とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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特別講習 兼 補習   12-1

 

 二人は互いをにらみ合う。両者の容姿から見つめあう、の方が合いそうなものなのだが、その眼光はいや鋭く、鋭利な刃物を連想させてならない。

 

 

 そんな二人の可憐な容姿に引かれ、無謀にも声をかけた愚者(勇者)が数名いたのだが――。

 

 

「「……あ゛?」」ギンッ

 

「すんませんっしたぁ!!」

 

 

 というメンチビームの前にまた一人、撃墜されてしまった。土下座の上位である土下寝。そこからゴロゴロと転がって危険域を離脱。

 

 ――とても情けない結果であるはずが、そのものは生還を大いに称えられていた。

 

 

「ふぅ――論争は、もはや無駄なものですの」

「ええ、そうね。……そしてにらみ合いも、時間の無駄ってことが分かったし……覚悟はいいわね? ……黒子」

 

 

 常盤台が誇る電撃姫と、同じく常盤台でありジャッジメントのエース。

 

 その二人が学園都市でも、指折りの実力者であることは周囲のギャラリーたちの半分も知ってはいないだろう。しかし、二人の背後に燃え上がる現実には見えない闘志の炎。ただそれだけで、二人が只者でないということをギャラリー全員に知らしめていた。

 

 

 

「……最後に、情けで一応聞いといてあげるわ。……譲る気は、ないのね」

 

「……言ったはずですの、お姉様。論争はもはや無駄だと――ご自分の意思を貫かれるというのなら、もうワタクシ達に残されている手段はただ一つ――ではなくて?」

 

 

 

 相手は、覚悟を決めている。ならば、こちらも覚悟を決めねばならない。

 

 

 そして……覚悟は、完了した。

 

 

 二人は静かに立ち上がり、眼を閉じて打ち合わせたわけでもなく、深呼吸。

 

 そして見開いた目には、戦士としての炎が――宿っていた。

 

 

 

 

「いざ……」

 

「尋常に――」

 

 

 

 

 

「「勝負!!」」

 

 互いの武器は、右手のみ。

 

 

 

 

「「叩いて被ってジャンケンッポン!!!」」

 

 

 互いが突き出したのは拳。『石』を意味するそれは、勝者を決めることなく相打ち(あいこ)に終わる。

 

 

 

 ――……さて。この二人は何していらっしゃるのであろうか?

 

 

「くっ!?」

「むぅ!?」

 

 

 やっていることは小学生、もしくは幼稚園や保育園に通っているような子供の勝負事にも関わらず、気迫だけで全身全霊の誇りをかけた決闘に見せる。

 ギャラリーは息を飲んで勝敗を見守り、店員も本来の仕事を忘れて勝負の行方を伺っていた。

 

 

 

「……いくわよ?」

「っ……望むところですのっ!」

 

 

「「あい、こで……しょッ!」」

 

 

 

 引き戻され、再び突き合わされた両者の右腕。

 

 

 

 

「っ!? しまっ――」

「もらったぁああああ!!!」

 

 

 

 切り裂く刃(チョキ)を顕現させた美琴と、包み込む紙(パー)を召喚した黒子。勝負は刹那の間に移行する。

 

 美琴は大きく右手を振りかぶり、固く堅く硬めたその拳で――。

 

 

 

「お姉様ちょっと色々お待ちくださいなぁ!?」

 

 

 ……祝・着弾初回避。

 

 とっさにテレポートさせた鞄で頭部へと飛来したそれを防ぎ――鞄がミシリと嫌な音を立てたが――きり、不満げに頬を膨らませる美琴に詰め寄る黒子。

 

「あ、ずるいわよ黒子。能力使わないのは暗黙の了解ってやつでしょうに」

「も、物申しますの! ワタクシ断じて物申しますの! 何故グー!? それも悪漢へ最後の一撃バリに打ち込むような渾身の一撃なんですの!?」

 

 え? と首を傾げる美琴。――なんの疑問も、持っていないらしい。

 

「――お姉様。最近じゃれあいの基準が深音さんに固定されてますの……あの人の耐久力とワタクシ達では鋼鉄と豆腐なみの隔たりがあるのですからその辺を考慮してくださいまし……」

 

 

 深音とのじゃれあい(美琴が一方的に突貫していくだけ)の中で、無意識無自覚のうちに威力やキレが格段に上昇しているらしい美琴。

 

 もともと運動神経は抜群な美琴だが、それが最近ある特化進歩を見せている――というのは相手をしている深音の談。そしてそれを聞いた美琴が気を良くしたのか、深音に向かっていき……軽くあしらわれてホールドされてしまったのは別の話。

 

 

 ともあれ、鞄の中身を確認したところ、幸いなことにすべて無事であった。教科書やらノートが頑張ってくれたようである。

 

 

 ――今後の着弾の回避・防御方法を真面目に考えようと、黒子は考えたそうな。

 

 

 

 

 

「す、すみませーん、バス一本乗り損ねちゃいまし――……」

 

 

 

 息を飲んで見守るギャラリー、そして誰一人として一声も発せない緊張感。だというのに、誰もその場を後にしようとしない怪奇空間。

 

 

 

 あれ、ここ喫茶店ですよね? と決闘場張りの空間に……初春は本気の180度のユーターンを、本当に本当に、選択肢の有力候補に上げた。

 

 

 

 

 

(た……戦わなきゃ、現実と……!)

