とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

81 / 85

原作タグ、禁書目録で初めてお目にかかる皆様。これからお世話になります、陽紅です。

原作タグ、超電磁砲からのお付き合いの皆様。これからもお付き合いいただけると幸いです。


 では、禁書目録編――始まります。


学園都市   21-1

 

 

 

 それは、いつかの再現だった。と――かつてあったその『いつか』と、再現された『いま』を目撃している二人は投げやりな顔でそんなことを考えていた。

 当事者たちにはもはや何の感情も抱くことはないだろう。そして被害者には……ご愁傷様と両手を合わせておこう。

 

 

「さあ、今日こそ決着をつけるのですよ!」

 

「――無駄、だと言っているだろうに……私は、絶対に譲らん……!」

 

 

 前は、病院の病室だったわねー。と。

 

 前は、ここにもう一人いらっしゃいましたわねー。と。

 

 

 現場に眼を向けようとせず、頑なに窓の外を眺める二人。

 

 被害者たる少年の、懸命の救助要請(アイコンタクト)を必死にスルーしていた。

 

 

 

 ……かつては、そこには龍も居た。

 

 それは、げっ歯類と猫科大型の――自然界ではまずあり得ない、闘争の歴史である。

 

 

「では! 第27回! 『深音ちゃん進路決定会議』を始めるのですよ!!」

 

「「27回もやってんの!?」ますの!?」

 

 

 

  ――開催場所は主に、アルコールを取り扱っているお店である、ということは、どうか内密に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――両者の言い分は、おおよそこうである。

 

 

ハムスター

『学生の夏休みはなによりも貴重なもの。今までの就労内容では余りにも自由な時間が無い』

 

トラ

『だが断る』

 

 

 

 小萌先生(ハムスター)がテストやら成績表やらの多忙で『本格的』な話し合いは出来なかったため、終業式が終わったその瞬間までもつれ込んでしまったのだが――教師業務のお修めといわんばかりに、その足で――常盤台女子寮へと突貫。

 

 そして、寮の主たる鬼――否、トラたる寮監と対決した。

 

 

 ちなみに、寮監が自身の言い分を宣言したときは、いっそ清々しいまでのドヤ顔をしていた。甚だどうでもいい話だが。

 

 

 

「しかし自宅待機、ですか……」

 

 

 とりあえず、とりあえずの処置として自宅に帰らされることになった深音。小萌いわく、『近くにいるとなんだかんだで寮監ちゃんのわがままを聞いちゃいそうなので』ということらしい。

 急ぐ必要もなく、また人通りも多いため――朝未明に行う超絶フリーランニングではなく、のんびりと自分のペースで帰路を歩いていく。

 

 

(なんだか、新鮮というか――何気に、初めてかも知れませんね)

 

 

 ふと思い浮かんだ事実に、クスリと苦笑を浮かべる。――すれ違った女子がなにやら顔を真っ赤にしたが、気にしては負けである。

 

 

 ……自分の前を、誰も歩いていない。一人のときは基本的に健脚を生かした高速移動が常である深音にとって、『街をゆっくり歩く』という行為には必ずと言っていいほど、誰かしら同伴者が居た。

 故に、歩幅はその『少女達』に合わせたもの。深音本来のコンパスから考えれば、少し遅い速度。

 

 

 故に、のんびりなのに、いつもより歩みが速い。

 その事実に、不思議ですねー、と答えも分かりきっていて――また、苦笑を浮かべる。

 

 

(ですが、家に帰ってのんびり過ごす――という時間には些か早い時間ですね)

 

 

 携帯の時計をちらりと見れば、お昼をやや過ぎた時刻。昼食は先ほど摂っているため、どこかの店に入るのも気が進まない。というより、一人でそういうお店に入るのは寂しい。

 

 

 何かやることは、やるべきことはと探し……。

 

 

 

「――そういえば、冷蔵庫の中身、空っぽになったんでしたっけ」

 

 

 苦笑が、乾いた笑いに変わる。一人暮らしには大き過ぎ、しかし、大勢のたまり場のようになった家では丁度いい大きさの冷蔵庫。

 佐天を筆頭に女の子勢がジュースやらお菓子やらを持ち込み、黄泉川を筆頭に年齢確認の必要なジュースやら乾物が詰め込まれ――容量の八割がそれらの品で埋まっていたはずの冷蔵庫。

 

 

 ……それが、忘年会ならぬ『忘学期会』の開催により、一気に消費されたのだ。残る二割を占めていた深音の日々の食料も、その際に綺麗さっぱり完食されている。

 

 いまや冷蔵庫はただの氷保管庫になっており――電源を抜いても問題ないのでは、と考えたほどだ。

 

 

 

 

