私はゴンさんという初めての友達とお互いの健闘を祈り別れると、軽くなった心で他の結婚式参列者候補……キルア、クラピカ、レオリオを探しに再びゼビル島の森の中を散策していた。
ちなみに現在使っているのは探索のための"円"では無く、オーラを絶って気配を消す"絶"だ。円はオーラの消費が激しいし、円に使うオーラを目印にピエロや鋲男がこちらに狙いを定めて来ても面倒くさいしな。まだ時間もあるため、気配を消して無用の争いを避けつつ目的の人物たちを探していたのだ。
途中何人か見たけどもうプレートを集め終わっている私にとっては必要ないから無視。
そういえばゴンさんを狙っている奴が居たけど、手を貸したら自分の力を試したいというゴンさんの意に背くと思ったので「君も狙われる者だって事を忘れないでね」とだけ言ってあとは教えなかった。多分ゴンさんのことだし大丈夫だろう。
しかし思うように目的の人物に会えず、時刻は夕方。とりあえず腹ごしらえを友達のゴンさんに教えてもらった食用植物と途中で狩った鳥ですませ、一息ついてからさてどうするかと考える。
ああ、そういや少し体が埃っぽいし汗臭いのが気になるな。身だしなみは人の印象を決めるし、会いに行く前に一度身を清めておいた方がいいかもしれない。そう考えた私は水場を探し、軽く体を清めることにした。幸い近くに丁度よさそうな沢を見つけたのでそこを利用しようと決める。
たしか受験生にはそれぞれ個別に試験官がついているはずで、絶も使わず(おそらく自分たちの存在に気づくかも評価項目なのだろう)後をつける一人の存在には気づいていた。でも向こうも仕事だろうし、私も全裸になるわけじゃ無いから気にしてもしょうがないだろう。そう思ってぱぱっと上着とズボンを脱いで濡らして絞ったタオルで体を拭いていた私だが、ふと人の気配に気づいて視線を向ける。敵対行動をとられたらすぐに対応できるように構えるが、そこに居たのは何とも複雑そうな表情をしたキルアだった。
そして奴はこう言ったのだ。
「ラッキースケベってもっと夢あるもんだと思ってた……」
おい貴様どういう意味だ。
「恥じらいってもんはねーのかよお前」
「別に真っ裸ってわけじゃないんだからいいじゃない」
呆れたように言うキルアに、腹に香草を詰めて焼いた魚を差し出す。塩は無いが、香りがつけば魚の臭みも気にならないだろうから味が薄くても食えるだろう。
あの後お互いにプレートを集め終わった事を確認すると(というか一方的に自慢されたから自慢し返した)、図々しくも「何か食いモン持ってる?」と聞いてきたキルアのために私は渋々体を清めていた沢で魚を取ってやった。好感度稼ぎのために仕方が無くだが、どうにも私はこのぼっちゃん相手に友好的に接するのが苦手だ。多分生意気だからだと思う。
キルアはわざわざ魚を捕まえるところから始めるとは思っていなかったらしく少し驚いていたが、「食べるの、食べないの?」と聞けば意外にも食べると言ってきた。いや食べ物無いかって聞いてきたのはこいつだけど、嫌われてると思ってたからこうも簡単に誘いを受け入れられるとちょっと戸惑う。
そして腹ごしらえはしたものの、多めに魚を捕獲したので私も枝にさして焼いた魚に噛り付く。ちなみに熾した火の煙や臭いで他の受験者に場所を知られる恐れはあるが、私もキルアも「来たら来たで倒せばいいじゃん」という考えのためこの点は気にしなかった。……でも改めて考えると、ハンターとしての資質を見られるという点では減点対象かもしれない。あんまり気にしてもしょうがないけど、次からちょっと気を付けよう。
「にしても、お前がある程度強いのは知ってるけどさ。トロそうなのによくこんな早くプレート集められたよな。ぜってーこういう試験向かないと思ってた」
「喧嘩売ってんのかお前」
「お、何だ普通に話せるじゃん。トリックタワーじゃ何言ってるか聞こえねーしどもるし話しててイライラしてたんだよね」
「そりゃ悪かったわね。……言っておくけど、この前謝ったのは社交辞令みたいなもんだから。トリックタワーの方はともかく飛行船で明らかに悪かったのはお前の方だからな。私じゃなきゃ殺してたろ」
