佐天が意識不明になった。
――その情報を聞いた幾人かは壁に拳を打ちつけ悔しさをあらわにし、また幾人かはすぐさまにその病院へと駆けつけた。
「黒子! 佐天さんは……!」
駆けつけた一人である美琴は病室の前で座り込む黒子に駆け寄る。
出来れば何かの誤りであってほしいという微かな願いは、力なく首を横に振る黒子の前にあっけなく消えた。
「意識不明、とのことです。――症状からして、レベルアッパーで間違いないと」
「……っ! そう――なの」
ふと思い出すのは、佐天と最後に会って交わした言葉。『レベルなんて、どうでもいいこと』もし、佐天の悩みがレベルに関するものなのだとしたら――。
美琴が、力の限りに拳を握り締める。
(どうでもいいことなんかじゃないのに……佐天さんにとって大切なことだったかも知れないってのに……!)
扉の窓から僅かに見えた、眠っているようにしか見えない佐天。しかし、その体が動くことはなく――現状、意識を戻す手立ても分かっていない。
美琴のせいではない、と誰もがその意識を訂正するだろう。それでも、美琴は自分を責めた。
「初春さんと深音は――?」
「初春は木山先生のところへ……一刻も早く快復の手立てを見つけるんだと――深音さんは、初春が無理をしないようにと付き添って木山先生のところへ行ってもらっていますの」
無理を心配する反面、美琴は素直に、初春の事を凄いと心から思えた。
恐らく、佐天の側にいて身を案じていたかったはずだろうに。
「黒子――私にも手伝わせて……大切な友達がこんなことになってるっていうのに、指を咥えて待ってるなんて出来ないわよ……!」
「……わかりましたわ。第一、止めて、止まるようなお姉様ではありませんものね」
苦笑を浮かべる黒子に苦笑で返し、お礼と共にその肩を軽く叩く。
……それが丁度怪我をしている腕のほうだとは露とも知らない美琴。痛みを一切出さすに言葉を返した黒子は、拍手されてもおかしくは無いほど頑張っていた。
ばれないように肩をかばいつつ、捜査に戻るために病院を後にしようとしていた二人の前に、深音の担当医となっているカエル医師がふらりと姿を現した。
「ああ、此処にいたんだね? 深音くんに頼まれていた調べ物が終わったんだけど、彼がいないみたいでね? 君たちから伝えてくれないかな?」
リアルゲコ太、と反応しかけた美琴だが、医師の真剣な表情と、深音が依頼してまで調べてもらったこと、ということで何とか抑える。
しかし、何を調べて貰ったというのか検討がつかない二人は。互いに顔を見合って首をかしげていた。
「実は、彼から事のあらましは聞いていてね? なんでも、共感覚性を用いた音楽ソフトでの学習装置の代用とかなんとか……まあ、彼はそれをまず『ありえない』とは言っていたんだけどね?」
「深音が……?」
自分達が可能性を見出したものを、深音は否定していたのだという。
さらに疑問を深くする二人を、特に気にすること無くカエル医師は自分の役割を淡々と果たしていく。
「なんでも、正規の学習装置を使ってもひとつの分野の知識を得るだけでとんでもない脳疲労を起こすらしいんだね? 自分で経験したような口調だったけど――まあ、それは置いておいて……まずはコレを見てくれないか?」
正直置いておいてはいけない内容をサラリと放置するカエル医師。
美琴と黒子は、深音がかつていた地下研究施設でみた『NEXT』に関するデータを思い出し、その中に『強制インストール』という言葉を思い出していた。
何を用いれば知識と言うものを強制的に覚えさせることが出来るのか、という疑問を抱くことなく、答えに至っていたが。
カエル医師が表示したのは、いくつもの波形データだった。
「深音くんに頼まれた内容だけど、今回の意識不明者に共通点がないか調べて欲しいっていうものでね?
