とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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御坂と呼ばれて、最近やっと自分のことなんだと思えてきました   20-1

 

 

 跳躍。

 

 体の一部――といっても基本的に足だろう――その一部を用いて、身体を空中に浮かせる行為。ジャンプ、と言えばもっと手っ取り早いだろうか。

 ほんの僅かな時間ではあるが、星の重力に逆らって空中に。その時間を延ばそうと人は機械の翼を発明し、より高い世界を目指そうとしてその手は成層圏を貫いた。

 

 

 

 などとなどと。詩的に表現してみても、その人は――彼女はその表現を一瞥にして、かすかな微笑を浮かべるだけだろう。いま現在にしてそれだけの暇はなく、しかしといって、蔑ろにするほど心が冷え切っているわけでもない。

 

 なすべきことの、やるべきことの。

 それの優先事項はしっかりと決まっているのだから。

 

 だからこそ、彼女は跳躍を。一般のそれとはあらゆる面で逸脱した『跳躍』を続ける。

 誰よりも、何よりも早く。

 それは跳躍を越え、最早『飛躍』といっても過言ではないだろう。

 

 

 跳ぶが如く。

 飛ぶが如く。

 

 

 

 

「初春! 現状の報告をっ!」

 

 

 高いビルの屋上から空中へ。本来なら重力によって真っ逆さまだろうが、彼女の能力がその本来をぶち壊す。

 より高く。より前――いや、全方位へ。彼女の視力範囲がおおよそ彼女の足場であり、空気さえあればそこへ躊躇なく『跳ぶ』。

 

 

 

 空間移動能力者、その大能力者(レベル4)

 

 白井 黒子が推し通る。

 

 

 

『ま、また六人増えました! 現場は変わらずです! 急いでください白井さん! じゃないと――!』

「了解、ですのっ!」

 

 ひときわ高いビルの天辺から落下。風が服をはためかせ、髪を乱す中――その腕に深い緑の腕章を通す――焦らず、その必要も無く。安全ピンで袖にしっかりと留め、地面に激突する寸前に転移。

 

 ――なにやら落下(予定)地点だった場所で悲鳴やら混乱やらが起きたが、些細なことだろう。都市伝説の一言で済ませることにする。

 

 

『……じゃないと――その』

 

 

 

 緊迫が一気に薄れる、黒子の相棒たる初春の通信。むこうでタハハ……と苦笑する彼女が余裕で想像できた。

 

 

 そして、黒子が最後の空間移動を終える。

 

 腕に徹した腕章の、その『盾の誇り』を宣見させて。

 

 

風紀委員(ジャッジメント)ですの! おとなしく――……」

 

 

 空気の弾ける放電音。鼻につく、少しかぎなれたオゾン臭。

 

 

『その……述べ22人全員が……被害者に……』

 

 

 

 ……電撃使い、その超能力者(レベル5)。またを、『常盤台の超電磁砲』。

 

 御坂 美琴が――荒れ狂う。

 

 

 

「――荒れ狂っていたー、が正しい表現ですの」

「……ん? ああ、黒子。どうしたの?」

 

 

 死屍累々(死んでないが)の現状を作り出した当の本人は至って涼しげな顔である。地面に伸びている不良22名がいなければ、ごくごく普通の女の子の挨拶なのだが。

 

 

「お姉様――……はぁ」

 

「ため息つくと幸せ逃げる「「「「わぁぁぁぁぁぁぁああああああああ」」」」っ!? 何!? 敵襲!?」

 

 

 誰のせいでため息を――と黒子が反論しようとしたところで、割れんばかりの歓声が響く。即座に臨戦態勢をとる美琴はあらゆる意味でもう手遅れであろうが――いつの間にか出来ていた人垣を見て呆然としていた。

 

 

 

『すっげぇ! 初めて見た『サウンド&ハープ』! 一人いねぇけど』

『常盤台のびっ……電撃姫か――け、結構可愛くね?』

『ちょっと! 誰か写メ、ムービー撮ってないの!?』

『あるよ』

 

 

 などなどなど。興奮冷め止まぬどころか、うなぎのぼりで高まっていく。

 

 

「……な、なによこれ」

「あ、あの! ありがとうございました! 助けていただいて……!」

 

 そして、ことの発端――といってはいささか語弊があるが、一件の関係者に違いない女生徒が美琴に駆け寄って、人垣の興奮に劣らぬ勢いでお礼を言い始める。

 

