暗い暗い。携帯端末の僅かな光が唯一の光源であり、その光は周囲を照らさず、各々の顔を映し出していた。
「――これは、オレの愛しい義妹の友達の恋人の話なんだけどにゃー……?」
「そのリア充な友達の恋人とやらは後々ボコるとして、出たでー土御門んの『一日最低一回義妹発言』」
「……舞夏さん、この前土御門さんに対して凄いため息ついてましたよ……?」
「ギグハァッ!?」
「あ、吐血しおったでー、しかもただのグハァやのうて義妹の『ギ』の字を組み込むとはさすがシスドウを極めはった土御門んや」
シスドウ。シスターコンプレックス、シスコンを『道』として極めた人、らしい。
ちなみに漢字で書くと姉妹道。甚だどうでも良いが。
一般市民の方々は吐血という現象をご覧になった場合、速やかに救急車の手配をしていただきたい。
「おとやん、最近容赦ないにゃーホント……後で舞夏が何にため息ついてたか教えてくれ。直すから徹底的に」
きりりとするとかなりイケメンになるのだが、口の両端から垂れる血が全てをぶち壊してしまう。大変に勿体無い土御門兄。
「っと……で、話の続きなんだけどにゃー、そいつが、見たそうなんだにゃー……一台の車が走り去るのを」
「なんや、普通のことやん。車なんぞそのへん見たら……」
よほどのド田舎でもない限り、道を見れば大体車両が通っている時代である。関西弁の言葉は正しく、さして珍しいことでもなく、別段話題に上げることではない。
「その車が、問題なんだにゃー……」
もったいぶるその言い方に、何があるのだ、とゴクリと誰かが喉を鳴らす。
「その車、完全に無人の車、だったんだぜい。運転席にはもちろん、助手席にも後部座席にも誰一人として乗っていない無人の車が、すぅーっと惚れ惚れする運転で角を曲がっていったそうだにゃー……」
動くはずのない無人の車。それが堂々とエンジンを稼動させ、走っていったのだという。
「そ、それって……」
「――はい。まず間違いなく……」
「ああ、そうだ――」
「「「小萌先生(センセ)の運転ですね(やんか/だにゃー)間違いなく」」」
オチはただ、運転手が小さ過ぎて見えなかった、というだけ。
バサリと、暗闇を作っていた布を取り去り、なんだかな~という雰囲気に。それを作った土御門も苦笑している。
この学校の生徒、特に彼女のクラスに在籍している生徒達にとっては『日常』だ。
「はいはーい、せんせーを呼んだですかー? ってなにをしているですか三人とも」
「「都市伝説モドキ披露会?」」
「です。モドキどころか唯の事実確認でしたけど……」
「そうですかー。あれ? 都市伝説になんで先生の名前が出てくるのです?」
「「まあまあ」」
時刻は放課後。生徒の大半は部活動か帰宅のどちらかであり、教室に残っているものは級友で思い思いに過ごす者か――。
「さーて、第……えっと――居残りお勉強会を始めるのですよー」
成績不良で教師に拘束された者である。
小萌は開催回数を言おうとしたが、途中で諦めた。つまりそれだけ開催しているということだが、改善の兆候は今だない、というより、一人に至っては『先生の個人レッスン』をむしろ受けたい、という筋金入りであった。
その個人レッスンは、ある理由により無期延期となっていたが。
「ええなぁおとやん……こないだまでボクと土御門んでセンセ独占してたんに」
「……おーい青ピ、前方注意だにゃー。我らが鬼教官が構えてらっしゃるぜぃ」
教室前方の出入り口に仁王立ちする、儚さとは真逆の位置にいるような覇気満々の女子高生。片手に教科書を抱え、肩には何故か竹刀を担ぎ、額にはさらに何故か必勝のハチマキが。
「「なに、その受験講師スタイル……?」」
勉強を教えるための教材。克を入れるための得物。そして集中力を高める防具。
受験講師の三種の神器で完全武装した女子高生の名は吹寄 制理。
「……いくぞ万年赤点候補ども……。筆記用具の貯蔵は十分か?」
あまりの気迫。まさに仁王の如し。そしてどこか不勝不敗の男が幻視できた。
狩られて溜まるかと土御門 元春と青髪ピアスは互いにアイコンタクトを交わし、同時に教室後方の扉へと駆けた。
――そこまでの記憶がある。あと一歩で廊下であったとの認識もある。
にも関わらず、二人は都市伝説モドキ披露会をやっていた席に、座っていたのである。何事も無かったかのように、その後ろに立つ吹寄がことさら異様だ。
(今ボクなにされたん!? 冗談抜きでなにされたんボク!?)
