望まぬモノ   作:チャリ丸

2 / 12
既にお気づきの方もいるかも知れませんが、彼とは能力は似ていても、考え方は違う所の方が多いです。悪しからず。


勧誘

「…はぁ」

「どうした。朝から随分、ご機嫌斜めじゃないか」

「当たり前だろう」

 

  廃ビルで敵を消し去ってから数日後、僕は自宅リビングで苛立ちを殺気に変え、コーヒーを嗜んでいた。同居人から心配されているような言葉を掛けられるが、余計に苛立ちが増す。その馬鹿にした表情を止めろ。消したくなる。

 

「10…いや、20は超えてるか」

「27だな。力を察知する面では、信用してくれているんだろう?」

「あぁ。でないと、この家に住まわせたりはしない」

 

  僕の察知能力よりも優れたそれを持つこいつの口から、不審者達の数が告げられる。

  あの日から、僕の家のことを見張っている輩がいる。それも、なかなかの実力者揃い。それが日に日に増えていっているのだ。苛立ちもするだろう。

 

「んで、どうすんだ?」

「どうもしないよ。まだ、何もしてきていないしね。…だが、仕掛けてくるなら容赦はしない」

 

  その時は、その時だ。

 

「っ、誰だ?」

「あんまりにもお前が出ねぇから、耐えかねたんじゃないのか?」

 

  警戒心を最大限まで引き上げていると、家のチャイムが鳴らされた。対面に座るこいつの顔がここまで皮肉たっぷりに歪んでいるのだから、恐らく不審者達の一員で間違いないのだろう。

 

「…はい」

「白本零君の自宅、で間違いないですね?」

「そう言う貴方は?」

 

  開口いきなり問いただされて、素直に答えてやるのも癪だ。だから僕は、玄関先を映すモニターに映っている長髪包帯男の名を、逆に問う。

 

「雄英高校ヒーロー科の教師、相澤消太です」

「そう、ですか。家には十分な広さがありますので、同僚の方全員で、どうぞ中へ。鍵は開いてますから」

「っ…あぁ」

 

  電子音と共に、モニターの画面を消す。同居人の方を見ると、まるで悪人のようにほくそ笑んでいた。

 

  ◇

 

「白本零君。まずは、ここ数日間君を見張っていたことを謝罪させてほしい」

「構いませんよ。それと、皆様方は先生なんですから、僕にはそれなりの対応でお願いします。どこからか僕の『個性』の情報を知って来たんでしょう?」

「…あぁ。率直に言おう、白本」

 

  我が家のリビングには、異質な雰囲気が漂っていた。

  僕と対面するように座る相澤と名乗る男、その右隣の謎のネズミのような者、そして左隣の画風の違う有名人。その背後に立つ数多のプロヒーロー達が、僕達のやり取りを観察していた。

  どんな過激なことを言われるやら、そう考えていると。

 

「我が雄英高校に、特特待生として入学してほしい」

「…はい?」

 

  まるで冗談のような話が舞い込んできた。

 

「ブッ!あっはっはっは!こいつを!雄英に!ヒーローに誘うのか!」

「黙っていろヴィノー。…詳しいお話を?」

「そこからは校長の僕、根津と」

「この私、オールマイトが受け持とう!」

 

  同居人の周りを守っているバリアをフルパワーで殴る。ごいん、という音と共に、ヴィノーの驚いた表情が浮かび上がる。これで涙目になるのだからまだまだ赤ん坊には違いないということだ。

  それまで僕に話を振っていた相澤さんから代わり、両隣の根津さんとオールマイトが、今度は口を開いた。

 

「君は、世界でも有数の『個性』を有しているんだ」

「ええ、それは良く分かっています」

「白本少年のように、強い個性を持っている中学生はそう多くない。寧ろ、ほとんど居ないだろう」

 

  食い気味に、しかし要点をなかなか切り出さない2人に、どこか違和感を覚える。

  本当に、ただ個性が強いというだけで勧誘しているのか、と。

 

「たったそれだけで、ですか?」

「それだけじゃないさ。君は、既にその『個性』を自分の物としている。完璧なレベルでね」

「まだまだですよ。使う度に、自分のレベルの低さが嫌になるほどには」

「それでも充分、雄英の特特待生に勧誘する程の実力なのさ!」

 

  オールマイトのド迫力たっぷりの顔が、机を乗り出し僕に肉薄する。…暑苦しいし、何より見てて疲れるな、この顔。

  だが、喋りが気に食わない。

 