 

 

 

 

 いまだ初春に気付かず、壮絶な『叩いて被ってジャンケンポン』の競り合いをしている美琴と黒子。

 二人が身を乗り出している机の上には――映画のパンフレットと、この近辺で今日やっているイベントなどをまとめたガイドブックが開いている。

 

 

「あ。なんかスゴイ嫌な予感」

 

 180度ユーターンを選択しようとアイコンを動かしたとき。フラグが立ってしまった。

 

「……ん? あら初春、きてたんですの?」

「あれ、いつの間に……あ、そうだ初春さん!」

 

 やめて、お願いですからその先を言わないで行動を起こさないで――と、眼で訴えるが、彼女には届かない。

 そして、そんな彼女を見た相方も意味を察したらしく。

 

 

「ここは夏らしく夏祭りでしょ!? ほら、セブンスミストの屋上でやってるらしいのよ!」

「ここは淑女らしく、映画ですのよ初春。ラブロマンス、見たいですわよね?」

 

 パンフレットを片手に、ここよここ、ともう一方の手でページの場所を示す二人。

 

「なにが淑女よ! 大体いまどき洋画のラブストーリーな映画なんて見る普通!?」

「それは偏見ですの! お姉様こそ夏祭りの催しのひとつのゲコ太狙い、常盤台のエースとして自覚をといつもあれほど――!」

 

 二人は互いに噛み付かんばかりににらみ合い――

 

「夏祭りよね!?」

「映画ですわよね!?」

 

 ――その眼光のまま初春に向かってくるのだから、初春には溜まったものではない。『自分の安全が確実なほう』を取りたいが、どちらをとってもアウトになる未来しか見えてこない。

 

 しかし、どちらでもない……いわば『グレーゾーン』を見抜くことは、割りと簡単だった。というより初春自身、意図してそれに気付いたわけではない。

 

 

「え、えっと……深音さんは今日来てないんですか?」

 

 ――まず『この様なやり取り』をやんわりと諌めてくれる人物がいないのだ。気付かないわけがない。

 

 そして、深音がいない、ということを()()()認識させられた美琴は、今までの勢いはどうしたのか。どこか不機嫌そうに口をへの字にゆがめ――

 

 

 

「アイツ、今日は用事があるんだってさ。……ったく。人がせっかく誘ってあげたって言うのに――」

 

 ドカリと腕を組んで座り込む美琴は確かに不機嫌そうなのだが――、どこか寂しげでもあった。

 ギャラリーが普段どおり、空間も決闘場の雰囲気から喫茶店に戻る中、やはりどこか違和感がある。

 

 

「――と、まあこのように、深音さんがいないせいで少々イライラしているお姉さまですの」

「イライラなんかしてないっつーの!」

 

 確かに沸点がいつもより――いつも以上に低いようである。

 

 

「よ、用事ですかー。でもそれならしょうがないといいますか――……あれ? でも深音さんの用事ってなんですか?」

 

 

 意外……でもないかも知れないが、自分のことは後回しにする傾向がある深音である。

 自分だけで終わる『個人の用事』であれば、後日に回すか時間をずらす、など――かなり頻繁にやっているのである。

 

 

「通う予定の高校の先生に呼び出されたー、とか何とか言ってたけど……」

 

 やたら小柄な、桃色のショートカットの幼女、もとい少女――もといもとい、先生。何度か見たことがある三人が、幼女としか思えない小萌を思い出し、なんとなくだが閉口してしまう。

 子供としか思えない外見。だというのに、言うことに反発できず反感も持てないのである。三人ともなぜか「しょうがない」と納得して――納得した上で、美琴はムスッとしているのだ。

 

 

「そういう初春のほうこそ。佐天さんはどうしましたの? 今日は一緒に来ると聞いていましたけど……」

 

「あー……佐天さんも学校にお呼び出しされちゃいまして『特別講習』がどうとか……非常に悔しがってました、はい」

 

 地団太でリズムを刻む彼女が案外簡単に想像できてしまったのは――うむ。

 

 

 

「――深音も佐天さんもだけど、学校も意地悪よね。何も休日に呼びださなくったっていいのに……」

 

 

 それもこんな、行楽日和の日になんて。

 

 夏らしい入道雲は高く、青空を夏景色に染めている。少し暑いが、遊ぶにはうってつけの日和だろう。

 

 

 ……二人も習うように空を見上げ、美琴の言葉に同意するべく、頷いた。

 

 

 

 

***

 

 

 

 

