薄暗い部屋の中、私は青白い画面を前にひたすらタイピングを続ける。そしてもう片方の手は器用にコントローラーを操っていた。
『おら、そっち行ったぞ。足止めトチるなよ』
『ウルセー分かってるよ』
現在画面の中で活き活きと動いているのは、私が操る筋骨隆々な男性キャラクターと相方が操作するロリ顔で巨乳の美少女キャラクターだ。私のキャラクターはドラゴンの姿をしたボスを相手取っており、ロリ巨乳はその背後にある宝箱を狙っている。
私は今、期間限定のレアアイテム確保のためにネットゲームで共闘をしていた。相方は昔から何度か一緒にプレイしている「みるく」という奴だが、口が悪いのと操るキャラクターがどれもあざといのでリアルは男のキモヲタだろうと想像している。ちなみに私のハンドルネームは「ごんぞう」だ。
別に友達というほど仲は良くないが、お互いに居丈高で偉そう、コミュ障故になかなか共にプレイしてくれる相手が居ないのだ。装備だけは課金により最高のものでがっちり揃えているが、それも敬遠される理由だろうか。初めて会った時(といってもゲームの中でだが)は2人以上の連携プレイが必要とされるイベントでレアアイテム確保のためにお互い「チッ、しょうがねぇな。組んでやるよ」程度の認識で今もそんな関係から進展はしていないが、趣味だけは妙に合うもんだから時々こうしてチャットでだらだら喋りながら共闘プレイを続けている。ま、ムカつく奴だが気を使わなくていいという点については楽な相手だ。
そして無事にアイテムをゲットしたこともあり、今日も今日とてだらだらと雑談が始まった。
しばらく今期放送のアニメの評価やらフィギュアの造形師について語った後、ふと思い出して伝えておこうと思っていた内容を打ち込む。
『そういや俺しばらくネトゲできねーから。せいぜいぼっちにむせび泣けよ』
『は? むせび泣く必要とかねーから』
『そうかよ。でももしかしたらこれを期にネトゲ卒業すっかも』
『お前が? なんだよ、脱ニートでもすんのか』
『ニートじゃねぇし』
『嘘こけ。俺はともかくお前みたいに課金しまくりの高頻度でログインしてる奴がまっとうな仕事してるわけねぇだろ。親の脛かじって引きこもってんじゃねーの?』
『親いねーよ。俺は短期集中型で稼いでから引きこもってんの』
『ほーん。で、ネトゲ卒業? 一応理由聞いてやるよ』
野郎、親居ない発言はスルーかよ。まあ同情されたいわけでもないからいいけど。
しかし理由を聞いてきたことは褒めてやる。しかと聞くがいい! 私の輝く未来へのロードを!!
『よくぞ聞いた。リアル嫁を思い出したから娶りに行く』
『妄想乙。しかも思い出したってなんだよ。大事な約束しておきながらヒロイン全員記憶喪失張りに肝心な事忘れてた某ラブコメ漫画じゃあるまいし』
『黒髪美少女が可哀想なキムチ漫画の話はヤメロ俺に効く。じゃなくて、まあなんだ。思い出した以外に上手い表現が無い』
『変な奴。ま、せいぜいフラれて戻ってくる想像しか出来ねぇけど』
『馬鹿野郎! これ以上ないくらいの運命の相手なんだ。絶対ものにしてみせる!』
『うわキモ。脳みそ湧いてんなお前。伝染したくないから落ちるわ』
それを最後に、みるくはあっさりとログアウトした。こ、こいつ……。仮にも貴重な共闘相手を少しは引き留めようって気は無いのか。別に寂しいわけじゃ無いが、釈然としない。なんだよお互いぼっちのソロプレイヤーのくせに。
まあ愚痴っていても仕方がない。私は凝り固まった体をほぐすと、サイドテーブルに置いてあった「ハンター試験応募カード」を見た。すでに必要事項を記入する欄は埋まっており、後は応募するだけである。
HUNTER×HUNTER。そう呼ばれる漫画が、私の前世の世界にあった。
前世などと私みたいなオタクが口にすればまず間違いなく「妄想癖」として片付けられそうだが、事実私には前世の記憶としか言いようのないものが存在している。といっても、それを「前世の記憶」として思い出したのはつい最近なのだが。
この私、エミリア=フローレンの記憶はとあるごみ山から始まる。流星街という、何を捨てても許される不毛地帯がこの世界における私の故郷だ。
当時……おそらく4歳くらいだったろうか。訳も分からずゴミ山の中で突っ立っていた私は、近くに落ちていたプレートに書かれた「エミリア=フローレン」の名前を自らの物とし、幼い身に対して不自然に確立した自我と何処で手に入れたのかも知れない知識で生活を始めた。自分が誰だかも分からず、どうしていいかもわからない。そんな中でとりあえず「生きよう」とだけ思えたのは、前世の記憶による恩恵だろう。何も知らないまま流されて死ぬのだけは嫌だったのだ。
