ゴレイヌさんに会いに行こう!   作:丸焼きどらごん

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むかし話4:エミリア=フローレンという女

 パクノダはある人物に会うため、とある町を訪れていた。彼女は目的の相手に会いに行くのは何年ぶりだろうかと考えつつ、一軒の家の前に立つ。

 

 正面から行ってもどうせ入れてもらえないだろうと思い、玄関のカギを壊し家主に無断で家に上がり込んだパクノダであるが目的は強盗ではない。かといって目的という目的もなく、あえて理由をつけるならそれは「顔を見に来た」という非常に曖昧なものだった。

 

 

 

 

 

 家の中はインテリアというものがほとんどなく、ぱっと見渡した限り積み上げられた段ボールが所狭しと場を占拠していた。

 おそらく越して来てからほとんど荷解きをしていないのだろう。パクノダの記憶が正しければ、たしか1か月ほど前に幻影旅団の仲間であるウボォーギンが「エミリアと遊んできた」と言っていたはず。この様子だとその時に住居が壊れ引っ越しを余儀なくされたのだろう。

 難儀なことだ、と原因が仲間でありながらパクノダは少々の哀れみを抱く。

 

 そして家主……エミリアを探して廊下を進んでいると、ふと気になるものがあった。それは中途半端に扉が空いた一つの部屋で、なんとなくドアノブを引いて覗き込めば突如としてガラガラと何かが崩れて自分に向かって雪崩れてきた。

 何事かと避ければ崩れた物体の正体はいくつものジュラルミンケースで、視線を上げてみれば件の部屋には同じものがいくつも無造作に積み上げられている。崩れたはずみで開いたケースからは札束がこぼれ、パクノダはそのケースの中身が全て同じものだろうと見当をつけた。ケース一つにだいたい1億ジェニーほど入っているとすれば、この家に押し入って強盗が成立すれば下手な銀行を襲うよりもはるかに高額の金を手に入れられるだろう。

 

 しかしそんな光景を前にしてパクノダが抱いた感想は「冬眠のためにせっせとエサを集めるリス」という我ながら微妙なものだった。リスは冬眠に備え集めた木の実を数か所に分けて埋めるのだが、彼らは時々何処に埋めたか忘れてしまう。……この大事な物に対する扱いが無造作な様子を見て、パクノダがリスを連想したのはそのためだ。けしてかの動物の愛らしさと結び付けたわけではない。

 そしてケースの崩れる音に気づいてか、もそもそと分厚い毛布にくるまり不機嫌な面持ちで出てきたエミリアを見てパクノダは更に野生動物に相対している気分を味わうことになる。先ほどのリスという感想を訂正するならば、リスというより冬眠明けで気性が荒くなったクマといった表現の方が今の彼女に当てはまるだろうという事か。……ぎゅっと眉間に皺が寄り、こちらを射貫く眼光は鋭い。

 明らかに寝起きで不機嫌なその様子に、パクノダは少々来るタイミングを見誤ったかと後悔した。

 ……といっても、現在は正午を回った頃。健全な人間なら普通に活動している時間だ。昼と夜が反転している生活リズムの者も居るだろうが、彼女に関しては夜も普通に寝る。……寝たいときに寝るエミリアに対して時間を窺って訪れるという気遣いはまったく無意味であったと気づき、パクノダはため息をついた。

 

 

 

「何」

 

 投げかけられた言葉は一言。そのオーラは敵意に満ちている。

 

 

 

 パクノダは思わず自身に向けられたオーラに身震いするが、すっと用意してきたものを前に差し出す。するとその差し出したもの……紙袋の中身を覗き込んだエミリアは納得したのか、不機嫌なオーラを引っ込めて「パプリカとレタスとカボチャならある」と言ってきた。

 

「じゃあ、パプリカとレタスをちょうだい」

「分かった。それ、冷蔵庫に入れといてくれる?」

「ええ。キッチンは何処?」

「あっち。あと、鍵の修理代」

「10万ジェニーもあればいいかしら」

「ん」

 

 よほど寝起きで億劫なのか言葉は少ないが、無事に家の中を歩く許可は貰えたらしい。鍵の修理代は機嫌を損ねないために大分上乗せしたが、それも功を奏したのだろうか。

 …………このエミリアという女は自分の財産の管理については非常に杜撰だが、他人からもらえる金額には非常にうるさいのだ。パクノダとしては「そんなにお金が大事なら盗まれたら気づく程度には管理をした方がいい」と言いたいところだが、まあ注意するほどの義理もない。10万そこらの小金で喜ぶ彼女に、実は同僚たちがこの家に来るたびに数千万ずつ消えている事実を教えたらどんな顔をするのか非常に気になる所ではある。が、自分にとばっちりが来てはかなわないとパクノダは今日も口を噤んだ。

 

 ……仲間たちは「いつバレるか」という内容で賭けをしているが、おそらくこの様子だと指摘するまで気づくまい。

 

