とある科学の超兵執事 【凍結】   作:陽紅

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深音の存在がバトル要素満載なのに戦闘らしいものが一切無いという……。




炎天下の作業には水分補給と帽子などの事前準備もお忘れなく   3-1

「……」

 

「だ、大丈夫ですって! 怪我もしてないし、ほ、ほら、もう痛くもなんともないんですから!」

 

 

 すっ、と差し出された手はひんやりと冷たく、火照っていた頬に心地いい。思わず零してしまった言葉にさらに赤面して――の悪循環。

 もう片方の手は腰に回されて、僅かに空いていた互いの距離をゼロへと縮める。

 

 

 心配と、安堵。そして優しさに満ちた双眸に見つめられ、全身が緊張してしまう。

 

 

「ああああのみ、深音さん……?」

「無事で、よかった……」

 

 

 存在を確かめるように。無事を確認するように。しっかりと抱きしめられる。 

 そして、唯一離れていた顔が、段々と近づいていく。それが何を意味するか。理解できないほど子供ではない。

 

 

「深音さん!? アタシたちあってまだ一日だし中学生と高校生だし美琴さんもいるし……だからあのえっと……」

 

 

 

 

「私では……だめですか?」

 

 

 

 悲しげな顔。演技ではない。抱きしめていた手の力は殆ど無く、拒めば離してくれる。拒絶すれば離れられる。

 しかし……そんなつもりは、毛頭も無かった。

 

 

「や、優しく……してください」

 

 

 腕の力が戻るが、苦しくは無かった。むしろ自分からその首に手を回し、より深く抱き――

 

 

 

 

「合……ふぇ?」

「おはよう佐天。深音さんとやらと随分いちゃいちゃしてたみたいだなぁ……夢の中で」

 

 眼前には仁王立ちする数学教師(女性29歳・独身)。長い髪は重力に逆らい、ゆらゆらと逆立ちながら波打っている。

 

 周囲のクラスメイツの女子は顔を真っ赤にしてうつむき、男子はそんな女子たちをチラチラと落ち着き無く見ていた。

 

 

 

 そして、その爆心地には……自分がいる。

 

 

 

「え、えーと。もしかして、アタシ寝言とかほざいてた、り……?」

「安心しろー? ナレーションすら事細かに報告してたから」

 

 

 血の気の引いた顔が、一気に羞恥で真っ赤に染まる。

 

 

 

「や、やっちゃったぁぁぁぁぁあああ!!!!???」

「そもそも授業中に寝るなぁぁぁぁあああ!!!」

 

 

 

 

 

 優しさの欠片も無い、出席簿が振り下ろされた。

 

 

 

 

 

 ***

 

 

 

 

 

 針の筵、という言葉をご存知だろうか。

 

 

「いっやぁ……まさか涙子があそこまで進んでるとはねぇ」 

「だねぇ。ったく夏休み前なのに一夏のアヴァンチュールを経験してきたかぁー」

 

 

「ウァァァアアア!!!!! そのネタもう止めてーッ!?」

 

 

 耳を塞いでも聞こえてくる呪詛を振り払うように、より頭を抱える佐天。

 しかし、そのリアクションは2人にはフリにしか見えていない。左右の耳にそれぞれ口を寄せ――

 

 

「「や、優しく……してください」」

「にゃぁぁあああああ?!」

 

 

 ――針の筵というよりも、この場合は孤立無援といった言葉の方が合っているかもしれない。とりあえず、大変居心地が悪いうえに味方が存在しないということは確かだ。

 

 机に突っ伏して頭を抱える佐天の周りを、完全方位を持して囲むように普段のメンバーが集まっていた。全員が漏れなくニヨニヨした笑いを浮かべ、しかし年頃の女の子らしく興味津々に眼を輝かせて。

 

 ……入学して二ヶ月と少し。色々と作り上げたものがガラガラと崩れていく幻聴を、佐天は聞いたそうな。

 

 

