原作と違い、かなり大幅にトーナメント表が変わっています。
「…どうしたんだい?こんな所で」
食堂に向かう道から外れ、暗い通路を歩くこと数秒。
立ちはだかる2人の男に、声をかけた。
「何、昔馴染みの活躍を見に来ただけだ」
「よせよアシュロン。僕にだけ、アレほどの殺気を向けておいて言う言葉じゃないだろ?」
騎馬戦終了直後。勝利に浮かれる峰田君のすぐ近くにいる僕に向け、こいつは本気の殺気をぶつけていた。
「ならば、単刀直入に言ってやろう。クリア・ノート」
「今の僕は、その名を名乗るつもりは無いんだけど」
懐かしい名を呼ばれ、少し笑みが零れてしまう。
だが、目の前のアシュロン、リーンの真剣な表情に、こちらもすぐさま表情を戻してしまう。
「お前はどれだけ腑抜ければ気が済むんだ」
「…へぇ、僕が腑抜けた、か。なら、今ここでやり合ってみるかい?」
「そう言う問題じゃねぇ。…テメェいつから、前に進んでねぇ」
リーンの言葉が、心に刺さる。
言葉が詰まり、上手く口に出せない。身振りも出来ない。
「確かに、今ここでやり合ってもお前が勝つだろう。お前とは、誰がやり合っても1体1で勝てる気がせんからな」
「なら…」
「イイって訳じゃねぇ。…なんでその『個性』をもっと使わねぇ。テメェなら、かつてアシュロンのダンナやガッシュ達を殺しかけた頃のテメェなら、些細な事にも使ってただろう」
言い返す、言葉も無い。
確かに、僕とアシュロンは昔、命を懸ける程の戦いをしたことがある。
互いに傷つき、もう動くことすらままならない状態で放った『ランズラディス』がアシュロンの右胸に突き刺さった事で終わったその戦いで、僕は本気でアシュロンを殺す気でいた。
「だが、日本に帰ってからのお前は、一切成長していない。むしろ、『個性』を振るうことを恐れているな」
「そりゃ、日本とロッキー山脈では広さが違うだろう…」
「関係ェねぇな。ラディスの力の入れ方次第で、どうにでもなるだろう」
正論だ。
本気で打つラディスと、先の騎馬戦の開幕で放ったラージア・ラディスのように弱めたもの。その威力には、歴戦たる差がある。
本気で打つラディスは、アシュロンのように鍛え上げられた肉体を持つ者以外が受ければ、一瞬で消滅してしまう程のものにもなる。
「…やはり、家族を皆殺しにした地で個性を振るうことは怖いか?」
アシュロンのその一言に、血液が逆流するような感覚を覚える。
「齢3歳。ごく一般的な家庭に産まれたお前の個性発現のタイミングは、最悪そのものだったそうだな。許容量ギリギリの個性の暴発。…その一撃で、お前は家や家族、その周辺住民すらをも消し飛ばした」
「…嫌なことを、掘り返してくるね」
「乗り越えなきゃ、日本でのヒーロー活動は無理ですぜ」
そんなことは、言われずとも分かっている。
僕は、個性発現のタイミングで両親を殺した。
自分でも定かではない記憶だが、手のひらからではなく、全身から消滅波が放たれたのだ。
間近にいた両親が、防げるはずがなかった。
「ヒーロー志望の者の中で、お前のような者はほとんど居ないだろう。だから、この言葉だけを送ってやる。クリア・ノート」
気づけば俯き気味だった顔を上げ、アシュロンの顔を見やる。
彼の顔は、威圧感に溢れながらも、どこか頼りがいがあった。
「プルス・ウルトラ。更に、向こうへ…。まさに、今のお前に似合う言葉だ」
「ああ…。何も、全てを消しされ、全てを殺せと言ってる訳じゃない。そういうことス」
『Plus・Ultra』
その一言だけを残し、アシュロンとリーンは去っていった。
「…消さなくてもいい、か」
その時、僕の中で何かがハマった気がした。
◇
「やぁ、遅れてスマナイ」
「おっ、ようやく来たか。ほれ、空けといたぞ」
「ありがとう、鋭児郎」
アシュロンとの話の後、腹ごしらえのために急いで食堂に向かうと、案の定A組で固まっていた。
近くに行き、鋭児郎が空けていてくれた席に座る。
「どこいってたんだ?」
「ちょっと昔の友人が来ていてね、話してたんだ」
「零のダチかー、なんか凄そうな奴っぽいな!」
「なぜそうなるんだ…」
カツ丼を掻き込む鋭児郎の謎の発言に、思わずため息が漏れてしまう。
