とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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沈黙セシ魔女ノ手記   9-3

 

 

「はい、ちょっと沁みますけど動いちゃダメですよー……?」

 

「ヒグッ……!?」

 

 

 ――白井さんの腕に出来た傷を、消毒液を付けたガーゼで消毒して、痕が残らないように軟膏を塗ってから傷に当てるガーゼ当てて、包帯を巻いていく。

 

 なるべく痛みの少ないようにと心がけても、傷に直接触れるわけですからね……。治療している私も、思わずビクついちゃいますし。

 

 

「日に日に生傷がふえていきますねー」

 

「つぅ……仕方ないですわ――レベルアッパーの使用者が増えているんですもの」

 

「――どれくらい広まってるのか、想像もつかないですからね」

 

 

 白井さんがレベルアッパーの現物を確保してからもう四日。その間にも、多分レベルアッパーは学生達の間に広まって、私達ジャッジメントとアンチスキルは殆ど総動員状態で騒ぎを鎮圧しています。 

 

 しているんですが……相手はレベルが上がった能力者。能力者ではないアンチスキルの皆さんや、私みたいな低レベルで現場向きではないジャッジメントは逆に危険で――こうした後方支援しかできません。

 

 

 白井さんのような高レベル、現場向きの人たちがかなり頑張って状況対応しているのが現状です。

 

 

 

「泣きごとを言っても、始まりませんわよ……」

 

 

 ……沁みたときのですかね、目じりに結構な涙が。

 

 

「とにかく、ワタクシ達のなすべきことは三つ! ですの」

 

 

 白井さんが指をピッ! と三本立てる。

 

 

「――レベルアッパーの拡散の阻止と、昏睡した使用者の快復――」

 

 

「そして、レベルアッパーの『開発者』の検挙。……これを開発してネットワークを介して広げた張本人を見つけ出さなければなりませんの。どのような思惑があってこのようなことをしでかしたのか――問い詰めなければなりませんの」

 

 

 

 裏サイトの創設者を逆探知しようとしても痕跡すら見つかりませんでしたし――どうやってみつければいいんでしょうかね……。

 

 

 

「初春?」

 

「あっ、と。すみません。すぐ巻きますねー」

 

 

 いけないいけない。私に出来ることは後方支援くらいなんだから、しっかりやらないと。

 

 

 

「しかし、こういう言い方はあまりしたくありませんけれど……深音さんがいてくれて正直助かっていますわ……」

 

 

 胸周りの包帯を巻きなおしていると、白井さんが呟いた。

 

 

「……現状、レベルアッパーによる暴動を一番鎮圧しているのは間違いなく深音さんですの――アンチスキルともジャッジメントとも、連携を取れる稀有な立場がこの状況にとてつもなく優位に働いてますの」

 

 

 多分『立場』だけじゃないと思いますけど……この四日間は常盤台の執事業務をお休みしてもらって、ジャッジメント兼アンチスキルとして寝るまもなく学園都市を走り回っているそうで……。

 

 

「――あまりにも馴染んでしまっていて忘れてましたけど……深音さんって全身を強化されてるんですよ、ね」

 

「……」

 

 

 それは私と白井さん。御坂さんの三人。そして限られた人たちしか知らない秘密。能力を殆ど使わなくても、相当な能力者を相手にして制圧出来る身体能力。

 

 

「無理を強いてしまっていることは確かですの――ワタクシも現場に戻らないと「おっすー! 私もなんか手伝えること」セイッ!」

 

 

 

 さてと……現状ありのままに起こったことを説明しますね?

 

 

 御坂さんの声が聞こえたと思ったら私が御坂さんの『頭上』に現れました。御坂さんが現れたんじゃなくて、『私』が現れたんです。

 

 回避できるわけも無く、ゴンッって重たい音が……。

 

 

 

「ふぅ――とりあえずはひと段rどうしたんですか美琴さんに初春さん!? し、しっかり! しっかりしてください!」

 

 

 あははー、凄いですね深音さん。ひと段落させてくるなんて……では、私もとりあえず……意識を手放させてもらいますね……。白井さん……御坂さんに傷を見られたくないっていうのは分かりますけど――……。

 

 

 

「ご、ごきげんよう! お姉さまに深音さん!」

 

 

 

 もうちょっと、やり方を――考えてくださ――……

 

 

 

 

 

 

 

 

「――で、進展とかはあったの?」

 

 オデコに大っきなバンソーコーを貼り付けた御坂さんは、衝撃で記憶を飛ばしてしまったらしいです。

 私と揃って深音さんに氷嚢を当ててもらっていますけど――。

 

 

「――大きな決定打になる、というものは何も。レベルアッパーの使用者による暴動を鎮圧していくしかありませんの……そもそも、ワタクシの押収したレベルアッパーもまだ本物かどうか……」

 