「いやー! まさか休日にも小萌センセに会えるなんて夢やないか!? ……いや、マジで夢やないんかな? 土御門ん、ちょっと痛覚刺激おねがいします!」

 

「青ピ。俺はもうだめだ。――後は、頼む」

 

 

 ……にゃー、も、ぜぃ、もない。極々普通の標準語。

 

 土御門 元春という少年を知るものが見れば、一様に驚愕するだろう。それほどにレアな現象なのだが――。

 地面に手をつき、膝を屈し。見事なorzを披露する彼を見たなら、『ああ、いつものことだ』と納得するだろう。サメザメと男泣きする彼に多少引きはするかもしれないが。

 

 

「――おとやん。土御門んどないしたん? いや、本当にちょっとマジで」

「えっと……以前土御門さんに頼まれていた、『舞夏さんがため息を吐いていた内容』をご報告したら……」

 

 ……本人同士では、面と向かって言えないこともある。そんな時には、他者を――信頼の置ける人を介して伝えればいいのだ。 

 

 

 ――いいの、だが。

 

 

 

 

 

「『言葉』じゃなくて……その、メモ帳を渡されました」

 

 

 メモ帳と言ったのは、深音の心からの優しさだろう。確かに現在四つん這いの土御門の手に握られている紙片はメモ帳サイズだが、四つ折でそのサイズなのだ。完全にノートである。しかも三枚。

 

 これが手紙なら、そこまでダメージはなかったはずだ。むしろ、ダメージ自体なかったはずなのだ。

 白紙でも良かったかもしれない。直して欲しいところなどないと、遠まわし的に伝えられる上級者向きのテクニックであるだろう。

 

 

 

 しかしその手紙には――直して欲しいことが箇条書きでびっしり、書かれていた。

 

 

 

「……何々……? 『一年を通してアロハシャツとグラサン』……これは、アカン……アカンで舞夏ちゃん……!」

 

 

 キャラ立てやらトレードマークやらを熱く語っている青髪は、フルフルとサングラスに手を伸ばそうとする土御門を必死に抑えていた。

 

 

 

「――私も、美琴さんに聞いてみたほうがいいのでしょうか?」

 

 深音は土御門のそんな姿に、少し大きな不安を抱いたり、抱かなかったり。 

 

 

 ――そして一方。

 

 

 

「――でさ。もういい加減吐いて楽になりなよ……涙子。別に大したこと聞いてるわけじゃないんだからさ」

「そうだぞ涙子。私たちは友達のアンタのことを心配してるんだから。だから――」

 

 

「「あのイケメン執事のこと詳しく吐けやコラ」」

(その執事さんと一緒の二人も結構カッコいいと思うけど……黙っておこう、うん)

 

 

 席に着く佐天の逃げ道を塞ぐように、左右に立つアケミ&ムーちゃん。それを苦笑しながら、しかし捨てきれない興味からすぐ近くに立つマコちん。

 

「『みおとさん』か? あの人がアンタの実況付きの淫夢に出てきた主演男優か?」

「い、淫夢って何よ!? そこまで言う普通!?」

「お黙れ涙子!! 異端審問会中は返答以外の発言は許可されていない!」

 

 

 佐天は左右に立つ二人の顔を交互に見る。――眼のハイライトが消えているので凄まじく怖く、すぐさま視線を逸らしたが。

 

「で? みおとさんなワケね? っつーかここにきたとき真っ先に呼んでたけど」

 

 チラリと、同じ教室の丁度反対側にいる三人の男子高校生――深音たちなのだが――を見るアケミ。三人とも方向性は違うがイケメンであり、その中の一人を下の名前で呼ぶほど親密になっている佐天が信じられなかった。

 

 

「分かってんなら聞かないでよ――ほかの二人は多分、深音さんの友達だと思う。……この前入院したときお見舞い来てたし」

 

 

 ほうほう、と情報を整理していく。

 

 一緒にいて楽しいイケメンが青髪。ただ遊んでそう。

 ちょいミステリアスチックなイケメンが土御門。しかしなにやらorz。

 大人びた苦笑を浮かべているイケメンが深音。今のところマイナス無し。

 

 

 

 

「「ちょっと紹介してみようか?」」

 

「……おーけー。いくらよ? その喧嘩買った」

 

 

 ――女の子には、退いて避けられぬ戦いがあった。

 

 

 

 

「――これ、一体どういう状況じゃんよ」

「さあ? とりあえず……くぅおらー! お前らー! 何しとんじょー!?」

 

 

  ……黄泉川が、珍しく深い深いため息を吐いたそうな。

 

 

 

《 おまけ 》

 

 

 

「姐さん……これ、やっぱり帰りましょうぜ?」

 

「――グダグダ言うんじゃないよ――いや、まあ、アタイも帰りてぇけどよ……」

 

 

 

《 おまけ 2 》

 

 

(あの執事服……あの人の連絡先を!?)

 

 

「っ!?」

「? どうした涙子?」

「いや、今ものっそい悪寒が……」




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