「でもよ、分かるぜ切島。すんげぇ個性の零のダチってことは、そいつもすんげぇ個性持ってるかもって思うよな」
「おう!ってことで、そいつの個性ってどんなのなんだ?」
力動が便乗し、ハッキリと鋭児郎が質問してきた。
周りの、芦戸さんや蛙吹さん、尾白達も興味津々、といった表情でこちらを見ている。
「強いよ、系統としては蛙吹さんに似てるかな」
「ケロ、それなら余計に知りたいわね。後、私のことは梅雨ちゃんと呼んでちょうだい」
「あぁ、分かったよ、梅雨ちゃん。…ま、一言で言えば個性『ドラゴン』って所かな」
「『ドラゴン』!?」
「すっげぇ…アメリカNo.1ヒーロー『アシュロン』とダダかぶりとか羨まし過ぎんだろ…」
本人なんだけどね、と言えばどうなるだろう。…やめておこう。嫌な光景しか浮かばない。
「カッケェよなぁ!ドラゴンヒーロー、アシュロン!アメリカの違法薬物研究所を一撃で破壊した『ディオガ・ブロア』!俺アレ超好きだ!」
「分かるぜ、その気持ち…。やっぱあんな派手な技には憧れるよな!」
1度出たアシュロンの話題から、鋭児郎と力動が互いに熱く語っていく。
皆、日本だけではなく、海外の著名なヒーローにも憧れを抱くようで、皆が皆、誰に憧れているか、という話になった。
「俺はやっぱベル兄弟だなー。『個性』似てるってのもあるけど、単純にあれだけ雷を自由に使えるのって憧れる」
「あ、それなら私、超重力ヒーロー、ブラゴが好きだ!個性ほぼ真逆やけど、戦い方とかクールでカッコイイ!歳もまだ高校生やのに、海外って凄いわ!」
「私は、『道化』のキャンチョメ、ですわね」
『えぇっ!?』
その場にいた大半の者が、驚愕の表情で八百万さんの方を見る。
かく言う僕も、声には出していないが本当に驚いている。
「ど、どうかなさいまして?」
「い、いやいや。ふつーに驚くだろ。キャンチョメって、あのキャンチョメ?相棒にパルコ・フォルゴレを連れてる?」
「あのアヒル口の、幼児体型のキャンチョメだぜ!?」
「えぇ。確かに、言動に品がない所もありますが、『個性』による空間、物体の創造…。アレは、似た個性を持つ身としては、最早崇高する程の域に達していますから」
「あ、あぁ…。『シン・ポルク』とか?」
『シン・ポルク』
キャンチョメの最強の技にして、発動してしまえば相手を完膚無きまでに叩きのめすことが出来る万能技。
発動することで、相手を自らの作り出した幻の中に封じ込める。
その幻の中はまさしくキャンチョメだけの世界。
キャンチョメの脳内で全てが創り出され、その全てが実現する。
確かに、物体を『創造』する八百万さんからすれば、風景、個性、姿、痛み、恐怖…それらすらも『相手の現実』にしてしまうキャンチョメは、恐ろしく思えるのだろう。
「ケロ。そう考えると、シン、と名のつく技はヒーローの憧れなのかも知れないわね」
「どういう事だ?梅雨ちゃん」
「簡単よ、切島ちゃん。シン・ポルク、シン・バベルガグラビドン、シン・フェイウルク、ジガディラス・シン・ザケルガ…その他にも、シンと付く技を持つヒーローは、名前が知れ渡っているでしょ?」
「おぉー、考えてみりゃそうだな。…って、シン?」
「シンって言えば…」
またも皆がこちらを向く。
まあ、当然と言えば当然だ。既に『シン』と名のつく技を2つも披露している僕に、注目が行くのも分かる。
「僕はアシュロンに憧れて作ったって感じかな」
「うわ〜、それだけであの技作れんのかよ。まじで才能マンだよ…」
「あんなに具体的に形に出来るのって、ホントにどうやってるのか気になるよね」
「てか、零の個性の関係上、そういう風に制御出来ないとキツいんじゃないか?」
「まあね」
上鳴、耳郎さん、力動の話を聞きながら、深くは話さない。
嘘を織り交ぜつつ、何とか話題がズレるのを待つ。
アシュロンに憧れて作ったなどというのは全くの嘘。
僕が最初に『シン』を使い、あいつがその力の差に嘆き、修練の果てに得たのが『シン・フェイウルク』だ。
確かに普通の人よりも具現化することに長けているとは思うが、これでも新技開発の度に死にかけているのだ。
多少、個性が強いのは見逃してほしい。
「ごちそうさま」
