――私一人の力では、あの子達を助けることは出来ない。出来る出来ないの精神論ではなく、不可能なのだ。完全に。
しかし彼女は、そして彼は――私に『一人ではないことの強さ』を教えてくれた。一人では到底出来なかっただろうことを二人で、そしてその二人を支える極少人数で、成し遂げてみせるという実践つきで。
――ゆえに、同じ轍は踏まない。私一人で無理だと言うのなら、わがままに、傍若無人に、傲慢なまでに。
巻き込ませてもらおう。必要な全てを。
まずは、そうだな――
***
「怪我したって初春が本当ですか!?」
「落ち着きなさい」
「あいたぁ!?」
身支度もそこそこにダッシュしてきた、って感じの佐天さんが、急停止と同時に固法先輩の脳天チョップされてる。――いや、ごめん。上手く説明できたらいいんだけどこれ以上表現のしようがないんだって。
佐天さんもだいぶ混乱、っていうか慌ててるのか、英文を単語ごとに区切って訳して、そのままつなげたような日本語になってるし。
「い、痛いじゃないですか固法先輩! って違う! 初春上さんが巻き込まれて怪我したってって痛い!?」
病院では静かにしなさい、と固法先輩からのもう一発。少し強めなのか、音が一発目よりも若干大きい。
……それに、とうとう繋げちゃったね、二人の名前。私も「あ、春の字でつながるなー」とは思ってたけど。――先、言われちゃったか。
「『初春上』って何ですか佐天さん……っていうか目の前に居るんですけど私……」
まあ、その初春さんは私の『隣』にいるんだけどなぁ、思いっきり。
でもって初春さんは周りが見えないくらいになるまで心配されてるって理解しているから、顔がほんのり赤い。ま、悪い気はしないわよね。
「つぅ……ってあれ、初春? 怪我――うん?」
頭を抑えてうずくまっていた佐天さんが初春さんをみつけてそのまま上から下まで眺めて……首をかしげている。
深音のことがあった昨日の今日だから――過剰反応してもしょうがない、のかな。
「ご心配かけました。私は膝をちょっとすりむいただけですから……」
テレテレとしながら、それでもどこか申し訳なさそうにしている初春さんを見て、佐天さんはガバッて勢いよく、初春さんに抱きついた。
「こ・ん・のー! 心配させてからにぃぃぃぃ!」
「ご、ごめんなさ――って佐天さん力強過、ぎぶ、ギブッ!」
ギリギリ……いや、メリメリ? なんかそんな幻聴が初春さんの身体から聞こえるんだけど……。
サバ折り一歩手前。攻撃なのか抱擁なのか怪しいラインをいったりきたりしてる。でもまぁ、これやられた側は間違いなく攻撃って思うんじゃない。――私だったらたぶん迎撃してるだろう。うん、間違いない。
「――これは、冗談でやってますの? それとも本気でやってますの?」
どうかしらね。……佐天さんには深音相手に前科があるから――グラビトン事件だっけ、あのときも見た感じ、本気で心配してる顔だったし。
――初春さんが必死にタップして、佐天さんはやっと落ち着く。
「っていうか、すごい、ですね……これ、昨日より明らかに被害が酷くなってませんか……?」
その落ち着いた佐天さんが周りを見渡して、少し、顔を青くしてた。
走り回る看護師さんや医師の先生、動員されたアンチスキルの人たちが、歩いている余裕なんかないって言わんばかりに病院のロビーを駆けまわってる。
普段だったら受付待ちの人が座る椅子に、何人も怪我した人が座ってたり、横になってたり。
「……昨日は人が少ない場所だったからよ。それに、深音君がいたから奇跡的に被害がなかっただけ――でも」
負傷した人は、七十人を超えてる。その中で重傷の人が二十三人もいるけど……その二十三人の人の中に、命に関わるような怪我をした人がいないのが不幸中の幸い、っていうのが現場検証の報告を見てきた固法先輩の感想。
……もしも、これが自然公園みたいな人が疎らな場所じゃなくて、人口の多い都市部で起きていたら……っていう固法先輩の最悪の想定を聞いて、正直ゾッとした。
「ね、ねえ初春。春上さんは? 春上さんも大したことないんだよ、ね?」
「大丈夫ですよ。怪我らしい怪我もしてません。――ただ、昨日と同じで……その」
春上さんが意識を失った。――初春さんの言葉が正しければ、昨日と同じように『そこにいない誰かに話しかる』ような仕草があったみたい。
……それで、その直後に揺れがおきて、春上さんは意識を失った――。
疑いたくなんかないけど……春上さんが関わっているのは確実、だよね?