 

 美琴は気にするな――と伝えようとして、その手にカシャンと――金属の輪がはめられた。

 

 

「えー。午後3時12分。被疑者確保――ですの。初春、もう上がっていいですわよー? 護送はワタクシのほうでやっておきますので」

『はいー。お疲れ様でしたー』

 

 

 端末の通信が途切れ、お仕事終了。黒子は残業のスタートである。

 

 

「いや、何で私に手錠!? 被疑者って何よ黒子!」

「――再三にわたる忠告無視。現時点で大衆に向けた扇動。そして個人的な要望で逮捕ですの。それに……」

 

 

 つい――と視線を、なにやら歓声に混じってコールを続ける人垣に向ける。

 気付けば、完全に包囲されているではないか。

 

「あの中を、どうやって潜り抜けるおつもりですの?」

「むぐっ……」

 

 もみくちゃにされるのは眼に見えている。そして、この現状から脱するには黒子の能力に頼るのがもっとも簡単かつ確実なのも、分かる。

 しかし、何も手錠――と反論しようとして、人ごみを掻き分けて向かってくるアンチスキルを見つける。現場を見れば、間違いなく美琴は事情聴取で短くない時間を拘束されるだろう。

 

 

「――アンチスキルに目を付けられる前に、さ、お姉様」

 

「なんか納得いかないけど、しょうがな――」 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

  ド ク ン 。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 「!!??」

 

 

 

 手錠の片輪を握っていた黒子の手を振り払うように、体勢を整える。

 臨戦態勢――否。それは最早迎撃体勢といってもいいだろう。引き金を引けばすぐさまに雷撃の槍を放てる電圧を、どんな攻撃を受けても回避できるように両足に力をためて。

 

 

 過剰すぎるその反応に黒子も呆けていたが、美琴にはそれを気に留めるだけの余裕がない。

 暑さからではない汗に額を濡らし、視線を忙しなく動かして『敵』を探す。

 

 

 しかし何も、誰も――素振りどころか気配さえも無い。それが、美琴にはたまらない異常に思えた。

 気のせいだと思い込むことも、決め付けようにも……それはあまりにも……。

 

 

 

   『  ――ほら! 道を開けなさい!  』

   『――今現場に到着しました』

 

 

 しかしゆったりと考え込んでいるほど時間があるわけでもない。美琴よりも先に我に帰った黒子は、手錠もそのままに転移のための演算を開始する。

 

 

「お姉様。 ひとまずここは――」

「……う、うん」

 

 

 黒子が手を引き、連続転移で遠く遠くに移動する際にも――その悪寒は残っている。転移のたびに薄くなるそれに――美琴は知らず知らず、身を震わせた。

 

 

 

(なんなのよ……一体……)

 

 

 ……答えはない。答えてくれる人も、当然いない。

 

 

 

***

 

 

 

「――――――視線を感じた、と……」

 

「うん――なんていったら言いんだろ。こう……全身の電流が逆流するみたいな、凄い、嫌な感じ」

 

 

 

 いつものファミレスの、いつものメンバー。

 そこで美琴は、そういうことに誰よりも詳しいであろう人物に昨日の一件を相談をしていた。

 

 

 ――幻想御手の事件が少しずつ過去のものになり、学生達が知らぬうちに都市崩壊の危機が解決されていくばくか。そのどちらの解決にも携わり、かつ中心人物の主柱とされる美琴は、非公式ながら一躍時の人。

 それ以前に、学園都市第三位。最強の電撃使い。常盤台のエースと――美琴を飾ろうと言葉を探せばきりが無いほどに出てくるほど、有名なのだ。

 

 

 黒子はその点から、羨望や嫉妬――幻想御手の恩恵を受けていた学生の逆恨み、などの可能性を示したのだが……美琴の感覚がそれを否定してしまって納得が出来ない。

 一度や二度なら、まだいいのだが――昨日を最新として、数日前から似たようなことが何度かあるのだ。

 

 

 ゆえに視線……こと気配察知に関して。人間などを軽々超えて、野生の動物さえも上回るだろう深音に相談を持ちかけたのだ。

 

 

「――全身の電流が逆流、ですか。電撃使い(私たち)ならではの表現ですけど」

「深音はそういう感じ、ない? 幻想御手云々っていうなら、あのときは私よりアンタのほうが大きく動きまわってたし」

 

