息抜きで書きました。息抜き程度に読んでいただければ幸いです。
それでは本編どうぞ。
なんの変哲もない放課後。
なんの変哲もない図書室。
いつも通りに手続きをして、いつも通りに仕事を終わらせる。
下校時間になり、いつも通りの片付けを済ませる。
そして
「……ねえ後輩ちゃん、もう図書室を閉めるんだけど」
「ならば一緒に帰りましょう、先輩さん」
いつも通りに一緒に帰る。
これは、そんな二人のいつも通りのお話。
第一話 後輩ちゃん
図書室を閉め、教科書の詰まったバッグを持って、後輩ちゃんと一緒に鍵を返しに職員室に向かう。
職員室から図書室までは距離があるから、先に校門に行ってもいいとは言ったのだが……
「別に職員室までついてこなくてもよかったんだよ?」
「先輩さんが逃げないようための監視です。勝手に一人で帰られたら困りますから」
「そんなことやりかねない人間だと思われてたんだ……」
後輩ちゃんと知り合ってから結構な時間が経つのに……
「さすがに嘘ですよ。……だからその愛犬に手を嚙まれた人のような哀愁にまみれた顔をやめてください。微妙に不快ですよ?」
それは僕が後輩ちゃんを犬のような感情で見ているということだろうか?
……割と的確な表現かもしれない。
後輩ちゃんはどちらかというと猫だけど。
「てい」
イイッ↑タイ↓スネガァァァ↑
「……ねえ後輩ちゃん、なんで僕は脛を蹴られたの?」
「明らかに失礼なこと考えてましたよね、先輩さん?具体的には私が犬っぽいとか猫っぽいとかそんな感じの」
エスパーかなこの娘。
後輩ちゃんが非常にきれいな笑顔で威圧してくる。ここでYESと答えたらもう一撃飛んでくるのは明らかだ。ならばここで取るべき選択肢は――
「いや、後輩ちゃん、僕がそんな失礼なこと考えるはずが」
「ちなみに嘘ついたら次は太ももに叩き込みますよ?」
どうやらこの選択肢もアウトのようだ。心なしか後輩ちゃんの威圧が増加したように感じる。
そうなると許してもらうには、
「ところで先輩さん、最近駅前にアイス屋さんができたそうですよ。あと特に意味はないですけど無性にアイスが食べたい気分なんです、私」
「……300円以内でお願いね?」
今日も今日とて後輩ちゃんにおごらされるのであった。
もっきゅもっきゅもっきゅ
後輩ちゃんが食べているのはレギュラーサイズのダブルアイス。僕が食べているのはレギュラーサイズのシングルアイス。締めて1090円。
……まさかアイス二人分で千円以上かかるとは、この海のリハクの目をもってしても読めなかった。
「どう、後輩ちゃん?気に入った?」
「はむっ、このチョコチップと、もきゅ、バニラアイスとの、むにゅ、コンビネーションが、くにゅ、最高で、はむ」
「ちゃんと飲み込んでから喋ろうね?」
一心不乱にアイスにかぶりつく後輩ちゃん。どうやらいたくお気に召したらしく、機嫌もちゃんと戻ってる。
「ふう、ご地租様でした。とても美味しかったです、先輩さん」
……まあ、この笑顔が見れたのなら千円ぐらいは安いものだ。
「これなら毎日食べても飽きませんね!」
「それは勘弁してください」
千円は高校生にとって死活問題なんですよ、後輩ちゃん?