ずけずけ言いたいことを言ってくる小僧にイラついて、つい本音がこぼれる。ゴレイヌさんと将来的に仲良くなるゴンさん、キルアの好感度はなんとか良くしたいと思っている私だが、流石にちょっと気にくわない。
けど睨みながら言った私に対して、意外なことにキルアは少々ばつの悪そうな顔をした。
「それは……その……まあ」
「何? 聞こえないんだけど」
トリックタワーでのお返しとばかりに以前言われたセリフをそのまま向けると、ガシガシと頭をかいたキルアがやけくそのように叫んだ。
「あー、もう! 悪かったよ。ごめん!」
「! へぇ、謝るとか出来るんだ」
「ウルセー」
私がそう言うとキルアはぷいっと顔をそむけてしまった。それを見て調子に乗り過ぎたかと思い次に何を話そうかと魚を咀嚼しながら考えていた私だったが、しばらく喋らないでいるとキルアの方が口を開いた。
「お前さ、何でハンター試験受けたの? 天空闘技場じゃ荒稼ぎで有名だったから金はあるんだろ」
「いきなり何」
「興味本位」
素直だな。でもまあ、聞きたいのなら聞かせてやろう。ふふふ……! 私の幸せ未来計画を聞くがいい。
「好きな人がいるの」
「は?」
「好きな人がいて、その人と恋人になって結婚して幸せに暮らしたい」
「それとハンター試験がどう繋がるんだよ」
「私が流星街出身だって話はしたわよね? 流星街に捨てられた人間は戸籍どころか、普通なら捨て子でさえ登録される人民データすら持っていないのよ。だから私はまず自分の身元を証明する清く正しい身分証が欲しいわけ。そのためのハンターライセンスよ」
「うっわ思ってた以上にくだらねぇ」
「ああ? 何がくだらねぇだクソガキ」
私の幸せ計画第一歩をくだらないとはいい度胸だな! もういいや。ゴレイヌさんと仲良くなる奴だからって胡麻擦ろうと思ったけどこいつに気を使うという行為が腹立たしい。もうそういうの気にしないで話そう。
「あん? だってさ、試験は退屈だけどハンター試験だぜ? ハンター試験。それをお前、身分証のためだけって……しかもその理由が結婚のためとか恋愛脳かよ」
「じゃあそういうお前はなんで参加したんだ。たいそうご立派な理由がお有りなんだろうなぁ? ええ?」
「暇つぶし。すげぇ難関だっていうから、面白いかもと思ってさ」
「余計酷い理由じゃねーか!」
「俺はいいの。……つーかさぁ、お前金有るんだから戸籍くらい裏で買えるだろ。なんでわざわざハンター試験?」
「…………裏で買った戸籍なんて優秀な彼にはすぐばれるだろうし、私は好きな人に嘘つきたくないの。どうせなら自分で勝ち取った身分証明で堂々と胸張ってた方が、身元が知れても認めてくれるかもしれないじゃない」
「ふーん。そんなもん?」
「そんなもんよ。好きな人が出来るって、そんなもんよ」
最後は半ばごり押しで納得させようと「そんなもんだ」と言葉を重ねる私であるが、戸籍に関しては今言った理由は半分。たしかに金はある。金はあるが、基本的に私はこのシビアな世界で簡単に人を信用することが出来ない。正確に言うなら裏社会の人間を、だ。流星街の人間が保護しようと近づいてきても死にかけてても絶対に信用しなかったしな。
力と金は手に入れたものの、人との関わりを嫌った私には人脈というものが無く情報や裏の作法に関しても疎い。それに私は自分がそう頭のいい人間では無いと自覚している。……信用できる相手が居なくて知識が乏しい状態で、海千山千の魑魅魍魎が跋扈する裏社会に足を突っ込めばいい鴨になる事は想像に難くない。クソガキ共の頭脳派にしてやられて辛酸を舐めた経験がより警戒心を強めていた。
いくら強かろうが、やり方次第でいくらでも絡めとられるのがこの世界だ。だったら出来るだけ関わらないようにするのは至極真っ当な自衛手段ではなかろうか。必要とあらば力でねじ伏せ邪魔なものは全て踏み砕くつもりだが、わざわざ自分から厄介事の種を抱え込む必要もあるまい。
……まあ、住居を得る際は多少金と暴力を使って無理やり事を進めたけども。
でも情報や知識というアドバンテージが圧倒的に不足している私としては、あまり裏社会に借りを作りたくないのが本音だ。
まあゴレイヌさんに嘘つきたくないって理由の方が圧倒的に上だけど!
