とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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沈黙セシ魔女ノ手記   9-2

 レベル0。それは、落ちこぼれの烙印。

 

 無能力者。それは、学園都市に在住する学生達のおおよそ六割にもなる『一般人』。

 

  

 学園都市に住まう約200万人の学生達の『指標』となるレベルは、残酷なまでにその上下関係を刻み付ける。

 

 能力に憧れ、そして、どれだけの学生が夢破れただろう。

 

 

  

 0と1。数字の差はたったの1。しかし、その差が、あまりにも大きな壁として横たわっている。

 

 

 0であれば、何も無い。しかし、1だけでもあれば『無』ではない。何らかの能力名が付けられ、それを向上させるために『何をすればいいか』という方針も与えられるのだ。

 

 

 

 ……そして、その壁を悠々と越えられるだけの力をもたらしてくれるものが、手の内にあった。

 

 

 

(やっぱり、手放したくない――……まだ使ったわけじゃないし――だまっていれば、いいよ、ね……?)

 

 

 思わず走って……逃げてしまった。何も告げず、そのまま。

 

 言わなければいけないことを言わず……恐らく、自分が持っていることを伝えれば、絶対役に立てただろうと確信すら抱けているにも関わらず。

 

 告げることが出来なかった。

 

 

 

「――せっかく手に入れたんだもん……」

 

 

 

 能力が無くてもいい、などと言ってどうでもよかったあの頃とは違う。切実に、能力を切望していた。

 

 

 ――あの輪の中にいるには、普通だけじゃ全然足りない。なにか特別な、そんな要素が必要だった。

 

 

 

 

 

「……どうしたの? 佐天さん」

 

 

 

 そして、その逃げ出した相手が、少し息を弾ませて自分のことを追いかけてきていた。

 走って早くなったこと以上に、心臓が加速する。

 

 

 

「み、御坂さん!? どうして……」

 

「だって突然いなくなるんだもん、心配するでしょ」

 

 

 

 ……ギュッと、早くなった鼓動を打ち心臓が握り締められたような気がした。ただなにも告げずに走り去っただけの自分を、それだけの理由で心配して追いかけてきてくれる。

 

 

 

 そんな友人を、今――自分は裏切っているのだと。

 

 

 

「な、なんでもありませんよ!」

 

「でも――……」

 

「だってほら! アタシだけ、その……事件とか関係ないじゃないですか! ジャッジメントじゃないし――」

 

 

 

 後ろ手にしまった音楽プレイヤー。そして、わざとおどけて見せることで自分はなんともないのだとアピールする。

 

 その時、一つのお守りが軽い音を立てて地面に落ちる。それを拾った美琴は、汚れていないことを確認して佐天に手渡す。

 

 

 

「それ、いつも佐天さんが鞄にさげてるやつでしょ?」

 

「……ええ、そうなんです――母から貰ったもので。いまどきお守りなんて、科学的根拠も何一つ無いんですけど」

 

 

 

 最後まで学園都市行きを反対していた佐天の母が、いくつもの言葉と共に手渡してくれたものだ。

 

 学園都市に来る前日に不安になって、言い出すことも出来ずに一人ブランコをこぐ佐天に、彼女の母が、その手に握らせたものだった。

 

 

 

「……ほんと、迷信深いっていうか。――こんなもので、身を守れるわけないですよね、バリアじゃないんですから」

 

「……優しいお母さんじゃない。それだけ佐天さんのこと、想ってくれてるってことだもん」

 

 

 今でも思い出せる、自分を案じてくれた母の言葉。それらは鮮明に思い出され……それだけの言葉をかけてくれた母に、いまだ佐天は何の成果も伝えられていない。

 

 

「分かってるんです――でも、それが……その期待が、重いときもあるんですよ。何時までたってもレベル0のままだし――」

 

 

 

 

「レベルなんて……どうでもいいことじゃない」

 

 

 

 

 ……レベル5の美琴がいうその言葉は、『美琴(アナタ)だからいえる言葉』なのだという思いと共に――佐天は強く、お守りを握り締めた。

 

 

 

「じ、じゃあアタシ、そろそろ時間なんで!」

 

 

 そういって走り去る佐天を、今度は追いかけられなかった。

 

 彼女の悩みが何なのか気付けない今、美琴が佐天にかけられる言葉は――ない。

 

 

 

 ……走っていった佐天が見えなくなるまで見送った後、佐天が背を預けていた場所に、同じように背を預けてみる。――ここで彼女が、何を考え、何を想っていたのか。

 

 

 

「わかんない、か。……私――さ。レベル5とか最強の電撃姫とか散々言われてるけど……友達の悩み一つ分からないなんて……情けないよね」

 

 

 

 ため息を吐く美琴の隣り、同じように背を預ける深音。

 

 ――佐天を追いかけてきたのは、美琴だけではなかったのだ。

 

 

 

「――ごめん、深音。私じゃ、ダメだったわ」

 

「……きっと私が行っていたとしても、結果が変わったとは思えません……それに、レベルは関係ないと思いますよ? これは受け売りですが、『人の心は分からないから、分かり合おうと努力する』のだと」

 

「……」

 

 

 

 本で読んだ内容を、人に聞いたものを。自分の見つけた持論のように言うものは少なくないだろう。 

 しかし、彼自身は心からそれに納得し、またその『努力』を心がけているのだとわかる。

 

 

 

「……そう、だよね?」

 

「はい! ……それに、 私と美琴さんにはもう一つ共通点があります」

 

 

