とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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 言葉が出てこない状況ってあったんですね。ホントに――。


沈黙セシ魔女ノ手記   9-1

 

 

 額からにじんだ汗が、目の横を通り、頬のラインを撫でて、あご先でしずくとなる。そこまできてようやく一連の汗の流れをハンカチでぬぐう。――そろそろ手洗い場かどこかで絞らなければ吸水性もなにもないだろう。

 

 

 

「……深音さん。ワタクシ今とっても、それはもうとぉぉぉおっても貴方にお願いしたいことがございますの」

 

「? 何ですか? 黒子さん」

 

 

 じっとりと湿度・温度共に高い室内はまるでサウナのように、むしろ風がある分屋外の方が涼しいだろうと確信を抱かせる程度に不快指数は高くなっていた。

 

 

 そんな中、正常で冷静な思考を保ち続ける、というのは至難に近いかも知れない。

 

 

 

 

 

 

「では――お膝の上のお姉様をワタクシにプリィィィィイイイイイイイイイイイズ!!!!!」

 

 

 

 

 

 

 ……黒子は意外と平常運転のようである。

 

 というよりも、先ほどやたらと汗の描写をお届けしたが、三人の中でそれだけ汗をかいているのは黒子だけだ。

 深音の膝を我が物顔で占領している美琴は薄っすらにじむ程度の汗で気持ちよさそうに昼寝を続け、深音に至っては涼しげな顔で汗一つにじませていない。

 

 

「……美琴さんがしっかりとズボンを握り締めていて離れられないんですけどね(……というより、今場所をゆずったら何か怒られそうですし)」

 

 

 

 手をワキワキさせて呼吸も荒く、さらにはヨダレを垂らしている黒子は正直アンチスキルかジャッジメントへ通報しなければならないのでは? と思わせるほどの危うさがあった。

 

 

 

(……それ以上に、なにか美琴さんを乗せているあたりのズボンが妙に湿っているんですけど)

 

 ――あえて言及はすまい。しかしあえて言及するならば今、現在進行形で黒子が口から垂らしているものである。

 

 美琴にとって赤面級で済めばいいが――……まあ唯一の救いは、被害を受けている深音が寝汗かな? と盛大に勘違いしていることだろう。取り出したハンカチで僅かな汗をぬぐってあげたり髪を優しくなでていたりと、お世話にも余念が無い。

 

 

 

 

 

「深音さん……ッ! その役をどうかッ! どうかワタクシに――ッ!」

 

 

 

 

「……君たちはまだいたのかね……というより何なんだいこの状況は――?」

 

 

 

 血涙を流さん勢いで深音に土下座懇願する黒子と、美琴のお世話を甲斐甲斐しくしながら苦笑している深音と――何か世話されるたびに『ニヘラ』と笑ってヨダレを増す美琴。

 

 

 

 

 

 ――カオスであった。

 

 

 

 

 

「とりあえす、美琴さん起きてください」

 

「んー……あと三時間……」

 

「長いです。長過ぎです。……というより起きないと黒子さんがなにか顔を近付けていますけど」

「邪悪な気配っ!?」

 

 アクロバットな起きる動作で風を唸らせ、即座にその場から飛び退いた美琴。両手で顔(主に口付近)をガードしつつ、周囲をくまなく観察し、『お目覚めのキス』体勢に入ろうとしていた黒子を確認する。

 入ろうとしていただけで、まだ行動には起こしていない。考えてはいたようだが。

 

 

「あー、ビックリした。心臓に悪いこと言わないでよ深音」

 

「邪悪な気配って酷過ぎですの……(ちっ……)」

 

 

 落ち込むフリをしてうつむき舌打ち。それが美琴にはしっかりと聞こえたらしく、黒子の頭に久々に着弾した。

 

 

 

「……この前といい、随分賑やかなんだな――君の周りは」

 

 

 苦笑なのか微笑んでいるのか判断が難しい笑顔を浮かべている木山に、深音は苦笑を返すしかない。

 美琴と黒子はそこでようやく木山の存在を思い出して、詰め掛ける。

 

 

「ワタクシ、ジャッジメントの白井 黒子と申しますの。その……診断の結果は……?」

 

「ん? ああ……データの採取は一通り終わったが、いまの段階ではなんとも。としか言えないな――コレから研究所に戻って原因の解析に当たってみるが……正直検討も付かないというのが率直な意見だ……それにしても、ここは暑いな――」

 

 

 専門の研究者でも検討も付かないのか、と若干気落ちする黒子に対し、御坂兄妹も同じような反応であった。――最後のワードを聞くまでは。

 

 

「申し訳ありません、昨日の停電で回線に故障が出たみたいで……今日中には復旧すると聞いているんですけど」

 

 

 通りがかった看護婦のプチ情報に、木山はしょうがないか、という顔に。予備の電源があるのだが、それらは入院している患者の部屋や緊急治療などの治療室に回されているという。

 

 そのしょうがないかという顔のまま、おもむろにネクタイを緩めて、シャツのボタンを外し――そのまま下着姿を晒す。

 