「確かにあの時一目ぼれがどうのとか言ってましたけど夢でそこまで見ちゃうなんて……佐天さんって意外と……」 

「い、意外となによ初春!? ほ、ほら! 今日は昨日買い損ねたアルバム買いに行くんだから!」

 

 

 この空間を逃れたい一心で初春を拉致し、そのまま逃亡する。

 それを集まった三人は特に妨害することも無く、むしろ「がんばれよー」といい笑顔で見送った。

 無論、美しい友情から――などではなく、進展したラブい話でニヨニヨするために。

 

 

 

 

 

「うぅー……あぁー……恥ずかし過ぎる。軽く引きこもりたいぃ」

「私のほうがビックリしましたよ……居眠りしてるの隠してたらいきなり実況が始まったんですから」

 

 その実況の内容を思い出してしまったのか、ポンと幻聴が聞こえるほどに顔を沸騰させる初春。それは佐天にも伝染し、2人揃って顔を真っ赤にしながら目的のショップへと向かう。

 

「先生も昨日のこともあったから寝かせておけーって優しかったんですけど……話が、その……アダルティーになってから」

「あ、アダルティーじゃないもん! 互いを思いあった結果だったじゃん!」

 

 

「何が互いを思いあった結果なの?「「ぎゃぁぁぁああああ!?」」え、ちょ、2人とも!?」

 

 

 世の中の男の子の幻想を打ち砕いてしまうような、おおよそ女の子が出してはいけない悲鳴を上げた二人。よりにもよって夢に強制出演させていた方の妹君の登場である。

 

 突然背後から声をかけられれば驚くかもしれないが、声をかけた美琴としてはなにもそこまで、という思いがないわけでもない。

 真夜中ならまだしもまだ放課後の明るい時間であり、自分もごく普通に声をかけただけ。

 

 

「み、御坂さん!? 驚かさないでくださいよ!? なんか色々飛び出るかと思ったじゃないですか!」

「そうですよ! 花飾りが飛んでくかと思いましたよ!?」

 

「ご、ごめん……(飛ぶんだ……その花飾り) いや、でもそんなにびっくりすること?」

 

 

 

 2人のビックリの表現も色々どうかと思われるだろうが、ここは割愛。寮に戻るという美琴に、『お嬢様の部屋』と呟いた初春がごり押しした結果――三人は常盤台の寮に向かうことになった。

 

 

「そういえば今日は深音さんは一緒じゃないんですね?」

 

「っ!? ちょ、初春いまは……」

 

「き、兄妹だからっていつも一緒ってわけじゃないでしょ? あいつは――、そ、そう! なんか学校の用事があるとかで!」

 

 いない、という事実に安堵した佐天ではあるが、いない、ということに僅かにがっかりもした。

 なぜか慌てている美琴を、不思議に思いながら。

 

 

 

    ―――――

 

 

 

「おーい、深音っち! そいつらはコッチに頼むじゃんよー!」

「あ、はい。わかりました」

 

「いやー、近くに深音っちがいてくれて助かったじゃんよ。スキルアウトの抗争かなんか分からないけど、三十人も路地裏で伸びてるし。他の事件で他のアンチスキルも出動しちゃっててさ。入り組んだ路地だから搬送車まで運ぶのも一苦労だったじゃんよ」

 

 

 いつもの執事服は変わらないが、その左右の両肩に2人ずつ、四人ものスキルアウトを担いだ深音に、黄泉川が次々と搬送車を指示していく。

 最初こそ黄泉川が2人くらいなら引き摺りつつ運んでいたのだが、深音が『重労働は男の仕事』と強く強く押したのでこういう形になった。

 

 

 

 ついでに、あまり女性扱いされることの無かった黄泉川がこれにキュンときたのは秘密である。

 

 

 

「しっかし、見た感じ武器も持ってないのに、なんでこいつら服が焦げてんだ……? ここいらのスキルアウトに発火系の能力者でも加わったのかね……」

「あは、あはは……」

 

 真剣に事態の悪化を思案する黄泉川の隣で、乾いた笑いを浮かべるので精一杯な深音でした。

 

