障害たる高層建築の立ち並ぶ都市部を抜け、もはや遮るものはなく。
わずかな停滞を許容し、正確なる進路を定め。
――それは、目標を目指す。
***
――既視感。
『既に見た感覚』とは文字通りで、実際には初めて見るものや体験することをあたかもかつて見て、経験したかのように感じる現象である。デジャヴといってもいいかもしれない。
一説には予知能力とも、日々を繰り返す脳の誤作動とも論じられているが未だにはっきりした原因などは解明できていない。もっとも、ふとした瞬間に訪れるものであるそれを解明しろ――というのも無理難題が過ぎるだろうが。
しかし果たして……美琴たちが『それ』を見て感じたことは、結果としては既視感やデジャヴに似ていても、それとは全くの別物だった。
――ここにいる全員が初めて見る。そう断言できる。
しかし、ここにいるほぼ全員が、『それ』を知っている。そう、断言できた。
「――――」
絶句、という表現がまさに的確だろう。幸いはそんな状態にあっても、運転手である木山・固法が無意識下でもしっかりと運転できていたことだろう。
見覚えがある。自分は『それ』を知っている。
美琴たちは――佐天を除き――そう確信していた。
各部の形はより鋭角に、攻撃的なものにはなっている。そしてそれ以上にさまざまな追加要素があるが、要所要所を守る特徴的な『その形』は、強く印象に残っていた。
「深、音……?」
思わずここにいない、出来ればいてほしかったその名を呼んでしまう。
当然だろう。『それ』は深音のものであり、深音が自分以外にそれを使わせるとは決して思えなかったからだ。 あの事件の後、同じ電撃使いの自分なら、と冗談交じりでせがんだ美琴が、珍しくお説教をされたのだ。
これは、兵器であると。
本当なら今すぐにでも破棄し、消滅させなければならないものだと。
お説教とは名ばかりの、それはお願いだった。真剣な顔で、悲しそうな顔でそう断言した深音を見た美琴ははっきりと覚えている。その時は必死に謝り倒し、少し考えればわかるだろうことを軽率に言ってしまった自分に後悔したほどだ。
正式名称として……甲式特型 軍用機動駆鎧。その通称は――。
「ストリーム、ライン……?」
流線を多く採用したそのメインフレームと、似すぎている要所のパーツ。まず間違いはないだろう。あの事件の際に美琴が無理やり外したヘッドパーツなどそのままだ。
しかし、彼のものではない。それも分かっている。カラーリングも違えば、全体的な形もかなり違う。なにより両肩にあったあの『NEXT 310』の刻印もない。
全身はだいぶ細くなり、頑強さ・鈍重さはかなりなくっている。その上で嵩張るほど『何か』を背負い身につけ――兵器として、より完成に近づいてるらしいことが分かる。
それを見て、その理由を察し――絶句は、怒りへ。憤怒へ、昇華していく。
「ふざ、けるんじゃないわよ……! あいつが、あいつがどんな思いでそれを壊したと思ってんのよ!?」
深音がいた地下の研究施設で最初に目にした残骸の山。無事な状態であれば、どれひとつを取っても大勢の命を奪い、不幸を振りまくことのできる兵器。
だからこそ、深音は破壊したのだ。完膚なきまでに――再利用も、そこからデータサルベージもできないように。
……それを装備し、暴走した兄姉たちをもろともに。
しかし美琴たちはそこまでの真実を知らない、知らされていない。それでも、大切な家族を止めて、その悲しみを抱えたまま役目を果たした深音がいるとだけ知っていれば、十分だった。
そんな、彼の努力をあざ笑うような『成果』など、容認など出来るものではなかった。
「でも、まずいわよ!? もしアレが深音君のと同じかそれ以上の性能があるんだとしたら……!」
兵器の試射施設で見た的だったものの成れの果て。そして、先の事件で深音が見せつけた戦力。
十分に過剰火力ともいえるだろう。――そんな怪物が、見えるだけで
うつむくように佇んでいた三機は両目に光を灯し、起動する。そしてそのまま流れるように背面に装備している何かをつかみ――追跡する木山と固法が運転する二台へと向ける。
それは、少しでもSFや、戦争モノの映画を見ていれば誰でも知っているだろう。ガトリング砲――六本からなる銃身が、回転を始めていた。
そこからばら撒かれる暴力は、防弾なんぞ考えていない車など数秒で廃車にするだろう。乗っている者がいようがいまいが関係なく、蹂躙する。唯一の逃げ場である後方も占領されて、逃げることも不可能。
――まあもっとも。
「っ、黒子!!!」
『お任せ』「っくださいですの!!」