   『王様ゲェエエエム!!!』by佐

 

   『『『『『『イェエエエエ♪!!!!!』』』』』』

 

 

 

 

「……」

 

 

 

 

   『ひっく……よぉし、深音君、野球拳だ――今度こそ君を!!』by脱ぎ女

 

   『『『『『『『イェェ……ええっ!!??』』』』』』』

 

 

 

 

 

 ――ふと、なぜか頭痛を感じて頭を押さえる深音。

 

 

 とうとう乾いた笑いさえ消えて無表情である。王様ゲームとやらは幸いなことに、王のくじも指定された番号を引くことなく終了。酔った連中に空気を読めなどといわれたが、一番最後に引かされているのにどうしろというのか。

 

 野球拳なるゲームを知らなかったため、安請け合いしてしまったのが悔やまれる。

 諸兄はご存知であろうが――脱ぐわけにも、そして脱がすわけにもいかないので超人的な動体視力を駆使して神懸り的な連続アイコで何とかした。これまた酔っ払った連中が以下略。

 

 

 

「……はぁ」

 

 

 足に鉛――程度ではあまり効果がなさそうだが――でも巻きつけられたように、深音の足取りは重い。

 

 それでも、知らず知らずの内にその足はスーパーに向かい、無意識に食材を吟味し――タイムセール戦争に悠々と勝利しているのだから侮れない。

 ……部屋に集る少女達の好きなジュースや菓子類、そして大人たちの好きな料理の食材が多くカゴに入っているのは……まあ、気にしない方向で。

 

 

「少し、買いすぎましたかね――?」

 

 

 会計を終えてみれば、特大サイズのレジ袋が計六つ。無計画に詰めればもう二つは加わっただろう。一袋でも運ぶのに億劫になるだろうそれを、肘を直角に曲げて片腕に三つずつ。

 それでも足取りになんら変化が無いのは流石というべきだろう。……もっとも、彼を知る者から見れば、当然だというかもしれないが。

 

 

 夏休み。きっと、少女達の集会はもっと頻度を増すことは間違いない。ならば、消費量もきっと跳ね上がるだろう。

 

 一週間持つか? などと考え、料理のレパートリーを増やそうか、ソファなどの家具もそろえるべきか――そんなことをのんびりと考えて。

 

 

 

 

 ガシッ……と、何かに掴まれ――否、何かに満載レジ袋の一つに食いつかれた(・・・・・・)

 

 

 

 

 常人であれば、そこで気付いただろう。しかし腕力はもちろんのこと、身体能力の全般で常人よりも圧倒的に優れる彼は極僅かな変化として気付いていない。

 もっとも……気配云々で気付いてはいるのだが。――できれば、気付きたくなかったのだろう。

 

 

 

 ……眼を爛々と血走らせて、餓獣の如く袋に食らいついている人物とは、誰だってできればお近づきになりたくは無い。

 

 

 

「Gooo、haaa……Annnnn」

 

 

 

(――ご、はん、ご飯? 良かった、まだギリギリ人としての言語を覚えていらっしゃるようですね)

 

 

 ガルルルル、という呻き声を耳にしていなければ――聞き間違いとも思わなかっただろうに。

 

 

「……あぅ」

 

 そして、おそらく食らい着いたことで最後の力を振り絞ったのだろう。餓獣――真っ白な法衣にすっぽりと全身を包んだ少女は、袋に食らいついたまま力尽きた。

 

 

「ふむ。私が言うのもおかしいですが、随分と目立つ格好をなさっている人ですね……」

 

 

 袋に食らいついている状態で力尽きるとどうなるか。

 当然、唯一の支点である口が外れ、硬い歩道に顔面を打ち付けることになるだろう。

 

 

 そして当然……深音がそれを、受け止めないわけも無く。

 

 

「病院――は、見たところ怪我病気をしているわけではなさそうですし……意識の無い女の子をレストランに連れて行くのは流石に――」

 

 気が引ける。

 最悪、アンチスキルに一報が届くだろう。事件やら手伝いやらで顔も名前も知られているが、傍迷惑はかけたくない。

 そしてなにより、路地裏から飛び出してきたその少女。もう狙っているのかと本気で疑いたくなるほど、その路地裏は都合のいい場所にあった。

 

 

「――とりあえず、いきなり重いものはだめですね。おかゆ、いや、栄養価を考えたら卵粥……」

 

 

 十数歩。それだけ歩けば、深音の住まうマンションの敷地である。

 食べ物の名前を言うたびに、少女の耳がピクピクと動いていたのは――気にしないことにした。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「……それで、どうするんだい? この街の住民に保護されたみたいだが?」

 

「どうするもこうするも――表立って科学側に我々の存在を察知されるわけにはいかないでしょう。……幸いまだ多少時間はありますから、現状は監視で十分です」

 