その記憶の中にあった物で特に役立ったのは「念能力」という力についてである。オーラと呼ばれる人間の生命エネルギーを応用した超自然的な特殊能力は、能力の開花までは時間がかかったものの生きるにあたって最高に役立つ力だった。正直、この能力が無ければ私はゴミ山のすみっこでくたばっていただろう。
世間一般では誰も住んでいない土地として扱われている流星街は、その実多くの人間を内包している。しかし私は頑なに一人を貫いた。多分、こんなアウトローどもと一緒にされるのは嫌だという妙なプライドがあったんだと思う。何度か死にかけたくせにぼっちを貫いた自分は我ながら頑固だ。
ある程度成長し、自立できる程度の力を得ると私はさっさと流星街を後にした。もう二度と戻るかと吐き捨てた相手は、私があのゴミ山で念能力を駆使し苦労して育てた野菜を強奪しにきていたクソガキ共だったか。奴らは野菜と共に私から念能力の知識まで盗んでいったくせに、最後まで気にくわない奴らだった。時々何故か割れている私のホームコードに連絡が来る上に無断で私の住居に上がり込んでいるが、基本完無視である。あの犯罪者共さっさとくたばればいいのに。
ともあれ、流星街を出た私は生活のために金を求めた。しかし流星街の人間には本来捨て子でさえ登録される人民データが存在しない。身分証明を持たない者に世間の風は厳しく、働く先など見つかるはずもなかった。
しかしここでも役立つ前世知識。今世では一度も聞いたことが無い「天空闘技場」なる場所を記憶していた私は、すぐにそこで荒稼ぎした。そこは試合に勝つだけでファイトマネーと呼ばれる賞金を得ることが出来る、力がある者にとっては夢のような場所である。
不本意ではあるが、食料を巡って流星街のクソガキ共と日々血で血を洗う傷だらけの闘争を繰り返していたおかげで私は強い。念能力という魔法のような力のおかげもあって、早々に負けることなどなかったのだ。身分証明がないため銀行口座が作れず賞金をもらうにしても現ナマであるのが難点だが、まあ自室で金に囲まれて暮らすのも気分がいい。身分証明など無くても、問答無用に振るう暴力と札束で顔引っ叩いてやることで手に入れられるものもあると知れたしな。今では結構いい部屋に住んでいる。
不便なので何度かハンター試験というものを受けて身分証明を手に入れようとしたこともある。が、数回流星街のクソガキ共と試験がかぶり奴らの踏み台として落ちてからは気持ちが萎えてしまったのだ。
そうして生きる基盤を手に入れた私が何をしたかといえば……ありていに言えば引きこもった。
大金を手に入れた今、煩わしく世間と関わって生きて何の得があるのだ! そう開き直った私はたいがいコミュ障である。
どういうわけか生まれてこの方目にしたこともなかったアニメ、ゲーム、漫画という娯楽は、手を出せば驚くほどすんなりと私に馴染んだ。そして金に糸目をつけず娯楽に溺れた私は、時々天空闘技場に現れて金をかっさらいつつ基本手に入れた住居で好きな事をする怠惰な日々を送っていた。
しかしある時、そんな私に転機が訪れる。
それはある日、とあるネイチャー番組を見ていた時のこと。そこで私は画面に映る一匹のゴリラに妙に惹かれ、食い入るように見ていた。そして青天の霹靂のようにぱっと私の中で何かが閃き、今まで何故持っているか分からなかった知識に記憶というものが加わったのだ!
私はエミリア=フローレンとなる前、今生きる世界が漫画として描かれていた世界で生きていた。そして私は、その中に出てくるとあるキャラクターがどうしようもなく好きで好きで仕方が無かった。
理屈など無い。
ただ惹かれ、ただただ好きになった。そう、それは正に恋である。
情熱に理由などいらないのだ。
その恋した紙面越しの相手が、もしかしたらこの世界にはいるかもしれない。そう思ったら、ダラダラしてる場合じゃねぇってわけで。
ちゃんとした身分を手に入れて、愛しいあの人に会いに行く。そしてあわよくば嫁に……! いや、あわよくばではない! 絶対に嫁になってやる!! 記憶を手に入れた事でキメラアントだの暗黒大陸だの余計なことまで思い出したが、そんなもん知った事か! 私はあの人と恋人になって結婚してイチャイチャ出来ればそれでいい。つーか、思い出したと言っても断片的にしか覚えてないからどっちにしろ対策とか無理だし。もし私の前に立ちふさがるなら、なぎ倒せるくらい強くなればいいだけだ。
彼を思い出した瞬間、私の人生の目標は彼になった。
287期ハンター試験。この試験で後ろ暗い所のないハンターというこの世界における身分証明を手に入れて、正面から彼に会いに行こう。そして愛を告げるのだ。
「待っててくださいゴレイヌさん! 今、会いに行きます……!」
【エミリア=フローレン:好みのタイプ、知的なゴリラ男子】
ちなみに主人公は強化系