――逃げるという選択肢そのものが最初からない一同にしてみれば、些細にもならない問題だろう。
瞬間移動で車の上に現われた黒子は片手を付きつつ、その表情に明確な意思を示す。その全身にパレットベルト――彼女の場合ダーツベルトだろうか。
それを巻きつけ、しっかりと『戦闘』準備をしていたらしい。
「――全く、ありがたいですわ。そっちから『射程範囲』にきていただけるとは」
焦りはない。ガトリングガンという武器はその特性上、砲身を高速で回転させるまで砲撃は出来ないが、それもあと数秒しかないだろう。
……それでも、黒子は焦らない。
そして黒子が、車の上からわずかな音とともに消える。そのまま視線を動かせば、当然のように三機の前に立っている黒子がいた。
「最近は深音さんのおかげで『お役目』をついつい忘れてしまいそうになりますけれども――覚えて置いて下さいな?」
数にすれば、十数本の金属矢。単価にしてしまえば数百円にも届かないだろう出費。それが、回転していた三つの銃身は急停止させ、百数十万はするだろう兵器を全分解修理をしても再使用不可能にしてみせた。
そして、おそらく武装だろうと思われる追加パーツにもおまけとばかりに金属矢を飛ばしていく。
「……お姉様に仇なす有象無象の露払い、それはワタクシの役目なんですのよ?」
わずかな漏電の後に、小規模だが爆発をする三機。黒子は悠々と、その爆発の直前に車上へと帰還している。
学園都市に存在する空間移動系能力者は、わずかに58人。そのなかでも自身を空間移動させるだけの強度を発現しているのは、さらにわずか19人。
レベル4――軍隊において戦術的価値を得られるだけの力を、遺憾なく見せ付けていた。
『すっご……』
『油断するな! 外付けの武装だけじゃないことは知っているだろう!?』
しかし、相手もプロなのだろう。武装が潰えた程度では慌てる素振りすら見せず、早々に使えなくなった兵器郡を破棄して足場である車両から跳躍。美琴たちの後ろへ降り立つと、速度と機動力を持って木山たちに迫る。
「しつこい……? っ、固法先輩! あいつら透視してみてください!」
「いきなりなに「いいから!」……?」
透視。黒子のテレポートでもなく、美琴本人の電撃などの攻撃でもない。そんなことをしている暇は――と返そうとした固法だが、美琴がかなり強く迫ることに疑問を抱く。
後ろを振り返ることができない上にヘルメットで狭まった視野ではあるものの、接近しつつある三機を見ることは難しくない。そして、接近しつつある一機の顔を見ようと――
「うそ、無人機!?」
見えたのは、誰かしらの顔――ではなく、無数の配線と無機質なカメラアイ。そのまま全身を見ても、全て機械で埋め尽くされていた。
固法が目を見開き、ついで、顔そのものが険しくなる。人が乗っていないと分かっただけで、これほどまでに嫌悪感が沸きたつものなのだろうか、と自問してしまうまでに、それが醜いものに見えた。
なんにせよ、三機全員――否、全てを見て、三機とも無人機であることが判明した。
「やっぱり! ……AIか遠隔操作かは知らないけど、人が乗ってないってんなら――」
――この事件が本格化した、あの花火大会。それからイライラを抱え、憤りを感じて、やるせなさに震えて。
バチリ、と。固法に被害を出さないように計算し尽くされた
「全っ力で! ぶっ潰せる!!」
両手を左右に広げる。狙ったようにその先には三機のうちの二機が迫っていて――。
その全身を余裕で覆い隠すほどの雷撃に、消し飛ばされた。
深音なら避けれるぞ、それどころか反撃くらいするぞ、と。反撃されたことのないくせにそんな身内自慢の視線を向けることも忘れない。
そして残る一機に目を向ければ、黒子によって関節を縫いとめられ、足を地面に縫い付けられている瞬間であり――後ろを走る装甲車両に、そのまま弾き飛ばされていった。
『……なんだ、今ほど、君たちを敵に回さないでよかったと思ったよ……』
『み、御坂さん! 白井さん! 前の車両を何とか出来ませんか!? トレーラーにどんどん離されてます!』
木山の独白にかぶさるように、初春が声を上げる。
前方を埋められていたせいか、自分たちがどれだけの速度で走っているのか分からなかったが、衛星を介している初春の端末には、目的であるトレーラーに相当な距離を付けられてしまった事実がしっかり写しだされていた。
初春の声は焦っているものの、次いで、今すぐに追いかけなおせば追いつけるとのこと。
なんとかせねば、と対処に乗り出そうとした美琴と黒子。しかし身を乗り出した二人はガコン、という先ほど聞いたばかりの音を確かに聞いた。
