とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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サブタイトルの表記を間違えていました。

21-3 ではなく、21-E となります。修正させていただきました。

14/2/25


学園都市   21-E

 

 

  『ステイル! 私はとってもお腹がすいたんだよ!』

 

 

 

  『ふふん♪ しょーがないからこのインデックスさんが教えてあげるんだよ!』

 

 

 

  『またタバコすってる! 身体に悪いっていっつもいっつも!!』

 

 

 

  『むぅ……ステイルは意地悪かも――いいもん、火織にお願いするから!!』

 

 

 

 

 

 

 

 

          『アナタは、だぁれ……?』

 

 

 

 

 

 

 

「っ!?」

 

 

 ああ……最悪だ。自分がもっとも惨めで、もっとも思い出したくない時期を思い出すなんて。

 

 気分を変えよう。そうしよう。一服でもして――冷静に……。

 

 

「……ちっ」

 

 

 はぁ……さらに最悪なのは、タバコを切らしてしまっていることだね。さっき箱を握りつぶしたのを忘れてた――この苛立ちをどう沈めろというんだ?

 

 

 

(……それもこれも、あの子の笑顔を久々に見た所為、なんだろうね……)

 

 

 この苛立ちも、いつもよりずっとタバコのペースが早いのも、きっと。

 彼女の名――禁書目録とあるとおり、彼女は魔導書……その中でも、とりわけ危険とされ、読むことはおろか所持することさえ禁忌とされるものを、10万3千冊所持している。

 

 見たままを、聞いたままを。一語一句違えることなく、寸分のズレもなくその図式を完全に暗記することによって――彼女はその身に、10万3千冊を記憶として所持している。

 

 

 そして、その記憶容量の所為で、おおよそ一年程度の記憶しか保てず、外部の手でその一年を『消去』しなければ……彼女は生きていられない。

 

 

 

「――最後に、あの子の笑顔を見たのはいつだったかな……」

 

 

 

 あの子の身に纏う礼装――『歩く教会』を起点にした監視魔術で垣間見れた、デザートを手に入れた瞬間の彼女の満面の笑み。……口元のよだれは、まあ見なかったことにしよう。

 彼の……確か、ミサカ ミオト――と言ったか。彼の作る料理は確かに美味しそうだった。見ているだけの僕も思わず生つ、んんっ! 

 

 ……食べることに至福を感じる彼女には、この上ない幸せだったろう。

 

 

 

(なん、なんだろうね。この感情は……)

 

 

 

 でも、彼女の――インデックスが幸せに笑っているその場所に、僕はいない。

 いまの僕は、彼女の敵。その笑顔を曇らせる存在でしかない。

 

 

 彼には、感謝している。あんな満面の笑顔、本当に久しぶりだ。

 彼には、嫉妬している。……このムカつきに似た感情は、多分嫉妬だろう。

 

 ……彼を、羨望している。

 ああ、羨ましいとも。かつてあそこにいたのは、僕と神裂なんだ。 

 

 

 

 でもそれを、僕たちは自分の手で壊した。……他ならない、彼女自身を守るために。

 

 

 

『――聞こえますか、ステイル。『舞台作り』は終わりました』

「そうかい。しかし、随分時間がかかったね? ――勘付かれた、なんてことは」

『……いえ。かなり強い繋がりで少々手間取りまして……よほど、仲がいいのでしょうね』

 

 耳元から聞こえる、通信術式を通した神裂の声――報告が届いた。

 

「……見ず知らずの、あからさまに怪しいあの子を態々家に上げて、豪勢な食事を用意して我侭まで聞く――生粋のお人好しと見たね、僕は。でもだからこそ、手を抜くつもりは、ないよ」

 

『……ええ。それには同感です。私も最善を尽くしますよ』

 

 

 

 ――さて、と。

 

 始めるとしよう。

 彼女の思い出が、少ないうちに。残る傷が、少しでも浅くなるように。

 