「普通に言ってくださいよ。敵になられたら大変だ。手に負えない、と」

「…分かって、いたのかい?」

「えぇ。でないと、ただの個性が強い男子中学生をプロヒーローが数十人で見張る程の厳戒態勢で監視しないでしょう?」

「人数も…、そこまで気づいていたのか…!」

 

  オールマイトが驚いているが、まあ、大した考えじゃない。中学生の自宅にオールマイトや根津校長、相澤…先生?さらには、20を超えるプロヒーロー達が尋ねてくるのだ。これでただの勧誘など、笑い話にも程がある。

 

「敵になる気はありません。かと言って、ヒーローになるメリットも見当たらない」

「そうかい?君ほどの実力者なら、出来ることも多いだろう?」

「個性が個性なら、それなりにはあると思います。ですが、僕の個性は『消滅』。そんな凶悪極まりないモノが人助けなんて、馬鹿馬鹿しいにもほどがある」

「でも、悪人を懲らしめるという事に限れば、君程の適任は居ないかも知れないよ?」

 

  根津校長の言葉が、なぜか心に刺さる。一体何が言いたいのかと思っている時点で、僕の負けなのかも知れないが。

 

「君には将来、敵への抑制剤になってほしいんだ」

「まだなろうと考えてもいないのに、ですか?」

「考えてなければ、今ここで僕達を消している…もしくは家に入れないだろう?」

「…はぁ。抑制剤、とは?」

 

  根負けしたのを、両手を少し広げ、降参の態度を取ることで示す。

  僕にもまだ年頃のガキの心が残っていた、ということだ。

 

「簡単な話さ。世の中の敵共は、犯罪行為に対する抵抗心を全く持っちゃいない」

「それは、そうじゃないんですか?」

「ならなぜだい?オールマイトという平和の象徴がいながら、エンデヴァーという凄まじい事件解決数を誇るヒーローがいながら、なぜ日本から、世界から敵がいなくならないのか」

 

  考えてもみなかったことだ。こんな『個性』が溢れる社会になれば、もちろん悪用する者も出てくる。簡単なことだ。だが、なぜそのままになっているのかと聞かれれば、答えにくい。

 

「敵共は、明確な死の恐怖が無いんだ。オールマイトもエンデヴァーも、どこか優しすぎる。世界各国、神出鬼没に現れて敵を消し去る。そんなヒーロー、今までどこにも居なかったからね」

「…そんな敵紛いのヒーローに、僕はなれと?」

「いいや、そうじゃない。それほどの影響力を持てるようなヒーローに、ここ日本でなってほしい」

 

  なるほど。…少しだけ、読めた。

 

「他の国や地域のヒーロー養成学校も、僕のことを狙っている、と」

「…さすがに察しが良いね。その通りさ!北はフィンランドから南はオーストラリアまで、君の事を勧誘しようとしている国は山ほどある!しかし、雄英の名にかけて君を引き抜かれるなんてこと、出来ないのさ!」

 

  両腕を大きく広げ、根津校長は高らかに声を上げる。

  ようは、ビジネスに近い。最先端技術をどこがいち早く入手し、社会に出すか。それが社会で日の目を浴びた瞬間から、その企業は一般市民から高く評価される。それと同じだ。

  僕は敵への最高の抑止力を持つヒーローになり、雄英はそのヒーローを排出した高校になる。まさにウィンウィンな関係、に見える。

 

「なるほど、そちらの言い分は分かりました」

「では―」

「えぇ。僕が雄英高校に入ることで得られる、メリットについて話してもらいましょう」

 

  口調が少し強くなってしまう。しかし、こればかりは、個人的な問題なのだ。

  ヒーローにはなりたいとは思わない。なぜか。他人が好き好んでやってくれている事で、しかも危険な仕事。それならば、ヴィノーと共に悠々自適な生活を送りたいのだ。

 

「分かったよ。ならまず一つ。君が今、隠れて行っている『個性』の使用、トレーニングを認可することが出来る。最も、数日前のような殺人は別だけどね。そしてもう一つ。君が抱えている闇を取り払う可能性がある。これからの長い人生、重すぎる悩みを抱えたまま生きていくのは酷だと思うからね。そして最後に。君がやりたい事を見つける場所になるのさ!雄英高校は!」

 

  痛い所を突かれた。やりたい事。それが、僕がここ数年生活する中で、時折憂鬱になる理由の一つだ。

  将来、ヴィノーと共に生活したいという願いはある。だが、具体的にどんな職に就きたいかが、まだ決まっていないのだ。

 