「使用者と思われる方々の暴動をなんとか抑えている、って感じです。私も結構派手に動いたので表立って暴動を起こすことは控えられているようですが……一時しのぎくらいにしかならないだろうと黄泉川先生もおっしゃっていました」 

 

 

「木山先生も、音楽プレイヤーだけでの能力向上は考えにくいと――仮に『学習装置(テスタメント)』の代用にするにしても情報出力が足りない、とかなんとか……」

 

 

 白井さんが怪我をしてまで手に入れたものだったんですけど……。でも、発見した裏サイトのダウンロード数が数千件。しかも、昏睡した人たちや騒ぎを起こした学生さんたちが共通して同じ曲をプレイヤーに入れていた、ということもあって絶対無関係ではないというのが私と白井さんの考え。

 

 

 

「この四日ろくに見ないと思ったらそんなことしてたのアンタ――で、そのテスタメント、っていうのは?」

 

「外部学習装置――視覚、味覚、聴覚、嗅覚、触覚の五感全てに刺激を与えて、脳に膨大な情報を与える特殊な装置、らしいんですの。これを短期間に、かつ膨大な量の電気信号を脳へ送れば、もしかしたら能力の上昇は可能かもしれない、らしいのですけど……」

 

 

 でもレベルアッパーはただの音楽ソフト。つまり、聴覚刺激しかなくて――『もしかしたら』の学習装置の代役すらできないってことです。

 

 

「五感への刺激、か。あ! ねぇ、その曲自体に五感に刺激を与える要素があるってことはないの?」

 

「? と、言いますと?」

 

 

 ……音楽が聴覚以外の感覚を刺激する……? 感動とか――なわけないですよね。

 

 

 

「ほら、前にも話したじゃない。カキ氷食べた時に」

 

「えっと……口移し、ですの?」

 

 

 ……何ででしょう。いつもどおりの白井さんだ、って思ってる私がいるんですけど。

 

 ……御坂さんがすっごい深いため息を吐いてます。深音さんも『あのときのか』って感じの苦笑を浮かべてますね。

 

 

「そんなこと考えてたのかアンタは……んじゃ深音、答え」

 

「共感覚性、でしたか? 鈴の音を聞いて涼しく感じたり暖色寒色のお話をしましたけれど……」

 

 

 

 何でしょうか、共感覚性……?

 

 

「ひとつの刺激で複数の感覚を得る――、もしその曲に、そういう要素があったとしたら……?」

 

 

 えっと。つまり、聴覚の刺激から他の五感全てに刺激を与えられるということは――?

 

 

 

 

 

 

『共感覚性、か。可能性は十分にあるな。なるほど……見落していたよ』

 

 

 専門家の木山先生にも可能性ありと言われ、私はハンドサインでOKと伝える。それを受けてハイタッチを交わす御坂さんと白井さん。……ああ、傷に響いてビクついて……。

 

 でもそんな二人とは違って、深音さんだけなんだか疑問を感じているように首をかしげていますが……。

 

 

 

『その線でこちらから調べてみよう。むしろ事が事だ――『樹形図の設計者』の使用許可も通るかもしれない』

 

 

 つりーだいあぐらむ? ……はい!?

 

 

「……学園都市最高のスーパーコンピュータをですか!? もしそうなら確かにあっという間です! あ、あの、私もそちらに行っていいですか!? 一度つかうところを見てみたかったんです!」

 

『フフ、……ああ、構わんよ』

 

 

 私が切ったのか木山先生が切ったのかわからないくらいのタイミングで端末を閉じた――。事件解決に大きく加速して、しかも『樹形図の設計者』を使うところを間近で見られるなんてなんて一石二鳥ですかこれ!

 

 

「……初春さん、私もご一緒していいですか? 少し、木山先生に聞いてみたいことがあるので……」 

 

「もちろんです! さあそうと決まれば善は急げですよーッ!!」

 

 

 

 御坂さんと白井さんが苦笑して見送ってくれたようですが、私は気付けませんでした。

 

 ――深音さんが、いつもより真剣そうで、深刻そうな顔をしていることにも、気付けませんでした。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 レベルアッパーの副作用――。

 

 白井さんが、そんなことを言っていたのを思い出して……それを思い出すのが、遅過ぎたんだ……。

 

 公園で能力の練習をしていたら突然アケミが倒れて、それでそのまま病院に運ばれたけど、意識を取り戻すことは無くて……。

 

 

 

 ……アタシの、所為……だよ、ね?