 

 

 

「『―何人もこの地より去り・誰人もこの地より依らず―』」

 

 

 

 人払い術式の発動を確認――指定した範囲内にいる人間は最短距離を急ぎ足で結界の外へ。屋外屋内を限らず、大都市の一角にポッカリと無人の空間が生まれる。

 

 

 ……いや、正確には無人じゃあない。

 

 魔術師一人と、膨大な書庫が一人……そして、術式の発動と同時に雰囲気を変えた、ミサカ ミオト。浴室へと続く扉の前に立ち、強く警戒している。

 それでも――脱衣所に踏み込まないあたり、非常時でもモラルとかを守る人間らしい。

 

 

 

『配置に付きました。どうしますか?』

 

「都合よく、あちらから気付いてくれたよ。態々中に入らなくても出てきてくれそうだ。……神裂は裏手を頼む。僕は正面から……まずは、交渉してみるよ」

 

『分かりました。……では』

 

 

 インデックスが大慌てで『歩く教会』を身に纏いつつ――脱衣所の前で警戒していた彼に激突して一人倒れている光景を最後に、監視魔術を解除する。

 

 

 ……ああ、本当にタバコを吸いた――

 

 

 

 

「にゃぁあああああああああああああああああ!!!!????」

 

 

 

 

 

「……い?」

『……は?』

 

 

 

 

 

 ……油断していたよ? ああ。油断していたとも。あんなに間の抜けた神裂の声なんて初めて聞いたね。

 いつものクセでタバコを収めている場所を漁り――ん、一本だけ残ってた。これはツイてる。

 

 どうせ無人なんだから、人目はばからず魔術で火をつける。

 ああ、やはりニコチンとタールがない世界なんて意味がない。

 

 

「……神裂、すまない。僕は幻術をかけられているみたいだ」

『すいません、いえですがあれは……ええ?』

 

 

 

 黒い影が、建物の壁面を足場にして跳んでいく。丁度、大通りをジグザグに進んでいる感じだね。

 なんていったかなアレは……ゴムの小さいボールで投げるとやたら跳ねる……。

 

 

 あっという間に、数百メートルを移動し、そのまま細い路地に突入して見えなくなった。……幸いにもインデックスの『歩く教会』を追尾できるから見失うことはないだろうけど。

 

 

 ――タバコが半ばまで灰になり、重力にとらわれて落ちていく。

 うん。そろそろ、現実を見ようか。

 

 

「学園都市にも聖人はいたのかい? あんな動きが出来る人間を、僕は神裂以外に見たことがないんだが」

『…………』

 

 

 

 その神裂も沈黙している。人類の超越者たる聖人である彼女の眼にしても、目の前で起きたことが信じられないらしい。

 

 

『ど、どうしますか?』

「いや、追うしかないだろう? ――というか、追ってもらわないと僕には何も出来ないわけであって」

 

 

 情けない、とは思わない。地面を走って逃げるならまだしも、あんな風に高速移動されたら僕にはなすすべがない。悔しいと思う前にすっぱり諦められたよ。

 

 

『人払いの結界は相当広く張りましたが……範囲外に出られるのは時間の問題ですね……追います』

「手荒な真似はしたくなかったけど……仕方ない。いけるかい?」

 

 

 無論、と帰ってくる、頼もしい相棒の返事。

 

 それに答えるべく、僕も周囲一体の地形把握の術式と、より精密な追尾術式を発動する。

 簡略化されたこの街の魔術模型と、インデックスを意味する高速移動中の光点。そして、それを追尾するように飛び出した神裂たる光点。

 

 

「ん……?」

 

 

 しかしそこにさらに、もう一つ。

 

 本来あり得ない光点が、位置的に、僕のすぐ近くに存在した。地表ではなく、やや高い位置にある……。 

 

 

 ――そこが、先ほどまで監視していた場所だと考え至るのは、すぐのことだった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 聖人。

