とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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学園都市   21-2

 

 

 

 その少女は今、これまでの人生の中で、そしてこれからの先の人生中で、これ以上はない、というほどに悩んでいた。

 

 まるで、二本の導線のうち最後の一本を切ろうとしている、某映画の爆弾処理班のような。 

 まるで、近くのコンビニに歩いていくか自転車に乗ろうかという、どこにでもいる人物の様な。

 

 

 ――例えが極端すぎるんじゃないか、と思われるだろう。

 前者が当事者で、後者が傍観者。そう捉えていただいて結構である。

 

 

 

「ぅうう~~~……うううう~~~!!!!」

 

 

 しかし悩めど悩めど……答えは、選択は出来ない。――助けを請うように精一杯のアイコンタクトを送ってみたが、送った先の当人がこの選択を強制しているので意味は無い。

 

 

 

「ず……ずるいんだよ!! おーぼーなんだよ!! 主は隣人も分け隔てなく愛せって言ってるんだよ!!」

 

 

 苦し紛れに神の愛などを唱えてみたが、それでも鋼を思わせる意思を揺らがせることは出来なかった。

 再び唸り――とうとう涙目になりながら――自分の手元と、相手の手を、交互に見る。

 

 

 どちらかを選んでその所為で不利益になるならば、選択することは容易いだろう。不益を捨てて有益を取ればいいのだから。

 

 ……悩んでいるのはどちらを取っても不益――ではなく、どちらをとっても少女にとって大変な有益だから困っているのである。

 どちらかしかとれないからこそ、悩んでいた。

 

 

「この国のことわざには『二兎を追うもの一兎も得ず』というものがあります――わかりますね?」

 

 

 選択を強制している声は――それはそれは、優しい声をしていた。……そして、若干、楽しそうな声もしていた。

 

 

 少女の座するテーブル。その上には、おおよそ一人分ではない食後の皿。しかし、少女をよく知るものから見れば、驚愕されるだろう。

 

 

 

 

 ――いつもの、1/5ほどしかないことに。

 

 

 事実、どこかにいる二人の監視者は、未確認生命体でも発見したかのようにあんぐりと口を開けて呆けている。

 神に仕える修道女――シスターながら、七つの大罪のうちの『暴食』を邁進していた彼女の、フォーク&スプーンは……完全に止まっていた。

 

 

「そ、そんなことわざ知らないんだよ! 美味しすぎるご飯がいけないんだよ! つまるところ貴方が悪いんだよ!」

 

 

 とんでも無い暴論である。

 しかし、ここで彼女のために少しだけ援護しておこう。

 

 

 彼――深音が用意した食事の数々は、彼女の今まで食べたものの須らくを、それはもう超越するものであった。

 極度の空腹と元来の大食い。そこに、栄養価・味ともに極上の――それも飽きのこないように考え尽くされたフルコース。出来立てゆえの熱ではなく、『心』が満たされる温かい食事。

 

 そんな、不覚にも目頭にこみ上げるほどの料理を、まだお腹の空き容量は大量にあるにも関わらず、ストップされたのだ。立場云々、ただ飯食らい云々を置いても文句の一つや二つ――……。

 

 

 ……残念ながら、援護は出来そうに無い。

 

 とんでも無い、暴論であった。

 

 

「そうですか……では、責任を取って『これ』はこちらで処分させて「待って待って待って!!! その子に罪は無いんだよ!?」」

 

 

 フォーク&スプーンを放り捨てて、( 大変行儀悪いので真似しないでください )深音のズボンにすがりつく少女。その眼は正確に――彼の手にあり、絶大な存在感を放つ物(ブツ)をロックオンしていた。

 

 

 それは、女の子のハートをダイレクトに攻撃してくる、魅惑のスウィーツたち。

 絶対に美味しい。間違いないと確信を持たせるだけの美を見せ付ける精鋭たちだ。

 

 

 

「しかし、これは食後(・・)の甘味です。これを食べたいのでしたら、メインは終了にしてください」

 

 

 

 美味しいご飯はもっと食べたい。だが、そうなれば可愛いスウィーツたちは遠くへ行ってしまう。

 可愛いスウィーツたちを手に入れたい。しかし、そうすれば美味しいご飯はもう戻ってこない。

 

 

 ――数人前をぺロリと平らげた少女、そして衰えない消費速度を見て、深音が打ち出した作戦であった。

 

 

 

「ううぇ……ううううぅぅううう!!!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

  ―― 葛藤がしばらく続くのでお待ちください ――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「……天国と地獄は、ここに、あったんだよ……」