「お、んじゃとっとと会場行こうぜ」
「あぁ」
皆に少し遅れて食べ終わり、鋭児郎と共に席を立つ。
消さなくてもいいというリーンのアドバイスをしっかりと胸に刻み、会場へと足を向ける。
僕の考えが上手く行けば、本気で闘えるかも知れない。
◇ ◇
昼休憩が終わり、参加していた一年全員が再び会場に集められた。
決勝の方式は、サシのトーナメント戦。種目は違えど、毎年これは変わらないらしい。
今回、トップ通過の僕達が二人騎馬ということで、5位の騎馬の選手にまで出場の機会が回ったのだが。
「本当に良かったのかい?尾白」
「あぁ。操られて、自分の力じゃないのに決勝に進むなんて、俺が嫌なんだ」
5位の騎馬、庄田君、青山君、尾白の3人が棄権。
何もしていない者が勝ち上がるのは違う、と声を揃えて言ったのだ。
尾白曰く、騎手である心操君の『個性』で操られていたらしい。
人を操る個性か、面白いな。
「いきなり1回戦から緑谷君、か。グロくなるな」
「言ってやるなよ…。まあ、そんな感じはするけど…」
現在、僕たちがいるのは観客席。
決勝トーナメントの開始を今か今かと待ちわびる観客達に混ざり、セメントスが作り上げた特設ステージを眺めていた。
「頼むぞ、緑谷…」
「…そう言えば、彼か」
プレゼントマイクにコールされた名前を聞き、会場に設置された大型ディスプレイへと目を向ける。
心操人使。
この決勝トーナメントの第1回戦で緑谷君と当たる相手、そして、尾白達の騎手をしていた生徒。
「白本、どっちが勝つと思う?」
「あ!私も聞きたーい!」
尾白に、芦戸さんが便乗する。
ふと周りを見れば、轟君や八百万さんに予想を聞いているクラスメイトもいる。
「短期なら心操君、凌げば緑谷君、かな」
単純明快な予想を零すと共に、試合開始が宣言され―
「短期決戦なら、ああなる」
―緑谷君の動きが止まった。
「…発動条件は、返事をすること、じゃないかな。今の緑谷君、彼に何か言われて怒ったようだし」
「ああぁ緑谷!せっかく忠告したのに…」
恐らく、心操君の個性が発動したのだろう。緑谷君は全く動けないまま、リングの場外に向かって歩き出した。
「さて、と」
「お、おい。どこ行くんだよ白本。応援しないのか?」
「…変なことを聞くね、尾白」
そんな緑谷君を見て、観客席を後にするべく立ち上がる。
尾白に静止を促される。
まあ、分からなくもない。だが。
「今の僕と緑谷君は、敵同士なんだ。…ここで終わるなら、その程度ってことだろう?」
そう言い残し、観客席から離れていく。
後、ほんの少し。もう少しで何かが変わりそうな気がするのだ。
◇ ◇ ◇
「ま、マジで行ったのか、白本…」
「あれ?尾白、白本は?」
「な、なんか外に行ったっきり戻ってこないんだけど…」
1回戦、第一戦目。緑谷vs心操。
心操の『洗脳』を、緑谷がわざと『個性』を暴発させ、その衝撃で解除。
そこからは流石ヒーロー科と言ったところか、近接格闘戦で緑谷が制した。
続く2戦目、塩崎vs上鳴では、B組、塩崎茨が上鳴の『個性』を許容量ギリギリまで使用させた上で、完璧に防ぎきった。
キャパオーバーからアホになり、動けなくなった上鳴を塩崎が拘束したところで試合終了のホイッスル。
さらに3戦目、八百万vs発目は、最早戦いでは無かった。
何故かヒーロー科でありながらサポートアイテムをフル装備する八百万だったが、その真相は発目による企業への
真面目な彼女だからこそ簡単に騙され、役目を終えた後はあっさりと2回戦への切符を勝ち取った。
「白本も、何か考えてるんじゃない?」
「そうかもね。冷静だけど、その分色々見えてそうだし」
ここまでの三試合、全てがこれと言って派手な動き、戦いは無く、尾白が見ても大したものには見えなかった。
しかし、あれだけ戦闘に長けた白本が見ればもう少し違って見えるものもあるのだろう。
「にしてもさー、尾白。次の組み合わせなかなか面白くない?」
「え?た、確かに楽しみではあるけど…。芦戸さん、そんな言い方したら二人に失礼じゃない?」
「飯田には悪いと思うけど、峰田には全く思わないよ!」
「あぁ、うん。そうだよね…」
