とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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特別講習 兼 補習   12-2

 

 

 

 

 窓を開けよう。夏を吹き渡る風は熱くも、季節の香りを乗せて。さぞ心が躍ることだろう。

 日差しは強いが、些細なことなのである。……一日一日を、その瞬間を謳歌し、駆け抜ける少年にとっては特に。

 

 

「まいかァぁぁぁぁぁぁあああああああああああ!!!!! 愛してるんだぜェぇぇぇぇぇぇえええええええええい!!!!!」

 

 

 ……ドン引きするほどに感涙し、都会で山彦が起きるのではないかという絶叫でラブを叫んでいる少年・土御門 元春には、さらに特筆して。

 

 

「――えーと、つまりなのです。この能力を使うに当っては『パーソナルリアリティ』。自分だけの現実が非常に重要な――「先生」……はいはい、何ですかスケバンちゃん。質問ですか?」

「すけばん……? まあいいや。んなことよりいいのかよ、『アレ』止めなくて」

 

 スケバンとはなんぞや、と数秒首を傾げた不良少女は我に帰るなり、親指をあれだよアレ、と高笑いを続ける土御門に向ける。

 

 小萌はそちらを確認するよりもまず、ぐるりと少ない人数の生徒全員を見渡し、誰一人として『スケバン』を理解しているものがいないと知ると――心の中でジェネレーションギャップと呟いて悲しくなったそうな。

 しかし生徒の言葉に返答しなくては、と指差された土御門を見て――。

 

 

 

「……土御門ちゃんが何か問題でも?」

 

 

 何が問題なのか、さっぱり分からなかった小萌であった。

 

 

「いやいやいやいや、明らかおかしいだろ!? いま仮にも特別講習っていう授業中だろ!? 注意しろよ教師だろ!!」

「おおぅ、不良っぽいけど根はいい子ちゃんなのですか、いいですねー。うちのクラスに来ません? 学年下がっちゃいますけど」

 

 

 ――絶句した彼女を責めるものはいなく、誰もが、絶句した彼女に同情した。

 関わりあいたくないと数名は視線をあさっての方向へ向けていたが。

 

 

「……なんで教師が留年進めてんだぁぁぁぁぁあ!?」

 

「はいはい授業中ですよスケバンちゃん、静かにしてくださいねー」

 

 

 ……ねえあの先生おかしい。私の言葉が通じてないんだけど――とヤンキー口調が外れて女の子らしい言葉で周りに助けを求める彼女だが、留年・巻き添えはゴメンだと高校生組は視線を逸らし、中学生組は静観を選択。

 

 必死に味方を探す彼女は――彼女がすがれるだろう存在が、かろうじて二人残っていることに気付く。

 

 土御門を見て苦笑し、小萌を見て苦笑を更に深くする執事服の男。

 そしてそんな小萌を見て、ちょっとアンチスキルに通報したくなるような呼吸をしている男。

 

 

 

 ――どちらに救援を出すべきか悩む彼女を見て、クスリと笑う小萌。

 

 

「まあ冗談はこのくらいにして――土御門ちゃーん? そろそろ大人しくしないとその舞夏ちゃんにない事ない事吹き込みますよー?」

 

「「マム! イエス・マム!」」

 

 

 当事者である土御門はわかるとして、なぜか青髪も揃って直立し、軍人も惚れ惚れする敬礼を見せる二人。

 小萌も教官のノリでよろしい、と頷いて授業再開。

 

 

 

 ――最初っからそう注意しろよ、とか。せめて『ある事』ない事告げ口しろよ、とか――。いろいろツッコミをかましたいところが大量にあったのだが。

 

 

「――もう、いいや」

 

 とりあえず、面倒になったので投げ出した。真っ白になってイスに座り込む彼女に、一同はなぜか拍手を送りたくなったそうな。

 

 

 

 

(あ、相変らず『濃い』なぁ、小萌先生たち……)

 

 

 ――そんな光景を、深音と同じく苦笑を浮かべたままずっと眺めていた佐天。ノートは、いつか書いたであろうことであるがしっかりと書き込んでいるため、授業自体は真面目に受けている。

 

 

 ……レベルアッパーを使い、かすかに発現できた能力は今では当然何の反応もしない。ノートに書かれた内容も、本音を言えば、どこまでためになるのかわかりはしない。

 

 しかし、根本にあった、『能力者になる』という憧れが、完全になくなったわけでもない。

 

 

 

 ――チラリと、まだ苦笑を浮かべている深音を盗み見る。

 

 

『……おかえりなさい。佐天さん』

 

(……へへっ♪)

 

 

 

 深音たちと出会う前、開き直りで能力なんてなくてもいいと思っていた。

 しかし、今では違う。能力『が』無くてもいい。――言葉にすれば、大した変化はないが、心の持ち方は全く違う。

 

 本当に大切なものは、能力のレベルとは関係ない場所にある。……それに気付けた彼女は、自分のペースでと考えていた。

 

 

 

(……あのときの深音さんとアタシって見方を変えたらガチ恋人じゃね?)