 減っても冬眠前にエサを集めるリスのごとく再び「あればあっただけ安心」という理由で定期的に稼いでくるエミリアであるが、集めたエサに関してはその場にあることに安心して確認というものをほとんどしないのだ。

 大量に詰まれたケースが一個二個消えていようが「こんなに使ったっけ?」と思いこそすれ、数えるとなるとその量を見て面倒くさそうにまあいいかと流す様子が目に浮かぶ。

 

 

 パクノダはそんな想像をして呆れつつ、エミリアが「パプリカとレタス」を用意するためにこの一軒家の小さな庭に出ていくのを見送ると、彼女の育てた野菜と物々交換するために持ってきたおまけ付きの冷菓子を冷蔵庫に入れるべくキッチンに向かった。

 シャルナークに頼んでエミリアが現在ハマっているアニメを調べてからシークレットが出る確率が非常に低いと噂のおまけつきの菓子を手土産に選んだが、どうやらこの選択は正解だったらしい。この商品はネットなどで注文できず、直接販売店へ赴かなければ手に入らないという引きこもりのエミリアにとって入手が面倒な代物なのだ。心なしか彼女の重かった足取りが弾んで見えたのは気のせいだろうか。

 

 ちなみに保険として辛党のエミリアのためにキムチも持参したが、それもよかったのかもしれない。

 我ながら野菜をもらうためという口実を作って、その実顔を見に来ただけだというのに随分な気の使いようだ。……まあ口実と言っても、幼い頃のまともな栄養源であったエミリアが作る野菜の味を懐かしんで時々食べたくなるのは事実なのだが。

 

 

 

 

 

 

 昔、流星街の片隅で誰の力も借りず、誰をも拒んで死にかけながら生活していた少女が居た。

 

 そして彼女が作る野菜や果物は瑞々しく新鮮で、乾いた味しか知らなかったパクノダたちにとって衝撃だった。

 少女は絶対に人にその野菜を分けようとせず手に入れるには盗むしかなかったが、そのたびに何度も何度も叩きのめされ返り討ちにされた。それでもどうしても食べたくて、何度も何度も盗んだものだ。

 

 返り討ちにされる中、一番初めに彼女の念を受けて念能力に目覚めたのはパクノダだった。

 そして「相手の心を読む」能力を発現させた彼女は少しずつエミリアから念についての知識を奪い、同じくエミリアに殴られて念に目覚めていった仲間に修行方法を広めたのだ。彼女にどうやって念を覚えたのかと問われた時は見て覚えたと答えたが、事の真相はこれである。他の流星街の住人も長老を筆頭に何人か使い手はいたが、その中でもエミリアの念についての知識は分かりやすいものだった。まるで子供が読んでも理解できる漫画のように。

 

 幻影旅団を名乗り蜘蛛と呼ばれる盗賊団の初期メンバーは、こうしてエミリア=フローレンという女から食料と知識を得たのである。

 

 

 

 

 念を覚えてからは劇的にエミリアとの戦いは様相を変えた。完全に多勢に無勢だったが、それでも対抗してくるものだからウボォーギンをはじめとした武闘派の者たちは自らを鍛える手段として喜々として挑んでいった。

 そんな現状に嫌気がさしたのか、エミリアはある時「二度とこんな場所に戻ってくるか!」と吐き捨てて流星街を去った。しかしエミリアが都合のいい鴨である以上に己を鍛えるための好敵手、又は反応を見るのが楽しい玩具として認識していた仲間たちとしてはそれが物足りなかったらしい。それぞれ適当に理由をつけては、今でもたまに流星街を出たエミリアのもとを訪れている。仲間内でも精神年齢が高いフランクリンなどは「あいつらガキのまんまだな」と時々苦笑していた。

 パクノダとしては彼女の「内面」を知るだけに出来るだけ関わりたくないのだが、それでもこうして時々顔を見に来てしまうのは半ば習慣だ。何年か一度にでも顔を見ておかないとスッキリしないのだから変なものである。

 

 

 

 

 

 パクノダは今でも初めて彼女の心を読んだ時の事を覚えている。

 現状への不満が憎悪となって烈火のごとく燃えていた、彼女の心を。

 

 何があの女をあそこまで強くさせるのかと興味本位で記憶を覗いたが、意味を読み解けない断片的な記憶がごちゃ混ぜになる中でただその「怒り」だけが溶鉱炉のように熱く、異彩を放っていた。

 

 彼女は基本的に何かに対しての興味が薄い。それは度々迷惑極まりない行動を繰り返す仲間たちに対しても同じだ。

 

 普通なら一生許すことなど出来ず、恐怖に震えるか怒りで報復に人生を捧げるか……。そのどちらかを選ぶしかないだろう仕打ちを受けているにも関わらず、エミリアはその場で怒り全力でもって報復しようとはするものの時間が経てばその「浅い怒り」はリセットされる。非常に単純で大雑把な彼女の性格故と言えばそれまでだが、パクノダとしては彼女にとって怒りを継続させるほどの執着が自分たちに無いからだろうと思っている。