「ヒーローという職業も、そこまで悪いものじゃないぞ、白本少年。近頃は腑抜けたヒーローも増えてきたとマスコミには書かれている。しかし!そんな彼らを馬鹿にする訳ではないが、本物の強さを持つプロヒーロー達も存在するんだ!そして、君にも、その本物のヒーローになってもらいたい!」

 

  僕と根津校長の話が一区切り付いたのを逃すまいと、オールマイトが再び眼前まで迫ってくる。いや、熱いです。暑いじゃなくて、熱い。

 

「雄英高校ヒーロー科は、もちろんヒーローになるためにあるコースだ。だが、別に他の就職先への就職率も悪いわけではない。寧ろ、雄英の特特待生でヒーローライセンス持ち。どこもかしこも喉から手が出るほどに欲しがる人材になるだろう」

 

  相澤先生も話に入ってくる。そりゃそうだ。雄英高校ヒーロー科卒業生と言えど、皆が皆ヒーローになる訳では無い。後輩育成の道や、護衛、それこそ本業の片手間に本格的なヒーローをやってしまう人もいると聞く。

 

「まだ将来を確定するのは早いよ。一度、『個性』やヒーローについて日本最高峰の環境で学べる所に、身を置いてみないかい?」

 

  正直、悪い話ではない。

  少し考えてみる。今まであまり知らずに嫌っていた職業について学ぶなら高校で、もしかしたらそれを好きになるかも知れない。なれれば、日本トップクラスのヒーローとしての道が約束されており、もし好きになれずとも、他の就職先を用意してくれている。

 

  自分が本当にしたいこと、なりたいものを見つける、最大のチャンスだろう。…だが、だからこそ。

 

「お誘いは嬉しく感じます。…しかし、ヒーローというものの強さを身を以て知らないことには、具体的な目標が持てないです」

「っ、ということは?」

「環境や将来。その良さについては理解出来ました」

 

  席を立ちながら、そう話す。…おいヴィノー。笑うな。声が漏れてるぞ。

 

「ですが。生徒よりも教師が弱い、などという高校に入学したくはありませんからね。…裏山に行きましょう。僕が作ったバトルスペースがありますから」

 

  ◇ ◇

 

「そちらからは、相澤先生が?」

「あぁ。お前の天敵となる『個性』の可能性が高いからな」

 

  大きく開けた平面に、僕と相澤先生は向かい合っていた。少し離れた所では、根津校長やオールマイト、見ればミッドナイトや13号、プレゼントマイクなど、テレビやラジオで良く見るヒーロー達もいる。…よくよく考えたら、僕の家に凄いメンツが集まっていたんだな。

 

「なお、少しでもお前が危険な行動を取れば、全ヒーローがお前を本気で取り押さえる」

 

  なるほど、そのための人員か。今日が日曜日だということも考えれば、納得出来る。

 

「では早速」

 

  相澤先生も、他の教師も準備が出来たようだ。こちらも、仕掛ける準備をする。右手をコキコキと鳴らしながら、ゆっくりと相澤先生の方に歩く。

 

「っ―!」

「…ラディス」

 

  隙を突いて一瞬で背後に回り込み、確実に決定打を叩き込んだと思ったのだが、上手く躱された。衣服のほんの一部とマフラーしか消せなかった。

 

「今の、『個性』アリでの速さじゃないな」

「えぇ。たまにいるでしょう?馬鹿げた個性を持ちつつ、生まれながらにして高い身体能力を持つ人間が」

「…なるほどな。なら一層、お前をヒーローにさせないといけない訳だ」

 

  前傾姿勢になり、いきなりトップスピードで相澤先生が駆けてくる。…ふむ。

 

「ラディ…?」

「どうした。個性を消す(・・・・・)ことぐらい、お前もやっていることだろう」

 

  足元へとラディスを放とうとするが、手のひらからエネルギーが出なかった。僕の『スプリフォ』を後発的、相手の個性にぶつけて消す類の物とするなら、相澤先生の個性は先制的。何かをするだけで個性の発動を止めてしまうようなもの、か。

 

「それは厄介ですね」

「そうは見えんがな」

 

  そして、肉薄しての近接戦闘。恐らく、これが一番の得意スタイルなのだろう。突きや蹴りの一つを取っても、ほんの少し齧っている者達とは別次元のそれだ。

 

「瞬き、ですか?」

「どうだか、な」

「合ってますよ。『個性』、使えていますから」

「ぐっ…!」

 