「こんなかわいい後輩におごれるなら本望じゃないですか」
「いや、うん。そうかもしれないけど……」
実際、後輩ちゃんは相当かわいい。ハーフ特有の金色の目、ふつくしい金色の髪、それらと童顔・低身長が相まって、トップクラスの「かわいさ」を演出している。学校の中でも一番かわいいのは彼女だろう。ただ――
「珍しいね、自分からそんなこと言うなんて」
「……ただの冗談ですよ。真に受けないでください」
後輩ちゃんは自分の容姿にいい印象を持っていない。……詳しく聞いたことはないが、男子からの目線、女子からのひっがみ、その他いろいろあったのだろう。冗談でもあんなことを言うことはなかなか無い。だから後輩ちゃんがこういうことを言う日は――
「何かあった?」
「……」
大抵彼女にイヤなことが起きた日だ。
今までも何度かこういう日はあった。
思えば職員室まで付いて来たり、いつもより明らかに高い値段のアイスをねだって来たり――後輩ちゃんなりのメッセージだったのかもしれない。
「……食べ終わりましたし、ちょっと移動しましょうか。先輩さん」
後輩ちゃんの提案で席を立つ。
行先はいつもの場所だ。
「ここはやっぱりいいですね。いつも静かで気持ちいいです」
僕と後輩ちゃんがやってきたのはとある河川敷。後輩ちゃんと出会ったばっかりの頃ちょっと特別なことがあって、それ以来何かあると二人で向かう少し特別な場所。
「……今日ですね、告白されたんです。見も知らぬ人に」
後輩ちゃんはよく告白される。かわいいのだから当然といえば当然なのだが。
「……私、まったく自慢じゃないですけどそういうのに慣れてますから、いつも通りに断ろうと思ったんです。ただ、その時ふと思って聞いてみたんです。『私の外見以外にどこが好きなの?』て」
「うわぁ……」
それはちょっとかなりめんどくさい質問じゃ……
「ドン引きしないでくださいよ、私だって悪いことしたと思ってるんですから」
顔が引きつっていたのだろう。後輩ちゃんが不満げに抗議してくる。
「話を戻しますよ?そしたらさっきの私に告白してきた人、いろりいろと言ってきたんです。『落ち着いた雰囲気』とか『静かなところ』とか……」
いったん言葉を区切り、後輩ちゃんはこちらを向いた。
「それで思っちゃったんです。私ってホントに外見しか見られてないんだなーて」
……そんなことはないんだけどなぁ
いったん言葉を区切り、後輩ちゃんはこちらを向いた。
「……ねえ先輩さん。私の魅力的なところってどこですか?」
「ちょっと待ってなんでこの文脈でそんな質問が飛んでくるの?」
「つべこべ言わずにさっさと答えてください。ほらあと5秒以内に」
ちょっと無茶ぶりが過ぎませんか後輩ちゃん⁉
「ごーおー、よーん、さーん、にーいー、いーち!」
さっきまでの落ち込み具合は何だったのかといわんばかりに、後輩ちゃんが無表情ながらもすごいイキイキしながらカウントする。絶対にこちらの反応を楽しんでいる。
えーと、えーと、後輩ちゃんの魅力的なところ、魅力的なところ……!
「図書室で仕事終わるまで待っててくれるところやそのこと指摘したらちょっと顔をそむけながら照れ隠しするところや何だかんだ言いながらも落ち込んでるときは慰めてくれるところや美味しいものを食べてる時の笑顔がすごくカワイイところやちょっと存在に気付いてないふりをしたらすごい必死に気付いてもらおうとするところやそれでも気付かないふりをしていたらすごい泣きそうな顔でこっちに来るところや一緒にいると純粋にすごく心地いいところや……!」
あとはちゃんと無茶なお願いはしてこないところ!あとは、ええと……!
……あれ?
「………………………………………………………………………………………………………」
そこには顔を真っ赤っかにした後輩ちゃんが。
あ、後輩ちゃんが口をパクパクさせてる。かわいい……じゃなくて!