 

 伺うような美琴に、深音は首を横に振る。

 

 

「自分で言うのもあれなんですけど――私はある意味、美琴さん以上に人目を引く格好をしていますから……」

 

 

 現在進行形で外を歩く人が窓越しに視線をよこし、最近では慣れてきたのだろうが、少し前まで店の従業員(フロアチーフ)も唖然としてみていたほどだ。

 執事服を見慣れ切っている美琴たちが、この場合は異常だろう。――人目を引く理由として、深音本人の容姿を思いっきり関係しているであろう。

 

 

 美琴と深音を並べてパッと見れば、大きく特徴がある深音にまず目が行くことは間違いない。

 

 

「それに、私はアンチスキルのお手伝いもしていますので――美琴さんよりもそういった感情を向けられているかと」

 

 

 おもに、スキルアウトの面々に……とは言わないが、幾度か暴動を鎮圧していると聞いている美琴たちはそれも納得する。

 

 

「美琴さんと同じように電波ソナーは私も使っています。ですけど、『それ』だけじゃありません。慣れ――この場合は経験でしょうか? 後は、直感なんて非科学的な要素もありますし……」

 

 

  

 相談に対して明確な答えは出せそうにない。……それでも真剣に、自分のことのように何事だろうかと考えくれている深音に、美琴は嬉しくもあり、気恥ずかしくもあった。

 

 

 

 

「すー……、はぁー……っ! 御坂さいったあっ!?」

 

 

 ダン! とテーブルを力強く叩いて立ち上がった佐天。

 

 

 ……なのだが、強く叩きすぎたのか手を掲げるようにして悶絶している。

 

 ちなみに、叩かれた衝撃でテーブルの上のジュースやらパフェやらが散乱するかと思われたのだが、おのおのが自分の分をサッと持ち上げていたので事なきを得ていた。

 

 

「落ち着いてくださいねー佐天さん。――あとなんで溜めたんですか?」 

「い、いや、久々に『本領発揮』できるかなー、って思ったら、つい……」

 

 

 ――それでは、気を取り直して。テイク2。

 

 

 

「んん! 御坂さん! それって『誰かが見てる』ってやつじゃないですか!?」

 

「……? いや、うん。だから、視線を感じるって……」

 

「そうじゃなくて! 『誰かが見てる』っていう今一番HOTな都市伝説なんですよ!」

 

 

 

 

   ――それは、一人の女の子の話。

 

 

   ――突然、背中に注がれるなぞの視線――振り向いてもだれもいない――

  

 

   ――それでも確実に……少しずつ、その視線は近づいてくる――

 

 

 

   ――やがて、視線を逃れたその少女は部屋に閉じ込められてしまう。

 

   ――ドアのその向こうに――視線を感じるから――

 

 

   ――その女の子が意を決してドアスコープを覗き――そして――

 

 

 

 

 

「ギャァァァァァァァァァァアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!! ……って、あれ?」

 

 

 

「――申し訳ありません。その、いつもご迷惑をおかけしてしまい」

 

「いえいえ、こちらこそいつもご利用いただきて――」

 

 いつの間にか席を立ち、いつの間にか店員と頭を下げあっている深音がいた。

 

 立ち上がっていた佐天がきょろきょろと周囲を見渡し――顔を真っ赤にして椅子に座りこむ。 怪談話が苦手な初春と隣り合って、二人して出来る限り身体を小さくしている光景は、何ともコメントしづらいものがある。

 

 

 

「佐天さんのばかぁ……!」

「ご、ごめん。あ、あの――ば、場所かえません?」

 

 

「こういう視線じゃ、ないのよねぇ――とりあえず」

 

 

 

 やはり、黒子のいうように――ストレスや、気にしすぎからくる勘違いなのだろうか。

 

 

 

 ……店内に設置されている監視カメラをいくつか見やり、ついで、窓のに映る自分を見て、ため息をつく美琴であった。

 

 

 

 

《 おまけ 》

 

 

「……」

「……」

 

「サウンド&ハープ、って聞こえましたね、先輩」

「……じゃん」

 

 

「……黄泉坂だって健在なことを知らしめてやるじゃんよ……!」

 

「知らしめちゃだめですって先輩!! それが出るって琴はあんまり平和じゃないってことですから!!」

 

 

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

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