……それで、これが、全ての意識不明者の脳波パターンを測定したグラフなんだね? 本来脳波というものは個人で全く違うから、同じ波形なんてありえないんだね? ところが……」
パソコンを操作し、測定の結果だけをひとつに集める。カエル医師が言うとおりならバラバラにならなければいけないギザギザ模様は、かすかな乱れを残して、殆ど一致した。
「これは……どういう、ことですの?」
「……もし仮に、『誰か』の脳波を元に無理矢理脳が動かされているのだとしたら――人体に多大な影響が出てもなんらおかしくはないんだね?」
「レベルアッパーで脳波が無理矢理変えられて、それで意識不明になったってこと……じゃ、じゃあ誰がなんの目的で!?」
「……僕は医者だ。それを調べるのは、君たちの仕事だろう?」
後は任せたよ? と笑うかの医師の笑顔は、二人の背を押すには十分なものだった。
カエル医師からその脳波データを受け取り、黒子のテレポートで支部へと帰還する美琴と黒子。
偶然支部に控えていた固法を捕まえて事情を説明し、コレ幸いと支部長のアクセス権限を確保した。
「なるほどね……そういうことなら、バンクへのアクセス許可も下りるはずよ。能力開発を受けた学生はもちろん、医療機関とかにかかった大人たちのデータも保管されているから」
「プライバシーや個人情報の塊、ってことね……でも、なんでレベルアッパーを使うとその誰かの脳波パターンが組み込まれるの?」
「しかもそれで能力のレベルが上がるなんて……それこそ専門家でもない限りさっぱりですの」
意図も分からなければ理論も分からない。とお手上げの二人に対し、固法はパソコンを操作しながら考えをめぐらせる。
「――確かに、コンピューターだって特定のソフトを入れたからって格段に性能が上がるって訳でもないものね……ネットワークにつなぐならいざ知らず」
固法の呟いた豆知識に、美琴が疑問を返す。そもそも、ネットワークに繋がないコンピュータなどあるのか、という疑問もあったが。
「えと、ネットワークにつなぐと性能が上がったりするものなんですか?」
「まあ、個々の性能が上がるわけじゃないわ。でもいくつかのコンピューターを並列につなげば、演算能力はその分上昇するし――可能性があるとしたら、そのレベルアッパーを使って『脳』のネットワークを形成したってところでしょうね……AIM拡散力場を電波に、行き来するデータの統合をその脳波の波形にあわせたとしたら……」
二人が何とかギリギリ理解に追いつけるほどの速度で、固法は理にかなった推測を打ち立てていく。
「脳の演算能力が上がれば、その分能力強度は増しますよね……?」
「ええ、しかも、同じ能力の経験を共有することでより効率的に能力を使えるようにもなるはずよ……恐らく意識不明者は……脳の活動領域の全てを演算処理に使われていると考えられるわ――出たわよ! 脳波パターン一致率99%……!」
理論も殆ど推測し終わり、検索も、まず間違いなく当人であるという結果がはじき出された。
画面に映し出された、見慣れた女性。照明写真でも変わらないくっきりと刻まれた隈と、ぼさぼさの茶髪。
「……なんで、この人が出てくるのよ」
――木山 春生が、そこにいた。
なにかの間違いでは、と思い何度確認しようと――名前も所属も見知ったものでしかない。
「ちょっと待ってください! 今初春と深音さんが木山先生のところへ……」
木山がレベルアッパー事件になんらかの関わりがあることは間違いなく、もしかしたら犯人そのものかも知れない今――そこへ、事件の真相にいたるだろう内容を聞きに向かっている初春と深音。
黒子と美琴はそれぞれ携帯を取り出し、二人へ同時に連絡をとる。
「……ダメですの! 初春と繋がりません!」
初春の携帯はコール音すら流れず、電波か電源かの問題を指摘する機械音声のみ。
そして、長いがコール音がする深音との連絡。ずっと耳に当てている美琴を見て、静まり返る固法と黒子。
(出なさい……とっとと出なさい深音!)
『美琴――さん』
「繋がった! 深音!? 木山先生よ! 木山先生がレベルアッパーと関わってるらしいの! すぐに初春さんとそこを離れて!」
『は、い。木山、先生です……レベルアッパーの開発者は、あの人、です……すみません――初春さんが、連れて……いかれました』
耳を寄せていたため、三人全員が状況を理解した。初春は人質に、そして、木山も逃亡したか何かの手を打ったのか。
しかし、深音がいて易々とそのような実力行使まがいのことが出来るだろうか。という疑問が美琴の頭に引っかかる。そして、やたらと深音の声が途切れ途切れなことも――。
「――深音、アンタ無事なんでしょうね……?」
『無事、といえば無事、です――かなり強力な麻酔銃で、撃たれたようで……私のことよりも、初春さんを――』
とりあえずは無事。しかし、どの程度かは分からないが、間違いなくしばらくは動けないだろう。
そしてそれは、大き過ぎる戦力の減少を意味していた。
「白井さんはアンチスキルへ連絡! 学園都市全域に木山 春生を手配! 人質がいる可能性を伝えて! あと深音君のところへも何人か回すように!」
「了解ですの!」
白井は再び携帯を開く。それを見た固法は美琴へと向き直り、じっとその目をみた。
「本当は一般生徒の御坂さんにお願いするようなことじゃないんだけど……正直今は一人でも必要なの。力をかしてくれるかしら?」
「当ッ然! 深音の敵討ちもしないといけませんし!」
『――死んで、ません……けど、ね』
弱々しいツッコミに、場違いだと思いつつも苦笑してしまう。
「――あれ、でも追いかけるにしてもどうやって……?」
「あら? そりゃあ初春さんほどじゃあ無いけど……」
キラリと固法の、眼鏡が光った気がした。
「私のハッキング技術も、結構凄いのよ? ――五分頂戴。必ず見つけてみせるわ」
「――というわけよ深音。アンタはしばらく、休んでなさい」
『了解、しました。――ですが、危なくなったら、すぐに呼んで下さい――ね』
向こうで携帯を落としたのだろう。通話状態にも関わらず、それきり深音の声は聞こえてこなかった。
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