 

 ……でへへ笑いの今の佐天は、そんなこと考えているようには見えないかも知れないが、根本、そう、根本で彼女はその――うん。 

 なんとも、台無しである。

 

 

 

「――ふむ? そろそろ時間ですかね。はいはーい、午前の部はこれで終了なのですよー。これからお昼休憩に入りますが、午後の部に遅れないようにしてくださいねー? あ、体操服に着替えるのも忘れちゃダメですよー?」

 

 

 時計の類を一切見ず、そう告げるなり颯爽と去っていく小萌を一同(一部を除く)は呆然と見送り、各々が取り出した携帯などで時間をみて、きっかり正午ジャストを確認した。

 

 

 

 

「はー、やっとおわったなぁ……ところで土御門ん、いきなり世界の中心で愛を叫ぶバリの愛してる宣言はなんやったん?」

「ヌフ、ヌフフフフ♪」

 

 土御門んキモイでー、と。かなり本気の表情で青髪に言われつつ、土御門は義妹からの手紙の三枚目――の裏側を青髪に突き出す。

 深音も気になったのか、青髪の後ろから覗いてみる。一見して白紙――と思いきや、右下のほうに小さく『P.S. そうでないと一緒にあるかんからなー』との一文。

 

「むぅぁああいかぁあああああああああああああ!!! 愛してるんだぜェェェェェェェぇぇぇええええええええええええええええい!!!!!!!!」

 

 再び窓の向こうに向かって叫びだした土御門を眺め……。

 

 

「えっと……つまり、三枚分の直して欲しいところを直しきるまで一緒に歩かない、ということですよね?」

「知らぬが仏やでー、オトやん。――土御門ん、絶対曲解してるんやない? 『ツンデレハアハア』とか絶対考えとるよ」

 

 

 ついさっきまで青髪さんもそんな感じでしたよ、と。

 午前の部で結局、一度としてノートを開くどころか机の上に何も出さなかった青髪を見て、軽くため息を吐いた。

 

 

 

 ――深音と佐天のつながりで、一緒にお昼でもどうかと誘おうとした四人は『残念イケメン』と……土御門を見て思いっきり呟いたそうな。

 

 

 

 

***

 

 

 

 ――10kg。

 

 この重さを、一体どう思われるだろうか。軽いと感じるか、重いと感じるか。

 それは男女の差や状況によりけりだろう、という皆様。

 なので唐突に言われても、という方のために、こちらで状況を用意してみたので、それを踏まえて、どう思われたのか答えていただきたい。

 

 

 

 

 

 炎天下の中の、限界挑戦持久走。

 

 

 

 

 ドスン、と結構な重量感を伝えてくる音と共に、二人の目の前に下ろされた重し。両腕・両足、そして胴体に装着するタイプの物。

 それが一体何なのか。おそらく人生で一番早く頭脳を回転させて判断した二人は、とりあえず努めて笑い声を上げた。

 

 

「あ、青髪。ほら、美人女教師からのプレゼントだぜぃ! 喜んで受け取るんだにゃー!」

「いややなぁ土御門ん! ボクが親友の土御門んを差し置いてそんな美味しい思いするわけがあらへんやん! ここは土御門んが受け取るんや!」

 

 

「ったく、美人とか言われると照れるじゃんよ! ――そんな二人にはほれ、追加5kgじゃん」

 

 ――訂正、15kg。

 おそらく、肩につけるタイプの2.5kgが二つずつ。ズドズトンと音を立てる。

 

 

「…………」

「…………」

 

 

(おい、いまあの追加のやつどっから出したんだよ……)

(と、とりあえずポケットから出したようにしか……ポケットに10kgも入れてんのかよ……!?)

 

 

 少し離れた場所で、ヒソヒソという話が聞こえてくるが、不思議と、距離以上に遠くに感じる二人。

 

 限界に挑戦するという持久走と聞かされ、やる気のなかった一同は本気で戦慄した。内心で『ざまあみろ』と思っていたヤンキーたちがいたが、それもすでに同情の視線に変わっている。

 ……約一名、首を傾げていたが。

 

「「た……」」

「た?」

 

 

「「助けてオトえもぉぉぉぉおおおんッッッ!!!」」

 

 一同の中にいた深音に駆け寄り、無理だ死ぬ、絶対死ぬとみっともなく寄りすがる二人に深音は苦笑するしかない。

 そんな二人の首根っこを、黄泉川はいい笑顔でホールドし、ずるずると引き摺っていく。

 

 

 

 

 

 

 

「え、15kgってそんなにきついんですか?」

 

 

 

 

 

 

「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」

 

 

 そして、そんな爆弾を落す、佐天がいた。

 ほぼ全員から『何言ってるのこの子』という視線を受け、え、あれ? と見渡すが味方はいない。深音も苦笑しているだけ。黄泉川でさえ引き摺る状態のまま静止し、佐天をキョトンと見つめている。