 

 

 

「ふぅ……」

 

「やっぱり……っ!? 深音!」

「目を閉じてます。後ろを向いています。はい」

 

 目を閉じ、肘で目を覆うようにして目隠しをし、さらには後ろを向くという徹底振りの深音。木山がネクタイに手をかけた時点でその行動をとっていたので、何一つ見ていないと断言できるだろう。

 

 

「で、な、――あ、貴女は何をいきなりストリップをしていますの!?」

 

 

 

 シャツが袖から抜かれかけたその時に再起動した黒子が、半ば無理矢理服を着せていく。いままで涼しい病室にいたからか、深音の時とは違ってまだ狂化はしていないらしく、容易く服を戻されていった。

 

 

「いやだって暑いだろ「殿方の目がありますの!」いや、だって下着は着ているし「下着は人に見せるものではありませんの!?」――むぅ……面倒だな」

 

 

 渋々と服を着なおしていく木山を見てほっと息をつく美琴だが、油断は出来ない。いろいろと聞きたいことはあるが、まず最優先すべきことを確認する。

 

 

 

「深音君――やはり君の服は涼しそうだな……」

「と、とりあえず涼しいところへ! ね! そこでお話しましょう! 黒子!」

 

 

 

 ……獲物を見るような目で深音の服を見始めた木山を、早急に静めることだった。

 

 黒子にテレポートで空調の生きている喫茶店まで強制テレポートさせる。

 とたんに静かになった場で……二人は深いため息を付く。

 

 

 

 

 足取りが重いのは……暑さだけのせいではないだろう。 

 

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 

 

「っ……!?」

 

 

 視線を右に――いない。

 

 視線を左に……やはりいない。

 

 

 

 前後を慌てて確認しても、やはり姿は確認できず――しかし安心することは出来なかった。

 

 

 『自分は狙われている』

 

 

 そう判断させるだけの予感がして、気配もしている。しかし居場所が分からない。早く見つけなければ大変なことになると分かっているだけに、焦りが冷静な思考を阻む。

 

 

 

(どこに――……っ!? まさか!?)

 

 

 

 ありえない。否、ありえて欲しくない。

 

 そう願いを込めつつ……後ろに手を回――そうとして遮られた。他ならぬ、自分のスカートに。

 

 

 

「なるほど……今日は水色のストライプ……純朴っ娘――狙ってるね? アンタ」

 

 

 

 ――初春が涙目でポカポカするまで、後三秒。

 

 

 

 

「どうだった? スカートめくりから進化した『スカート上げ』!」

 

「……ツイッターで佐天さんが教室でやった寝言事件動画付きで晒しますよ?」

 

「ふざけた真似して大変申し訳ございませんでした! っていうかちょっと待って動画あるの!?」

 

 

 美しい45度の拝礼――からバネ仕掛けのように体を起こして詰め寄る佐天。

 

 初春は応えない。答えない。ただただにっこりと、花の様な笑顔を浮かべているだけである。

 

 情報を制するものが戦を制する、との言葉がふと頭をよぎった佐天は――やりすぎは控えようと心に誓った。

 

 

 

「か、閑話休題っ!」

 

「それ口に出していうことじゃ……もう今度から止めてくださいねマジで……それで、なんなんですか急に呼び出したりして――」

 

 

 もう、とだけ釘をさして、切り替え良く自分を呼び出した理由を問う初春に、佐天は待ってましたとばかりに、笑みを深めた。

 

 

「ふっふっふ……よくぞ聞いてくれました! アタシがついに見つけた噂の秘密道具、かつ目してみよッ! ――パパラパッパパーッ!」

 

 

 日本国民であれば必ず一度は耳にしているであろう、あのBGMと共に突き出したものは――

 

 

「お、音楽プレイヤ~……♪?」

 

 

 

 

「「……」」

 

 

 

 

 妙な、そして嫌な沈黙が二人の間に残る。ヒューっと夏にも関わらず木枯しでも吹きそうなほどだ。

 

 初春はどう反応をすればいいかわからず、佐天もとりあえずやってみたが切り返しが思い浮かばなかったらしい。

 

 ……ありもしない周囲の人々の、生暖かい視線を感じた気がした二人。

 

 

 

「んんっ! ただの音楽プレイヤーなわけないでしょ。中身だよな・か・み!」

 

「なにかレアな曲でも取れたんですか?」

 

 

 曲かどうかは分からないが『レアである』、ということに自信はあった佐天。初春の肩に手を置いて、無理矢理半回転。そしてそのまま背中に手を当ててニシシと笑う。

 

 

「まあまあ♪ 詳しい話は近くの茶店ですっるからさー♪」

 

「ちょ、ちょっと佐天さん?」

 

 

 ぐいぐいと背中を押されてじゃれ合う二人。早く早くとまくし立てる佐天と、ワタワタと慌てながら進んでいく初春。そんな、どこか微笑ましい光景に見ず知らずの、名前も知らない人たちもついつい笑みを浮かべて見送っていた。

 

 

 

「……初春、いまアンタ『サテンにいく佐天さん』とか考えなかった?」

 