 

 自身がそう望むわけもなく。しかし私は世界から、そう呼び称される人間。世界人口、約70億人の中の、約20名。

 神か、天使か、あるいはそのどちらかの加護を身に宿し、私たちは超絶たる力を発現できる。……術式を纏って殴れば高層ビルも倒壊できる。その気になれば、音速を軽く超えて動くことも出来る。

 

 私が聖人の号を受ける前でも後でも、身体能力で私がだれかれに負けた・劣っている、と思ったことは一度たりとも、一瞬たりともありません。

 

 

 

 あ、いえ。違いますね。

 

 ありま『せんでした』。が、正しい言葉ですか。

 

 

 

「追い、つけない……!」

 

 

 それは距離にして、およそ10メートル前後――といったところでしょうか。背中は見えているにも関わらず、一息の加速で捕まえられる距離にも関わらず……もう、15分はこうして追跡を続けています。

 

 

 

「またっ……!?」

 

 

 細い路地の一本道で、黒い背中が突然消えました。いえ、消えるように見えているだけで――その消えた位置まで近づけば……今度は右ですか。

 

 よほど近づかなければ判断できない、人一人がギリギリ通れるかどうか……という細い路地を、変わらない速度で飛びぬける。

 右か左か、その確認の瞬間の僅かな時間が、彼らに私が追いつけない原因の一つ。

 

 聖人たる私の眼を持っても、そのフェイントを見破ることが出来ない。

 聖人である私の身体能力に迫るだけでも驚異だというのに、彼はその差を技術で補っている。

 

 

 

 無論、驚異なことはそれだけではありませんが……。

 

 

 

 それら全てを踏まえて――先ほどから、口が弧を描くのを、止めることが出来ない。

 

 インデックスのことがあるのに不謹慎だと諌める私と、『挑む立場』にいることに歓喜している私。

 

 

 本気で――競いたい。戦いたい。

 

 インデックスを抱え、かつ彼女に負担を出来る限り抑えてもなお、私と対等に立ち続ける彼と。

 

 

 

ゾクリ(……なんでしょうか、今とても、とても馴染みある嫌な予感を感じました)

 

 

 しかし、こうしていても埒が明かないのもまた事実。体力の枯渇を狙っても、一瞬振り返った彼の表情は、むしろ私の体力切れを待っている様子。

 ――しかし、なんでしょう。若干、恐る恐るな様な気が。

 

 

 

 それよりも――まずは、平和的に。

 

 

「止まってください! 私たちの話を聞いてください!」

 

「待てって言われて待った逃走者は歴史上たぶんいないかも! 武器持って追いかけられたら普通逃げるんだよ! みーと! フルスロットルなんだよ!」

「……正論なんですが、あちらから話し合いを提案しているのですから――あ、はい。分かりました。分かりましたから涙目で睨むのは止めてください。後私の名前は深音です。あしからず」

 

 

 ……本当に彼らは初対面、なんだろうか。息の合い方が数年来というか兄妹のような……彼が一方的に合わされているだけですね。

 この一年間の私たちの積み重ねが完全に裏目に出てますし。  

 

 

 

「……致し方、ありませんか……」

 

 

 

 あちらが話し合いに応じるか否かを問わず、話し合うことは確定している。その話し合いを潤滑に行うために、手荒な手段はとりたくなかった。

 

  

「っ!?」

 

 

 ……やはり、彼は凄い。私の僅かな気配の変化で攻勢移行を察知した。突然先ほどよりも更にしっかりと抱きかかえられたインデックスは不思議がっているというのに。

 

 

 

「――『七閃』……っ!」

 

 

 一閃。行く手を阻むように奔らせる。回避されたが、速度を落とすという役目は十二分。

 二閃・三閃。彼の左右を掠らせるように、更に時間差をつけて――初めて対面できましたね。

 

 残る、四、五、六……頭上を塞ぎ、進行方向を塞ぎ、遊撃として待機させ。

 

 

 最後の七閃。

 捕らえるだけ。腕の中の彼女だけを。絶対的な守護を誇る『歩く教会』を逆に利用し、巻き取る――!

