とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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能力と意思 力と信念   7-E

 

 ――顛末を語る、その前に。

 

 

 

 科学発展した学園都市らしく、科学の授業を始めるとしよう。本日の特別授業でお伝えしたいのは『爆発の定理』と『タキサイキア現象』についてだ。

 

 無論、どちらとも知っていようが知っていまいが諸兄の日常が劇的に変わるわけではない。お手元の『へぇ』と鳴るかもしれないボタンを数回押す程度の雑学だ。

 

 

 

 だがどうしても、この顛末を語るには必要なので適当に流し読みしていただきたい。

 

 

 ――まず、爆発についてである。

 

 爆発と聞いて聞かれて、まず諸兄は何を想像するだろう。

 

 ニュースなどで時折目にする料理店などでのガス爆発か。火薬を用いた爆弾によるものか。ゲームなどである何かしらのタンクを銃撃したものか。

 

 原因・要因はそれこそ千差万別の内容であろうが、『爆発』という結果は一概には変わらない。一般的に、爆発とは『急激な気体の熱膨張』のことを言う。その熱膨張の際の熱が酸素と反応し爆炎となる。

 

 更に詳細に説明すれば、熱膨張の際の燃焼による爆発の内、膨張速度(炎の伝播速度)が音速に達しないものを『爆燃(ばくねん)』、膨張速度が音速を超えるものを『爆轟(ばくごう)』と呼んで区別することがある。

 

 これは、『爆燃』が衝撃波を伴わず、被害が比較的に軽微であるのに対し、『爆轟』は衝撃波を伴い(時には数百mから数kmの範囲で)甚大な被害を及ぼす。

 

 爆発の現場から離れたビルの窓ガラスが粉々に砕けるのはこの衝撃波が原因だ。

 

 

 

 このどちらの爆発になるかは原因・要因が大きく関係してくるがそこは省こう。同じ火薬でも爆燃が黒色火薬であり爆轟がダイナマイト、とでも考えてもらえば十分である。

 

 

 

 

 

 続いて第二の知ってもらいたいものが『タキサイキア現象』。

 

 

 簡素簡略に説明するなら、事故の直前や高所より落下するとき、体感時間が妙に長く感じた経験はないだろうか?

 

 

 それである。

 

 

 からくりは、体の自己防衛本能であり、怪我を負った際に傷がふさがりやすくなるよう血液の凝固作用を増加させたりなどの機能を最優先にし、他の活動を後回しにした結果、目から入った情報をコマ送りのように脳が認識処理するためスローモーションに感じるのだ。

 

 これには諸説あり、思考速度が変わる・変わらない、などで説く学者によって違うため、危機的状況で体感時間を長く感じると思っていただければこの場では十分だろう。

 

 

 ついでに、その瞬間に過去のことを振り返れば『走馬灯』という、大変縁起のよろしくないものが見られるのだが、これは完璧な余談であるのでその辺に捨て置こう。

 

 

 

 

 

 

 この二つの知識を知っていただいたところで、顛末を語るとしよう。

 

 

 ……奇しくも、その二つを同時に体感しまった――女の子のお話である。

 

 

 

 

 

***

 

 

 

 

 今年一番の失敗。――否、もしかしたら人生で一番の失敗をしてしまったかも知れない。

 

 ……美琴は自分の手から零れ落ちたコインが地面に向かっていく時間を、やたらと長く感じていた。

 

 

 

 ――自分と、友人と小さな女の子の命。そして、最近になってやたらと頼っている義兄の命が掛っている中での些細な凡ミス。

 

 しかしそのミスが致命的であった。

 

 

 

 次のコインを、と頭のどこかで考えている自分と、間に合わないとどこかで考えている自分がいる、と……美琴は冷静に思考している。

 

 

 

 いやみったらしく、ゆっくりと跳ね上がるコインを睨む。

 

 もうじき、自分達に衝撃が、建物全体で避難誘導を行わなければならないほどの威力が、襲い掛かってくるのだろう。

 

 

 ……それが悔しかった。たまらなく。

 

 自分だけならまだいい。しかし、自分がミスしなければ少なくとも全員無傷だったはずだ。

 

 

 だからこそ、せめて後ろの二人の盾になろうと前を向いた。自分の後ろにぴったりとついてきた足音は聞こえていたので、運がよければ三人の、とも思った。

 

 

 

 

 

(なん、で……?)