「そっか……でも良かったよ、二人が大したことなさそうで! うん! ……しっかしあれだよね、こうも立て続けにポルターガイストに遭うなんて、アンタも春上さん運がないっていうか悪いって言うか……」
いや、佐天さん。それ――その話は今私たちが初春さんにしようと……。
「で、ですよね! 運が悪いだけで「残念だけど、運の良し悪しの話じゃ……ない可能性が高いわ」……固法、先輩?」
固法先輩が、踏み込んだ。
たぶん、初春さんは――どこかで『もしかしたら』って考えてて……丁度良く出てきた佐天さんの優しい言葉に乗っかろうとしたんだと思う。
私だって、できるならそう思いたい。そんな考えを押しとどめるために固法先輩は、前へ出る。
黒子は押し黙っちゃって……私も当然、何か言えるわけじゃない。
「え、と。どういうことですか固法先輩。それに御坂さんたちも……」
「そうですよ! あんなの運が悪いって言えなかったら――」
――固法先輩は二人が聞けるようになるまで何も言わない……。じっと二人を見つめて、私たちに伝えてくれた三つの考察と、三つの解答。
……それを、伝えた。
佐天さんが木山先生の内容で手を握って、初春さんが春上さんのところで俯いて――二人とも、深音のところで息を止めた。
それからすぐに、さっきの振動現象・ポルターガイストで深音は大丈夫なのかって佐天さんが詰め寄ってきて――それだけかな、唯一笑って……大丈夫って報告ができたのは。
「――じゃあ、固法先輩は……春上さんを疑ってるん、ですね……!?」
「ええ、悪く言えば……ね。それは否定はしないわ。大きくか、僅かにかは分からないけど、関わっていることは間違いないと思ってる」
初春さんは、固法さんを見て――ううん、睨んでる。佐天さんはそんな二人を見て、オロオロしてて……私も、正直どうしていいのか分からない。
木山先生の居場所が分からない今、私たちがなんらかの行動を起こせるとしたら春上さんを通してのことだけ。でも、
「――なら、あなた達の言う春上って子が、この件に関係ない、ってことを証明できればいいのよね?」
「ええ、まあ極端に言えばそう、よ……?」
聞きなれない声が増えた。私も含めた皆で声のした方向に振り返って、そこにいた女の人を見つけた――んだけど。アンチスキルとは別の、たしかMARだっけ、その人たちが着ていたオレンジ色のライフジャケットを着ている。
私は、たぶん、初めて会う――はず。
佐天さんも誰? って顔してるし――固法先輩と、黒子。それに初春さんは知ってるみたいだけど。
「確か、テレスティーナさん――ですよね?」
「あら? 私の名前を――ああ、昨日の会議に参加していたのね……それより、貴女のさっきの話、聞かせてもらったわ。すごいわね……ジャッジメントには風評被害の対応に専念してもらいたかったから、最低限の情報しか流さないようにしていたんだけど……」
テレスティーナさんは、多分だけど――純粋に独力で情報を集めて、推理した固法先輩に驚いてる、のかしらね。『後会議にも参加してもらえばよかった』とか言ってるし。
でもその固法先輩は照れたりとか……『そういう感情』を一切見せない。
「それより、さっき言っていましたけど……『春上さんが関係していないことを証明』――そんなことができるんですか?」
「ええ、できるわ。たぶんだけど、確実にね。――というより、昨日その検査をしたかったし、あなた達にも少し話を聞きたかったところなんだけど……昨日はあの病院の先生に止められちゃってね。あの時、ちょっと強引にでもやっていれば、って思っているわ」
苦笑交じりに、そういったテレスティーナさん。
――なんだろ、なんか、引っかかる。何に?