 

 

 本気で涙を流しながら、ハムッとケーキを頬張る少女。深音は対面にすわり、苦笑しながらもそれを眺めていた。

 

 

「――凄いいまさらなんですが、何故あんなところで飢え死にしかけていたんですか? 見たところ、どこかの学生の方――でもないようですし」

 

「ゲフッ! うん。私はそもそも、ここに住んでるわけじゃないからね。逃げ回ってるうちに大きな壁? みたいなところを通って、気が付いたらここにいたんだよ。あそこには、その、ビルからビルへ飛び移ろうとして――その、ズルッて」

 

 

 机の淵とその手で再現している様子は、とても幼いものだった。外国人と童顔である日本人を比べるのもどうかと思われるが、すくなくとも佐天たちよりも年下だろう。

 

 その様子に苦笑で応じながらも、こんな幼い少女が『逃げ回っている』という状況に疑問も抱いていた。さらに軽く言われていたが、この少女は学園都市外部からの、不法侵入者になるのだろう。

 

 

(あの厳重なセキュリティを、この子が単身で……?)

 

 

 電子的なセキュリティと、少なくない人員による警備体制。深音であれば突破出来なくもないだろうが、この少女に出来るのかと問われれば無理だろうとしか思えない。

 

 

 しかし、実際彼女はここにいる。

 二個目のシュークリームにかぶりつき、幸せそうな笑顔を浮かべているのだ。

 

 

 ――なんの冗談だ、と笑えればいいのだが。逃げまわっているという発言と――深音がその追跡者の存在を感知しているからこそ。

 それが嘘でも冗談でもなく、真実なのだと理解できてしまう。

 

 

(どうしましょうか……?) 

 

 

 一番手っ取り早いのは、アンチスキルかジャッジメントに連絡し、この少女と追跡者と思われる二人も同時に拘束する方法。

 これならばまず危害を加えられる心配もない上に、不法侵入とはいえ少女のほうは過失。年齢も加味すれば注意を受けてそのまま学園都市外へ釈放されるだろう。幸いにしてどちらの組織にも深音は知り合いがいるため、多少の無理を通すことも出来なくもない。

 

 二つ目に手っ取り早いのが――深音が、今すぐに追跡者二人を捕縛する方法だ。『怪しい二人に監視されていた』とでも理由をつければ、少女を拘束させることなく、そのうえ時間も稼ぐことも出来る。

 どこぞの義妹のような少々短絡的かつ強引な手口だが、騒ぎを大きくせずに解決することも可能だろう。

 

 

 ――そんな、なかなかに有効な手を考え付いても。深音の頭の中で行われたのそれらのシミュレーションの成功率は……著しく低かった。

 

 

「それより自己紹介しなきゃね! 私の名前はインデックスっていうんだよ」

「はい、私は御坂 深音と……いんでっくす?」

 

 

 インデックス。直訳すると、『目次』である。

 一瞬、自分のあだ名か何かを名乗っているのかと考えたが、こんな場面で本名よりも先にあだ名を伝えることはないと考え――姓か名かは分からないが、それが本名なのだと、なんとか思い込むことにした。

 

 

 しかし、なにやら苦い顔の深音を見た自称・目次――インデックスはケーキの切れ端の付いたフォークを差し向ける。

 

 

「むー、人の名前を疑っちゃいけないんだよ。『禁書目録』って意味がちゃんと――あ、それとも魔法名のほうかな? それならDedicatus‐545、『献身的な子羊は強者の知識を守る』、なんだよ!」

 

「……魔法、名?」

 

「うん。魔法名。魔術名っていうときもあるかもだけど」

 

 

 自分の耳は、常人の聴力のそれをはるかに上回っている。それが正確に、的確に捉えた音は最早疑いようもなく。

 彼女は、確かに『魔法』といった。超能力を科学で開発する、この学園都市で。

 

 

 

 ――後々で思い返すことがあるのだとしたら。

 

 彼……深音が、『魔術』『魔法』という世界を知ったのは――この時が、最初になるのだろう。

 

 

 

「魔法――能力開発で獲得した超能力などではなく……?」

「……そこはかとなく疑ってるね? 魔法はあるんだよ! っていうかちょーのうりょくは信じててなんで魔法は信じないの? そっちのほうが疑問かも」

 

 

 一口食べるたびに、幸せそうに唸るインデックス。そこだけを見れば、なんの懸念もなく済ませられるのだが……。

 

 