 

 

 

 

 ……後ろにいたはずでしょう、と。

 

 

 

 ――スローな世界で、唯一人早く翔けるその背に、美琴は問うた。

 

 

 

(何でアンタがそこにいんのよ……)

 

「……深音!?」

 

 

 

 

 直にでも爆発しようというヌイグルミを、なんの躊躇いもなく腕に抱えている深音。

 

 呼ばれたからか、それとも不気味な静けさの中で聞こえたコインの音を聞き取ったからか、首だけで振り返ってくる。

 

 

 

 ――いつもと変わらない、いつも向けられていたあの笑顔を浮かべて。

 

 

 

 何をしようとしているのか。

 

 ……考えるまでもない。その後に深音が取るだろう行動なんて美琴には考えなくても分かる。『家族』として過ごしただろう時間こそ少ないだろう。しかし、考えていることくらいは分かる、それだけの時間は共に過ごしてきたのだから。

 

 

 大きく踏み込んだ足が、スローな世界で、彼だけを早回しで送り出す。

 

 人間の限界に喧嘩を叩き売っている速度。自分の体の後先など度外視した機動。

 

 

 瞬間的に小さくなった背中に向けて、ゆっくりとしか伸ばせないことを情けなく思いながらも手を伸ばす。

 

 

 

 届くはずがない。届くわけがない。

 

 

(ふざけんな……ふざけんなふざけんなふざけんな!!!!) 

 

 

 自分と殆ど同じことをしようとした深音を、自分のことを棚に上げて、それでも止めたかった。

 ……あの深音が、それほどまでして美琴達から離そうとする。つまりはそれだけ危険なのだと美琴も理解した。理解して、腹が立って――大きな不安だけが残った。

 

  

 

 そして、小さくなった深音の姿が、大きく手を振りかぶる。離れた美琴にまで聞こえるドズンッという重低音の直後……。

 

 

 

 

 ――美琴の視界は、塗りつぶされた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 粉々に砕け飛ぶガラスを、立ち上っていく黒煙を。

 

 

 ……ただただ愉悦を浮かべて、見上げていた線の細い学生がいた。

 

 誰もが騒然とし、中にまだ人がいたらと顔を青くする中、一人何事もなかったように踵を返し、その場から立ち去っていく。

 

 

 ジャラジャラと、硬貨ではない金属の音がバックから絶え間なく。ニヤケそうになる顔を必死に抑えているのだろうが、口の端は上がり目じりが下がってしまって台無しだが……誰に見咎められることもない。なぜなら、いまだ爆発の余韻を見せる建物を全員が見上げているのだ。

 

 

 

 ニヤケる顔を、込み上げてくる笑いを抑えきれなくなったのか、近くの路地裏に飛び込んだ。

 

 

「は、ハハハ……やった……ッ! すごい、コレがボクの、アレがボクの力だ! いいぞ、いいぞこの調子だ! この調子で他の無能なジャッジメントも連中も! あの不良共も皆まとめて――!」

 

 

 物を自分の意思で破壊した際の優越感。そして、耳についているイヤホンから、自分に力を与えてくれた音が流れてくる――

 

 

 

 だからだろう。

 

 

 

 すぐ背後で、渾身の回し蹴りをぶちかます直前の美琴の存在になど全く気付くことはない。

 

 ……当然避けられることもなく、重い音を響かせてその学生を文字通り『ぶっ飛ばした』。

 

 

 

 

「――……私がなにをしに来たか、言わなくても分かるわよね? 爆弾魔さん?」

 

「なッ!? ……なんのことだかボクにはさっぱり「まぁ、確かに威力は凄かったけど」……」

 

 

 

「でも残念ね。さっきの爆発じゃ、死傷者どころか――誰一人かすり傷一つ負ってないわよ」

 

「そ、そんな馬鹿な!? ボクの最大出力だぞ!?」

 

 

 

 

 

「へー、『最大出力』……ねぇ?」

 

 しまった、と口を閉ざしてももう遅い。ニヤリと笑う美琴の顔は確信を抱いている――若干、目元が赤いことに僅かな疑問を抱かせたが。

 

 

 

「あっ、いや……外から見ても凄い爆発だったから……」

 

 

 

 だが、まだ挽回できる。今此処で、美琴の口を封じればそれで逆転できる。常盤台の制服からなんらかの能力者であろうと予測できたが、今ならば大能力者の大半を相手にしても勝てる自信があった。

 

 足元にあるバックから幸運にも、アルミのスプーンが半分飛び出している。 

 

 

 

「中の人はとても助からないんじゃないかなぁってなぁ!!」

 

 

 

 能力を付与して、投げるまで、数秒と掛らないだろう。

 

 即興であったため時間の設定は出来ないが、威力は人一人を吹き飛ばすには十分過ぎる威力を込められる。

 

 

 当然……それを投げることが出来れば、だか。

 

 

 手に持ったスプーンが、『何か』に持っていかれる。そしてその余波、それだけで、先ほど蹴り飛ばされた以上に吹き飛んで大きく転がった。

 

 

 路地裏を切り裂いた光は、彼女の代名詞。それはあまりにも有名過ぎて、この学生でさえ知っている。

 

 

「い、いまのは超電磁砲……!? はは……今度は『常盤台のエース』様かよ――。まただいつもこうだ……何をやっても力で地面にねじ伏せられる……!」

 

 

 

 大能力者を越える存在。超能力者・レベル5。学園都市最強の七人の中の、第三位。

 

 

 

「っ……殺してやる――お前らみたいなのが悪いんだろ!? ジャッジメントだってそうだ力のあるやつはみんなそうだろうが!」

 

 

 その叫びは、空しく響く。

 

 

 

 