 

 ……その二人の男女を二文字で表現するのなら、『奇抜』。

 

 きわめて風変わりで、人の意表をつくこと――を意味する言葉がきっと適格だろう。

 

 

「ま、そうするしかないだろうね――にしても、この国にもバトラーはいるものなんだね」

 

 

 ニヒルな笑みを、タバコを踏みにじりつつ浮かべる大男。2メートルはあるだろう長身痩躯を、地面に着くほどに丈の長い黒の神父服を纏った外人だ。

 

 炎を連想させる髪は肩まで伸ばされ風に揺れて――ちらりと見えた耳には大量のピアスを、新しいタバコに火をつけた十指全てには太い指輪が装飾されており――何よりも、右目の下にバーコードとしか思えない刺青。

 

 

「――いえ、まあいるにはいるでしょうが、かなり希少……なはずです。あの少年からは純粋な善意しか感じられません。……無理に接触する必要はないでしょう」

 

 

 真面目、生真面目をそのまま体現したかの用な凛々しい顔立ちの、長髪の女性。

 

 しかし格好でいうのなら、奇抜さは男を上回る。

 

 

 白い無地のTシャツと、青いジーンズ。ウエスタン調のブーツ――しかし、Tシャツは腹部腰周りを完全にさらすように結び上げ、ジーンズにいたっては左足の付け根からバッサリと切り落とされている。

 モデルも素足で逃げ出すような抜群のプロポーションなだけに、そして真面目な凛とした顔なだけに――服装とのギャップが凄まじい。

 

 

 極めつけは、腰に回している太いベルト――それに帯びている、その男の丈ほどはあろう大太刀だ。それが、服装の奇抜さ以上に、彼女の異常性を濃くしている。

 

 

 

 最後に、その二人が立っている場所がまた奇抜だ。

 

 目立つ外見をしているにも関わらず、誰からも奇異の眼を向けられることはない。誰もいない、高いビルの屋上なのだから当然だろう。

 

 

 屋上へ続く扉が、しっかりと施錠されていなければ――奇抜とはならなかったのだが。

 

 

「――ところで、時間の猶予は?」

 

「楽観しておおよそ五日。慎重にことを進めるのなら、三日といったところでしょう……確認は不要です。貴方が把握していないわけがない」

 

 

 紫煙を空に吐き出し……男は身長に似合わない、幼さの残る顔を苦笑に歪ませる。

 

 

「いやな一年だったよ……そしてまた、いやな一年が始まるわけか……」

 

 

 中ほどまで燃え尽きたタバコを、忌々しく握りつぶす。顔をしかめているのは――熱による痛みではないのだろう。後悔と懺悔――そして口惜しさ。それを綯い交ぜにして、無理矢理理性で押し込めたような……そんな顔だ。

 

 

「――ステイル。今回もやはり私が……」

「……断る、と。言ったはずだ。僕は前回……神裂、君に押し付けて逃げた。だけど、もう逃げない。そう誓ったんだ――今回は、僕がやるよ」

 

 

 ステイルと呼ばれた大男は握りつぶしたタバコを、手の内に納めながら――灰すら残さず、燃やし尽くす。

 ほんの数秒前まで浮かべていた後悔も、懺悔も口惜しさも……全てを、決意と覚悟に満ちたものに変えて。

 

 

 

「『Fortis-931』……《我が名が最強である理由をここに証明する》。誓おう、我が名に懸けて。僕は――君を『殺す』よ。……残り少ない時間、君が笑顔で過ごせることを祈ろう」

 

 

 ――風が、吹き抜ける。僅かに残る熱気を霧散させたその風が止むころには――二人の姿は、最初から何も無かったかの様に、どこかへと消えていた。

 

 

 

 真新しいタバコの吸殻が一本。誰も気にも留めないだろうそれだけが、二人がいた証明として、ただ残っていた。

 

 

 

 

 

 

 ……そしてエレベーターを降り、自室の玄関の前で少女を抱えたままの深音が、やんわりとため息をつく。

 

    

 「――本当に、退屈しませんね。この街は」

 

 

 

 お腹を鳴らして空腹を訴え食事を要求する少女。敵意や害意が無くとも、警戒を余儀なくさせる『力』を持っている二人。

 

 考えることも多いだろうし、やるべきことも、また多くなるのだろう。

 

 

 ……しかし、今はそんなことよりも。今だ唸る少女のために、食事を用意することが急務である。それ以外は、今は取るに足らない、些事だと決め付けた。

 

 

 

 

 






読了ありがとうございました。

 ステイル君と神裂さんの口調に違和感を感じますが――

 誤字脱字、ご指摘などございましたらお願いいたします。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。