「では、インデックス……さん」

 

「まだそこはかとなく疑ってるね? 魔法はあるんだよ! ――私には魔力がないから『これがそうだ!』って実演は出来ないケド――……あ、そうだ!!」

 

 

 

 何か思いついたのか。眼を爛々輝かせ――

 

 

 

「お風呂! はいりたいな!」

 

 

 

 ――脈絡などなく。今までの話の腰どころか全身をバキバキにする勢いだ。

 しかも、まず断られないと確信している……いい笑顔であった。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「ここは断固カラオケですよ!」

 

「いーえ! 今度こそ映画ですの!」

 

「そうよ、ね……もうばれてるんだから気にしてもしょうがないわよね。デパートの屋上でゲコ太ショーよ!!」

 

「うっわ、凄いデジャヴ……私は何処でもいいのでお三方で決めてくださいねー? あ、すいませーん。トロピカルDXパフェ=ミレニアム一つお願いしまーす」

 

 

 

 いつものファミレス。そう伝えれば、自然と足が向かうのは一件のファミレス。そこで三人は、ドリンクバーを頼むと早々に火花を散らしていた。

 夏休みに入り、涼しげな私服である佐天と初春。そして、休み関係なく制服着用義務のある名門常盤台の美琴と黒子。

 

 ――初春は一人我関せずを貫くためにメニューを開いて……よそ様が聞けば頬をひくつかせる名前のパフェを注文していたが。

 

 

「――ああもう、これじゃあ平行線じゃあないですかぁ!!」

 

「カラオケは前にも行ったじゃない! それに映画だっていつでもいけるわよ! でもゲコ太ショーは今だけなのよ!?」

 

「今上映している映画は今世紀最高のラブロマンスといわれている傑作ですの!! ゲコ太ショーのほうだって月に一度は開催されているではないですの!」

 

 

 じつはこの論議、入店してからかれこれ一時間は繰り広げられている。

 

 

 三本の平行線はどこまでいってもぶつかろうとせず――不自然なまでに、長時間の大論争になっていた。

 

 一歩引くことの大切さを知っている黒子にしても、押しが強いとは言え誰かの意見を捻じ曲げようとまではしない佐天にしても――今日に限って頑なに譲ろうとしない。

 初春も被害を受けないため、と自己防衛に走ってはいるが――同じモノを二度頼む(・・・・・・・・・)くらいなら、解決に多少なりとも貢献しているはずた。

 

 

 ――中でも一番不自然なのは美琴だ。常なら必死にゲコ太好きを隠している(彼女なりに)はずが、今日――今この時に限っては開き直り、むしろ堂々と宣言しているではないか。

 

 

 

 

 

 そして、何よりの異常。

 

 それは、彼女達を少しでも知っているものならば、おのずと気付けただろう。

 

 

 ……こんな事態になったとき、周囲の迷惑を考慮して諌める存在が、欠けていることに。

 

 ……こんな事態になったとき――有限の時間を有効に使うために、早々に多数決を取るために必要な、最後の一人を何時になっても呼ばないことに。

 

 

 

 

 

 

「――聞こえますか、ステイル。『舞台作り』は終わりました。……いえ。かなり強い繋がりに少々手間取りまして……よほど、仲がいいのでしょうね」

 

 

 その店から、店員に声をかけられることもなく――料理どころかドリンクさえ注文しなかった一人の女が、長大な刀を担ぎつつ出てくる。

 

 決して少なくない人通りにも関わらず、誰一人の視線を受けることもなく――なんの通信機も持たないまま、虚空へと話しかけて……何かを報告していた。

 

 

「……ええ。それには同感です。私も最善を尽くしますよ」

 

 

 

 ――意識を虚空から、今だ平行線の論争を続ける四人の少女へと向ける。彼女が名前を知っているはずもないが、通路側に座っている美琴の隣が一人分、ぽっかりと空いている。

 3:2の席順が彼女にとって当然のように――そして、それをなんら指摘しないほかの三人にもとっても同じように。

 

 

 

「……申し訳ありません。私たちはもしかしたら……貴女たちの大切な人を傷つけるかも、知れません」

 

 

 恨んでくれていい。許さないでほしい。

 

 そんな懺悔とも、贖罪とも想える視線を四人にしばし向け……背中の長刀を担ぎなおす。

 

 

 

 ――願わくば、この刃と『名』だけは……使わないで済ませたいと願いながら。

 

 彼女、神裂 火織は、自分の役目を果たすために行動を始めた。




読了ありがとうございました。

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