後ろを見る。当然、退路を塞いでいた装甲車両郡が追い立てるように走行していて――その荷台の天井が、ゆっくりと開け放たれていくではないか。
そして『射出』されていく撃退したばかりの無人機と、同じタイプの機影。
それが一機、二機――と、十機辺りでも射出が止まらない様子を見て、美琴たちは数えるのをやめた。
「なりふり構わないってのにも程があるでしょ……!?」
などと、悪態をつくものの――数からくる戦力差に悲観している様子はない。
むしろ、『向かってくるなら容赦しない』そんな、顔だ。
――いろいろ溜め込んでいた少女たちは、とっくに吹っ切れている。
彼女たちを止めることは、本当に至難なことだろう。
***
「――α-4からβ-8までのシグナル途絶ッ! 損耗率、40パーセントオーバー……三機あれば一軍は相手取れる戦力だぞ!?」
「さらに4機沈黙! くそ、化け物かよ……!?」
(……はぁ、どぉしてこぉ、使えねぇ奴しかいねぇのかねぇ)
悪態を、ため息でどうにか隠す――ものの、もはや全身でそれを体現してしまっているためあまり効果はない。
それゆえに彼女の部下であり、運悪く指令車に乗り込んでいる数名は焦り、的確な判断を出せなくなる。それがさらにまた焦りを……という、見事なまでの悪循環に陥っていた。
確かに三機で一軍を相手に出来るだけの火力を持っているだろう。だが、ロールアウトしたばかりの、明らかに経験の足りていないAIを搭載した自立兵器が満足する戦果を挙げられるわけがない。
もっともそれでも、使いようによっては十分に戦力になったはずなのだ。
(こいつらが無能じゃぁなかったらなぁ)
――狙撃兵装を何のために積ませたのか考えろ、愚図共。
――せっかく前後の逃げ場を塞いだというのに活かせていないのだ、愚図共。
数年前に学園都市独自の裏ルートでばら撒かれた特殊兵器の設計図。馬鹿げた反動の個人用兵器に、重すぎて動かせない超重量の起動駆鎧。大半はそれを馬鹿げてる、と一蹴しただろう。
しかし、テレスティーナは知っていたのだ。鎧だけでも武器だけでも意味がないと。そして、武器と鎧を合わせても、足りないのだと。
あともうひとつの『パーツ』。それを、足してやればいいということを知っていた。
そして、より短期的に戦力をそろえることが出来る人口知能、つまりAIを用いた完全機械の兵士を作り上げたのだ。
もっとも、作り上げた兵士は、だいぶ後方に離れた爆音というBGMになってしまっている。一機だけでもここにいる部下たちの生涯賃金の全額を越えているということを知っているのだろうか。
そして、それを知っているだろうにも関わらず、ただ焦っているだけの無能に対する舌打ちを必死にこらえる。……だが、それにもそろそろ限界が近いかも知れない、と自問自答をしていた。
長年の研究の、終わりが見えている。これまで仮面を重ね、本性に化粧をし、体裁を縫い合わせて、水面下で進めてきた研究。
後は、最終段階を終わらせるだけ。最終段階に既に至り、後は実行するだけなのである。
「そ、損耗率6、60パーセント超過!」
だというのに、この体たらく。
「チッ……」
――限界であったらしい。
必死に解決策・対応策を検索している男たちを押しのけ、通信回路を開いた。繋がっているかどうかの確認はしない。
「――
『『り、了解』』
通信を終えて深い、不快なため息をつく。
厄介な敵よりも、無能な味方ほど邪魔になるものはいない。そんな言葉を痛感してしまった。
「――さっさと潰せ。てめぇらの代えなんざいくらだっているんだってこと、忘れんじゃねぇぞ」
――どうせ、代える人間なのだから、後腐れることなく使い切ろう。
脅しを入れて、やっと想定していた働きの……半分ほどの効率で動き出した元部下になるものたちを、冷め切った目で見ていた。
(学園都市最強のレベル5の一人。んで、エリート扱いのレベル4……その戦闘向きの能力)
再びの、舌打ち。
「大切な仕事は自分で、ってことかよ――めんどくせぇ」
最悪を想定し、念には念を入れてさらに念で蓋をして、全てを確実にするために。
テレスティーナは準備を始めた。
「――奥の手ってのは、最期までとっとくから、『奥の手』なんだよ、クソガキども」
***
長い長い車郡の列を右手に捕らえ、しかし、視界に捉えることはなく。
その中の一人が再び携帯を落とすが、しかし、視界に捉えることもなく。
――それは、目標を目指す。
読了ありがとうございました。
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