「じゃ、じゃあその検査を受ければ春上さんが関係ないことの証明になるんですよね!?」
「というより、理論的に見ても関係ないはずなのよ? ……彼女の能力は精神感応のレベル2。ポルターガイストを引き起こすだけのAIM拡散力場はもちろん、RSPK症候群の始点になる可能性も低い……。
貴女の言った『不思議な行動』っていうのは、ポルターガイストの際に起きるAIMかRSPKのどちらかが、彼女の能力を一時的に強化して無理矢理テレパスの『受信』強度が上昇してしまっているんだと思うわ。――気絶を、脳疲労からくる大きなダメージを残さないための防衛機構だと思えば説明がつくしね?」
この人のいうことが全部正しいなら――春上さんはポルターガイストの関係者じゃなくて、どっちかっていうと被害者みたいな立場になるの、かな。
「……それに、もし万が一、その子がポルターガイストの要になるのだとしたら―― 十全な対応が取れる場所のほうが好ましいはずよ?」
固法先輩が、目を閉じて少し何かを考えている。初春さんは初春さんで、春上さんの潔白と安全がどっちも保証されるっていう話に賛成。
黒子は固法先輩の判断待ち――でもこのテレスティーナさんの検査を受けたほうがいいんじゃないか、っていう寄り。
私は……なんでだろう。その方が良いって分かってるのに、何か引っかかってる。
「――わかりました。お任せします。あと、できれば、で構いません。情報を回してもらえないでしょうか? 私たちも、何かできることをしたいんです」
「もちろん、情報は提供させてもらうわ。むしろ、こちらからお願いしたいくらいだったのよ? ……いっそ、付いてきて検査に立ち会うってのも有りよ? その方がいろいろと分かると思うんだけど……」
その提案に固法先輩は首を横に振り、初春さんと佐天さん、それに黒子が春上さんについていくって話になって、テレスティーナさんの後ろについてく。
「……御坂さんが残るなんてね。ついていくと思ったんだけど」
……そう、本気で『意外っ』って顔しないでください。まあ、私自身なんでついていかなかったのか、って聞かれると『なんとなく』って答えるしかないんだけど。
「固法先輩はどうするんですか?」
「私は自然公園にもう一度寄ってから支部に戻るわ。ちょっと、調べたいこともあるし……御坂さんはどうするの?」
――なにをしよう。黒子たち三人は春上さんに付き添ってもういっちゃったし、固法先輩についていって役に立てる、ってもあんまり思えないし。
あ、そうだ。
「――私は取り合えず深音のとこに行ってきます。あいつの回復力なら、もうそろそろ大丈夫だと思いますし」
――そういったら、なんか『絶対に深音君に無茶させちゃだめよ』って念に念を押された。
……あれ? 深音『が』じゃなくて深音『に』だとまるで私が深音に無茶させるみたいじゃ――固法先輩?
***
――いくつもの、幾多もの不安定要素を提示した。そして、それに倍する最悪の事態も、ボクは提示した。
それでも、どうやらボクは残念なことに、その意思を止めることができないらしい。
こういうのが確固たる決意。揺るがない信念とでも言うんだろうね?
――わかった。だが、君はまだボクの患者だ。なら、ボクも無理をさせて貰うんだね?
……『どうして?』かって? 君は患者で、ボクは医者。……君は、ボクを誰だと思っているんだい?
それよりも最大の難問があるんだけどね。……まあ、そっちはボクが何とかしよう。できなかったら、まあ、そのときは頼むよ?
読了ありがとうございました。
絶賛、スランプです――シリアス回が続いているためかも知れませんが……。
誤字脱字・ご指摘などございましたらお願いします。