 もう一つ、ということは既に同じものが一つあるのだろう。いまこの状況で苗字や電撃使い、などというふざけたことを言うような深音ではないと思い……悩む佐天に対してなにも出来なかった、ということだろう。

 

 しかし、『もう一つの共通点』が分からずに、首を傾げる美琴。

 

 

 

 

 

「大切な佐天さん(友人)の悩みが分からないからといって、悩んでいる友人(佐天さん)のことを放っておく私達でしょうか?」

 

 

 私はいやですよ? もちろん。と付け加えた深音を、呆けたように見上げていた美琴。

 

 

 

 

 その直後、当たり前でしょうが! と怒っているような、しかし嬉しそうな声が響いたそうな。

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 ……捜査上、必要不可欠な現物証拠。

 

 ――倒壊予定であったビル一棟。

 

 

「プライスレス、ですの」

 

「んなわけないでしょーが!!!」

 

 

 着弾。

 

 盛大な音に、初春が思わず目を背けるほどの威力。……大きなコブを作った黒子を想像してクスリときたのは日頃のお返しだろう。

 

 

 

「いっつ……! なによこの硬さ――は……?」

 

「あれ…?」

 

 

 

 しかし結果は無事、どころか何の変わりも無く平然としている黒子がそこにいた。寧ろ、着弾させた側に自滅ダメージが返ってきている。

 

 

 

「なによこのヘルメット!?」

 

「ワタクシも日々成長していますの。……というより日に日に確実に強化されていくお姉様の着弾威力に対応しないといけませんので……」

 

 

 黄色いボディに安全第一と書かれたメット(学園都市製。頑丈なことが唯一の売り)。防災用に配備されているものが手の届く範囲にあったので、テレポートさせて固法の拳骨を防いだのである。

 

 ……日々の成長を、『着弾の原因たる行動』をやらないようにする、というほうに向けないあたりが黒子らしいといえばらしいだろう。

 

 

 

 ……そして、お叱りの着弾を回避してしまったがために――二発目が、再装填された。

 

 

 

 

「ワタクシ、結構な怪我人だと思いますけど……?」

 

「だからこそよ。一人でそんなに怪我するまでやるなんて――先輩を何だと思ってるのかしら?」

 

 

 

 ビルの倒壊よりも、固法の怒りは怪我のほうだったらしい。

 

 そういわれては返す言葉もないらしく、気まずそうに黙って頭の痛みを受け入れることにした。

 

 

 

「それにしても、これが『レベルアッパー』――ね……」

 

「ワタクシも信じられませんが、嘘を言っているようには見えませんでしたし――レベルアッパーは曲だとも」

 

「でも、音楽を聴くだけで能力が上がるなんて――正直信じられませんね……はっ! でもコレを使って白井さん以上の能力者になれたら、今までの仕返しにあんなことやこんなことを……!」

 

 

 

 

 木山に送るというレポートをまとめていた初春の、いきなりの打倒・黒子宣言に固法は苦笑し、黒子はというとなぜかいい笑顔で初春の背後に立つ。

 

 

 

 

「えっと……白井さん? その手に持っているイヤホンがめちゃくちゃ怖いんですけれども――?」

 

「Let listening♪」

 

 

 初春は両耳に迫るそれを何とか掴んで阻むも、圧倒的な腕力差で完全に黒子に遊ばれる。プルプル震えながら結構必死な初春だった。

 

 

 

「わー!? 嘘です! 嘘ですってばー!!」

 

「全く――電話が鳴ってるぞーっと、はいジャッジメント177支部……! はい、了解です。すぐに向かいます――白井さん、初春さん弄りは後にして! また学生が暴れてるらしいわ――出られる?」

 

「またですの――? いえ、了解しました。直ちに現場へむかいますの――初春? 木山先生へ送るレポート、お願いしますわよ?」

 

 

 

 そういい残してテレポートした黒子を見送り、だから一人で先走るな! と言いながら現場へと走る固法を見送り――。

 

 

 

 

「――レポートが終わらなかったら、レッツ・リスニング……?」

 

 

 

 固法も、弄りを『後』にしろ、と入っていたが、『止めろ』とは一言も言っていない。

 

 

 

 ……初春史上最速のタイピングが、非公式ながら更新された。

 

 

 

 

 

 各事件のレベルの食い違い――そして、音楽プレイヤーによるレベル向上の可能性があるのかどうか? という所まで打ち込んで、黒子の置いていった『現物』を見る。

 

 

 

 傍目に見ても、ただの音楽プレイヤーにしか見えない。

 

 

 『だれもが』普通に持っている、音楽プレイヤーにしか見えなかった。

 

 

 

「――まさか、ですよね?」

 

 

 ふと思い出されたのは、佐天。

 

 嬉しそうに何かを見せようとして、教えようとして――見せてきたのは音楽プレイヤーだった。

 

 まさか、と思う反面。不安もある。

 

 ――むしろ、考えてしまえば考えてしまうだけ、まさかを不安が覆い隠していく。

 

 

 

 

 携帯を開き、サ行から一番かけ慣れた番号をコールする。

 

 一言、ただ一言否定があれば謝ろう。疑ってしまってごめんなさいと。なんならどこかのお店でおごってもいい。

 

 

 

 

 

 

『――ただいま電話に出ることが出来ません。発信音の後にお名前とご用件を――』

 

 

「佐天さん……」

 

 

 

 初春は謝ることも、おごることも出来なかった。

 

 

 

 ――否定の言葉は、当然として。

 

 




読了ありがとうございました。

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