 優先順位で言えば趣味である漫画やアニメ、ゲームの方が上で、引きこもってそれにどっぷりと浸かる幸福を捨ててわざわざ追ってまで復讐に労力をはらう方がエミリアにとっては酷く面倒で苦痛なのだろう。つまりその程度……というわけだ。

 お互い少々慣れ過ぎてエミリアの感覚が麻痺している部分もあるだろうが、それを引いても自分たちに対しての興味はそれほど高くないといえる。

 

 

 

 しかし、昔読み取った「現状」や「世界」という漠然としたものに向けられていた怒りの感情が、今度は自分たちに真っすぐ向けられた場合。……パクノダはそれを想像すると少し怖い。

 

 

 

 単純ゆえに目的を見つけるとそれに一直線に進むのがエミリアという女だ。何かに対する興味が薄い故に、執着するモノを見つけた時が恐ろしい。

 

 今もエミリアは自分を取り巻く世界への怒りを糧に「生きる事」という目的を遂行するために己の研鑽を続けている。趣味と金を得てからは表面上は落ち着いたように見えるが、その実何も変わっていないのではないかとパクノダは想像していた。現役で盗賊として活動している幻影旅団の前衛を張るウボォーギンと引きこもりの女が真正面から戦えるというだけでもう普通じゃない。ノブナガやフィンクスなどは引き分けるよりも黒星の方が多いくらいだ。

 

 今はシャルナークのように情報を集める手段が不足し、搦め手にも弱いエミリアは単純なパワー以外は脅威となりえない。しかし彼女が「生きる上で幻影旅団は邪魔である」と本格的に認識してこちらに怒りを向け、厄介な協力者でも得た場合……。きっとこちらの息の根が絶えるまで、真っすぐ真っすぐ向かってくるのだろう。そしてきっと、その敵意は蜘蛛の何かに突き刺さる。

 

(団長はどう考えているのかしら)

 

 出来れば厄介な敵を作り出す前にちょっかいをかけるのをやめるのが賢明だ。だが、今のところ仲間たちがお遊びをやめる兆しは見えない。

 おそらくエミリアが蜘蛛の脅威となった場合殺すことにためらいは無いだろうが、問題はその時が「遅すぎないか」というのが問題だ。漠然としたものへの怒りで流星街をたった一人で生き延びた人間が、敵意を向ける明確な相手を得る。……その時、彼女の憎悪に染まった念は怒りを糧にどれほど進化するのだろうか。

 

 

 

 

「ほら、野菜」

「! え、ええ。ありがとう」

 

 

 

 思考の海に沈んでいたパクノダだったが、かけられた声に意識が戻る。

 

(考え過ぎかしらね)

 

 久しぶりに会って敵意のオーラを向けられたことで、普段は忘れている懸念が肥大化していたようだ。

 パクノダはいったん考えを振り払うと、差し出された野菜を受け取った。

 

「それにしても、物好きね。今ならここに来なくても新鮮な野菜なんていくらでも食べられるでしょ」

「ふふっ、そうかもね。でも時々あなたの力強いオーラを受けて育った野菜が食べたくなるのよ」

「……一応聞くけど、念で育てたからって変な効果はないわよね?」

「さあ、どうかしら。……それはともかく、数年ぶりね。元気にしていた?」

「元気にしてたいからあいつらどうにかしてくれ。特にシャルナークとフェイタン」

「あら、ウボォー達は?」

「あいつらも鬱陶しいけどシャルナークは特にクッソ手の込んだ嫌がらせしてくるしフェイタンは単純に物凄く嫌い。毒だの拷問だの人を実験ネズミみたいに……!」

「でも最近は毒や薬に耐性がついて捕獲が難しくなってきたってフェイタンがぼやいてたわよ」

「耐性がついたって苦しくないわけじゃないの!」

 

 そこから一気に溜まっていただろう愚痴が噴出し、パクノダはその後数時間話に付き合わされることになった。しかしその話の後スッキリした顔で「お菓子のおまけは嬉しいけど甘いの全部食べられないからあんた食べてけば。お茶くらいなら出すけど」と誘ってきたエミリアを見て「ああ、やはり単純だな」とパクノダは改めて思った。多分これでしばらくは……次に迷惑行為の被害を受けるまでは、エミリアの怒りは忘却の彼方に放り出される事だろう。

 

 

(本当に、変な子よね)

 

 

 口に出せばまず間違いなく「お前らに言われたくない」と反論されるだろうが、そう思わずにはいられない。

 

 

 

 パクノダはとりあえずつい考え過ぎてしまう自身の思考に蓋をして、疲れた頭を癒すために「いただくわ」とティータイムの誘いを受けるのだった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 




旅団視点で主人公について書いてみようと思ったら物凄く難産だったorz
なお主人公の興味と執着はゴレイヌさんを思い出したことによりあっさりゴレイヌさんに染まって人生のうるおいとなった模様

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