 

 

「涙子? アンタ大丈夫? 暑さで頭やられた?」

「え、いや、平気だよ? うん。え、でも15kgでしょ? アタシの1/3しかないじゃん」

 

 

 本当になんで? と首をかしげている佐天に、黄泉川が苦笑する。

 

 

「……佐天ちゃん。多分、基準が深音っちになってるじゃん……人間一人担いで涼しげに走れるやつなんて早々いないじゃんよ」

「――あ」

 

 

 黄泉川のその言葉に、佐天に向いていた視線が深音に集まる。人一人担いで余裕で走れるのかよ、という驚愕だが――現状、四人でも平然としていた深音。それも体格のいい男四人。一人で約80kgと仮定し、それが4人。

 ――計算はお任せする。

 

 

「いろいろと突っ込みたいけど、アンタの中では深音さんが男の人の『基準』なわけね……マジで一夏のアバンチュールかこのやろう」

「そ、そういうんじゃないっての! ああもう! 黄泉川先生! 走るんなら早く走りましょうよ!! そこの二人も潔く重しなりなんなりつけてください!」

 

「「ひどいっ!」」

 

 顔を真っ赤にした佐天が土御門・青髪にトドメを指し、15kgの装備が施され――。

 

 

「はは……んじゃ、限界だって思ったら手を上げるじゃんよ!」

 

 

 ――限界への挑戦が、始まった。

 

 ちなみに、完全装備した二人が始まって即座に手を上げたが、無視された。

 

 

 

 ―― 一時間後 ――

 

 

 

「なん、で――涙子、あんな、はぁッ、走れるわけ……!?」

「こ、恋する乙女はすんごいねぇ――エホッ……」

 

 十分以上も前に限界を向かえ、いまだに呼吸が正常に戻らないアケミとむーちん。マコチンはつい先ほどまでがんばっていたためか、呼吸以外のことで口を使うつもりはないらしい。

 

 

「――アタイとしては、あの二人がまだ走ってるってのが驚きなんだがな……つーか、あの深音ってやつ、どんなふざけた体力してやがるんだよ……!」

 

 

 現在トラック上にいるのは五人。しかし、走っているのは、そのうちの四人。15kgの重しをつけた土御門・青髪と、佐天。そして、佐天の隣りを走る深音。

 

 

 

 

 

 ――そして、深音の片腕に足を組んで座っている黄泉川。

 

 

 

「おら男共ー! 佐天ちゃんに前走られて悔しくねぇのか! 根性見せろ根性! あと5分で時間だからラスト全力でいけ!」

 

 

 

「――こ、っこまでき、たら――もう自棄や! いくで土御門ん!!」

「グッ、おうさ! っ、男の、子の意地! 見せてやるんだぜい!!」

 

 

 

 おっ、と黄泉川が感心なのか笑みを零し――。

 

 

 

「小萌センセのスクール水着ぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃいいいいいいいいいいいい!!!!!」

「舞夏の愛妻弁とぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉおおおおおおおおおおおおお!!!!!」

 

 

 

 

 ……男の子の意地、ではなく、ただの性癖的な願望であった。

 

 一同にうわぁ、とドン引きされながらトラックを全力疾走し――当然五分も持つわけがなく、一分後にはトラックの上で虫の息であった。

 

 

 

 

 深音の肩の上でひとしきり爆笑した黄泉川は、目じりに浮かんだ涙を拭いつつ、いまだ隣りで併走し続ける佐天を見る。

 

 

「……すげぇな、佐天ちゃん。時間ぎりぎりまで走るとは、正直思ってなかったじゃんよ」

 

「正直ッ! きつい、ですよ!! でも何のこれしき!!」

 

 最初の頃よりずっとペースは落ち、今ではもう早歩きとどちらが早いか? 程度の速度しかでていない。佐天が、ではなく、深音が佐天に併走しているのだが。

 

 

「……いや、凄いじゃんよ。自分の限界に、挑戦し続けてるじゃん。それって、『自分の限界を超える』ことよりも、難しいことなんじゃんよ」

 

 

 今は座り込んでいる、自分が限界だと言ったところから――二周、三周と走りきった生徒達をまぶしげに眺める。

 

 

「――今日集まったのは、レベルアッパーの使用生徒たちじゃんよ。もちろん、今日の講習が罰則とか、ペナルティってわけじゃないじゃん。――ただ、知って欲しかったんだよ。『限界の先』があるってことをさ」

 

 

 それで、『もう一度』という思いをもってほしかったのだという。

 

 

 ポツリポツリと雨が落ちてくるまで。 ――佐天と深音は、走り続けた。

 

 

 

 

 

 

《 おまけ 》

 

 

「なぁ、青ピ」

「なんや、土御門ん」

 

「俺達って、補修で呼び出されたんだよな?」

「そうやでー? 今更何をいうとるんや」

 

 

「……何で、俺たちまで走ったんだにゃー?」

 

「あ……」




読了ありがとうございました。 
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