(ちょ、ちょっと待て! 今『俺』も本気で認識できなかったぞ!?)
本気で恐怖する青髪と、本気で戦慄する土御門。
その二人の机の上に、ドサっと詰まれるプリントの束。厚さにして5㎝はあるだろう。丁寧に付箋で五教科確り分けられているあたり、彼女の性格がうかがえる。
「あ、あの吹寄、様? このボクらの前に詰まれていらっしゃる辞典級の厚さを持つプリント様達は一体――?」
「わ、分かったんだにゃー! いつかの行事で使う冊子作りなんだぜぃ! こういうのなら喜んで手伝うんだz……一枚ごとにぎっしり問題解説があるんだぜぃ……っ!」
カタカタ震える青髪と、自分の妄想を、自分の手で殺してしまった土御門。
仁王はなにも言いはしない。眼で全てを語っているのだから。
『やれ』 と。
「オレ、今日中にコレが終わったら舞夏に思いを伝えるんだにゃ――法律なんてオレが変えてやるって……」
「ほんならボクも、初恋かもしれんあの子に手紙書くわ……アカン、あの子引っ越して住所知らん……」
「さー、深音ちゃん。最近常盤台のほうに独占されちゃってたから今日はビシバシやるのですよー? とはいっても、もうすぐ皆に追いつけるので夏休み明けに正式編入しても十分どころか、学年でトップクラスに食い込めるのですよ!」
それを、我がことの様に喜ぶ小萌。自分の受け持つクラスから成績優秀者を出す、というわけではなく、深音自身を思っての喜びなのだから、深音も笑みを浮かべ返す。
……さめざめと涙を流し、自分から死亡フラグを立てて未来を暗示した二人を、できるだけ見ないようにしながらなので、ほんの少し引きつってしまったのは、致し方ないだろう。
――深音は熱の入った指導を行う小萌のもと、その日の課題を終わらせ、かつ応用まで手を出し、小萌から聞かされる日常常識(若干フェミニスト寄り)を真に受けつつ、深音の居残りお勉強会は大きな問題もなく終了した。
「「…………」」
「……小萌先生、中学生の問題でも無理みたいです」
「おおぅ、そこまででしたかー。薄々『もしかしてー』とは考えていましたけど、これは近年まれに見るダメップリなのですよー♪」
ダメな子ほど可愛いという親の心情に似た、ダメな生徒ほど教え甲斐があるというものだろうか。
ニコニコ顔の小萌先生はご機嫌なまま、今後の計画を呟いていた。
……ちなみに少しはあがいたのだろう二人の戦跡は、両者とも数ミリ、厚さを削った程度であった。
***
暗い暗い。携帯端末の僅かな光が唯一の光源であり、その光は周囲を照らさず、各々の顔を映し出していた。
「これは二度ネタじゃありませんの。大事なことなので……二度言いますが。二度ネタじゃあ、ありませんの」
ゴクリ、と誰が喉を鳴らす。この人は一体突然何を言い出すんだろう、と。
「……これは、ワタクシの友達のお兄さんの恋人さんのお話なんですの……ある暑い日の夜に、アイスを買おうとしてコンビニへ出かけたらしいんです。そしたら、間の悪いことにそこのコンビニでスキルアウトがたむろしてたみたいで……運悪く、彼女は絡まれてしまったんですの――そしてあわや連れて行かれそうになったその時……!」
「「そ、その時……!?」」
「っ……!」
もったいぶるその言い方に、思わず続いてしまう二人。もう一人は息を飲むことしか出来なかった。
「突如現れた電撃を放つ、常盤台の生徒に助けられたらしいんですの……そのスキルアウトたちは電気関係に強いトラウマを持つようになったそうですわ――……」
「それって……」
「はい。まず、間違いなく」
電撃を放つ常盤台生。しかも夜にコンビニ周辺をうろつくような人。
……三人には、思い当たりがあり過ぎた。