 

 

「……っ!」

 

 

 手に持ったお守りと、携帯を握り締める。

 

 言わなくちゃ――いけない。謝らなくちゃいけない。……そう思ってるのに、心のどっかで『助けて』って言おうとしてる自分がいる。

 

 ――助けてなんて口が裂けてもいえないのに、言っちゃいけないのに。

 

 

 レベルアッパーを使っていることを知られたくなくてずっと着信を制限していたのを解除して、初春の番号をコールする、直前の画面まで。

 

 

 情けないなぁ……凄い手が震えてるよ……。

 

 嫌われちゃう、かな。嫌われちゃうよね……。

 

 

『佐天さん! 今までどうしてたんですか!? 学校でもなんにも話してくれないし、電話をずっと――心配してたんですよ!?』

 

「――っ、あ、アケミが倒れちゃった」

 

 心配しないでよ、アタシは初春をだましてて、黙ってて――それで、それで……。

 

 

「どうしよう、ゴメンアタシの所為なんだ、レベルアッパーにあんな副作用があるなんて知らなくてそれで――皆で使おうって、ちがう、アタシが怖かっただけなんだ、一人で使うのが怖くて、それで……皆を!」

 

 

 友達を、アケミたちを巻き込んだ……。

 

 

『お、落ち着いてください! 今どこに……』

 

「アタシも、もう眠っちゃうのかな……? そ、そしたらもう二度と起きられないのかな……!?」

 

 

 もういい。嫌われてもいい。

 

 だから、全部言っちゃおう。全部言って、謝って……それで――……。

 

 

 

「――アタシさ、能力の無い自分が嫌で……一緒にいる初春たちは皆凄いのに、アタシだけが普通で、いつかそれで皆と一緒にいられなくなるんじゃないかって! ――それで、アタシ……」

 

 

 

    ――何かあったら、すぐに戻ってきてもいいんだからね?

    ……あなたの体が、なにより一番――大事なんだから――

 

 

 

 あー、ママにも、謝らなくちゃ。

 言われたこと、守れなかったって……。

 

 

 

「――ねぇ、初春……」

 

『何ですか佐天さん!? 今どこにいるんですか!?』

 

 

 ――電話の向こうで、風が唸ってる。よっぽど急いでくれてる、のかな。

 

 いいんだよ、こなくて。アタシのことなんか、放っておいてくれて。

 

 

「レベル0、って欠陥品なのかな」

 

『なに、を言って……』

 

「それがズルして能力を手に入れようとして罰が当たって――それに皆を巻き込んじゃって……アタシ!」

 

『大丈夫です! 絶対、絶対に大丈夫です!! もし眠っちゃっても必ず起こしてあげます! たたき起こしてあげますから!』

 

 

 

 初春――。

 

 

 

 

『――初春さん、少し代わって貰っていいですか?』

 

 

 こ、の……声――。

 

 ああ、そっか……一番、聞かれたくない人に聞かれちゃったなぁ……。

 

 

 

『佐天さん、深音です……まず、話を盗み聞くようなマネをしてすみません』

 

 

 分かりますって、声聞けば。

 

 ああ、この風の音って深音さんが走ってるからなんだ……。なんか、納得。

 

 

「あ、ははは――聞かれちゃってました……?」

 

 

 

 どうしよ、涙止まらないや。

 

 絶対嫌われた。初春たちに嫌われるのとは別の――はは。初恋が実らないって、ホントなんだね。

 馬鹿だなぁアタシ。ホントに。

 

 

 こんな時に自覚しても、意味無いじゃんか……!

 

 

 

 

『佐天さんがご自分を欠陥品というのなら、私なんてもっとひどい『粗悪品』ですよ』

 

「え……?」

 

 

 深音さんが――粗悪……?

 

 

「そんなこと……!」

 

『私の素性を伝えたくありませんでした。嫌われたくありませんでした。……初春さんたちは成り行きで知ることになりましたが、佐天さんに伝えていいかどうか、ずっと悩んでいました――ですが、この一件の全てが終わったら、お話します』

 

 

 何を言ってるのか、正直いうとよくわからない。

 

 けど――アタシは……まだあの輪の中にいられる、の?

 

 

『佐天さんは、欠陥品なんかじゃありません。絶対に。――でも欠けているんです。いえ、欠けていていいんですよ』

 

 

 ……はは、現金だなぁ、アタシ。

 

 

『私も欠けています。初春さんも欠けています。美琴さんも白井さんも、皆欠けているんです。でもだからこそ、支えあって、助け合って、補い合えるんです。完璧な人なら、助けられないんです』

 

 

 

 ――私は、助けたいです。佐天さんを。

 

 ほんと、涙が止まらないや。

 

 

 

「……じゃあ、助けてもらっていいですか」

 

『承りました。助けに向います。――ゆっくり、お休みください。目が覚めるころには、全て終わって皆で笑えますから』

 

 

 皆、かぁ。

 相変らずだなぁ、深音さんも。

 

 

「それじゃあ、後のこと――お願いしま、す――ね」

 

 

 

 目の前が暗くなって、音も聞こえなくなって。

 

 

 床に倒れこむ前に、なんかあったかい何かに、受け止められた気がした。

 

 

 

 

 




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