし高圧的な態度でそう言ったダルツォルネは、私が次に口を開く前に応接間の隅で控えていた男に声をかけた。
「トチーノ。こいつを邪魔にならないどこか適当な持ち場につかせろ」
「了解。さ、お嬢さん。俺についてきな」
「はあ……」
初めての仕事ということで私も不慣れなもんだから、とりあえず指示に従うことにした。しかし私の疑念はトチーノというくるくる揉み上げの男の説明によってわりとすぐ解消される。
「いやぁ、悪いね。護衛の仕事だって聞いてただろうに驚いたろう? けど、今回の護衛の要請は建前なんだよ」
「建前?」
「そっ。先日護衛の一人がミスして居なくなったのとボスの護衛を集めている途中だってのは本当だけど、しばらく外出予定は無いから今のところ護衛の数は事足りてるんだ。必要になるのはもっと先さ。つい先日護衛チームの候補には正式採用のための依頼を出したとこでね……多分だけど、俺の見立てじゃ全員受かるかな。結構な粒ぞろいだったよ」
「あの、それで建前って?」
「おっと、余計なおしゃべりが過ぎたか。いや、実はね。護衛が減ったことを口実にボスが「アルバンスを呼べ」って駄々をこねたんだ。ボスに見張られながらレイヴンゲイルさんに電話をかけるリーダーの姿といったら笑えたよ。はははっ」
愉快そうに笑うトチーノの説明によれば、どうやらアルバンス(レイヴンゲイルというファミリーネームは初めて知った)はそのボスとやらに好かれているとのこと。一応アルバンスは組織内でもそこそこ期待されている人材らしいが、娘の婿候補としては以ての外と考えるボスの父親はどうやら娘が好意を寄せる男を近づけたくはないようだ。もともとアルバンスから私の紹介が無くても「アルバンスは都合が悪い」と言って手ごろな代わりを用意する予定だったんだとさ。
でもって、その代り……つまり私は本当にこの屋敷でただ時間を過ごせばそれでいいらしい。必要なのは「アルバンスの代わりに一週間護衛に加わる人間」の存在であり、アルバンスを無理に呼ぶ必要は無いとボスに言い聞かせる材料にすること。護衛に関してはポッと出の奴を一週間だけチームに組み込むなど逆に面倒なだけだから、待機しているのが一番都合がいい……というのが護衛チームのリーダーであるダルツォルネの考えだとか。
拍子抜けだけど、まあそれが仕事内容ならしかたない。むしろ居るだけで良いなんて楽すぎて、本当に報酬をもらえるのか疑いたくなるレベルだ。
意気込んでいただけに肩を落とす私にトチーノが「ま、楽な仕事でラッキーだと思いなよ」と苦笑しながら肩を叩いてくれた。……一応一週間屋敷で過ごすので他のメンバーに紹介だけはしてくれるとの事だから、せいぜい初対面の人間とうまく話す練習くらいは収穫と思って頑張るか。
そしてそんな風にして屋敷の中を歩いている途中だった。
「ねえ、あなたがアルが紹介したっていう人?」
可愛らしい顔立ちなのに眉間にぎゅっと皺を寄せて、ドンッという擬音を背後に背負っていそうな勢いで立ちふさがったのが、ボスであるネオン=ノストラードだった。
どうやらネオン様は私がアルバンスの代わりに来た"女性"のハンターだと聞いて、その顔を拝みにわざわざ部屋を抜け出してきたらしい。その様子は一見して分かるほどの嫉妬によるもので、私は彼女を見て困惑する前に微笑ましく思ってしまった。
だって、好きな男の代わりに女が来たってんで気になって来たわけでしょ? 会って早速「アルとどういう関係?」って聞かれたし。
__________ か、可愛いな……。
素直な感想である。
もちろんその容姿が非常に愛らしいというのもあるのだが、恋する乙女を傍から見るとこんなに可愛いものかと驚いた。嫉妬のにじむ表情の中にある瞳はどこか不安そうでもある。だからとにかくまず彼女を安心させたくなって言葉を探した私はこう言った。
「昔から世話になっている知人ですよ」
「それだけ?」
「ええ。あの、私別に好きな人が居るので……彼を恋愛対象とかには見ていないし向こうも絶対そういう気は無いので、安心してほしいというか……。あ、その、変な事言ってすみません」
「…………」
初対面の人間に自分の恋心を知られている、というのはあまり気持ちのいいことではないだろう。そう思って慌てて謝罪を付け足したがネオン様は数秒黙り込んだかと思うと、先ほどとは一変してぱっと笑顔の花を咲かせた。
「ねえ、あなたの好きな人が気になるわ! お話ししましょ!」
どうやらこのお嬢様、恋バナに興味津々らしい。