「お姉様――詳しい話はジャッジメントの支部でお願いしますの……」
「……い、一年前のことだから時効、ってことにならない?」
「いえ、おやめくださいと釘をさす意味しかありませんの。今後自重をなさらない場合立件なんてことは――……まあ」
都市伝説怪談が、ジャッジメントによる公然の脅しの現場になっていた。本人の言うとおり次は無い、という程度の清い脅しだが。
「――つ、次に行きましょう次に! く、黒子もそれ都市伝説でもなんでもないじゃない!」
話の流れを、なんとしてでも自分から逸らしたい美琴。周囲の暗い雰囲気に合わない声を張り上げるが――
「……『路地裏の晴天雷』ってまさか御坂さんですか?」
「もしかして『神出鬼没のヒロイン・ビリビリ中学生』ってまさか……」
――力足らず、流れを止めることは出来なかった。というよりむしろさらに加速されている。しかも今度は確実な都市伝説の様な話題として出ているため根本的な話題とも合致していた。
なんということだろう。一瞬にして怪談会が聴取会へと変わってしまったではないか。
暗い……かすかな光源の中で三対の眼だけが不思議とはっきり見える。
「……路地裏で雷級の電撃落としたことあります。一年生の半ばでビリビリ中学生ってスキルアウトの奴らに何回か言われたことあります。白状するからもう勘弁してください」
暗闇を作り出していた布を丁寧に外して折りたたみ、寮の執事が何時も見せてくれる45度のふつくしい礼。そんな常盤台の誠心誠意の謝罪をもって、なんとか流れたそうな。
「んじゃあ、アタシが仕切りなおしの都市伝説を――『脱ぎ女伝説』って奴なんですけど……」
「「「脱ぎ女伝説?」」」
異口同音。三人が顔を見合わせつつ、その短い単語から、十分な理解を得る。
「服を脱ぐ女性が、何故伝説になるんですの?」
服を脱ぐことなら誰だってする。というよりしない人間などいないと言わんばかりの黒子の視線に、同意するように頷く美琴と初春。
「最初脱ぎ女は、道を尋ねるとかの理由で通行人に声をかけるんですよ……そして道順を教えている最中に脱ぎだすんですよ、人前で『アツイ、アツイ』って言いながら……公衆の面前で、堂々と……シャツから脱いで、スカートまで――」
自分のシャツのすそと、次いでスカートのすそを。それぞれ軽くつまんでゆする。
それらを脱いでしまえば、当然あられもない下着姿となるわけで……それを屋外の人前で――。
「そ、それただの露出狂じゃないのよ!」
「――それが、ただの露出狂じゃないんですよ。脱ぎ女は――
「あ、あの。お取り込み中大変失礼いたして大変申し訳ないのですけれど貴女は一体何をなさっているんですか……?」
彼を。深音を知る者が今の彼を見たらビックリするか微笑ましく笑うか。というほどにどこか頼りなく、十代半ばの子供らしさを見せていた。
というのは彼『だけ』を見ていればの反応で、彼の目前にいる人物も一緒に見れば、おおよそ彼と同じリアクションになるだろう。
「なにって……? 見て分かるだろう? 汗で濡れてしまった服を乾かしているんだよ……それに、今日は暑いしね――このほうが過ごしやすい……キミのその服は涼しそうだな――ちょっと」
「え、いえ、別段涼しいとかは――いやその前に服を着てください」
「服ならキミのがあるだろう……?」
「え、ちょ、待っ――」
――伝染、するらしいんです。涼しそうな相手の服を奪う形で――」
まっさかぁー、ですよねー、という四人の会話。彼女達の耳には、彼の悲鳴は――届かなかった。
読了ありがとうございました。
誤字脱字・ご指摘などございましたらお願いします。
……深音――強く、生きるんだよ……?(深い意味はありませんヨ?)