やばい、テンパりすぎて本心を吐露しすぎた。
「…………」
「…………」
お互いに気まずい沈黙が続く。
「………」
「………」
そのまま何秒か何分か経過する。
いい加減この沈黙に耐え切れず、何とかしなければと覚悟を決めて、
「と、とりあえずこれでいいの……かな?」
「……」
後輩ちゃんからの返事は無い。
確かに僕からあんなこと言われても困るだけだろうしなぁ……
まあ、それはともかくさっさとこの話題から離れないと。この話題を続けてたらお互いに精神が削られる。……というか少なくとも僕のほうが恥ずかしくて悶え死ぬ。
「そ、そろそろ暗くなってきたし、帰らないとだね!後輩ちゃ――」
「待ってください、先輩さん。一つだけ確認したいです」
こちらの服の袖をつかみ、さっきまで黙っていた後輩ちゃんがこちらを見上げて僕を引き留める。
その姿がとてもかわいらしくて、でも同時に嫌な予感がビンビンして――
「その……さっきの先輩の話って……全部ほんとのことですか?」
やっぱりその話題ですよねコンチクショウ。
やばい、どうやってごまかそう……嘘でしたとか言えるような雰囲気じゃないし、かといって本当のこと言ったら自分の羞恥をつかさどるパラメーターが吹っ切れる……どうすれば。
そんな感じに考えていたら気付た。気付いてしまった。
後輩ちゃんが本当に不安そうな顔をしていることに。
いつもはもっと無表情な後輩ちゃんの顔が切実に何かを求めていることに。
……後輩ちゃんが何を不安に思っているのかは分からない。
……ただ、こういう時は
「後輩ちゃん」
こちらから後輩ちゃんの目をのぞき込む。
後輩ちゃんはピクッと反応した後、恐る恐るこちらの目を見る。
やっぱり後輩ちゃんは何かを期待しているような、不安に思っているような顔で――
……嘘をついちゃダメだよな
「……さっきの言葉は、すべて、本心です」
言葉を伝える。今の彼女に嘘をつくことだけは絶対にできなかった。
……たとえ家に帰った後、布団の中で悶えることになるとしても
「……」
「……」
お互いを見つめあったまま、再び沈黙が続く。
そこで初めて後輩ちゃんの顔が近くにあることを感じる。
間近で見る彼女の顔が、目が、頬が、鼻が、眉毛が、唇が、いつもの後輩ちゃんより何倍にも魅力的に思えて――
マズイマズイマズイ!何がとは言わないけど相当ヤバい!ここ外だし!人の目があるし!ここで暴走したらどこまでするか自分でもわからないし!何としてでも耐え……耐え……耐え……耐え……られんかもしれん、これは。
もういっそこのまま激流に身を任せてもいいんじゃないかと思った時――!
「……ありがとうございます、先輩さん」
後輩ちゃんの素直な感謝。
……その時の後輩ちゃんの笑顔は、邪な考えが一気に吹っ飛ぶくらいには美しく、神々しいものであったという。
「今日はありがとうございました、先輩さん」
「うん。お役に立てたようなら何よりだ」
帰り道の異なる、駅のホームで後輩ちゃんと別れる。今の後輩ちゃんはスッキリとした顔を見る限り、もう大丈夫だろう。……ちゃんと僕の新しい黒歴史が仕事をしてくれたようである。
「また何かあったら言いなよ?出来ることなら相談に乗ってあげるから」
まあ今日みたいなのはゴメンだけど
「……本当に先輩さんは優しいですね」
「そうかな?」
「ええ、私が今まで出会った人の中で一番優しい人かもしれません」
優しい笑顔で後輩ちゃんが言う。
そこまで言われるとさすがに照れるなぁ……
心の中で少し悶えていると、後輩ちゃんが急にこちらに近づいてきた。その顔はさっきとは違ってイタズラを思いついたような少し悪い顔だった。今度は一体何をされるのかと身構えていると――
「……私、先輩さんのそういうところ、大好きです」
彼女は僕の耳元でささやいた。
突然の告白に心臓がフリーズする。あまりの衝撃に体を動かすことも、何か喋ることもできない。そんなこちらの状況を知ってか知らずか後輩ちゃんは何事もなかったかのように僕と距離を取り、
「それじゃあまた明日です。先輩さん♪」
そう言い残して電車の中に消えていった。
いまだに数秒前に起こったことに対して頭の理解が追い付かない。いまの自分の心境すら整理することができない。
ただ、わかることが一つだけ。
「……後輩ちゃんも恥ずかしかったんだなぁ」
電車に入るときの後輩ちゃんの顔も、真っ赤になっていたことだけである。
……ちなみに翌日、当然のごとく二人の帰り道が気まずいものとなったのはまた別のお話。
おそらく続きます。