 

 

 

『よせ! 神裂!!』

 

 

 

 耳元から、ステイルの叫びが聞こえました。意識を向けますが、眼を逸らす愚は犯さない。それだけの警戒をするに彼は値し――……。

 

 

 

「え……?」

 

 

 

 反転した、彼の腕の中にいる彼女と眼が合った。強い眼差しで私を睨んでいる彼女の綺麗な銀髪が僅かな日光でキラキラと輝いていて――『歩く教会』の、ベールがない。

 

 

 

 歩く教会の絶対的な防御術式。

 それは――『歩く教会』の一式全てを身に(・・・・・・・)つけなければ発動しない(・・・・・・・・・・・)というのに……!?

 

 

 

 勢いづいた七閃は刹那の直後に彼女に、触れる。斬鉄を容易に行える、私の――。

 

 

 

 遅すぎた。ステイルの静止が。

 

 遅すぎた。私がそれに気付くことが。

 

 

 ……遅すぎたんだ。――私が、冷静になるのが。

 

 

 

 私だけを睨んでいる彼女に、七閃は見えていない。目視させないための技巧を凝らしているのだから。制御も何も忘れて、皮膚が裂けるのもかまわずにそれを引いても――

 

 

 

 路地裏に――赤が、大きく色彩を加えることを止めることは出来なかった。

 

 

 

 

 ……しかし、私が裂いたのは、白……ではなく。

 

 

 

 

「み、みおと!?」

 

 

 

 

 ――黒。

 

 

 

 

 無理矢理に身体を捻り捩じり、再び前を――背を盾にした彼の、黒い背中を。私は、切り裂いた。

 

 手ごたえで分かる。出血量で分かる。

 

 

 服を断った。皮膚を裂いた。肉を切り、肋骨を斬り――内臓のいくつにも、到達している。

 

 

 

 減速したとはいえ、それでもそれなりの速度で動いていた彼は、そんな致命傷を負ってなお、インデックスをかばうように、傷を負った背で地面を滑っていく。

 

 

「…………」

 

 

 

 ……『護る』――その意味を、ただただ、見せ付けられたような気がした。

 私が、私たちが、今まで彼女にしてきた、ことは……?

 

 

 

「みおとっ!? 動いたらダメ! 死んじゃうんだよ!?」

 

 

 そして、立ち上がる彼――御坂 深音は、震えもせず、両足でしっかりと立ち――それでも逃走は不可能と判断したのでしょうか、私を真っ直ぐ見据えて……構えた。

 

 

「このまま真っ直ぐ走れば、この街の治安維持を行っている人たちがいる場所に出られます。私の名前を出せば、少しは信じてもらえるでしょう。――行って下さい」

 

 

 切り裂いた瞬間の血。そして、地面を滑ったときの血。

 そして、今もなお、彼の足元に広がっていく、血。――死んでいてもおかしくないほどの、失血量。一刻の猶予もないでしょう。

 こんな硬直状態が続けば、間違いなく、彼は――命を落とす

 

 

 

 ……だから私は――武器を……七天七刀を、後ろに投げ『捨てた』。

 

 

 私のそんな行動にあっけに取られているインデックスと、構えたまま、荒い呼吸で眼を丸くしている彼。

 

 

「お願いします……話は、聞いて頂かなくてもかまいません……」

 

 

 

 ……手遅れになる前に。

 

 そう告げた私を見て彼は、脂汗を流し、粗い呼吸の中で――笑顔を浮かべて……そのまま静かに……崩れ落ちた。

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

 
 インデックス負傷フラグが消失しました。
 ……女性がここまで傷つかない小説はありなんでしょうか……?


 誤字脱字、ご指摘などございましたらお願いします。

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