  僕の『個性』が使えるようになった瞬間と、相澤先生の瞬きの瞬間が一致したことから答えを導き出す。そして、『個性』を応用させた肉体強化を身体に掛け、先生を蹴り飛ばす。

 

「『リア・ウルク』。僕の技でも最下位程度には弱い技なんですが、使い方次第では意外と役に立つんですよ」

「…空気抵抗、摩擦力、その他の無駄な抗力を消し去り、相対的に身体能力を上げているのか。なるほど、これなら筋トレに使う時間も減らせる。合理的だな」

 

  一撃でアッサリとバレてしまった。まあ、この技は本来、電車を逃がしたくない時ぐらいにしか使わない物だったし、バレてもしょうがなかったけど。

 

「だが、またお前を見れば…っ!」

「『個性』を消す『個性』を、さらに消せばどうなると思いますか?」

 

  スプリフォを、全身を薄く包むオーラのようにして纏う。これで、今の僕は『個性』に対しては無敵状態だ。

 

「賢いな。とても、中学3年とは思えん」

「だからこそ、誘ったんでしょう?」

 

  この『個性』無効化vs『個性』無効化。全く意味の無いものだと思っていたが、そうでもない。僕も先生も、純粋な肉体戦で競うことが出来る。

  先ほどの数秒の近接戦闘の時から、少しだけ嫌な予感がしていたのだが、的中してしまった。

 

「…どうした。その様子だと、先ほどのリア・ウルクとかいう技は使えないようだな」

 

  相澤先生が、想像を超えた近接戦闘能力の持ち主だったということだ。

  上手い。オールマイトのような、何でも一撃で解決してしまうような破壊力はないが、その分テクニックと頭脳がずば抜けているのだろう。

  それでも、負けたくない。

 

「…ははっ!やっぱり、僕もまだまだガキですね!」

「急にどうした」

「いえ、プロヒーローに負けたくないなんて、思ったものですから」

 

  右足首より先だけスプリフォを解除し、肉体強化をかけ、相澤先生から距離を取る。

 

「テオ・ラディ―」

「いや、もうお前の負けだ」

 

  いつの間にか、身体が後ろに倒れている。

  見れば、身体に先ほどまでマフラーのように相澤先生の首に巻かれていた布が、僕の身体に巻きついていた。

 

「これで」

「まだですっ、『バ・ランズラディス』!」

「何っ…!」

 

  手加減した『ランズ・ラディス』を自分の身体を中心に、四方八方に発生させる。単体での『ランズ・ラディス』は僕の手の動きに合わせて動く巨大な槍だが、このような状況ならこっちの方が良い。相澤先生が僕に背を向けているお陰で、個性も普通に発動出来た。

  殺してはいけないという制約の中、気分が高揚するのを実感する。

 

「全く、どれだけ技を持っているんだ」

「多いに越したことは無いでしょう?」

 

  バ・ランズラディスを前にステップすることで避けた相澤先生は、着地の際にこちらを見た。その前に再びスプリフォを纏う。

 

「ですが、これならもう終わりだ」

「何を…」

「『シン・クリア―』」

「おぉっと!それまでだよ!白本少年ッ!」

 

  僕の持つ最大技を放とうとした所、一瞬でオールマイトに背後を取られ、羽交い締めにされた。立ったまま両腕を前に突き出す予備動作の必要なこれは、流石に止められるか。

 

「その技は、今じゃない。放ってしまえばどうなるかは、君が一番良くわかっているんじゃないかい?」

「…えぇ。…少し、熱くなりすぎました」

「あんまり本気を出さないでおくれよ。ここにいる全員、彼が止めてくれなければ死を覚悟したからね」

 

  止められて分かった。そりゃそうだ。今出そうとしたのは、僕の消滅の力を本気で放つ技。止める者がいなければ、今住んでいる地区ごと、全てを消し去ってしまうものだった。

 

「すいません。つい…その…」

「闘うのが楽しくなった、かい?大いに結構さ!その配分を、雄英高校で学べばね!…どうだい?ウチの教師陣は」

「素晴らしい方々ばかりです。…特特待生の話、喜んで受けさせて頂きます」

 

  根津校長に、話を受ける旨を話す。

 

  オールマイトと同時に、こちらを狙っていたヒーロー達に目をやりながら。




うっかり街を消しかけるヒーロー候補()
『消滅』って、殺すか否かしか出来ないですしねぇ…。

あまりにも待遇が良すぎるだろう、と思いますが、その件はまた次以降の話で詳しく書かせてもらおうと思っています。

感想、評価、お待ちしております!

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。