愛する人が居るならば、取り繕うのはありだろう。本来の自分より良く見せたいという真っ当な行動だ。
でも嘘は駄目だと思う。例外として相手の事を想っての嘘ならともかく、自分に都合の良い嘘は駄目。この辺ハンター試験に来る途中とか、ゴレイヌさんに会ってからの自己紹介をシミュレートする段階で結構考えた。
「愛する人には誠実でありたいもの。自分の力で手に入れた、後ろ暗い所のない身分証明。……それを求める私にとって、ハンターライセンスは最適だわ」
「愛する人って、おま、結構平気でハズい事言うのな」
若干引いた様子のキルアの反応が気にくわないが、まあおそらく初恋もまだだろうお子ちゃまなんだしそこは勘弁してやろう。でもちょっと文句を言うくらい許してほしい。
「……好きな人が居るって、それだけで凄い事なんだから。馬鹿にするんじゃないわよ」
思えば私はこの世界で生きて来て、今まで「生きる」という漠然としたもの以外に目的も目標も無かった。趣味のアニメやゲームは好きだけど生きる指針となるほどのものでもなく、いつも心のどこかで地に足のつかない自分に不安を感じていたと思う。理不尽に対する怒りという原動力は私にとって切って離せないものだけど、それは心の安定からはあまりにもかけ離れた感情だった。
でもゴレイヌさんを思い出して、急に世界が開けた気がした。あの時の事を思い出すとそれだけで心と体が熱くなる。
無味乾燥だった私の世界にゴレイヌさんという存在が鮮やかな色を付けてくれたのだ。
まあ好きな人に対して恥ずかしくない自分になりたい、愛される人間になりたいって思ったからこそ今現在自分の人間力と女子力の低さに絶望してる所なんだけどな!
それを思うとちょっと泣きたい。
ま、まあいい。これ以上お子様相手に恋愛論を語ったところで仕方があるまい。お互い口は悪いけどトリックタワーの時のような地獄のような空気も無く結構普通に話せてるし、このまま別の話題をふってみるか。
「まあ、私の事はもういいでしょ。そういえば、さっきはなんで謝ったの? トリックタワーじゃ結構嫌われてるように思ったんだけど」
「それは……」
言いよどむキルアに話題のチョイスをミスったかと内心焦る。いやだって、あの生意気な小僧が素直に謝るとは思ってなかったし……! 気になったんだからしょうがない。
口に出してしまったものは仕方がないし、じっとキルアを見つめて答えを待っていると根負けしたのかキルアは自分の膝に頬杖をついてそっぽを向きながら答えてくれた。
「俺んち暗殺一家だって話したろ」
「ああ、うん。有名だよねゾルディック」
「……勝手に期待されてレール敷かれてって人生が嫌で実家飛び出したのにさ、家出ても人殺してちゃ意味ないじゃんって思っただけ。体に刷り込まれてるみたいで気にくわねぇ。お前が言う通り、多分お前相手じゃなきゃ誰か殺してたし。…………だ・か・ら! お前の事は嫌いだけど、俺は俺のためにかっこ悪ぃから謝っただけだからな! 勘違いすんなよ!」
「な、そんな正面から嫌いって言わなくても!」
「うるせぇゴリラ女!」
「ほ、褒めるか貶すかどっちかにしろよ! 照れていいのか怒ればいいのか分かんないでしょ!?」
「だからゴリラは褒め言葉じゃねぇって!」
しばらくぎゃんぎゃん言い合ったけど、それが妙に懐かしく感じたのは今よりもっと小さかったコイツが天空闘技場で突っかかって来たことを思い出したからだろうか。最終的に「もういい! お前と言い合ってんの疲れる」と言って去ろうとしたキルアだけど、魚は結構うまかったと感想を残していったので思ったより気分は悪くなかった。だからまあ……その、トリックタワーで瓦礫の破片をぶつけたお詫びとゴマすりを兼ねて、カバンに入れていた私の非常食をくれてやった。
「! チョコロボくん……。へえ、気ぃきくじゃん。ま、貰っておいてやるよ。毒入りでも俺には効かないけど」
「失礼な奴だな! 毒なんか入ってない!」
「あっそ。じゃ、俺行くわ。まあ、あんたも試験終わるまで頑張れば?」
「い、言われなくても!」
な、なんだよ。いきなり応援とか不意打ちだな。あれか? ギャップ萌えでも狙ってんのか。タダでさえ暗殺一家期待のホープ銀髪猫目生意気少年とか属性過多なんだからそれ以上欲張るなよ。……とかなんとか思いがけない言葉に若干混乱した私だったけど、トリックタワーの時より雰囲気良くなったんじゃないか? 友達とまではいかず嫌いとか言われてるけど好感度ちょっと回復したんじゃないか!? と内心ちょっと喜んでいた。
なんだ、やっぱり1対1なら私でもちゃんと話せるじゃん! もしかしてコミュ力上がった!? ふ、ふふふ……! ゴンさんに続きなんと幸先のいい。
私はもしかしたら奴も参列者枠に引き込めるかもしれないという可能性を見つけ、ひそかにガッツポーズをしたのだった。
よーし、やる気出てきた! 次はクラピカとレオリオだ!