 

 

    ―――――

 

 

 

 

「……」

 

 

 スキルアウト抗争(仮)現場の方角を見て、なんともいえない顔をする美琴。先を歩いていた美琴が立ち止まったので、釣られて二人も立ち止まり、美琴の顔とその方向の壁を交互に見て疑問符を浮かべていた。

 

 

「御坂さん? なんか誰かに罪を擦り付けたことを懺悔している人の顔してますけど」

「佐天さんもまた変な例えを……あ、でも言われてみればそんな感じですね」

 

「……まあ、色々とあったってことにしといて……ほら、此処が私達の部屋よ。黒子と私の2人部屋だけど」

 

 

 話していればあっという間、という感じで三人は学舎の園の中にある常盤台中学校の寮、それも美琴の部屋の扉の前まで来ていた。

 

 

「黒子ーただいまー」

 

「「おっじゃましまー……す!?」」

「お姉さぁぁぁ……   ま!?」

 

 飛び掛ってきた、下着本来の理由以外の意図を持った下着を着込んだ黒子。その思春期の女子を逸脱した格好に初春・佐天ともに言葉をなくした。

 

 

 

 そして、一方の黒子も、帰ってきたのが美琴だけでは無いと分かるなり、器用に空中で静止する。

 

 そして、お約束の着弾。

 

 

 

「……なんだか、この最近で着弾回数が増えている気がしますの……」

「そんだけアンタが変態行為をしてるってことよ。さ、2人とも入って」

 

 改めて美琴に案内された2人は、内装に息を呑む。自分達のマンション然とした部屋などとは違い、シックかつ御洒落に整えられた部屋。

 

「うわぁ……うわぁ……!」

「初春戻っておいでー。でも、凄いお洒落……ベッドだけでも持ち帰れないかな……」

 

 

 首を、風の唸る音が聞こえるのでは、と思えるほどの速度で回す初春に苦笑しつつも、しっかりと眼を輝かせる佐天。ボソリととんでもない発言をしているが、聞こえなかったことにしよう。

 

 

 

 

「いやぁ、素敵ですねー。ではではー……恒例のガっサいれをー♪」

 

 

 腰掛けたベッドの下に頭ごと突っ込み、衣類ケースを取り出す。

 

 

「ちょ佐天さん!? そういうプライバシー無視するのは」

「え、普通しない? 友達の部屋に来たら。初春の部屋でもやったじゃん」

 

 佐天の中では、友人の部屋のがさ入れは恒例らしい。……前例に挙げられた初春はというと、佐天の肩を揺らして何時やったのか何を見たのかと必死に問い詰めていたが。

 

 

 

 初春の妨害もなんのその、佐天の手が、それを取り出した。

 

 

「うおぉ! EROSU!」

 

 黒い布地の、逆三角形。……まあ、女性のショーツなのだが。佐天の肩を揺さぶっていた初春は間近にそれを見てしまいフリーズ。発見した佐天も中学生らしからぬ下着に言葉を失いかけている。

 

 

「さ、さすがは常盤台の超電磁砲……下着もアタシ達なんかとは隔絶してるということですか……」

「いや、それ私のじゃなくて」

「ワタクシのですの。ですけど……そんなに騒がれるほどの物ですの? 黒の下着くらい、レディの必需品ですのよ?」

 

 美琴が苦笑しつつ自分の物ではないと告げ、黒子がサラッと自分の物だと応える。佐天は自分が漁っていた衣装ケースが美琴ではなく、黒子のものだとそこでようやく気づき、危険を知りつつも続闘。

 

「じ、じゃあこの真っ赤な奴は?」

「気分を盛り上げるときようですの」

 

 

「こここここの殆ど、殆ど紐なのは!?」

「お肌に跡が残らなくていいですわよー?」

 

 

「この網メッシュはなんなんデスか!?」

「……女には、必ず負けられない夜が来ますのよ?」

 