続く4戦目は、クラス1の真面目キャラ、そしてA組のクラス委員でもある飯田と、クラス1の変態で、決勝トーナメントが始まる前には、『白本のお零れに預かった』と言われている峰田。
ある意味正反対の二人が戦う。そして、初のA組同士の戦いということもあって、観客席のA組の面々はそれぞれ勝敗予想に励んでいた。
「尾白はどっちが勝つと思う?」
「そりゃ飯田じゃないか?個性もフィジカルも、峰田よりも戦闘向きだし」
「だよねー!」
しかし、その予想にさほど時間はかからず、大半が飯田の勝利を予想していた。
『さあ、続いての戦いはこの二人!』
プレゼントマイクのアナウンスが、会場に響き渡る。
先ほどの試合のような、企業への売り込みはない。
会場は、数分前よりも遥かに沸き立っていた。
『ザ、中堅って感じだが、騎馬戦での加速は凄まじかった!ヒーロー科A組、飯田天哉!』
その表情に一切の油断は無く。
飯田は、自分の真正面に立つ峰田を注視していた。
『
対する峰田は、俯き気味に立っていた。
だらりと両腕を下げているところを見ると、緊張はしていないのだろう。
『勝利のビーナスはどっちに微笑むのか!―スタートォ!』
第1回戦、四試合目。開戦のゴングが鳴らされた―。
◇ ◇ ◇ ◇
「…アレ、クリアじゃねぇっすか。どうしたんすか?こんなとこで」
「リーン…。アシュロンはどうしたんだい?」
「
決勝トーナメントの試合が始まったのだろう。プレゼントマイクのアナウンスを聞く限り、峰田君と飯田君の試合だろう。
観客が湧いている様子が耳に入る。
「で、それよりどうしたんですかい?今やってる片方、騎馬戦の時のペアじゃなかったんで?」
「それは騎馬戦の時だけだよ。今は優勝を争う敵さ」
「こりゃ手厳しいっすねぇ」
リーンがヘラリと笑う。
逆だった長髪と細い目。そして白一色の、医者が着る白衣のような一張羅。一見すると不良のような風貌だが、アシュロンに出会う前は本物の不良だったらしい。
「何をしているかの答えだが、新技の開発さ。対人にも使える『シン・クリア』を作っていてね」
「へぇ…。そりゃまた難しいことを」
「そう思うかい?少し前から、構想は練っていたんだけどね」
ヒーロー志望として、人を殺さない必殺技が欲しかったというのは、正真正銘の本音である。
現在、僕が使える『シン・クリア』の技は、どれも当たれば一瞬で相手を消滅させてしまう。
戦う度に死人が出るヒーローなど、認められないだろう。
現に日本では、ヒーローによる刑罰の行使は認められていない。
僕のような、出会って即死刑執行のヒーローなど、そもそもライセンスを貰えるかどうかすら怪しいのだから。
「練っていた、ってことは」
「あぁ。ついさっき、完成したよ」
『ザレフェドーラ』や『バードレルゴ』、もう一つの『シン・クリア』とは違い、技の力のみでは相手を傷つけられない技。
かつ、『シン』を名乗るにふさわしい程の優位性を持つ、最強クラスの技。
それが、つい先程完成したのだ。
「今このタイミングで完成させたんなら…」
「あぁ。この決勝トーナメントで使う予定だよ」
「そりゃ楽しみっす」
微笑むように笑うリーン。
決勝トーナメント前のような真剣な雰囲気とは打って変わり、今の彼は誰にでも接しやすい雰囲気を出していた。
「じゃあ、僕は行くよ。そろそろ、君の方にも連絡が入るんじゃないかい?」
「『シン・フェイウルク』の後に、『ディオガ・アムギルク』を掛けといたんで、大丈夫だとは思いますがね。どうしてもって時には、連絡が入るようにしてある」
「なら、大丈夫か」
目的地へ着いたアシュロンが、強力な腕部強化の技を発動していることを知り、胸を撫で下ろす。
僕などの例外もいるかも知れないのだ。下手な相手が出てくれば、アシュロンですら危うい可能性がある。
「そいじゃ、お気を付けて。あっしは少し、日本の屋台とやらを堪能させてもらいやす」
「あぁ、是非楽しんでくれ」
リーンが、後ろを向いて歩き出す。
右手に朱色の本を持ち、左手をヒラヒラと振る。
「…僕も、行くか」
それを見て、競技場の中へと戻っていく。
技は完成した。後は、試すだけだ。
次回は峰田vs飯田から。
…何故だろう。峰田が鬼強化されそうな気がする…。