「力、ねえ……そんなもの使っても、アンタじゃアイツには絶対勝てないわよ……とりあえず――歯ぁ食い縛れ!」

 

 

 

 バチバチと帯電させていた電流を無理矢理抑えつけ、美琴本人の、ただの女子中学生の握り締めた拳が頬を的確に捉えた。

 

 ……最初に蹴られたときよりも、レールガンの余波で吹き飛ばされたときよりも、深く、重い。

 

 

 イヤホンが外れ、外の音がいやによく聞こえる。爆発に駆けつけたサイレンが大きく、どんどん増えていく。アレだけの爆発だ。飛び散ったガラスで怪我をした一般人もいるだろう。

 

 

 そしてすぐ隣りに、何がが着地したようだが――今はそちらに目を向ける余裕はなかった。

 

 

 

「殴られて当然ですの。貴方の様な『力を言い訳にする』ことを何よりも嫌う人ですもの。――ご存知でしたか? 常盤台の超電磁砲も元々はレベル1。それを並々ならない努力で今に至っている」

 

「っ……」

 

 

「ですが……きっと、レベル1でも、お姉様は貴方の前に立ちふさがったでしょう。……そして御坂 深音という人の名前を覚えていてくださいな? ――貴方の『人殺し』という大罪を、その身を賭して止めてくださった方なのですから」

 

 

 

 

 

「――深音」

 

「は、はい!」

 

 

 そして場所はセブンスミスト前。多くのジャッジメントとアンチスキルによって立ち入り制限がなされており、建物に背を預けるようにしてやっと立っていた深音は、美琴が帰ってくると顔を顰めながらも両足でしっかりと立ちなおした。

 

 

 

「……あんた、怪我は?」

 

 ……スローに感じた空間の中。最後で美琴の視界を塗り潰した色は――黒。深音の服だった。

 

 ドスンという音は深音が床を殴りつけた音。 深音がいうには、『床に穴を開けて爆弾の衝撃波に指向性を持たせるため』らしい。その直後反転し、美琴を胸に――更に初春と理恵をまとめて抱き上げてとどめの踏み込みで距離を稼いだとのこと。

 

 その直後に爆発は起きた。爆炎の熱はかすかに届いたものの、天井を砕くほどの威力を持った衝撃波は深音が稼いだ距離と、深音がその身を盾に受け止めたために三人に届くことはなかった。

 

 

 

 しかし、そんな都合のいい結果には……当然、代償があった。

 

 限界を度外視して酷使された深音の両足と両腕には、自身の動きの負荷に耐え切れずいたるところで内出血を引き起こし、衝撃波を受けた際にどこか内臓でも痛めたのか、ズキズキと絶え間ない痛みに襲われている。

 

 

 外見は少し煤で汚れている程度にしか見えないだろう。実際美琴にはそうとしか見えていない。

 

 執事服が全身を隠し、浮かべている笑顔が無傷を思わせる。

 

 

 

 

 

「……大丈夫です。無理な動きをしたので間接が痛いですけど」

 

 

「そう……

 

 

 ――それで、隠し通せると思ったわけ?」

 

 

 

 美琴が軽く、深音の手を握る。握力なんて殆ど込めていない。それでも、腕より連鎖して全身から来る激痛に顔を顰める深音。

 

 それほどなのか、と僅かに罪悪感が芽生える。しかし此処で言わなければ、深音は必ず繰り返す。そう美琴は確信もしていた。

 

 

 

「あんたねぇ……こんなになるまで無茶してんじゃないわよ! さっきの爆発だってそう! 抱えてたときに爆発したらアンタだって唯じゃすまなかったのよ!? 自分が犠牲に、なんてくだらないこと考えてんじゃないでしょうね!?」

 

「はは……レールガンがダメだったときに、初春さんたちの盾になろうとした美琴さんにも、それは言えるんですよ?」

 

「うっ、うるさい!」

 

 

 

 諭すつもりが諭されている。顔を真っ赤にして反論するが勢いはすでに潰されてしまった。

 

 だが言わなければ。絶対に。ここで、止めなければ、深音は同じことを繰り返して、いずれ危険な目に遭う。今日は無事だったが、その時も同じとは限らない。 

 

 しかし、深音が続けた「それに……」という言葉と、その後の言葉に言葉を失ってしまった。

 

 

「――私は、諦めないと決めたんですよ。生きている以上、どんなことも絶対に諦めないって決めたんです」

 

 

 諦めなかったのは、美琴と初春、理恵を守り抜くということ。

 

 そして、その言葉は――美琴が深音に伝えた思いでもあった。

 

 

 

「~ッ! ~~ッ!? ああ、もう分かったわよ! その代わり! アンタが無茶するなら私だってするわよ!? アンタが無茶してやろうとしたこと私がやってやる!」

 

「おっと、それなら私はもっともっと無茶をして――」

 

「だ、だったら――」

 

 

 

 そんな兄妹のやり取りが、戻ってきた佐天が深音に飛びついて、激痛によって深音が気絶するまで続いたそうな。

 

 

 




読了ありがとうございました。
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