 その他、次々と上げられるアダルティーな品々。もう下着じゃない超剛速球な変化球を前に三振アウトを喰らった佐天。初春も余波でアウト。

 

 

 

「……ういはるー、お嬢様って怖いんだねー。庶民のアタシには、分からない世界だったよー」

「そうですねー佐天さん。私、なんか異世界に来ちゃったみたいですー」

 

 

 ベッドの上でヒザを抱えて、虚ろな眼でどこか遠くを見つめだす2人。ルームメイトであるはずの美琴も、『こんなの持っていたのか』と頬を引きつらせている。

 

「ん? これ……ちょっと黒子」

「なんですのお姉……」

 

 

 着弾・強。

 

 

「なんで私の下着がアンタのほうに入ってんの「ふ、普通だ! 御坂さんの下着子供っぽい普通のだ!」ちょ、佐天さ「ですよね! 普通こういうのですよね中学生のって! ちょっと子供っぽいですけど!」……」

 

 グサグサッと、見えない刃に撃沈した美琴。奇しくも、超能力者を倒してしまった佐天と初春であった。

 

 

 そして、この話題は止めよう、と四人の総意を持って終結。なにも生まない争いの末路はむなしいものである。

 

 

 

「で、では次の恒例のアルバムチェック! 御坂さん!」

「私!? ……まあ、アルバムくらいならいいけど……」

 

 仕切りなおしも兼ねているのか、無理矢理にテンションを上げてきた佐天がズビシィッと指名した美琴のアルバム。

 下着をどうのこうのされるよりは比べるまでも無くマシだと判断した美琴は、本棚ではなく引き出しからそれを取り出す。

 

 

 今現在で美少女といって遜色ない美琴の、幼少時のお遊戯会や運動会での写真の数々。

 

「カワイーッ!! 丸ほっぺだよ○ほっぺ!」

「この隣の綺麗な人もしかしてお母さんですか!?」

 

 ページがめくられるたびに上がる黄色い声に、嬉しいやら恥ずかしいやら。痒くも無い頬をかきつつ、自分の思い出を一緒に眺めていく。一番食いつきそうなお姉様ラブの黒子が静かなのが不気味だが……。

 

「なんか、恥ずかしいねこういうのって……」

「恥ずかしいってまたー。こんなに可愛いならどこへでも出せるジャナイデスカー。……あ、でも」

 

 

 一通り見終わったアルバムを再度、最初から流して見ていく佐天。何かを探している様だが、最初から最後まで流れは止まることは無く――アルバム自体が閉じられてしまった。

 

 

「佐天さん? どうかしたんですか?」

「ん、これだけ写真があるのに一枚もないのよね。深音さんが写ってる写真。美琴さんのアルバムだからかな」

「「「!?」」」

 

 

 あるはずがない。あるわけが無い。音に出せば<ギク!>と出るほど三人は体をビク付かせた。

 本当のことを明かすべきか、しかし、本人に無断で告げていいものか。

 

「むー、残念。結構興味あったのに」

「あ、あはは……」

 

 言うべきか言わざるべきか。この話題も別の意味で、早めに終わらせたいものになった。

 

 

 

 

 

<おまけ>

 

 それは、誰にも語られない闘争の歴史。

 

「ラストいくじゃん深音っち!」

「はい!」

 

 

「「黄泉坂・クロスブレイク!!」」

 

 

 互いに蹴り上げた脚で×を描くその絶技。完璧なタイミングで合わせられたその蹴撃に挟まれたものは、例外なく意識を刈り取られ倒れ伏すという。

 

 ……その日、どこぞのスキルアウトの組織が壊滅したりしなかったり……

 

「アンチスキルにお礼参りなんていい度胸じゃん。その度胸に免じて、特別スパルタコースに20名様ご案内してやるじゃんよ」

 

 誰も語ろうともしない、地獄の特訓の日々の始まりかもしれない。

 

 

 

 




読了ありがとうございました。

誤字脱字・ご指摘などございましたらお願いします。

さて……黄泉川先生が出ると安定して文が進むのはなぜなんでしょうか……?

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