「い、いやだなぁそんなオヤジギャグみたいなこと考えたりシテマセンヨ?」

 

 

 

 ――そんな仲の良さそうな二人の少女の会話は、こんなものである。現実とは空しいものであった。

 

 

 

 

「……あれ、白井さんですね」

 

「ん? あ、ホントだ。御坂さんに深音さん! ……の隣りの人は誰?」

 

 

 見慣れた美琴と黒子、そしてその対面に座る深音。――そしてその深音の隣りの、白衣を着た女性。

 遠目窓越しにも視認できるくっきりと刻まれた隈とぼさぼさの茶髪。見るからに不健康そうだった。

 

 

 

「よくわかんないけど初春、突撃ー!」

 

「え、そっち入り口じゃなくて窓――ああ、なるほど」

 

 

 美琴たちのいる席の窓にへばり付く佐天を見て、理解するよりも行動を見て納得する。今日はいつも以上にテンションが高い。

 

 

 

(よっぽど、さっき言ってたモノが手に入ったのが嬉しいんですかねー……?)

 

 

 美琴たちに気付かれ、ぐるっと回って今度は入り口から再突撃。初春も遅れまいと、あとに続いた。

 

 

 

 

 

 

 

「大脳生理学の学者さん……ってことはやっぱり白井さんの頭になにか異常が!?」

 

「おい待て初春。やっぱりって何だやっぱりって」

 

((……『ですの口調』一応外せるんだ……))

 

 

 来て早々ジャンボパフェを頼み、木山の自己紹介を受けて身を乗り出す初春。驚きが多いが――チラッと見たら口角が上がっていた。

 美琴と佐天は各々の注文したものを飲みつつ、深音はとたんに騒がしくなったことに苦笑していた。

 

 

「んんっ! レベルアッパーの件ですの! ――能力のレベルを向上させるということは、脳に干渉するものである可能性が高い、ですので、専門家の方に相談していたんですの」

 

 

「あ、それなら私「……レベルアッパーの所持者は捜索、そしておそらくそのまま身柄をを保護することになると思われますの」……」

 

 

 

 ……サテンが何かを取り出そうとして、すぐに止まる。

 

 偶然か必然か、その行動は説明を行っている黒子に全員の目が向いているため、気付かれることは無かった。

 

 

「……まだ調査段階ではっきりとしたことは言えませんが、使用者に副作用がある可能性と、急激に力の付けた学生が容易に犯罪に走りやすい、という可能性があるからですの。いまだどのようなものかは、分かりませんが……」

 

 

「なるほど……? 佐天さん? どうかしたんですか?」

 

「えっ!? あ、いえ別にっ――」

 

 

 取り出しかけたものを慌ててしまい、何事もないと手を振る佐天。振りに振ったその手は、軽い音を立てて中身満載のコップへぶつかり――。

 

 

 

 

 

「あ」

 

 

 

 

 ――狙ったように木山の足元を盛大に濡らした。

 

 

「わ、ご、ごめんなさい!」

 

「いや、気にしないでいいよ、ストッキングにかかっただけだ――」

 

 

 大慌ての佐天に大して大人な対応の木山だが――おもむろに立ち上がってスカートを脱ぎだした。

 

 

 

「ストッキングを脱いでしまえばどうということは無いよ」

 

 

 ストッキングを脱ぐには確かにスカートを下ろす必要があるだろうが――。

 

 

 

 

「だから貴女は人前で脱いではダメだと言ってますでしょうが!!」

 

 

 黒子がとっさに、木山のストッキングとスカートに手を触れ、スカートを元に位地に、ストッキングだけを取り外す荒業で乗り越える。

 

 

「いや、しかし起伏の乏しい私の体を見て劣情を催す男性がいるとは――」

 

「趣味嗜好は人それぞれですの! 世の中には殿方でなくともゆがんだ情欲を抱く同性もいますのよ!?」

 

「女の人が公の場でパンツ見せるようなことしちゃダメですよ!! 零しちゃったのアタシですけど!」

 

 

 

 

「「……鏡を見てその台詞を言ってみなさい」ください」

 

 

 

 ――主にそのゆがんだ情欲を向けられている美琴と、下着を晒されたばかりの初春の心からの怨嗟であった。深音はもちろん両目を覆って顔を逸らすことに忙しい。

 

 

 

 周囲の一般客は、カオスな席を遠巻きに見て若干楽しんでいたという。

 

 

 

 

 

「――本日はお忙しいなか、ありがとうございました」

 

「いや、こちらこそ色々迷惑をかけてしまったようで……教鞭をふるっていた頃を思い出して――楽しかったよ」

 

 

 木山の意外な発言に、全員がかすかな驚き見せる。その反応に納得すらしているのか、あの苦笑とも微笑みとも見れる笑顔を浮かべる木山。

 

 

「まあ、昔の話さ――それではコレで失礼するよ」

 

 

 

 ――木山の後姿を全員で見送る。

 

 

 佐天が何も告げずにフラリと去ったのは、その直後だった。

 

 

 

 




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