「アルの髪の毛ってすっごく綺麗なの! でもね、それだけじゃなくて体のパーツとか目の大きさとか鼻の高さとかみ~んな理想なのよ! でも彼ちょっとやぼったいじゃない? 少し見た目をいじればもっと輝くのにもったいなくて! だから私が磨いてあげるって言ってるのに、パパがアルを近くに置くことを認めてくれないの。いつもちょっと「仕事しない!」って言えばだいたいのこと聞いてくれるのに、これだけは昔から絶対に駄目だって」
「そうですか……。好きな相手にすぐ会えないのは辛いですね」
「でしょ? そう思うでしょ? アル自身もせっかくたまにうちのパーティーとかで会えても私に対してよそよそしいのよ。まあそのちょっと冷たい所もいいんだけどね~。あと、昔私が言った「標本にしたい」っていう冗談を真面目に受け取っちゃってるところとかも可愛いの。優秀そうなのにちょっと抜けてる時あるし、出来る事ならそんなアルを毎日観察してたいな~!」
「愛されてますねアルバンスは」
「えへへ。……ねえねえ、私ばっかり話してちゃずるいわ! エミリアの好きな人の事も教えてよ」
「え、いや、その……!」
「エリザもリアーネもあんまりそう言う事話してくれないんだもん。エミリアは仕事でここに居るの一週間だけなんでしょ? ちょっとくらいいいじゃない。お話ししようよ~恋バナ~」
仕事上、護衛対象のお嬢様とこんな近くで親し気に話していいものかとちらっと部屋の隅に居たダルツォルネに視線を送れば凄い目で見られた。「馴れ馴れしくするな」ってことなんだろうけど、それ以上に私の服の裾をぐいぐいひっぱるネオン様の可愛さの破壊力がヤバい。な、なんていうか……何だろうこの気持ち。甘えられてちょっとお姉さんになった気分というか、とにかく悪い気分じゃない。
…………ちょっとくらいならいいか。
そう思ってゴレイヌさんに対しての愛を語り始めたら、気づけばちょっとじゃすまなくなっていた。ネオン様が引かずに「うんうん、それで?」と楽しそうに促してくれるもんだから余計に止まらなかった。侍女のエリザとリアーネ、それとダルツォルネは少し引いてきた気もするけど…………いや、私と同じく恋する乙女との恋バナは予想以上に楽しくて。
気づけば4時間くらい話していて、その話の流れで私が愛するゴレイヌさんのために女子力を磨いていると言ったらネオン様の瞳が輝いた。そして「いい玩具をみつけた」といわんばかりの表情になったネオン様はこう提案したのだ。
「まっかせなさい! エミリアのお仕事期間が終わるまでに、このネオンちゃんがそのやぼったいセンスを磨き上げてあげるわ!」
それからというもの一日の大半をネオン様の部屋で過ごすことになったのだが、自らをモデルにファッションショーしてくれるネオン様のファッション講座やメイク講座は物凄く勉強になった。これなら依頼料貰うんじゃなくてこちらから授業料としてお金を払いたいくらいだ。いやだって、ネオン様マジセンスいい。私に似合う服装はどんなのかって色々見繕ってくれたし。何このファッションモンスター……否、ファッションフェアリー。
え、これ仕事? 超楽しいんだけど。
一週間が過ぎるころには私はネオン様を「我が師」として崇めていた。淑女教育ではキキョウ先輩、家庭力教育ではクラピカが師匠だが、見た目の美しさやファッションセンスにおける大師はネオン様である。なんたってたった一週間で私のやぼったいセンスが凄まじく改善されたからな……!
名残惜しく思ったので、屋敷を去る時「何か困ったことがあったら連絡してください」と私のホームコードとケータイ番号を渡しておいた。我が師のためなら(出来る限り)いつでも駆けつけよう!
ついでに効果があるか分からないけど「耳にデカイピアスつけて額に包帯を巻いた爽やか風イケメンに出会うことがあったら変態だから絶対についていかないように」とだけ言っておいた。たしかクロロの奴、漫画だと我が師から占いの能力盗んでたからな。ヒソカの協力を得られたことから今のところネオン様が奴に出会う前に……うまくすればオークション初日にクソガキ共を始末出来るだろうと考えているから、これは保険のようなものだけど。
ちなみに護衛(?)期間中にダルツォルネから「一応確認のためだ。お前の"練"を見せてもらおうか」と言われたので、鍛錬の成果として分かりやすいだろうと手ごろな鉄板を用意させて"硬"で破壊したら奴は最後まで私と話さなくなった。
何だったんだ。
エリザと一緒に居た侍女の名前が分からなかったので彼女の名前に関してはオリジナルです。(ネオン 侍女で検索してもエリザしか出てこなかった……